前回の記事の続きです。
危険運転致死傷罪と殺人罪、傷害罪、傷害致死罪、暴行罪との関係
危険運転致死傷罪(2条、3条、6条)は、
悪質・危険な自動車の運転行為による死傷事案につき、過失犯としてではなく、事故を起こして人を死傷させる高度の類型的な危険性を有する運転行為を故意に行った結果、人を死傷させる罪
なので、それ自体暴行とも評価し得る部分があります。
そのため、
との関係が問題となりますが、考え方は以下のようになります。
殺人罪と関係
危険運転行為を行い、殺意が認定できる場合は殺人罪(殺人未遂罪を含む)が成立し、危険運転致死傷罪(2条、3条、6条)は成立しません。
傷害罪、傷害致死罪との関係
危険運転行為を行い、傷害の故意が認定できる場合は「傷害罪」又は「傷害致死罪」が成立し、危険運転致死傷罪(2条、3条、6条)は成立しません。
暴行罪との関係
暴行の故意がある場合と暴行に当たらない場合には危険運転致死傷罪(2条、3条、6条)が成立します。
これは、暴行に該当する運転行為かそれに該当しない運転行為かを具体的に区別することは困難であり、危険性も同様であるため、暴行に該当するかどうかにより区分して扱う意味はないとされるためです。
この点に関し、危険運転致死傷罪(2条、3条、6条)の法律が創設される前の裁判例であり、車両の運転行為が暴行になり得ることを判示した以下の裁判例があります。
東京高裁判決(平成12年10月27日)
裁判所は、
- 被告人の被害者に対する当初の直接的暴行と脅迫的言辞、被告人車両による追跡の態様、被告人車両の大きさ等の事実を総合すれば、被告人が被告人車両で被害者車両を追跡した行為は、被告人の運転操作の瞬時の遅れやわすかな狂いがあれば、被害者車両との追突、接触を惹起しかねないものであって、当初の直接的暴行等とあいまって、被害者をろうばいさせるに十分なものであり、被害者に運転を誤らせるなどして、被害者や被害者車両の同乗者の負傷を伴う交通事故を引ぎ起こす危険性が極めて高いものであったと認められる
- そして、このような追跡行為は、それ自体被害者車両の乗員の身体に向けられた不法な有形力の行使、すなわち暴行に当たると解するのが相当である
としました。
この理は、危険運転致死傷罪(2条、3条、6条)が創設された後も妥当するものと考えられています。
車両の運転行為が暴行になり得ることから、危険運転致死傷罪(2条、3条、6条)に当たる行為が暴行とも評価し得る場合、その結果として死傷結果が発生したときに、危険運転致死傷罪(2条、3条、6条)のみが成立するのか、同時に、傷害罪又は傷害致死罪又は殺人罪が成立するのかが問題となります。
この問題に対する答えは、故意の内容がどのようなものかによって導かれます。
具体的には、
- 死傷の結果についてまで認識・認容がある場合には「殺人罪」又は「傷害罪」又は「傷害致死罪」が成立する
- 単に暴行の故意が認められるにとどまり、死傷の結果についての認識・認容を欠く場合には暴行の結果的加重犯としての傷害罪、傷害致死罪ではなく、危険運転致死傷罪(2条、3条、6条)のみが成立する
と解すべきとされます。
この理由として、
危険運転致死傷罪(2条、3条、6条)の構成要件に照らすと、暴行に当たる行為も、それが危険運転行為に当たる以上は、本罪に包摂されていると考えられ、その場合には、本罪のみが成立すると解するのが本罪に法定刑として重い罰則を定めた趣旨に合致すること
が挙げられます。