前回の記事の続きです。
同一の犯罪事実による再逮捕・再勾留の可否の考え方
同一の犯罪事実について、一人の被疑者を重ねて逮捕・勾留することは、原則として認められないと解されています。
再度の逮捕・勾留を無制限に許すと、法がこれらについて厳格な時間制限を設けた意義が失われてしまうためです(逮捕・勾留の時間制限の説明は前の記事参照)。
これを「一罪一逮捕一勾留の原則」といいます。
しかし、再度の逮捕・勾留を必要とする事由が生じる場合もあります。
例えば、以下のような場合が挙げられます。
- 身柄拘束中(逮捕中又は勾留中)の被疑者が逃走した場合
- 先行する逮捕・勾留の手続に違法がある場合
- 捜査官の判断によって逮捕・勾留した被疑者を釈放した後に、新たに勾留の理由・必要性を疎明する有力な証拠が出てきた場合
などが挙げられます。
再度の逮捕・勾留を必要とする事由が生じる場合、再度の逮捕・勾留が認められる場合があります。
再度の逮捕・勾留が認められるには、再度の逮捕・勾留が認められるに値する事情が必要となります。
※ 一罪一逮捕一勾留の原則の詳しい説明は一罪一逮捕一勾留の原則とは? の記事でも行っているのでご参照ください。
再度の逮捕・勾留が認められる根拠
再度の逮捕・勾留が認められる根拠は、刑事訴訟法199条3項、刑事訴訟規則142条1項にあります。
刑事訴訟法199条3項は、
- 検察官又は司法警察員は、第1項の逮捕状を請求する場合において、同一の犯罪事実についてその被疑者に対し前に逮捕状の請求又はその発付があったときは、その旨を裁判所に通知しなければならない
と定めています。
そして、これを受けて、逮捕状請求書の記載事項につき定めた刑事訴訟規則142条1項8号は、
- 同一の犯罪事実について前に逮捕状の請求又はその発付があったときは、その旨を逮捕状請求書に記載すべきもの
としています。
これらが、同一の犯罪事実につき2度以上の逮捕が認められることの根拠とされています。
勾留については、重ねて同一の犯罪事実につき勾留できることを前提とした規定はなく、これを禁止した規定もありません。
しかし、被疑者の勾留は、逮捕前置主義のもとで逮捕を前提とした手続であり、逮捕と勾留は、捜査方法としては密接不可分の関係にあるので、再逮捕ができる場には、これに引き続き勾留することができるものと解されています。
この点に関し、参考となる以下の裁判があります。
東京地裁決定(昭和33年2月22日)
裁判官は、
- 同一の犯罪事実について再度の勾留を認めるときは逮捕勾留が反復され、勾留期間を制限した法の精神に反するのではないかという疑いが存するも、強制捜査を行っても必ずしも公訴の提起をなしうるに十分な証拠を収集しうるものではなく、場合によっては相当の嫌疑があるにかかわらず捜査を一時中止する等のことも容易に推測しうるところであって、この場合、後日新たに資料を発見して犯罪容疑が一層濃厚となった際、任意捜査によるほかその取調はできないとすることは、犯罪が国家の治安に及ぼす影響等を考えると、必ずしも公共の福祉を達する所以ではない
- 刑事訴訟法199条3項はこの公共の福祉と同法208条が企図している人権の保障との統一調和を図り、同一の犯罪事実について前に逮捕状の請求又はその発付があっても逮捕状の請求を認めるとともにこの場合はその旨を裁判所に通知せしめ、裁判官をして、その逮捕状の請求並びに逮捕に引き続く勾留請求が逮捕、勾留の不当な反復であるかどうかを検討の上慎重に請求を許否させることとしているものと解するのが相当である
と判示しました。
再度の逮捕・勾留が認められるための事情
どのような場合に同一の犯罪事実について重ねて逮捕・勾留ができるかについての規定はありません。
刑事訴訟法は、逮捕・勾留の時間・期間の制限につき、刑訴法203条以下に厳格な規定を設けており、同一の犯罪事実による再度の逮捕・勾留について制限がないとすれば、同法203条以下の規定は事実上その意義が失われてしまいます。
そのため、再度の逮捕・勾留は、
- 重ねて逮捕・勾留することの合理的な必要性があり、それが不当な逮捕・勾留の蒸し返しにならない場合
にのみ、一罪一逮捕一勾留の原則の例外として認められます。
再度の逮捕・勾留が認められる場合の一例
① 身柄拘束中(逮捕中又は勾留中)の被疑者が逃走した場合
引致後若しくは勾留中の被疑者が逃亡した場合、被疑者の逃亡という不測の事由により適法な拘束が中断されたものであるので、それを復元する実質を有する再度の逮捕 ・勾留は、不当な蒸し返しになりません。
