刑法(総論)

執行猶予(1)~「刑の全部執行猶予とは?」を説明

 これから4回にわたり、執行猶予について説明します。

刑の全部執行猶予とは?

 刑の執行猶予には、

  • 刑の全部執行猶予
  • 刑の一部執行猶予

の2つがあります。

 この記事では、刑の全部執行猶予を説明します。

 刑の全部執行猶予とは、

有罪判決をして刑を言い渡すに当たって、情状により、その全部の執行を一定期間猶予し、その期間を無事経過したときは刑の言渡しを失効させる制度

です。

 刑の全部執行猶予の目的は、

執行猶予期間内に更に一定の罪を犯すなどの執行猶予の取消事由に相当する行為をした場合(刑法26条26条の2)には執行猶予が取り消され、刑の執行を受けることになるという心理的強制によって、犯罪者自身の自覚に基づく改善・更生を期待すること

にあります。

刑の全部執行猶予を受けることができる要件

 刑の全部執行猶予を受けることができる要件は、

  1. 始めて全部執行猶予判決を受ける被告人の場合(刑法25条1項
  2. 前に全部執行猶予判決を受けて執行猶予中であり、再度の全部執行猶予判決を受ける被告人の場合(刑法25条2項

とで異なります。

 以下でそれぞれについて説明します。

① 始めて全部執行猶予判決を受ける被告人の場合(刑法25条1項

 初めて全部執行猶予判決を受ける被告人については、

  1. 「前に拘禁刑以上の刑に処せられたことがないこと」又は「前に拘禁刑以上の刑に処せられたが、その執行を終わり、又はその執行の免除を得た日から5年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがないこと」
  2. 3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金を言い渡す場合であること
  3. 刑の執行を猶予するのが相当と認められる情状があること

の3つの要件を全て満たしたときに、刑の全部執行猶予判決を受けることができます。

「前に拘禁刑以上の刑に処せられた」の意味

 「前に拘禁刑以上の刑に処せられた」とは、拘禁刑以上の刑を言い渡した判決が確定したことを意味し、その確定判決の執行を受けたことではないので、その刑の執行が猶予された場合も含まれます(最高裁判決 昭和24年3月31日)。

 ただし、前に拘禁刑以上の刑に処せられたことがあっても、その刑の全部の執行を猶予された者が

  • 刑の全部執行猶予の言渡しを取り消されることなくその猶予の期間を経過したとき(刑法27条

   及び

  • 拘禁刑以上の刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た者が罰金以上の刑に処せられないで10年を経過したとき(刑法34条の2第1項

は、刑の言渡しは効力を失うので、「前に拘禁刑以上の刑に処せられたことがない者」となります。

「前に」の意味

1⃣ 「前に拘禁刑以上の刑に処せられた」の「前に」とは、「執行猶予の判決言渡し前に」という意味です。

 前の罪と今回の罪との犯行時の先後を問いません。

 この点を判示したのが以下の判例です。

最高裁判決(昭和31年4月13日)

 刑法25条1項の「前に」の解釈について、裁判所は、

  • 刑法第25条第1号にいわゆる「前に」禁錮以上の刑に処せられたことなき者とは、現に審判すべき犯罪につき刑の言渡をする際に、その以前に他の罪につき確定判決により禁錮以上の刑に処せられたことのない者を指すのであって、既に刑に処せられた罪が現に審判すべき犯罪の前に犯されたと後に犯されたとを問わない

と判示しました。

2⃣ 今回の罪の裁判の結審当時には、前に拘禁刑以上の刑に処せられたことがなくても、結審後、判決言渡し前に拘禁刑以上の刑に処せられた場合は、刑の全部執行猶予の言渡しをすることはできません。

福岡高裁判決(昭和31年4月17日)

 裁判所は、

  • 刑執行猶予の言渡しは、弁論終結当時その要件を具備していても、判決言渡し当時これを欠くに至った場合にはなしえないこと言をまたない

と判示しました。

「執行を終わった日」の意味

 刑法25条1項2号の「執行を終わった日」とは、受刑最終日の翌日をいいます。

 この点を判示したのが以下の判例です。

最高裁判決(昭和57年3月11日)

 裁判所は、

  • 刑法56条1項にいう「その執行を終わり…たる日より5年内」とは、受刑の最終日の翌日から起算して5年以内をいう

と判示しました。

② 前に全部執行猶予判決を受けて執行猶予中であり、再度の全部執行猶予判決を受ける被告人の場合(刑法25条2項本文

 前に全部執行猶予判決を受けて執行猶予中であり、再度の全部執行猶予判決を受ける被告人については、

  1. 前に拘禁刑以上の刑に処せられて付された執行猶予判決が、保護観察付きではない刑の全部の執行猶予であること
  2. 今回の刑の判決が2年以下の拘禁刑を言い渡す場合であること
  3. 特に酌量すべき情状があること

