刑法(総論)

不法領得の意思とは?① ~「窃盗罪の成立には不法領得の意思が必要」「不法領得の意思がなく、器物損壊罪など毀棄隠匿罪が成立する場合」などを判例で解説~

不法領得の意思とは?

1⃣ 不法領得の意思とは、

権利者を排除し、他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従い、これを利用し又は処分する意思

をいいます。

 分かりやすくいうと、

盗んだ物を自分のために利用して使う意思

のことです。

2⃣ 不法領得の意思の定義にある「権利者を排除」とは、「権利者を排除する意思」のことであり、違法性の乏しい一時使用の窃盗(使用窃盗)を不可罰にするために必要とされるものです。

※ 一時使用の窃盗(使用窃盗)の説明は次の記事参照

3⃣ 「その経済的用法に従い」とは、

  • その財物の利用価値を犯人が享受する使い方(たとえば、窃取した自転車を使って移動する)
  • その財物の交換価値を犯人が享受する使い方(たとえば、窃取したゲーム機をリサイクルショップに売って金を得る)

が該当します。

 「その財物自体から生み出される価値の享受を受けているか」という観点が「その経済的用法に従い」に該当するか否かの判断ポイントになるといえます。

 なお、最高裁決定(平成16年11月30日)は、「何らかの用途に利用、処分する意思」という表現を用い、「経済的用法」には触れず「何らかの用途」という表現を用いることから、現在では「経済的用法」の定義は限定的に解釈されていないという状況があります。

 窃盗罪の客体となる財物は、経済的価値・金銭的価値はなくても、財物性は認められ、感情的・主観的価値があるラブレターでも財物性が認められます(詳しくは窃盗罪③の記事参照)。

 ラブレターのような感情的・主観的価値がある物(経済的価値・金銭的価値はない物)が窃盗罪の客体であった場合に、不法領得の意思の存在に「経済的用法」を要求するのは疑問がある場合があります。

 従って、現在では、「経済的用法」に従ったと言い難い窃盗事案でも不領得の意思は肯定されており、「経済的用法」は要求されなくなっています。

4⃣ 「これを利用し又は処分する意思」は、「利用・処分の意思」といい、「処分」とは「捨てる」という意味でなく「盗んだ物を売却する」「他人に譲り渡す」などの処分行為を意味します。

 「利用・処分の意思」は、財物領得罪(窃盗罪、詐欺罪、恐喝罪、強盗罪など)と器物損壊罪刑法261条)とを区別するために必要とされるものです。

 財物領得罪と器物損壊罪の区別については後ほど詳しく説明します。

不法領得の意思の概念の活用場面

 不法領得の意思の概念は、物を奪取する犯罪について、

  • 窃盗罪などの領得罪が成立するか
  • 器物損壊罪などの毀棄隠匿罪が成立するか

を区別するために活用されます。

 たとえば、犯人が、Aさんの財布を、「財布を盗んで自分のものにしよう」という不法領得の意思で盗んだ場合、窃盗罪が成立します。

 これ対し、犯人が、Aさんの財布を、「日頃から恨みを持っているAさんを困らせるために、この財布を奪って海に捨ててやろう」という不法領得の意思がない状態で奪った場合、器物損壊罪が成立します。

 このように、不法領得の意思は、窃盗罪などの領得罪を成立させる構成要件要素になります。

 換言すると、他人の財物を奪っても、不法領得の意思がないのなら、窃盗罪などの領得罪は成立しないというのが刑法上のルールになります。

 もし、不法領得の意思がない状態で、他人の財物を奪った場合は、器物損壊罪などの毀棄隠匿罪が成立することになります。

不法領得の意思は明文上の規定はない

 不法領得の意思は、明文条の根拠はありませんが(法律の条文に明記されていない)、判例・裁判例において犯罪の成立要件(構成要件)として認められものです。

 このような構成要件を「書かれざる構成要件」といいます。

判例(窃盗罪の成立には不法領得の意思が必要)