もっとも、引致前に被疑者が逃亡した場合には、逮捕行為が完了していないので元の逮捕状で逮捕できます。
② 先行する逮捕・勾留の手続に違法がある場合
1⃣ 逮捕・勾留の手続に違法があることから、検察官において被疑者を釈放し、又は勾留請求が却下された場合に、再度の逮捕・勾留が認められる場合があります。
例えば、緊急逮捕できる実体的要件があるのに、手続の選択を誤り現行犯逮捕したような場合は、緊急逮捕若しくは通常逮捕の方法により再度の逮捕ができると解されます。
この点に関する以下の裁判例があります。
札幌地裁決定(昭和36年10月2日)
現行犯逮捕手続が違法であるとして勾留請求が却下された被疑事実と同一の事実につき司法警察員が逮捕状の発付を得ておき、検察官の取調室で、被疑者に対し、釈放する旨を口頭で告げた直後に、司法警察員が同逮捕状を示して再逮捕手続をとったことを適法としました。
京都地裁決定(昭和44年11月5日)
現行犯逮捕手続に違法があるとして勾留請求が却下されたことから、検察官において一旦被疑者の釈放手続をとり、その直後に検察事務官が、現行犯逮捕に係る被疑事実と同一の事実につき緊急逮捕して検察官に引致し、検察官において緊急逮捕状の発付を得て再度の勾留請求に及んだ事案につき、最初の身柄拘束から72時間以内に行われた再度の勾留請求を適法であるとしました。
2⃣ 緊急逮捕の要件を欠くのに緊急逮捕した場合において、緊急逮捕状の発付を求めたが却 下されたときは、その違法の程度・内容など具体的事情により再逮捕の可否が判断されます。
この点に関する以下の裁判例があります。
浦和地裁決定(昭和48年4月21日)
緊急逮捕後、「直ちに」逮捕状の請求がなされなかったことを理由に勾留請求が却下された後、同一被疑事実により通常逮捕状の発付を得て被疑者を通常逮捕し、勾留請求した事案です。
裁判官は、
- 検察官または司法警察員は同一の犯罪事実につき二度以上にわたって逮捕状の請求をすることができ(刑事訴訟法199条3項)、したがって裁判官も二度以上にわたって逮捕状を発付することができる
- しかし、同一事実に基づく再逮捕は無制限に許されるものではない
- けだし、これを無制限に許すならば捜査段階における被疑者の身柄の拘束につき厳格な時間的制約を設けた法の趣旨は全く没却されてしまうからである
- それゆえ同一事実に基づく再逮捕は合理的な理由の存する場合でなければ許されない、というべきである
- そこで緊急逮捕に基づく逮捕状の請求が「直ちに」の要件を欠くとして却下された場合に通常逮捕が許されるか否か、また許されるとすれば、いかなる要件が必要かについて考えてみるに、逮捕状請求却下の裁判に対して、捜査機関に何ら不服申立の手段が認められていない現行法上、緊急逮捕に基づく逮捕状請求が「直ちに」の要件を欠くとして却下された後の通常逮捕が一切許されないとすることは、犯罪が社会の治安に及ぼす影響に鑑み、 公共の福祉をも一の目的とする刑事訴訟法の趣旨に照し、到底採り得ないところといわざるを得ない
- また、他方、緊急逮捕に基づき直ちに逮捕状の請求がなされず、時間的に遅れた逮捕状の請求が却下された場合にも、その後一律に通常逮捕状の請求が許されるとすることは、緊急逮捕の要件が緩やかに解され、運用上大きな弊害の生ずることも考えられ、ひいては憲法の保障とする令状主義の趣旨が没却されることにもなるので妥当ではないといわなければならない
- しかし緊急逮捕に基づく逮捕状の請求が「直ちに」の要件を欠くとして却下された後、特別の事情変更が存しなければ通常逮捕が許されないと解することも妥当ではない
- けだし、右における逮捕状の請求は却下されたがなお逮捕の理由と必要性の存する場合、一旦釈放した被疑者が逃亡するなどの事情変更が生じなければ通常逮捕状の請求が許されないとすれば、犯罪捜査上重大な支障を来たし、結局は前記のような刑事訴訟法の趣旨に反するものと考えられるからである
- よって、勘案するに、緊急逮捕に基づく逮捕状の請求が「直ちに」の要件を欠くものとして却下されたもののなお逮捕の理由と必要性の存する場合には「直ちに」といえると考えられる合理的な時間を超過した時間が比較的僅少であり、しかも右の時間超過に相当の合理的理由が存し、しかも事案が重大であって治安上社会に及ぼす影響が大きいと考えられる限り、右逮捕状請求が、却下された後、特別の事情変更が存しなくとも、なお前記した再逮捕を許すべき合理的な理由が、存するというべく、通常逮捕状に基づく再逮捕が許されるものといわなければならない
