前回の記事の続きです。
「占有を離れた」と認められず、遺失物等横領罪は成立せず、窃盗罪が成立するとした判例・裁判例
判例において、窃盗罪(刑法235条)で起訴された事案で、所有者等の占有を離れていたとして、遺失物等横領罪(遺失物横領罪・占有離脱物横領罪)(刑法254条)にとどまるとされた判例・裁判例が数多くあります。
どのような判断基準で、窃盗罪になるのか、それとも遺失物等横領罪になるのかは、判例の傾向をつかんで理解していくことになります。
判例を読んでいくと、占有の有無の判断に当たり、重視されたと思われる事由について、以下の4つの類型に整理することができます。
- 施設等管理者当の支配領域内にあることを重視したと思われるもの
- 時間的・場所的接着性を重視したと思われるもの
- 所在場所及び財物の性質等が重視されたと思われるもの
- 帰還する習性を備えた家畜等
それでは、この4つの類型ごとに、判例を紹介していきます。
この記事では、③の「所在場所及び財物の性質等が重視されたと思われるもの」を説明します。
③ 所在場所及び財物の性質等が重視されたと思われるもの
上記判例のように時間的・場所的接着性があるとはいい難いが、
財物の特性やその所在場所
などから占有を肯定したと思われる判例として、以下のものがあります。
財物の性質と財物が所在する場所の性質に照らし、社会通念上、他者の占有が及んでいると認めたといえる判例
大審院判例(大正3年10月21日)
看守者がいない寺の建物内に安置されていた仏像を領得した事案で、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪の成立を認めました。
最高裁判例(昭和31年2月14日)
北海道内の村有林内で、他人が盗伐・放置してあった木材を、被告人が運び出して領得した事案で、裁判官は、
- 村有林の管理者である村長において、その木材の存在を知ると否とを問わず、それが村有林内にある限り村長の占有下にあり、森林窃盗に当たる
判示し、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪が成立するとしました。
ゴルファーが誤ってゴルフ場内の人工池に打ち込み放置したロストボールに対して、裁判官は、
- ゴルフ場側においては、早晩その回収、再利用を予定していたというのである
- 右事実関係のもとにおいては、本件ゴルフボールは、ゴルフ場側の所有に帰していたのであって無主物ではなく、かつ、ゴルフ場の管理者においてこれを占有していたものというべきである
- ゴルフ場側がその回収、再利用を予定しているときは、ロストボールは、ゴルフ場側の所有及び占有にかかる
と判示し、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪が成立するとしました。
収納の困難性・煩雑さという意味での財物の性質と財物が所在する場所に着目して占有を認めたといえる判例
東京高裁判例(昭和30年5月13日)
縁日ごとに営業する露店業者が、夜間照明のため共同で使用し、閉店後は仮設電柱から取り外して輪巻きにし、責任者が片付けるまでの間、一時的に道端に分散して置くのを常としていた電燈用ソケットが付いた電線を、道端に置いてある間に被告人が持ち去ったという事案で、
- 未だ保管者である露店業者の代表者の支配を離脱したとはいえない
として、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪の成立を認めました。
東京高裁判例(昭和36年6月21日)
水田に取り囲まれた幅員約2mのあぜ道内で、持ち主の居宅からも見通しが利く場所に置いてあった農耕用一輪車を被告人が領得したという事案で、
- 農家の者が、使用の便宜上、放置している物かその場に一時置き忘れた物であるかのいずれかであることが窺い知れるから、未だ持ち主の占有下にある
として、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪の成立を認めました。
一時的に駐輪してある自転車についての判例
路上や駐輪場に一時的に駐輪してある自転車については、社会通念上、所有者の占有下にあると認められる場合が多いです。
自転車については、自転車が置かれていた場所などから、
一時的な駐輪と推知できるかどうか
が判断の分かれ目になるといえます。
写真材料店の雇人が、慌てて店の戸締りをしたために、屋内に取り入れるのを忘れ、夜間、店の角から1.55m離れた隣家の公道上の看板柱の傍らに立て掛けたまま放置されていた店主の自転車を、被告人が、翌早朝午前3時頃に持ち去ったという事案で、裁判官は、
- 客観的に見ても、写真材料店方に属する物件の置場所と認められる同店北側角より1.55mの地点にある同店隣家の公道上の看板柱のそばに立掛け置いたこと
