刑法(総論)

執行猶予(2)~「刑の全部執行猶予の取消し」を説明

 前回の記事の続きです。

刑の全部執行猶予の取消し

 刑の全部執行猶予は、一定の事由がある場合には取り消されます。

 取消事由には、

  1. 必要的なもの(刑の全部執行猶予の必要的取消し、刑法26条
  2. 裁量的なもの(刑の全部執行猶予の裁量的取消し、刑法26条の2

の2つがあります。

 以下でそれぞれについて説明します。

① 刑の全部執行猶予の必要的取消しの説明(刑法26条

 刑の全部執行猶予の必要的取消しは、刑法26条において、

次に掲げる場合においては、刑の全部の執行猶予の言渡しを取り消さなければならない。ただし、第3号の場合において、猶予の言渡しを受けた者が第25条第1項第2号に掲げる者であるとき、又は次条第3号に該当するときは、この限りでない。

  1. 猶予の期間内に更に罪を犯して拘禁刑以上の刑に処せられ、その刑の全部について執行猶予の言渡しがないとき。
  2. 猶予の言渡し前に犯した他の罪について拘禁刑以上の刑に処せられ、その刑の全部について執行猶予の言渡しがないとき。
  3. 猶予の言渡し前に他の罪について拘禁刑以上の刑に処せられたことが発覚したとき。

と規定されます。

「①猶予の期間内に更に罪を犯して拘禁刑以上の刑に処せられ、その刑の全部について執行猶予の言渡しがないとき」(刑法26条1号)とは?

 刑法26条1号による全部執行猶予の取消しは、執行猶予の期間中の再犯について拘禁刑以上の実刑判決があり、これが確定したことを全部執行猶予の必要的取消事由として規定するものです。

 例えば、前の罪で執行猶予判決を受けて執行猶予中の被告人が、更に罪を犯し(今回の罪)、今回の罪で実刑判決(執行猶予がつかない判決)が言い渡される場合が該当します。

 この場合に、前の罪の執行猶予は取り消されます。

 そして被告人は、前の罪と今回の罪の2つの罪について受刑することになるので、受刑期間が長期となることが予想されます。

「②猶予の言渡し前に犯した他の罪について拘禁刑以上の刑に処せられ、その刑の全部について執行猶予の言渡しがないとき」(刑法26条2号)とは?

1⃣ 刑法26条2号による全部執行猶予の取消しは、前回の罪で執行猶予判決を受けて執行猶予中の被告人が、その執行猶予判決を受ける以前にも罪を犯していたことが発覚し(後から発覚した余罪)、その後から発覚した余罪で実刑判決(執行猶予がつかない判決)が言い渡された場合をいいます。

 もし、前回の罪の裁判のときに、今回の裁判で実刑判決となる「後から発覚した余罪」も一緒に裁判を受けていたのであれば、前回の罪も実刑判決となったといえます。

 したがって、前回の罪の執行猶予判決は取り消されることになるという考え方になります。

2⃣ 刑法26条2号は、「猶予の言渡し前に犯した他の罪」について拘禁刑以上の刑に処せられ、その刑の全部について執行猶予の言渡しがないときを必要的取消事由と規定しますが、この「猶予の言渡し前に犯した他の罪」(余罪)については、たとえ未決勾留日数の裁定算入及び法定通算により現実に刑の執行をする余地のない場合でも、その余罪について刑の全部について執行猶予の言渡しがない判決が確定すれば、刑の全部執行猶予言渡しの必要的取消事由となります。

※ 未決勾留日数の裁定算入及び法定通算の説明は刑罰(4)の記事参照

 この点を判示したのが以下の判例です。

最高裁決定(昭和59年12月18日)

 裁判所は、

  • 刑の執行猶予の判決確定後に、同判決確定前に犯した他の罪につき禁錮以上の実刑に処する判決が確定したときは、右実刑判決が、未決勾留日数の裁定算入及び法定通算により、現実に刑の執行をなしうる余地がないものであっても、刑法26条2号に該当する

と判示しました。

「③猶予の言渡し前に他の罪について拘禁刑以上の刑に処せられたことが発覚したとき」(刑法26条3号)とは?