と判示しました
③ 捜査官の判断によって逮捕・勾留した被疑者を釈放した後に、新たに勾留の理由・必要性を疎明する有力な証拠が出てきた場合
逮捕・勾留して捜査したものの公訴維持に必要な証拠を得られず釈放した場合の再度の逮捕・勾留の可否については、釈放後にいかなる事情が生じても再逮捕が認められないとするのは妥当ではないとされます。
釈放後に新証拠が発見された場合や新たな逃亡・罪証隠滅のおそれなど逮捕を必要とする事由が生じた場合など、再度の逮捕・勾留を必要とする正当な事由があり、それが身柄拘束の不当な蒸し返しに当たらないと判断される場合には、再度の逮捕・勾留が認められます。
この点に関する以下の裁判例があります。
広島高裁判決(昭和40年1月13日)
共犯事件で逮捕・勾留して捜査をしたが、共謀を立証する証拠が得られなかったことから起訴せずに釈放した被疑者につき、その後、新たな証拠が得られたため同一の被疑事実で再度逮捕し勾留した事案で、脱法的な逮捕勾留の蒸し返しとは認められないとして再度の逮捕・勾留は適法であるとした事例です。
裁判所は、
- そこで検討するに、弁護人の所論のうち、原審相被告人のAが、同一の犯罪事実につき再度の逮捕勾留を受けたこと及び原判決引用の同人の検察官調書が右再度目の勾留中の供述録取書であることは本件記録並びに証拠に徴し、否定し得ないところのようである
- しかしながら、原審並びに当審の証拠によると、被告人Y1と原審相被告人Bは、暴力団C組所属の兄弟分であり、またAはC組と縁故の深いD組の子分であって、起訴状記載の日時頃、C組の組員Eより、喧嘩の応援を頼まれ、3名共謀の上C組の自家用車に同乗し、右喧嘩闘争の応援のために、岩国市に急行中、事前にこれを探知し待機中であった警察官の職務質問を受け、拳銃一丁を携行していたことを発見され、凶器準備集合罪の共犯者の嫌疑の下に、3名共に現行犯逮捕の後初度目の勾留を受けるに至ったものであって、被告人等の前記のような身分関係、同行の目的及びその他の外形的事実等からして右逮捕勾留はもとより相当な措置といわざるを得ないのである
- ところが前記Bは当初、右拳銃は自分の所有物であり、これを当夜携行したのは自分の一存で、Y1やAはその情を知らないと供述し、また被告人Y1やAも、拳銃携行の事実は知らなかったと供述し、一応三者の供述が符合し他に共謀の証拠が得られなかったので、捜査官もついにA、Y1の起訴を断念し両名を釈放したのであるが、その後Fらの取調によって、拳銃の入手先の説明に窮したBが、ついに従来の供述を覆し右拳銃は本来被告人Y1が所持していたものであり、犯行の当夜同人が自宅より持ち出して自動車に乗り携行中、車中においてBが殺傷の役割を買って出る考えで、被告人Y1から受け取って所持していたもので、Aも車中でそのことを現認し承知していたのである
- しかし自分は、真実のことを供述するとY1やAに顔が立たないと考え、自分一人で罪を着る気で嘘の供述をして来たのであると告白するに至ったので、捜査官もついにY1、A両名を再逮捕し再度目の勾留状も得て取調をした後、起訴したものであることが認められるのであって、右は弁護人所論のように、脱法的な逮捕勾留の蒸し返しとは認められないのである
- もとより起訴前の勾留は決してこれを濫用してはならないが、右のような事情による場合は再度の勾留もまたやむを得ない特別事情による例外としてこれを許容すべきであり、同勾留中の供述調書なるの故をもって、一概にその任意性や信用性を否定すべきものでもない
と判示しました。
東京地裁決定(昭和47年4月4日)
5件の爆発物取締罰則違反事件により逮捕・勾留して捜査し、勾留期間満了により釈放された被疑者につき、その後うち一件について新証拠により犯罪の嫌疑が濃厚となったことから、その事実で再度逮捕し、勾留請求した事案について、事案の重大さ、捜査経緯、再勾留の必要性などを前提に、再び勾留することが身柄拘束の不当な蒸し返しにならない例外的な場合に当たり適法であるとした事例です。
被疑者はすでに22日間勾留を受けている場合において、同一事実にらき再勾留することの適否について、被疑者がすでに22日間勾留を受けている場合であっても、諸般の事情を考慮し、社会通念上捜査機関に強制捜査を断念させることが首肯し難く、また身柄拘束の不当なむしかえしでないと認められるときは、例外的に同一事実につき再勾留をすることが許されると解すべきであるとした判決です。