- 人がその所有物を屋内に取り入れることを失念し、夜間これを公道に置いたとしても、所有者において、その所在を意識し、かつ、客観的に見て、該物件がその所有者を推知できる場所に存するとき、その物件は常に所有者の占有に属するものと認められる
と判示し、自転車は未だ店主の占有に属するとして、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪の成立を認めました。
高松高裁判例(昭和37年10月27日)
パチンコ店の店員が、午後10時頃に帰宅する際、雨が降っていたため、店の前の歩道上に駐輪していた通勤用の自転車を店舗内にしまうように他の店員に依頼して帰宅したところ、その店員が自転車をしまい忘れたため、翌午前0時頃に被告人が持ち去ったという事案で、
- 自転車は、未だ所有者の占有下にあった
として、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪の成立を認めました。
福岡高裁判例(昭和58年2月28日)
昼頃に自転車で市場にやってきた被害者が、市場内の居酒屋で飲酒をした後、自転車を近くの人道専用橋の上に無施錠で止めたまま、約600m離れた自宅に帰宅し、翌朝これを取りに行ったところ、先立つ午前3時頃(放置されて約14時間後)に被告人が自転車を乗り去っていたという事案で、
- 上記橋が隣接する市場に来る客の事実上の自転車置き場になっており、終夜、自転車を置いたままになっていることが度々あったこと
- 本件自転車が新品で、被害者の名前の記入があり、前かごには被害者の持ち物も入っていたこと
などを理由に、自転車は未だ被害者の占有下にあるとして、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪の成立を認めました。
震災などで、持ち主が物を握持していないことに特別な事情がある場合の判例
大審院判例(大正13年6月10日)
氏名不詳者が、関東大震災の際に、一時ほかの場所に避難するために公道に搬出していた布団等を、被告人が持ち去った事案で、
- 一時的にその場を離れた場合でも、所有者がその物の存在を認識し、かつ、これを放棄する意思でなかったときは、その物は所有者の支配内を離脱した物ではない
などと判示して、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪の成立を認めました。
この判例に対しては、占有意思を重視しすぎているとか、客観的な支配が全く認められないなどとして疑問を呈する見解もあります。
一方で、大震災という特殊な状況や、布団という運搬が容易でない物であるなどの事情から、占有を推知させる客観的状況があったといえるとする見方もあります。
判例の結論としては、大震災のような特別な状況下においては、放置物件や放置状況などから他人の占有下にあると推認できるのであれば、占有を認めてよいと判断したということになります。
水中という握持が困難な場所にある物の占有が問題となった事案の判例
水中や海中において、占有意思とそれを推知させる客観的事情を重視し、占有を肯定した判例として、以下のものがあります。
大阪高裁判例(昭和30年4月22日)
製鋼会社工場の岸壁に面した運河の中に、同社が陸揚げ作業中に落下させた鉄くずを、被告人が勝手に引き揚げて領得した事案で、裁判官は、
- その場に同社の荷揚げのためのクレーンがあること、現場付近に見張所があり、川底に沈下した金属類の無断拾得を禁ずる旨の立札も設置されていたこと、同社の監視人が常時付近を巡回していたこと、付近の水面使用については同社が県知事から特別の許可を得ていたこと等の事情を考慮すれば、鉄くずは、同社の管理下にあり、同社が占有している状態にあると認めるのが相当である
として、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪の成立を認めました。
ちり回収船の人夫と海女である被告人らが、海中に取り落とした外国製時計約900個入りの麻袋1袋の引き揚げを、落とし主から依頼され、潜水してこれを海底に発見したにもかかわらず、岸壁直下付近の泥の中に隠匿した上、不発見であった旨依頼主に告げて倉庫の陰に立ち去らせた後、再び潜水してこれを引き揚げて、密かに持ち去ったという事案で、裁判官は、
- 本件のように、海中に取り落した物件については、落主の意に基づきこれを引揚げようとする者が、その落下場所の大体の位置を指示し、その引揚方を人に依頼した結果、該物件がその付近で発見されたときは、依頼者は、その物件に対し管理支配意思と支配可能な状態とを有するものといえる
- 依頼者は、その物件の現実の握持なく、現物を見ておらず、かつ、その物件を監視していなくとも、所持すなわち事実上の支配管理を有するものと解すべき
と判示し、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪の成立を認めました。