 刑法26条3号による全部執行猶予の取消しは、執行猶予の言渡し前に既に他の罪(前回の罪)について拘禁刑以上の実刑判決に処せられて、この判決が確定しているため、今回の罪につき、そもそも執行猶予の言渡しができないにもかかわらず執行猶予の言渡しをして判決が確定し、その判決確定後に執行猶予言渡しの要件を欠き違法であることが判明した場合に、その違法を是正するために、既に確定した今回の罪の全部執行猶予を取り消すことを規定するものです。

 例えば、今回の罪についての裁判で全部執行猶予判決がなされた後に、その裁判のときには分からなかったが、後から被告人が拘禁刑以上の刑(実刑)に処せられいたことが発覚した場合が該当します。

 今回の裁判で、被告人が前に禁刑以上の刑(実刑)に処せられいたことが分かっていれば、今回の裁判で被告人に全部執行猶予判決が言い渡されることはなかったはずです。

 よって、今回の罪の全部執行猶予判決は取り消されることになるという考え方になります。

【判例】

 刑法26条3号の「猶予の言渡し前に他の罪について禁錮以上の刑に処せられたことが発覚したとき」という必要的取消事由に関し、被告人が氏名を詐称し、他人になりすましたために執行猶予の判決確定前には捜査官がその前科を覚知できなかった場合は、検察官は執行猶予取消請求権を失わないとした判例があります。

最高裁決定(昭和60年11月29日)

 裁判所は、

  • 執行猶予の言渡しがあった事件において、被告人が、捜査官に対しことさら知人であるA女の氏名を詐称し、かねて熟知していたA女の身上及び前科をも正確詳細に供述するなどして、あたかもA女であるかのように巧みに装ったため、捜査官が全く不審を抱かず、指紋の同一性の確認をしなかつたことにより、当該判決の確定前に被告人自身の前科を覚知できなかったという場合には、検察官は刑法26条3号による執行猶予の取消請求権を失わない

と判示しました。

② 刑の全部執行猶予の裁量的取消しの説明(刑法26条の2

 刑の全部執行猶予の裁量的取消しは、刑法26条の2において、

次に掲げる場合においては、刑の全部の執行猶予の言渡しを取り消すことができる。

  1. 猶予の期間内に更に罪を犯し、罰金に処せられたとき。
  2. 第25条の2第1項の規定により保護観察に付せられた者が遵守すべき事項を遵守せず、その情状が重いとき。
  3. 猶予の言渡し前に他の罪について拘禁刑以上の刑に処せられ、その刑の全部の執行を猶予されたことが発覚したとき。

と規定されます。

 ①~③のいずれかに該当する場合に、刑の全部執行猶予が裁量的に取り消されます。

②の補足説明

 ②は、刑の全部執行猶予中における保護観察に付された者が「遵守すべき事項を遵守せず、その情状が重いとき」を裁量的取消事由と規定しますが、保護観察所に対する住居移転届出義務違反及び善行保持義務違反を内容とする遵守事項違反は、重要な情状として裁量的取消事由の一つに当たります。

 この点に関する以下の判例があります。

東京高裁判決(昭和63年6月9日)

 裁判所は、

  • 被請求人の住居移転届出義務違反及び善行保持義務違反を内容とする本件遵守事項違反は、被請求人が反省して更生を誓っていることなど被請求人のために酌むべき一切の事情を十分に考慮しても、その情状が重いものといわざるを得ず、被請求人に対する前記刑の執行猶予の言渡しはこれを取り消すのが相当であると認められる

と判示しました。

③の補足説明

 ③の「猶予の言渡し前に他の罪について拘禁刑以上の刑に処せられ、その刑の全部の執行を猶予されたことが発覚したとき」とは、

前回の罪で執行猶予判決を受けて執行猶予中の被告人が、その執行猶予判決を受ける以前にも罪を犯していたことが発覚し(後から発覚した余罪)、その後から発覚した余罪で執行猶予判決が言い渡されていた場合

をいいます。

刑の執行猶予中に更に罪を犯した場合、前刑の執行猶予期間は執行猶予期間満了日以降も効力が継続する

 刑法27条(全部執行猶予の規定)と刑法27条の7(一部執行猶予の規定)により、刑の全部又は一部執行猶予中に更に罪(法定刑が罰金以上の罪)を犯した場合、前刑の執行猶予期間は執行猶予期間満了日以降も効力が継続します。

 これにより、更に犯した罪の裁判が長引いて、前刑の本来の執行猶予期間が満了したとしても、執行猶予の効力が継続するとみなされます。

 そのため、更に犯した罪の裁判が確定した時には、前刑の本来の執行猶予期間が満了後であっても、前刑の執行猶予の取消しが行われる場合があります。

刑の全部執行猶予の取消しの方法

 刑の全部執行猶予の取消しは、まず、検察官が、刑の言渡しを受けた者の現在地又は最後の住所地を管轄する地方裁判所・家庭裁判所・簡易裁判所に対し、刑の全部執行猶予の取消請求をします。

 そして、その請求を受けた裁判所は、刑の全部執行猶予の言渡しを受けた者又はその代理人の意見を聴いた上で、刑の全部執行猶予の取消しを決定します(刑訴法349条349の2)。

 刑の全部執行猶予の取消しによって、その執行猶予を取り消された刑は現実に執行されることになります。

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