刑法(遺失物横領・占有離脱物横領罪)

遺失物・占有離脱物横領罪⑤ ~「無主物を領得しても遺失物等横領罪は成立しない」「無主物と遺失物の区別」「埋蔵物と遺失物等横領罪」を判例などで解説~

無主物を領得しても遺失物等横領罪は成立しない

 遺失物等横領罪(刑法254条)の客体は、「他人の物」であり、窃盗罪などのほかの財産犯と同様に、無主物(所有者のない物)は客体にはなりません。

 誰のものでもない無主物を領得しても、遺失物等横領罪は成立しないということです。

 無主物は、所有の意思をもって先占した者が所有権を取得する(民法239)ものなので、誰のものでもない物を領得したとしても、遺失物等横領罪が成立する余地はないという考え方がとられます。

 たとえば、道ばたに落ちている誰のものでもない石ころを領得しても、遺失物等横領罪は成立しません。

無主物と遺失物の区別

 領得した物が、無主物であれば、遺失物等横領罪は成立しません。

 しかし、もし領得した物が、遺失物であった場合は、遺失物等横領罪が成立します。

 そこで、遺失物等横領罪の成否を判断するに当たり、「無主物」と「遺失物」との区別が問題になります。

 民法上は、

原所有者の所在不明が明らかで、遺失物法の規定する広告手続によるまでもなく所有権を取得させてもよいものが「無主物」

であり、

原所有者の存在可能性があるため、拾得者に所有権を取得させるのには遺失物法の手続によるべきものが「遺失物」

と解されています。

 刑法上の関係でも、原所有者の存在可能性(所有権の存否)が「無主物」か「遺失物」かの分かれ目になります。

 無主物は、

① 未だかつて何人の所有にも属したことがない物

② かつては人の所有に属していたが、所有権放棄の意思表示がされるか、その他の事情からそれと同視されて無主となった物

とに分類されます。

 以下で、それぞれの類型につき、無主物かどうかが問題となった判例を紹介します。

(a) 所有の対象かどうかが争われた判例

 「①未だかつて何人の所有にも属したことがない物」の無主物の例として、

  • 野生の動物
  • 自然に生息する水産物

が挙げられます。

 この類型に関し、無主物かどうかが争われた判例として、以下のものがあります。

大審院判例(大正11年11月3日)

 旧漁業法のいわゆる専用漁業権の対象海域内に散在する天然の岩石に付着して繁殖する海草を領得した事案で、

  • この種の海草は岩石から剥離して採取することによって、初めてその所有権を取得するものである
  • 漁業権者が、海草の繁殖を容易にするためにある種の人工(この事案の場合は岩石面の洗浄など)を加え、又はその付近に管守者を置き、他人が取り去るのを防止する手段を施したりしていても、そのことから直ちに岩石それ自体が漁業権者の占有内に入ったと解することはできない
  • それに付着した海草も漁業権者の所有に帰するものではない

として、領得した海草は無主物なので、海草を領得する行為は、漁業権の侵害にはなるとしても、占有離脱物横領や窃盗罪を構成するものではないとしました。

最高裁判例(昭和35年9月13日)

 漁業権の設定を受けた海域内に漁業組合が砂と共に移殖したあさり貝の稚貝を領得した事案で、

  • 移殖箇所には、標識やは設けられておらず、移殖した稚貝の個々の識別はもとより、その数量さえも特定できていない
  • 移殖した貝のほかにも、天然のあさり貝やそれと移殖貝との交配種もおり、相互の識別が不可能に近く、被告人が捕獲した貝が移殖した貝とは特定できない

ことなどを理由に、領得したあさり貝の稚貝が、漁業組合の所有に属尾するのか、無主物なのか特定できないとして、占有離脱物横領や窃盗罪の成立を否定しました。

最高裁判例(昭和32年10月15日)

 地方行政庁が河川法に基づき管理する河川の敷地内に堆積している砂利・砂・石を領得した事案で、

  • 当該河川を管理するという一事によって、その敷地内に存する移動可能性のある砂利等を当然に管理占有することになるものではない
  • その占有を保持するための特段の事実上の支配がなされない限り、許可なくこれを採取しても窃盗罪を構成しない

とし、河川の砂利・砂・石を領得しても、占有離脱物横領や窃盗罪は成立しないとしました。

 一方で、上記判例に対し、海中に自然発生する海草や魚貝が無主物であり、他人がこれを捕獲しても窃盗罪を構成しないことを一般論として認めつつ、海産物に所有権を認め、窃盗罪が成立するとした以下の判例があります。