裁判官は、
- 思うに同一被疑事件について先に逮捕勾留され、その勾留期間満了より釈放された被疑者を単なる事情変更を理由として再び逮捕勾留することは、刑訴法が203条以下において、逮捕・勾留の期間について厳重な制約を設けた趣旨を無視することになり、被疑者の人権保障の見地から許されないものといわざるをえない
- しかしながら、同法199条3項は再度の逮捕が許される場合のあることを前提にしていることが明らかであり、現行法上再度の勾留を禁止した規定はなく、また、逮捕・勾留は相互に密接不可分の関係にあることに鑑みると、法は例外的に同一被疑事実につき再度の勾留をすることも許しているものと解するのが相当である
- そして、いかなる場合に再勾留が許されるかについては、前記の原則との関係上、先行の勾留期間の長短、その期間中の捜査経過、身柄釈放後の事情変更の内容、事案の軽重、検察官の意図その他の諸般の事情を考慮し、社会通念上捜査機関に強制捜査を断念させることが首肯し難く、また身柄拘束の不当なむしかえしでないと認められる場合に限るとすべきであると思われる
- このことは、先に勾留につき、期間延長のうえ20日間の勾留がなされている本件のような場合についても、その例外的場合をより一層限定的に解すべきではあるが、同様にあてはまるものと解され、また、かように慎重に判断した結果再度の勾留を許すべき事案だということになれば、その勾留期間は当初の勾留の場合と同様に解すべきであり、先に身柄拘東期間は後の勾留期間の延長、勾留の取消などの判断において重視されるにとどまるものとするのが相当だと思われる
- そこで、本件についてみると、関係記録により本件事案の重大さ、その捜査経緯、再勾留の必要性等は別紙(一)記載の申立理由中に記載されているとおりであると認められ、その他、前回の勾留が期間延長のうえその満了までなされている点についても、前回の勾留は本件被疑事実のみについてなされたのではなく、本件を含む相互に併合罪関係にある5件の同種事実(別紙(二))についてなされたものであることなどの点も考慮すると、本件の如き重大事犯につき捜査機関に充分な捜査を尽させずにこれを放置することは社会通念上到底首肯できず、本件について被疑者を再び勾留することが身柄拘東の不当なむしかえしにはならないというほかなく前記の極めて例外的な場合に該当すると認めるのが相当である
と判示しました。
東京高裁判決(昭和48年10月16日)
覚せい剤所持事案で大阪府警に逮捕・勾留され処分保留で釈放された被疑者につき、警視庁警察官が刑事訴訟規則142条1項8号所定の事項を記載しない逮捕状請求書によって発付を受け、先の被疑事実と同一の事実により逮捕し勾留して起訴した事案です。
捜査主体の変更、新たな搜査主体と被告人の居住地との地理的関係、第一次逮捕後の日時の経過、捜査の進展に伴う被疑事実の部分的変更、逮捕の必要性等の諸点から、 第二次逮捕の手続に違法(刑訴規則142条1項8号違反)があったといえるが、再逮捕したことそのものは違法ではないとしました。
裁判所は、
- 所論は、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違反があるとして次のように主張する
- 原判決は被告人の捜査官に対する自白調書を事実認定の証拠としているが、右自白調書は不法拘禁中に作成されたものであって、証拠能力がないと解すべきである。すなわち、被告人は、本件控訴事実と同一の被疑事実につき大阪地方裁判所裁判官の発した逮捕状により、昭和47年10月13日逮捕され、引続き10日間勾留されたが、処分保留のまま釈放されていたところ、同じ被疑事実につき東京簡易裁判所裁判官の発した逮捕状により、昭和48年2月17日再逮捕され、同月19日いわゆる逮捕中求令状の形式で本件の公訴提起をうけ、同日発せられた勾留状により勾留されるに至った。右の二度目の逮捕状を請求するにあたり司法警察員は、被告人が同じ被疑事実により既に逮捕、勾留され処分保留のまま釈放中であることを知りながら、そのことを逮捕状請求書に記載せず、前記のとおり逮捕状の発布をうけ再逮捕に及んだ。従って、右の再逮捕は明らかに違法というべきである。原判決が証拠としている被告人の各自白調書は、昭和48年2月18日および19日に作成されたものであり、違法な逮捕により拘禁中に作成されたものとして証拠能力がないといわなければならない。これを証拠とした原判決は法令に違反したものであり、破棄されるべきである。と以上のように主張するのである