の3つの要件を全て満たしたときに、再度の全部執行猶予判決を受けることができます。

 ただし、この再度の全部執行猶予判決は、必ず「保護観察付きの部執行猶予判決」となります(刑法25条の2第1項後段)。

※ 保護観察付き執行猶予とは、執行猶予と同時に、その執行猶予期間中に保護観察を付けるというものです。

前に受けた全部執行猶予判決が保護観察付きの執行猶予判決だった場合でも、再度(2回目)の保護観察付き全部執行猶予を付すことができる

1⃣ 令和7年6月1日施行の刑法改正以前は、最初の刑の全部執行猶予が保護観察付き全部執行猶予であって、その保護観察の期間内に罪を犯したときは、再度(2回目)の全部執行猶予は許されないとされていました。

 しかし、刑法改正により、令和7年6月1日以降は、条件によっては、前に受けた執行猶予判決が保護観察付きの執行猶予判決であった場合で、今回の罪の判決言渡し時に、その保護観察付き執行猶予中である場合でも、再度(2回目)の保護観察付き全部執行猶予に付すことができるようになりました(刑法25条2項ただし書き刑法25条の2第1項

 具体的には、

  1. 前に受けた保護観察付きの執行猶予が初めての保護観察付きの執行猶予であること
  2. 今回の刑の判決が2年以下の拘禁刑を言い渡す場合であること

の2つの要件を満たす場合に、再度(2回目)の保護観察付き全部執行猶予判決を受けることができます。

2⃣ 2回目の保護観察付き全部執行猶予の後に、3回目の執行猶予を付すことはできない

 前の事件で受けた執行猶予判決が保護観察付きの執行猶予判決が、1回目の保護観察付きの執行猶予に引き続く2回目の保護観察付きの執行猶予判決であった場合は、今回の事件で3回目の執行猶予を付すことはできません(刑法25条2項ただし書き)。

3⃣ 法改正の趣旨

 保護観察付き全部執行猶予中の者に、再度の保護観察付き全部執行猶予を付すことができるとする刑法改正がなされた趣旨は、保護観察付きの全部執行猶予の言渡しを受けた者が、その執行猶予期間中に再犯に及ぶ事案の中には、実刑に処するよりも、もう一度、保護観察付きの全部執行猶予の判決を言い渡し、保護観察による社会内処遇を継続する方が、罪を犯した者の改善更正、再犯防止に資する場合もあるとされたためです。

刑の全部執行猶予の期間

 刑の全部の執行猶予の期間は、裁判が確定した日から1年以上5年以下です(刑法25条1項・2項)。

 裁判所は、1年以上5年以下の範囲内で、裁判所の裁量によって具体的な全部執行猶予期間を決め、判決において刑の言渡しと同時に全部執行猶予を言い渡します(刑訴法333条2項)。

 例えば、

  • 「拘禁刑1年、3年間の執行猶予に付する」
  • 「拘禁刑1年、5年間の保護観察付き執行猶予に付する」

といった判決が言い渡されます。

保護観察が裁量的に付される場合と必要的に付される場合の違い

 保護観察付き執行猶予の「保護観察」は、

  • 最初の刑の全部執行猶予の場合には、裁判所の裁量によって付すもの
  • 再度の刑の全部執行猶予の場合には、裁判所が必要的に保護観察を付すもの

とがあります(刑法25条の2第1項)。

 上記「①始めて全部執行猶予判決を受ける被告人の場合(刑法25条1項)」の場合は、保護観察が全部執行猶予に裁量的に付されます。

 上記「②前に全部執行猶予判決を受けて執行猶予中であり、再度の全部執行猶予判決を受ける被告人の場合(刑法25条2項本文)」は、保護観察が全部執行猶予に必要的に付されます。

 なお、保護観察の運用については、更生保護法が規定しています。

刑の全部執行猶予の効果の考え方

 刑の全部執行猶予があったとしても、刑の言渡しそのものはあったものとなります。

 なので、刑罰執行権は発生します。

 ただ、刑の現実の執行が猶予されるにすぎないという考え方になります。

 刑の全部執行猶予の言渡しを取り消されることなくその猶予の期間を経過したときは、刑の言渡しは、効力を失います(刑法27条)。

 単に刑の執行が免除されるだけではなく、刑の言渡しの効果が将来的に消滅するという考え方になります。

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