刑法(暴行罪)

暴行罪(1) ~「暴行とは?」「身体に向けられた攻撃が行われれば暴行と認定され、攻撃が身体に命中することを要しない」「暴行罪の暴行は、傷害の結果を惹起すべきものに限られない」を判例で解説~

 これから複数回に分けて、暴行罪(刑法208条)について解説します。

暴行罪における暴行とは?

 暴行罪の行為は、

人に暴行を加えること

です。

刑法にいう暴行の意義

 まず、「暴行罪における暴行の意義」を説明する前に、「刑法にいう暴行の意義」を説明します。

 刑法にいう暴行の意義には、次の4種がありあす。

① 最広義の暴行

人に対すると物に対するとを問わず不法な有形力の行使すべて

(例:騒乱刑法106条、多衆不解散107条

② 広義の暴行

人に対する(必ずしも人の身体に対して加えられることを必要としない)不法な有形力の行使(例:公務執行妨害刑法95条、加重逃走98条、逃走援助100条2項、特別公務員暴行陵虐195条、強要223条1項

③ 狭義の暴行

人の身体に対する不法な有形力の行使

(例:暴行刑法208条

④ 最狭義の暴行

人の抵抗を抑圧するに足る不法な有形力の行使

(例:強制わいせつ刑法176条、強制性交等177条、強盗236条、事後強盗238条

暴行罪にいう暴行の意義

 暴行罪にいう暴行は、上記④の「狭義の暴行」を意味します。

 「狭義の暴行」は、具体的には、人の身体に向けて不法な攻撃を加えることをいい、身体に向けられた攻撃が行われれば暴行と認定され、攻撃が身体に命中することを要しません

 たとえば、攻撃対象とした人の身辺近くで、ブラスバンド用の大太鼓を連打し、頭脳の感覚鈍り、意識朦朧たる気分を与え、又は脳貧血をおこさせ、息詰るような程度に達せしめたときは、人の身体に対し不法な攻撃を加えたとされます。

暴行が相手の身体に命中する必要はない

 暴行が相手の身体に命中する必要はないことについて、判例を示して詳しく説明します。

大審院判決(大正11年1月24日)

 この判例で、裁判官は、

  • 刑法第208条にいわゆる暴行とは、人の身体に対し、不法に攻撃を加うるの義

と判示しました。

最高裁判決(昭和29年8月20日)

 この判例で、裁判官は、

  • 刑法208条にいう暴行とは、人の身体に対し、不法な攻撃を加えることをいうのである
  • 従って、被告人ら共同して課長らに対し、その身辺近くにおいてブラスバンド用の大太鼓、等を連打し、同人らをして頭脳の感覚鈍り意識朦朧たる気分を与え又は脳貧血を起さしめ、息詰る如き程度に達せしめたときは、人の身体に対し不法な攻撃を加えたものであって暴行と解すべきである

と判示し、暴行罪における暴行は、人の身体に対する有形力の不法な行使であれば、身体に命中することを要しないとしました。

東京高裁判決(昭和25年6月10日)

 この判例で、裁判官は、

  • 暴行とは人に向って不法なる物理的勢力を発揮することで、その物理的力が人の身体に接触することは必要でない

と判示しました。

東京高裁判決(昭和51年12月6日)

 この判例は、相手方の身体に触れなくても、暴行罪における暴行になることを判示した事例です。

 裁判官は、

  • S大学図書館付近において、被告人が一度見失ったD子を発見し、同女を革マル派の偵察者であると誤認し、同女を捕えて追及しようと企て、他1名の者とともに同女の乗車する自動車に走り寄って同女に襲いかかるような態度を示し、自動車を発車させて逃走する同女を、4名の者と共に同所から約420メートル離れた同大学守衛所付近まで、普通乗用自動車に乗って追跡し、被告人において自動車から降りて右守衛所に逃げ込もうとした同女を走って追いかけ、背後から同女に掴みかかったことは、証拠上動かし難い事実であって、未だ同女の身体に触れた事実は認められないにしても、暴行罪における暴行は、人の身体に対する有形力の行使をいうのであって、その有形力は、必ずしも相手方の身体に触れることを要するものではなく、いやしくも社会通念上身体に対する実害発生の危険性が大であって、相手方に強い不安ないし精神的動揺を与えると認められるものであれば、それをもって足ると解すべきであるから、右被告人の一連の行為をもって同女の身体に対する不法な攻撃であると認め、社会通念上実害の発生する危険性が大きく、かつ、相手方に激しい精神的動揺を与える性質のものであるから、これを同女に対する暴行行為と解すべきであるとした原判決は正当であるといわなければならない

と判示し、暴力行為等処罰に関する法律1条(共同による暴行)の成立を認めました。

 暴行罪における暴行は、人の身体に対する有形力の行使をいうのであって、その有形力は、必ずしも相手方の身体に触れることを要するものではなく、いやしくも社会通念上、身体に対する実害発生の危険性が大であって、相手方に強い不安ないし精神的動揺を与えると認められるものであれば、それをもって足ると解すべきであるとしました。

大阪高裁判決(昭和62年12月11日)