 大審院判例(大正4年5月21日)において、不法領得の意思の概念が明示され、不法領得の意思が窃盗罪の成立の必要要件であることが名言されました。

 この判例は、不法領得の意思の主要判例として、今でも重要性を失っていません。

 事案は、

  • 小学校教員であった被告人は校長に不満を持っており、校長を失脚させる目的で、学校の所定の場所に保管されている教育勅語を持ち出し、教室の天井裏に隠した

というものです。

 裁判所は、

  • 窃盗罪は、不法に領得する意思を持って、他人の事実上の支配を侵し、他人の所有物を自己の支配内に移す行為なれば、本罪の成立に必要なる故意ありとするには、法定の犯罪構成要件たる事実につき認識あるをもって足れりとせず、不法に物を自己に領得する意思あることを要す
  • いわゆる領得の意思とは、権利者を排除して人の物を自己の所有物として、その経済的用法に従い、これを利用もしくは処分する意思にほかならざれば、単に物を毀棄または隠匿する意思をもって他人の支配内に存する物を奪取する行為は、領得の意思に出ていないので、窃盗罪を構成しない

と述べ、

  • 窃盗罪の成立には不法領得の意思が必要であり、不法領得の意思がないのであれば、毀棄隠匿罪が成立するのみであり、窃盗罪は成立しない

ことを判示し、小学校教員であった被告人が校長を失脚させる目的で、学校の所定の場所に保管されている教育勅語を持ち出し、教室の天井裏に隠した行為に対し、不法領得の意思がないとして窃盗罪の成立を否定しました。

 この判例で初めて、不法領得の意思とは、

権利者を排除して、他人の物を自己の所有物として、その経済的用法に従って利用又は処分することをいう

ものと定義され、かつ、不法領得の意思の概念を考える意義は、

窃盗罪と毀棄隠匿罪の区別を明らかにする点にある

ことが指針づけられました。

判例(不法領得の意思は、犯行時にあればよい)

 窃盗罪の成立には、不法領得の意思が必要であるとする判例の基本的態度は、最高裁判所にも引き継がれています。

最高裁判例(昭和26年7月13日)

 裁判所は、

  • 窃盗罪の成立に必要な不正領得の意思とは、権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思をいうのであって、永久的にその物の経済的利益を保持する意思であることを必要としない
  • であるから、被告人等が対岸に船を乗り捨てる意思で船に対するAの所持を奪った以上、一時的に船の権利者を排除し、終局的に自ら船に対する完全な支配を取得して所有者と同様の実を挙げる意思、すなわち、いわゆる不正領得の意思がなかったという訳にはゆかない
  • これを要するに、被告人に本件窃盗罪の成立に必要な不正領得の意思のあったことが認め得る

と述べました。

 最高裁判所においても、窃盗罪の成立には、不法領得の意思が必要であることを明言しています。

 この判例は、特に、不法領得の意思の成立を認めるに当たり、

永久的にその物の経済的利益を保持する意思であることを必要としない

ことを示した点において注目されています。

 不法領得の意思は、犯行時にあればよく、犯行後に不法領得の意思がなくなったとしても、窃盗罪は成立するという理解になります。

財物領得罪と器物損壊罪の区別

 不法領得の意思の定義にある「これを利用し又は処分する意思」は、「利用・処分の意思」といい、「処分」とは「捨てる」という意味でなく「盗んだ物を売却する」「他人に譲り渡す」などの処分行為を意味します。

なので、被害者から財物を領得する行為が、「利用・処分の意思」で行われたものではなく、「捨てる・隠す」など「物の本来の効用を喪失させる意思」で行われた場合は、窃盗罪などの領得罪ではなく、器物損壊罪(刑法261条)が毀棄隠匿罪が成立すると結論付けるのが判例・裁判例の考え方です。

※ 器物損壊罪の「損壊」の定義の説明については、器物損壊罪(5)の記事を参照ください。

刑罰の軽重

 器物損壊罪(刑法261条)の法定刑は「3年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金若しくは科料」です。

 これに対し、領得罪である窃盗罪(刑法235条)の法定刑は、「10年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金」です。

 財物の領得行為に不法領得の意思に認められず、窃盗罪ではなく、器物損壊罪の成立が認められた場合は、窃盗罪よりも刑罰は軽くなります。

 このように犯人に与える刑罰に差が生じる理由は、

  • 器物損壊罪は、犯人の怒りや憎悪の感情に基づいて行われることが多く、財物を損壊することによって犯人自身が利益を得るものでないため、刑罰は窃盗罪等の領得罪よりも軽くなる
  • 窃盗罪等の領得罪は、被害者から奪った財物の利用価値や交換価値を自らが享受して利益を得ようとするところに高い違法性が認められるため、刑罰は器物損壊罪よりも重くなる