- そこで、記録を精査検討し、所論の当否について判断するに、被告人が覚せい剤取締法違反の被疑事実につき、所論のように二度にわたって逮捕状により逮捕されたことは、記録上明らかである
- そのうち最初の逮捕、すなわち昭和47年10月13日の逮捕(以下これを第一次逮捕という)の際の被疑事実は、その際の逮捕状が記録中に存在しないので明確ではないが、その逮捕に引続き発せられた勾留状には、被疑事実の要旨として、「被疑者は法定の除外事由がないのに、営利の目的で昭和47年7月1日ごろの午後3時ごろ、大阪市〇〇先A方応接間においてAに対し代金後払いの約束で覚せい剤フェニルメチルアミノプロパン塩類を含有する粉末約300グラムを代金240万円で譲り渡したものである。」との記載がなされており、逮捕状記載の被疑事実も右と同旨であったものと推認される
- 次に、昭和48年2月17日の逮捕(以下これを第二次逮捕という)の際の被疑事実は、「被疑者は法定の除外事由がないのに昭和47年6月末ごろの午前11時ごろ大阪市〇〇号Aに対し覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンを含有した白色粉末500グラムを譲り渡したものである。」というのである
- 右の両者を対比すると、覚せい剤をAに譲り渡した点は共通であるが、その日時ならびに数量において若干の差異がみられる
- この両者について同一性があるかどうかはともかくとして、同一の被疑事実によって被疑者を再度にわたり逮捕することも、相当の理由がある場合には許されるものと解すべきところ、関係記録によれば、前記第一次逮捕は大阪府警察本部の捜査官によってなされたものであり、被告人は、右逮捕に引続き10日間の勾留をうけ、その間取調をうけ被疑事実を認めていたのであったが、覚せい剤の流れた先についての捜査が未了であったことから、起訴、不起訴の処分が保留されたまま釈放になったこと、そして第二次逮捕は東京の警視庁碑文谷警察署の捜査官によってなされたものであり、同署は大阪府警とは別個に被告人をめぐる覚せい剤授受の件につき捜査を開始し、大阪府警の捜査とは重複しないように配慮しながら捜査を進め、覚せい剤授受の日時や数量などにつき第一次逮捕の際の被疑事実とは異なる事実の認められる疑いがあり、覚せい剤の流れた先が暴力団関係者であって、被告人がこれらの者と親交があって逃走、罪証隠滅などをはかる疑いもあったので、逮捕を必要と考え、裁判官から逮捕状の発布を得て第ニ次逮捕をするに至ったこと、以上の諸事実が認められる
- 右の事実関係によって検討すれば、被告人に対する二度の逮捕が同一の被疑事実によるものであるとしても、捜査主体の変更、新たな捜査主体と被告人の居住地との地理関係、第一次逮捕後の日時の経過、捜査の進展に伴う被疑事実の部分的変更、逮捕の必要性等の諸点からして、再逮捕をするにつき相当の理由がある場合に該当すると認められ、本件再逮捕は違法ではないと解される
- ただ、前記碑文谷署の司法警察員は、先に大阪において第一次逮捕がなされたことを了知していながら、裁判官に対して逮捕状を請求するにあたり、刑訴法199条3項、刑訴規則142条1項8号各所定の事項を逮捕状請求書に記載しなかったことが、記録上明らかである
- 右の各条項によれば、第二次逮捕の被疑事実が第一次逮捕のそれと同一であると否とにかかわらず、第一次逮捕の際の逮捕状発布の事実を第二次逮捕の逮捕状請求書に記載すべきであるから、その記載を怠ったことは右の法や規則の定めに違反したものであり、第二次逮捕はその手続に違法があったといわなければならない
- しかしながら、右刑訴法や規則の定めは、理由のない逮捕のくり返しを紡ぐためのものであると解されるところ、既に検討したとおり、被告人に対する再度の逮捕が理由のない不当なものであったとは認められないのであるから、右手続の違法の点のみを理由として第二次逮捕を違法とし、その逮捕中に作成された供述調書の証拠能力を否定することはできない(最高裁判所昭和42年12月20日決定、刑事裁判集165号487頁参照)
- 原判決に所論の違法はなく、論旨は理由がない
と判示しました。