刑法(暴行罪)

暴行罪(5) ~「暴行罪における違法性阻却事由」を判例で解説~

暴行罪における違法性阻却事由

 たとえば、殺人をしても、殺人行為に違法性が認められなければ、無罪となります。

 この違法性が認められない条件(『違法性阻却事由』といいます)が、

となります。

 暴行罪における違法性阻却事由に関する主な判例を紹介します。

違法性阻却事由に関する判例

東京高裁判決(昭和38年3月19日)

 子が母の顔面を殴った暴行について、違法性阻却事由の存在を否定し、暴行罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 被告人の右所為を暴行罪の構成要件に照合して見るに、暴行罪は人の身体に対し有形力を行使するによって成立し、その「人」とは、犯人以外の生存自然人であれば足り、それ以外同罪の成立上何らの要件も存在せず、犯人と被害者の間に親族関係の存することは同罪の成立を妨げる事由とならないのはもちろんのこと、その刑を免除する事由ともならないから、いやしくも構成要件に該当する故意行為に出た以上、特に行為の違法性を阻却する事由の存在しない限り、暴行罪の刑責を免がれ得ないものと解すべきところ、被告人は自己の進路に立ちふさがった母を排除する目的等から同女の顔面を手をもって殴打したのであるから、その所為たるや前叙暴行罪の構成要件に該当すること明らかな類型行為であるといわなければならない
  • 被告人の母に対する本件暴行の動機、目的は自己の非行の責めを逃れんがためであって、社会通念上許容し得ないところである
  • 本件発生の契機、事件の経過、被告人の暴行行為の動機、目的、その目的を遂げるための手段、方法及び右行為により保全しようとした法益と侵害されようとした法益との権衡、行為時における情況上の緊急性等、一切の関連事情を総合して考察すると、被告人の本件暴行の所為は、それが子から親に対してなされたものである点を考慮外に置くとしても、決して軽微な単なる乱暴と認むべきものでない
  • そして、右行為が刑法第35条ないし第37条所定の各事由により違法性を阻却される場合に該当しないことは明らかであるのみならず、行為は、家庭をはじめ社会共同生活の平和と秩序を乱すもので、社会正義の理念に反し、社会的相当性を欠き、法律秩序全体の精神に鑑み到底是認され得ないところである
  • もとより、刑罰法令の構成要件に該当する行為であって、刑法第35条ないし第37条所定の各事由により違法性を阻却される場合に該当しなくても、その行為当時の諸般の事情に照らし具体的、実質的に考察した結果全体としての法秩序に違反しないと認むべき合理的根拠があるときは、超法規的に違法性を阻却される場合があることはこれを認容しなければならないとしても、刑法が違法性阻却の事由をある特殊例外の場合に限定し、かつその要件を極めて厳格に規定していることに思いを致せば、むやみに法に明文のない違法性阻却事由を認むべきではなく、刑法の規定するところと同等若しくはそれより一層厳格な要件の下にこれを認むべきものとすることが刑法の根本原理に沿うゆえんである

と判示し、子の親に対する暴行について、違法性阻却を認めず、暴行罪が成立するとしました。

大阪高裁判決(昭和30年5月16日)

 教員の生徒に対する殴打は、懲戒行為としてする場合でも、暴行罪の成立を阻却しないとしました。

 教員2名が生徒を殴った行為について、裁判官は、

  • 被告人両名の殴打は、傷害の結果を生ぜしめるような意思をもってなされたものではなく、またそのような強度のものではなかったことは推察できるけれども、しかしそれがために殴打行為が刑法第208条にいわゆる暴行に該当しないとする理由にはならない
  • つぎに、弁護人は、教員たる各被告人が学校教育上の必要に基づいて生徒に対してした懲戒行為であるから、刑法の右法条を適用すべきではないと主張するけれども、学校教育法第11条は「校長及び教員は教育上必要があると認めるときは、監督官庁の定めるところにより、学生、生徒及び児童に懲戒を加えることができる。但し、体罰を加えることはできない。」と規定しており、これを、基本的人権尊重を基調とし暴力を否定する日本国憲法の趣旨及び右趣旨に則り刑法暴行罪の規定を特に改めて刑を加重すると共にこれを非親告罪として被害者の私的処分に任さないものとしたことなどに鑑みるときは、殴打のような暴行行為は、たとえ教育上必要があるとする懲戒行為としてでも、その理由によって罪の成立上、違法性を阻却せしめるというような法意であるとは、とうてい解されないのである