 この判例は、対席する被害者の脇に置かれた鞄を目掛けて湯飲み茶碗を投げつけた行為が、被害者に当たる危険性があり、これが当たった場合には、被害者に重大な肉体的苦痛を与えることが予測されるから、そのような投てき行為ついて、裁判官は、

  • 被告人の行為は、被害者に著しい恐怖心を抱かせるものであることも明らかである
  • したがって、本件における被告人の行為は、右のような意味において、刑法208条にいう「暴行」に当たると解するのが相当である

と判示し、被害者の脇に置かれた物に物体を投げつける行為は暴行罪における暴行にあたるとし、暴行罪の成立を認めました。

暴行罪の暴行は、傷害の結果を惹起すべきものに限られない

 暴行罪の暴行は、傷害の結果を惹起すべきものに限られないません。

 この点について、以下の判例があります。

大審院判決(昭和8年4月15日)

 裁判官は、

  • 刑法第208条の暴行とは、人の身体に対する不法なる一切の攻撃方法を包含し、その暴行が性質上傷害の結果を惹起すべきものなることを要するものにあらず

と判示し、被害者の着衣を引っ張る行為を暴行と認めた上、その暴行の程度が被害者にけがを負わせるほどのものでないとしても、暴行罪が成立するとしました。

福岡高裁判決(昭和46年10月11日)

 この判例は、人に対し、その頭、顔、胸および大腿部に食塩を数回ふりかけた行為が刑法208条の暴行にあたるとされた事例です。

 事案は、被告人が、通用門を出て行こうとする被害者の背後から、皮肉の意味で「お疲れさん」と声かけて塩をまき始め、自分が呼ばれたと思い、振り返って引き返えした被害者に対し、腹立ち紛れに食塩を右手につかんで数回ふりかけたというものです。

 裁判官は、

  • 形法第208条の暴行は、人の身体に対する不法な有形力の行使をいうものであるが、右の有形力の行使は、必ずしもその性質上傷害の結果発生に至ることを要するものではなく、相手方において受忍すべきいわれのない
  • 単に不快嫌悪の情を催させる行為といえどもこれに該当するものと解すべきである
  • そこで、これを本件についてみるに、被告人の所為が、その性質上、被害女性の身体を傷害するに至ることができるものか否かの判断はしばらくおき、通常このような所為がその相手方をして不快嫌悪の情を催させるに足りるものであることは、社会通念上疑問の余地がないものと認められ、かつ被害女性において、これを受忍すべきいわれのないことは明らかである
  • してみれば、被告人の本件所為が右の不法な有形力の行使に該当することはいうまでもない

と判示し、被害者に塩を振りかける行為は、傷害の結果発生に至るものではないが、暴行罪おける暴行と認められることから、暴行罪が成立するとしました。

最高裁決定(昭和39年1月28日)

 狭い室内で抜き身の日本刀を振り回した行為を暴行に当たると認めました。

 裁判官は、

  • 狭い四畳半の室内で、被害者を脅かすために、日本刀の抜き身を数回振り回すが如きは、とりもなおさず同人に対する暴行というべきである

と判示し、日本刀を振り回す行為は、傷害の結果発生に至るものではないが、暴行罪おける暴行と認められることから、暴行罪が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和43年12月19日)

 被害者の目前で、包丁を胸をめがけて突きつけた行為を「身体に間接的に作用し、その身体に苦痛ないし不快を与えるべき性質の有形力の行使」であり暴行に当たるとしました。

 この裁判は、一審において、被告人が、被害者の胸の前に包丁の刃先をさし出したところ、包丁の先端が被害者の左乳下に突き刺さり、その結果、被害者は、長さ約7cm、深さ約4cmの左胸部切創の傷害を負った、被告人が包丁を被害者の方にさし出した行為は、暴行にあたらず、被告人には暴行の故意の存在も否定されるべきであるから、犯罪の証明がないとして無罪の言い渡されました。

 しかし、控訴審において、包丁を胸をめがけて突きつけた行為は暴行であるから傷害罪が成立するとし、一審の無罪判決が否定されました。

 控訴審の裁判官は、

  • 被告人は、被害者の目前で包丁を持った右手に相当の力を入れ、かつ、かなりの速度でその左胸をめがけ、それが胸部に刺さるのではないかと一般に危ぶまれるような仕方で突きつけたものと推認せられる
  • そして、右のような行為は、少なくとも被害者の身体に間接的に作用し、その身体に苦痛ないし不快を与えるべき性質の有形力の行使とも認めるに十分で、刑法上暴行としての評価を受けるべきであり、被告人にたとえ包丁の刃先が相手の身体に触れることの認識がなかったとしても、少なくとも右にいう暴行に値する行為程度の認識のあったことも証拠により推認するのが相当であるから、被告人は被害者に対する右暴行により生じた前記傷害の結果についても責任を負うべきものといわなければならない

と判示し、包丁を胸めがけて突きつける行為は、傷害罪成立の基礎となる暴行にあたり、よって傷害罪が成立するとしました。

次の記事

暴行罪(1)~(6)の記事まとめ一覧

暴行罪(1)~(6)の記事まとめ一覧