大審院判例(昭和元年12月25日)

 真珠貝の養殖業者が、稚貝を天然の発生地(採苗地)から採捕して、その発育に適した放養場に放養した真珠貝を領得した事案で、

  • 養殖業者が所有の意思を持って採苗地から採捕した時点で、無主物先占によりその所有権を取得したというべきであり、その後に放養場に放養してもその所有権を喪失するものではないから、真珠貝を捕獲する行為は窃盗罪に当たる

と判示しました。

 この判例は、先ほどのあさり貝の事案(最高裁判例(昭和35年9月13日)) に比べると、真珠貝の養殖業者が、真珠貝を天然の発生地(海岸の浅瀬)から発育に適した人工の放養場へと移殖をする際に対象物が特定でき、かつ、その後の移動可能性も乏しいという点が重視されたものと考えられます。

(b) 所有権放棄の有無が争われた判例

 「② かつては人の所有に属していたが、所有権放棄の意思表示がされるか、その他の事情からそれと同視されて無主となった物」の類型に関しては、犯人が領得した物に対する所有権放棄の有無の認定が問題になります。

 所有権の有無の認定の判断基準については、判例の傾向を追って理解することになります。

犯人が領得した物に対する所有権放棄があったと認定した判例

大阪高裁判例(昭和30年6月27日)

 米占領軍が、自ら又は日本政府に指令して海中に投棄させた旧日本軍銃砲弾を、その引揚げをした下請会社を領得した事案で、

  • これらの戦争用具は、連合国最高司令官の指令によって米占領軍に引き渡されたときに、日本政府の所有権が剥奪され、更に廃棄の目的をもって海中に投棄せられたときに、その所有権が何人からも放棄せられて無主の動産になったとみるべき

などと解し、旧日本軍銃砲弾の引揚げをした下請会社がそれらを領得した行為は、引揚げを許可された元請会社との関係で業務上横領罪が成立するとしました。

最高裁判例(昭和38年5月10日)

 上記判例と同種の海中投棄された砲弾の領得事案で、最高裁は、

  • 海中投棄は、爆発物件等の所有権を放棄する意図の下になされたものではなく、日本軍の武装解除の完全履行の目的のために、作戦上の敵対行為の一時的抑制ないし危険性の除去手段として行われたものである
  • なので、海中に投棄したことをもって、連合国がその所有権を放棄し、その後、無主物となったと解すべきではなく、サンフランシスコ講和条約が発効した後は、海底有姿のまま日本国の所有に帰したと認められる

などと判示して、その引揚げを日本政府から許可された者が、これらを着服横領する行為は、日本政府との関係で横領罪を構成するとしました。

被告側の所有権放棄があった旨の主張を排斥し、被害者の所有権を認めた判例

最高裁判例(昭和25年6月27日)

 戦時中に松林内に墜落していた米国軍用飛行機の機体を拾得して他人に売却したという事案で、

  • 機体の所有権が現に何人に属するかが証拠上明らかでないとしても、直ちに無主物であると即断すべきものではない

として、遺失物等横領罪の成立を認めました。

名古屋高裁判例(昭和26年3月17日)

 元造船所の設備の一部として公有水面である川底に敷設されていたが、管理する者もなく約1年半の間放置され、川底にほぼ埋没していたレールを、費用の関係などにより放置されていたにすぎないとして、引き揚げて他に売却する行為は、遺失物等横領罪に当たるとしました。

広島高裁岡山支部判例(昭和28年8月6日)

 多量の古金属類を船員から買い受けた古物商の行為が、盗品等有償譲受罪(刑法256条2項)に問われた事案で、犯人の弁護人から、これらの金属はいわゆる「荷後(貨物運搬に際して脱落した物)」として所有権が放棄されたものと思っていた旨の弁解がされたが、それには当たらないとして弁解が排斥され、盗品等有償譲受罪が成立するとしました。

東京高裁判例(昭和31年4月30日)

 酒造会社が、終戦当時に占領軍に取り上げられるのを回避するために、地中に埋めて隠匿していた物資であって、その後に摘発を受けた際に、全部掘り出されたものと勘違いし、地中に放置していたままとなっていた物資について、所有会社が所有権放棄をしたものでないことは明らかであるとして、これを勝手に掘り出して売却した被告人の行為は遺失物等横領罪に当たるとしました。

最高裁判例(昭和56年2月20日)