と判示し、教員が生徒を殴る行為は正当行為として違法性を阻却せず、暴行罪や傷害罪が成立するとしました。

 なお、この判決の内容は、最高裁(最高裁判決 昭和33年4月3日)でも是認され維持されました。

札幌高裁函館支部判決(昭和28年2月18日)

 2歳あまりの養子をせっかんの上に食事も与えず栄養不良で死亡させた暴行、遺棄致死事案です。

 裁判官は、

  • 親権を行うものは、その必要な範囲内で自らその子を懲戒することができるし、懲戒のためには、それが適宜な手段である場合には、打擲することも是認さるべきであるけれども、それには、おのづから一般社会観念上の制約もあり、殊にそれが子の監護教育に必要な範囲内でなければならない
  • 故にもし親権者がその限界を越えて、いたづらに子を厄介視し、あるいはその時のわがまま気分から度を越えて子を殴打する等の残酷な行為をした場合は、それは親権の濫用であって親権喪失の事由たるばかりでなく、その暴行は暴行罪として、刑事上の責任を負わなければならない
  • 被告人はその貰い子(未だ入籍していない養子)である満2歳あまりになる病弱児Bに対し、平素充分な栄養を摂らせなかったし、Bは未だ歩行も出来ない状態でありながら、飢えていると手を差しのべることさえあった状態にある子に、しつけのためとか、矯正のためとかで打擲を加えることは、一般社会観念の許さない、殊に監護教育に必要な範囲を越脱した残酷な行為であることは明かである
  • されば、被告人の暴行の行為は、親の子に対する懲戒行為として違法を阻却すべきものでないことはもちろんのことで、原判決が暴行罪としてこれを処断したのは正当である

と判示し、親の子(養子)に対する暴力が、正当行為として違法性を阻却せず、暴行罪を成立させるとしました。

最高裁判決(昭和50年4月3日)

 私人の現行犯逮捕にあっても、社会通念上、逮捕のために必要かつ相当であると認められる限度内の実力を行使することが許され、たとえその実力の行使が刑罰法令に触れることがあるとしても、刑法35条により罰せられないとしました。

 事案は、漁船A丸の船員である被告人が、海上において、あわびの密漁船と認めて追跡し捕捉しようとしていた漁船B丸と接触した際、A丸の船上から、B丸を操舵中のCの手足を竹竿で叩き突くなどし、Bに対し全治約1週間を要する傷害を負わせたというものです。

 裁判官は、

  • 現行犯逮捕をしようとする場合において、現行犯人から抵抗を受けたときは、逮捕をしようとする者は、警察官であると私人であるとをとわず、その際の状況からみて社会通念上、逮捕のために必要かつ相当であると認められる限度内の実力を行使することが許され、たとえその実力の行使が刑罰法令に触れることがあるとしても、刑法35条により罰せられないものと解すべきである
  • これを本件についてみるに、被告人は、Cらを現行犯逮捕しようとし、Cらから抵抗を受けたため、これを排除しようとして前記の行為に及んだことが明らかであり、かつ、右の行為は、社会通念上逮捕をするために必要かつ相当な限度内にとどまるものと認められるから、被告人の行為は、刑法35条により罰せられないものというべきである

と判示し、私人が犯人を現行逮捕しようとする場合に必要かつ相当な限度内の暴力を振るったとしても、それは正当行為として違法性を阻却し、傷害罪(暴行罪も同じ)を成立させないとしました。

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