という違いにがあることによります。

判例(毀棄・隠匿の意思をもって財物を奪った場合は、窃盗罪は成立しない)

 判例は、一貫して単に毀棄または隠匿の意思をもって財物を奪った場合は、窃盗罪は成立しないとしています。

東京高裁判例(昭和30年4月19日)

 裁判所は、

  • 自動車登録原簿を一時利用することのできない状態に置くために、その備え付け場所から持ち去った場合には、 これについて毀棄罪が成立することがあるは格別、窃盗罪は不正に領得する意思を欠くことの故に成立しない

と判示しています。

仙台高裁判例(昭和46年6月21日)

 他人に対する仕返しのために、海中に投棄する目的で被害者宅からチェーンソー1台を持ち出し、それを数百メートル離れた海中に投棄したという事件で、検察官が犯人を窃盗罪で起訴した事件について、裁判所は、

  • 被告人は、「チェーンソー1台を窃取した」というのであるが、単に仕返しのため海中に投棄する目的をもって、これを被害者方から持ち出し、投棄したものである
  • 窃盗罪における不法領得の意思は認められず、結局犯罪の証明がないことに帰するから、無罪の言渡をなすべきものとする

と述べ、器物損壊罪に該当することはあっても、窃盗罪にならないと判断しました。

判例(毀棄・隠匿の意思で財物を奪った後に、不法領得の意思が生じても、窃盗罪は成立しない)

 他人の財物を奪った場合に、窃盗罪の成立を認定するに当たり、不法領得の意思が必要ですが、不法領得の意思は、犯行時にある必要があります。

 つまり、毀棄・隠匿の意思で他人の財物を奪い、あとから不法領得の意思が生じたとしても、窃盗罪は成立しません。

 このことを示した判例として、以下の判例があります。

東京地裁判例(昭和62年10月6日)

【事件の内容】

 被告人3名は、共謀の上、その雇主を殺害し、死体を遺棄しようとした。

 その際、犯行の発覚を防ぐために、被害者が身に着けていた貴金属類を、死体とは別の場所に投棄することにした。

 死体から、腕時計、指輪等をはがして、ビニール袋に入れ、死体とともに自動車に積み込み、死体を埋める場所に向かった。

 ところが、死体遺棄に気を取られ、腕時計等を入れたビニール袋を捨て忘れたまま帰宅してしまった。

 その後、折を見て、貴金属類を捨てるつもりでいるうち、被告人3人のうちの1人が、その貴金属を質入れするなどして処分した。

【判決の内容】

 判決では、腕時計等の貴金属類についての被告人らの行為につき、器物毀棄罪等の別罪を構成するかどうかはともかく、窃盗罪を構成するものではないと判示しました。

 犯行時は、腕時計等の貴金属類を毀棄する意思で奪っており、不法領得の意思がないことから、窃盗罪は成立しないという判断になったものです。

 裁判所は、

  • 被告人らは、犯行の発覚を防ぐため、腕時計等を投棄しようとしてこれらを死体からはがし、予定どおり投棄に赴いている
  • その間、被告人らが腕時計等の占有を11時間にわたって継続したのは専ら死体と一緒に運ぶためであって、場合によってはこれらを利用することがありうると認識していたわけでもない
  • 被告人らには、未必的にせよ、腕時計等から生ずる何らかの効用を享受する意思があったということはできない
  • 本件においては、その後、被告人らによって質入れされる等の事態に至っているが、被告人らが腕時計等の占有を完全に取得した以後の段階において、その効用を享受する意思が生ずるに至ったとしても、さかのぼって占有奪取時における主観的要件を補完するものではないことはいうまでもない
  • 結局、本件は、被告人らが腕時計等の占有を取得した時点においては、不法領得の意思を認めることはできない

と述べ、腕時計等を奪ったことに対して、窃盗罪の成立を否定しました。

 この裁判例は、不法領得の意思を

「財物(腕時計等)から生ずる何らかの効用を享受する意思」

と定義したことが注目されています。

 つまり、「財物から生ずる何らかの効用を享受する意思」が認められなかった場合、例えば、この裁判例の事案のように、

  • 死体を埋めた後で死体が警察に発見され、死体が付けている腕時計から被害者が発覚し、犯人が割り出されることを防ぐため、腕時計を窃取した

というような

  • 犯行発覚を防ぐ目的

で財物を窃取した場合は、不法領得の意思が認められず、窃盗罪が成立しないとするが学説で指示されている考え方です。

不法領得の意思が争われた判例

 不法領得の意思が争われた判例を紹介します。

大阪地裁判例(昭和63年12月22日)

