刑法(遺失物横領・占有離脱物横領罪)

遺失物・占有離脱物横領罪⑥ ~『 「占有を離れた」と認められず、遺失物等横領罪は成立せず、窃盗罪が成立するとした判例~その4~』を解説~

 前回の記事の続きです。

「占有を離れた」と認められず、遺失物等横領罪は成立せず、窃盗罪が成立するとした判例・裁判例

 判例において、窃盗罪(刑法235条)で起訴された事案で、所有者等の占有を離れていたとして、遺失物等横領罪(遺失物横領罪・占有離脱物横領罪)(刑法254条)にとどまるとされた判例・裁判例が数多くあります。

 どのような判断基準で、窃盗罪になるのか、それとも遺失物等横領罪になるのかは、判例の傾向をつかんで理解していくことになります。

 判例を読んでいくと、占有の有無の判断に当たり、重視されたと思われる事由について、以下の4つの類型に整理することができます。

  1. 施設等管理者当の支配領域内にあることを重視したと思われるもの
  2. 時間的・場所的接着性を重視したと思われるもの
  3. 所在場所及び財物の性質等が重視されたと思われるもの
  4. 帰還する習性を備えた家畜等

 それでは、この4つの類型ごとに、判例を紹介していきます。

 この記事では、④の「帰還する習性を備えた家畜等」を説明します。

④ 帰還する習性を備えた家畜等

 家畜等の動物で、占有者たる飼い主の下に帰還する習性を備えているものについては、飼い主が管理する場所の外に一時的に出たとしても、未だ帰還し得る場所におり、特に逃走して野性に復するなどしていない限り、未だ飼い主の占有が及ぶと解されています。

 このような判断をした判例として、以下のものがあります。

大審院判例(大正4年3月18日)

 被害者が、被告人の牧場に2頭の牛を無断で放牧し、時々、見回りに来るなどしていたところ、被告人が見回りの隙をついて、被害者(放牧者)に無断でこの2頭の牛を売却したという事案で、

  • これらの牛は放牧者の支配するものである

として、牛2頭に対する被害者の占有を認め、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪を認めました。

大審院判例(大正5年5月1日)

 奈良県春日神社の所有する牡鹿1頭が、境内の外にある他人所有のの中に出遊していたところ、被告人が捕えて、食用のため肉を切り取ったという事案で、

  • この鹿が野生に服して神社管理者の事実上の支配を離脱して逸走した事実は認められない

として、牡鹿に対する神社の占有の継続を認め、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪が成立するとしました。

大審院判例(昭和11年12月2日)

 ウルップ島に放牧されていた狐を密漁した事案で、同島では農林省が島内一円を飼養地域とし、禁漁区を設置するとともに監視者を配備するなどして養狐事業を実施していたことなどを理由として、

  • 同島の狐は全て国家の所有に属し、農林省所轄の養狐場管理者の占有に属する

として、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪の成立を認めました。

広島高裁岡山支部判例(昭和27年3月20日)

 他人の家の前まで出遊していた飼い犬を領得した事案で、

  • その一事(飼い犬が他人の家の前まで出遊していたこと)をもって、直ちに所有者の占有を離脱したとはいえない

として、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪の成立を認めました。

最高裁判例(昭和32年7月16日)

 8年間飼育訓練され、毎日運動のために放してやると、タ方には家の庭に帰って来ていた猟犬が、他人の家に出遊していたところで、その猟犬を領得した事案で、裁判官は、

  • 8年間も飼育訓練され、毎日運動のため放してやると、夕方には同家の庭に帰って来ていたことが認められ、このように、養い訓らされた犬が、時に所有者の事実上の支配を及ぼし得べき地域外に出遊することがあっても、その習性として飼育者のもとに帰来するのを常としているものは、特段の事情の生じないかぎり、直ちに飼育者の所持を離れたものであると認めることはできない

と判示し、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪の成立を認めました。

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