 養殖業者の網いけすから付近に設置されていた建て網に入り込んだ錦鯉を捕獲して売却した事件で、

  • 八郎湖のような広大な水面に逃げ出した鯉は、飼養主において、これを回収することは事実上極めて困難な場合が多いと考えられる
  • そのことゆえに、鯉が直ちに遺失物横領罪の客体となり得ないと解すべきものではない
  • 被告人において鯉を、他人が飼養していたものであることを知りながらほしいままに領得した以上、被告人に付いて遺失物横領罪が成立するのは当然

と判示しました。

 この判例から、飼っていた動物や魚が逃げ出したことをもって、直ちに所有権放棄があったと見なされ、その動物や魚が無主物になるものではないことが分かります。

最高裁判例(昭和62年4月10日)

 ゴルファーが誤ってゴルフ場内の人工池に打ち込み放置したロストボールに対して、裁判官は、

  • ゴルフ場側においては、早晩その回収、再利用を予定していたというのである
  • 右事実関係のもとにおいては、本件ゴルフボールは、ゴルフ場側の所有に帰していたのであって無主物ではなく、かつ、ゴルフ場の管理者においてこれを占有していたものというべきである
  • ゴルフ場側がその回収、再利用を予定しているときは、ロストボールは、ゴルフ場側の所有及び占有にかかる

と判示し、ロストボールは無主物ではなく、ゴルフ場側に所有・管理があるとして、それを盗んだ場合、窃盗罪が成立するとしました。

 ゴルフ場のロストボールは、ゴルフ場側が、ゴルフ場内にあることを分かっているので、遺失物や占有離脱物ではなく、ゴルフ場側が管理していると認められるものなので、遺失物横領罪や占有離脱物横領罪は成立せず、窃盗罪が成立することになります。

埋蔵物と遺失物等横領罪

埋蔵物は、無主物とは区別され、遺失物等横領罪の客体になり得る

 無主物と似て非なるものとして

埋蔵物民法241条

があります。

 埋蔵物の定義は、民法にも規定はありませんが、民事の判例で、

埋蔵物とは、土地その他の物の中に外部から容易に目撃できないような状態に置かれ、 しかも、現在何人の所有であるか判りにくい物をいう

と判示し、陸軍が終戦直後に盗難等の防止のために構内のドッグに沈めておいた銀塊は埋蔵物に当たらないとしたものがあります(最高裁判例 昭和37年6月1日)。

 埋蔵物は、誰が所有者なのか分かりにくい物ではあるものの、所有者の物の所有が継続している物と理解することになります。

 なので、埋蔵物は、所有が継続しているという点で無主物と区別され、遺失物等横領罪の客体になり得ます。

 なお、遺失物法においても「遺失物」と「埋蔵物」は明確に区別されています(遺失物法2条1項)。

埋蔵物と無主物との区別

 埋蔵物は、所有権の対象ですが、所有権の帰属が明確ではない場合もあります。

 そのような場合、目的物となっている埋蔵物が、遺失物(又は占有離脱物)なのか、それとも無主物なのかを区別して判断する必要があります。

 もし、埋蔵物が無主物と判断される場合、その埋蔵物を領得しても、遺失物等横領罪は成立しないことになります。

 この判断については、判例の傾向をつかんで理解することになります。

大審院判例(昭和8年3月9日)

 宮崎県内の小丘陵に副葬品として埋蔵されていた所有者不明の古代(1500~1600年以上を経過したものとされている)の鏡・勾玉などを掘り出して領得したという事案で、

  • 埋葬者がその所有権を放棄したと認めることはできない
  • 埋葬者の権利はその子孫等により承継されるべき関係にあるから、無主物と即断すべきではなく、所有者不明の埋蔵物をもって論ずべきである

として、遺失物等横領罪の成立を認めました。

大審院判例(昭和9年6月13日)

 宮崎県内の古墳を無断で発掘し、埴輪の破片などを領得したという事案で、

  • 民法・遺失物法等にいう埋蔵物であり、所定の公告手続が履践されない限り、国庫に属するものではないから、所有者不明の物として、それを領得する行為は遺失物等横領罪を構成する

としました。

東京高裁判例(昭和27年5月13日)

 元陸軍用地の地中に埋没し、関係機関が所在を把握していなかった国有財産である被鉛ゴムケーブル線を掘り出して売却した事案で、

  • 国または国の機関の所有権放棄の意思によらずして国の占有を離れた埋蔵物である

と認め、遺失物等横領罪に当たるとしました。

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