【事件の内容】

 スーパーマーケットの売り場からセーター等の商品を持ち出し、トイレ等に持ち込んで値札等を取り外し、正当に購入したもののように装い、家族が物を買ってきたので、商品を返品したいなどと うそ を言って店員をだまし、代金相当額の現金を詐取したという事件。

【犯人の弁護人の主張】

 犯人の弁護人は、不法領得の意思がなく、窃盗罪は成立しないと主張した。

【判決の内容】

 裁判所は、

  • 被告人は、本件各商品を、単純に、もとに返還するというのではなく、あたかもこれら商品の正当な買主(すなわち所有者)であるように装って返品し、代金相当額の交付を受ける意思の下に、売り場から持ち出したものである
  • 被告人のこのような意志は、権利者を排除して物の正当な所有者として振る舞い、かつ、物の所有者にして初めてなしうるような、その物の用法にかなった方法に従い利用・処分する意思にほかならないというべきである
  • そして、本件各商品持ち出し行為が右のように、返品を装って代金相当額を受けようとする意思に基づくものである以上、持ち出し場所から返還場所までの距離が短かったことや、時間的間隔がわずかであったこと、更には、被告人においてこれら商品を衣類として着用する意思がなかったことなど所論指摘の事情にかかわりなく、被告人には不法領得の意思が成立するものといわなければならない

と述べ、不法領得の意思の成立を認め、窃盗罪が成立すると判断しました。

東京高裁判例(平成12年5月15日)

【事件の内容】

 強盗致傷・窃盗被告事件。

① 強盗致傷罪については、長年交際のあって別れたA子に対する怨念の気持ち、A子が被告人の連絡先を記載したメモを持っているか確認したい

② 窃盗罪については、物取りの犯行に見せかけたい

との考えを動機として犯行に及んだ。

【犯人の弁護人の主張】

 上記①②が動機で及んだ犯行であることから、犯人は、被害物品を費消する不法領得の意思を有していなかったとして、強盗致傷罪、窃盗罪は成立しないと主張した。

【判決の内容】

 裁判所は、

  • 被告人は、金員そのものを強取したり、盗んだりするのを主目的とはしていなかったとはいえ、単に物を廃棄したり隠匿したりする意思ではなかった
  • 強盗致傷の犯行では、事前から物取りを装う意図を有していて、A子が自身の生命を守るのと引き替えにバッグを提供したのに乗じてそのバッグを奪っている
  • 窃盗の犯行では、その場で物取りを装おうと考え、その意図を実現するのに相応しい金品を持ち出して所有者の占有を奪っている
  • この事実関係からし、いずれの場合も、被告人には不法領得の意思があったものというべきである

と述べ、弁護人の主張をいずれも排斥し、強盗致傷罪、窃盗罪の成立を認めました。

不法領得の意思に言及したそのほかの判例

最高裁判例(昭和28年2月13日)

 裁判所は、

  • 窃盗罪の成立に必要である故意ありとするには、犯罪構成要件たる事実につき認識あるだけでは不充分であって、かかる認識の外なお不正領得の意思あることを要することは所論のとおりである
  • しかし、不正領得の意思とは単に物を毀棄又は隠匿する意思ではなく、権利者を排除して他人の物をあたかも自己の所有物のごとくその物の経済的用法に従つて利用又は処分する意思をいうものであり、また永久的にその物の経済的利益を保持する意思であることを必要としないとすることは、当裁判所の判例とするところである
  • 第一審判決挙示の証拠によれば、被告人は本件衣類の保管者であるAが金をくれなければ絶対に被害品たる衣類を返さず、半年1年と金をくれるのが長びけば処分する意思であったことが認められる以上、いわゆる不正領得の意思がなかったということはできない

と判示しました。

最高裁判例(昭和30年9月27日)

 裁判所は、

  • およそ窃盗罪の成立には不正領得の意思あることを必要とし、そして不正領得の意思とは、権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思をいうのである
  • およそ判決がその事実認定の部において、被告人は他人の所持保管にかかる他人所有の動産数点を窃取したものであるとの趣旨を判示した以上は、そのいわゆる窃取は不法領得の意思をもって為されたものであるとの趣旨を示したものと解するのを相当とする

と判示しました。

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