前回の記事の続きです。
前回は、『「占有を離れた」と認められ、窃盗罪は成立せず、遺失物等横領罪が成立した判例』を説明しました。
今回は、これとは反対に、『「占有を離れた」と認められず、遺失物等横領罪が成立せず、窃盗罪が成立するとした判例』を説明します。
「占有を離れた」と認められず、遺失物等横領罪は成立せず、窃盗罪が成立するとした判例・裁判例
判例において、窃盗罪(刑法235条)で起訴された事案で、所有者等の占有を離れていたとして、遺失物等横領罪(遺失物横領罪・占有離脱物横領罪)(刑法254条)にとどまるとされた判例・裁判例が数多くあります。
どのような判断基準で、窃盗罪になるのか、それとも遺失物等横領罪になるのかは、判例の傾向をつかんで理解していくことになります。
判例を読んでいくと、占有の有無の判断に当たり、重視されたと思われる事由について、以下の4つの類型に整理することができます。
- 施設等管理者当の支配領域内にあることを重視したと思われるもの
- 時間的・場所的接着性を重視したと思われるもの
- 所在場所及び財物の性質等が重視されたと思われるもの
- 帰還する習性を備えた家畜等
それでは、この4つの類型ごとに、判例を紹介していきます。
この記事では、①の「施設等管理者当の支配領域内にあることを重視したと思われるもの」を説明します。
① 施設等管理者等の支配領域内にあることを重視したと思われるもの
放置された財物であっても、
- ⑴ 未だ所有者等の包括的支配下にあると認められる場合
- ⑵ その場所等を管理する者のいわば第二次的な占有に包摂されると解される場合
には、「占有を離れた」とはいえず、その放置された財物を領得しても、遺失物等横領罪には当たらず、窃盗罪が成立します。
まず、『⑴ 未だ所有者等の包括的支配下にあると認められる場合』の判例として、以下のものがあります。
大審院判例(大正15年10月8日)
この判例は、
- 飲食店の女主人が、他人から預かっていた財布を店内の階段のかたらわに放置し、その所在を見失っていたとしても、それが屋内に存する限り、女主人の占有を離脱しておらず、第三者がこれを不法に領得すれば窃盗罪が成立する
としました。
東京高裁判例(昭和31年5月29日)
この判例は、
- 倉庫内に納められた物については、倉庫保管責任者において、その存在や数量を知らないとしても、倉庫内に納められた以上は、これに対する保管の意思を有していたものと解され、これを領得した被告人には、窃盗罪が成立する
としました。
次に、『 ⑵ その場所等を管理する者のいわば第二次的な占有に包摂されると解される場合』の判例として、以下のものがあります。
東京高裁判決(令和4年7月12日)
スーパーマーケットのセルフレジに客が置き忘れた財布につき、同スーパーマーケットの
店長によって管理、占有されているものとして窃盗罪を認定した原判決の判断に誤りはないとされた事例です。
裁判所は、
- 本件店舗のセルフレジは、商品の精算を行う場所であり、そのスペースが他の場所とも一定程度区切られ、店員がそのスペースで待機し、随時備品を補充し、補助的に操作することも予定されていたのであり、これらの事情に照らすと、セルフレジには、有人レジと同じような店舗側の管理が及んでいたと考えるのが相当である
- そして、これらレジスペースが、代金の決済や顧客及び店舗側の金銭管理という、本件店舗にとって重要な機能を営む場所であることを考慮すると、レジに所在することが通常想定される物品については、店舗側に強い関心があり、その物品を管理する意思もあると考えるのが相当である
- そして、顧客の財布は、レジで使用されることが当然に予定されている物品であり、店舗側としても、そこに置き忘れられる可能性を想定し得る物品といえるから、顧客がレジに財布を置き忘れた場合、現にその存在が店舗関係者に認識されていなくとも、レジに置き忘れられた時点で、店舗側に、これに対する管理意思が発生し、その占有下に入ると考えるのが相当である
- 本件財布が置かれていた場所は、前記のとおり、5番セルフレジのパネルのすぐ手前であり、正にセルフレジそのものに置き忘れられていたのであるから、本件財布については、置き忘れられた時点から、店舗側 の管理下に入り、店舗側が占有するに至ったものと認められる
- したがって、本件犯行当時、本件財布が店舗側、すなわち本件店舗の管理者である店長によって管理、占有されていたものと認定した原判決の判断に誤りはない
- なお、所論の指摘する店長の供述、すなわち、「忘れ物等が従業員の手に渡った段階で初めて店舗側の管理下に移り、管理責任が生じると考えている」旨の供述は、供述を全体としてみると、当該忘れ物等に係る民事上の賠償責任に関する過失の有無について述べられたものであることが明らかであるから、前記の判断を左右しない
と判示し、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪の成立を認めました。
大審院判例(大正8年4月4日)
この判例は、旅館の便所内に宿泊客が忘れた財布について、
- 財布の所有者の占有からは離脱しているが、旅館主が、その財布を認知しているか否かにかかわらず、その財布は、旅館主の占有下にある
として、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪の成立を認めました。
札幌高裁判例(昭和28年5月7日)
この判例は、旅館の脱衣場に入浴の際に宿泊客が忘れた腕時計について、
- 腕時計の所有者の占有からは離脱しているが、旅館主が、その財布を認知しているか否かにかかわらず、その腕時計は、旅館主の占有下にある
として、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪の成立を認めました。
大審院判例(大正11年9月15日)
銀行の事務室内で、支払主任が机の下に落とし、それに気付かないまま放置されていた銀行所有の札束を、銀行員が帰宅した後に清掃中の用務員が見つけて領得したという事案で、
- 札束は、支払主任の占有を離れたとしても、銀行建物管理者の占有に属する
として、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪の成立を認めました。
高松高裁判例(昭和25年6月2日)
被害者が県の交通自動車停留所に置き忘れ、その停留所を兼ねた県交通自動車営業所内のごみ箱の上に置かれていた女性用革靴につき、被告人が、その営業所の用務員から「あなたのですかと尋ねられた際、とっさに「私の靴です」と虚偽の答えをして持ち去った事案で、
- 女性用革靴は、自動車営業所の管理人の占有下にあった
として、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪の成立を認めました。
この判例は、営業所のごみ箱の上という放置場所の性質のほか、営業所の関係者が所有者を尋ねるという管理者的行動を採っていたという特殊事情を考慮し、営業所の管理人の占有を認めたものと考えられています。
東京高裁判例(昭和33年3月10日)
公衆電話を利用した者が、電話機内に放置した硬貨を被告人が領得したという事案で、
- 硬貨は公衆電話を管理する電話局長等の管理に服する
として、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪の成立を認めました。
なお、この判例については、電話局長等による硬貨に対する客観的支配が弱いことを理由として、占有を認めたことに疑問を呈する見解もあります。