恐喝罪における被害者
恐喝罪の保護法益には、「財産」のみではなく、「身体の安全」も含まれます。
恐喝罪では、被害者として、
- 被恐喝者(暴行脅迫を受けるもの)
- 財産の交付者(喝取金を犯人に渡す者)
- 財産上の被害者(喝取金の所有者)
の三者に区分されます。
この三者が同一人であるのが通常の恐喝罪の被害者の形態ですが、別人である場合があります。
この三者が別人である場合の考え方について、以下で説明します。
① 被恐喝者と財産上の被害者は同一人でなくてもよい
被恐喝者(暴行脅迫を受けるもの)と財産上の被害者(喝取金の所有者)は同一人でなくてもよいとされます。
たとえば、被恐喝者が「学生A」で、財産上の被害者が「学生Aの父」である場合が、被恐喝者が財産上の被害者と同一人でないケースに当たります。
この点について、以下の判例があります。
大審院判決(大正6年4月12日)
この判例で、裁判官は、
- 恐喝罪の成立には、被害者と被恐喝者とは、同一なることを要せざれば、被害者の財産につき、処分をなすの権限又は地位を有する者を恐喝して畏怖の念を生ぜしめたる結果として、その財産に損害を加えうることにより、自己が財産上不法の利益を得る以上は、恐喝罪を構成するものとす
と判示し、財産の被害者と被恐喝者とは、同一である必要はないとしました。
大審院判決(昭和11年1月30日)
この判例で、裁判官は、
- 他人のためにその事務を処理する者を恐喝して、畏怖の念を生ぜしめ、よって事実上、債務の弁済を延期せしめて、財産上不法の利益を得たる以上は、恐喝罪を構成するものとす
と判示しました。
たとえば、被恐喝者が会社の会計事務を行う者で、財産上の被害者がその会社の社長である場合がこの判例のような恐喝罪のケースになります。
被恐喝者を介して財産上の被害者を恐喝したと評価された判例(間接正犯の形態による恐喝)
財産上の被害者と被恐喝者が異なる場合で、被恐喝者を恐喝した行為が、その被恐喝者を介して財産上の被害者を恐喝したと評価された判例があるので紹介します。
大審院判決(明治44年12月4日)
被告人Aが、Bの妻Cに対して、Bの営業所に対し害悪を加えると恐喝し、その旨主人に伝えるように申し向けて、Bに土地買収の交渉に応じさせようとした事案で、裁判官は、
- 恐喝罪の被害者は、常に犯罪の目的たる財産権の主体なりといえども、恐喝を受けるものは、右被害者たることを必要とせず
- 被害者と利害関係を有するものに対して、恐喝を為すをもって足る
- 被告人は、Bと利害関係を有するCを介し、Bに害悪の告知を為さしめたる趣旨なるや明瞭なれば、理由不備の違法なし
と判示しました。
この判例は、被恐喝者と財産上の被害者は、同一人でなくても利害関係を有する者であればよいとして、被恐喝者が妻Cで、財産上の被害者が夫Bであるように読めます。
しかし、妻Cを介して夫Bを恐喝した間接正犯の形態であり、また、妻Cを夫Bと一体をなす者とみることもできます。
そうすると、被恐喝者も夫Bであると解するのが妥当で、被恐喝者と財産上の被害者が同一人である事案といえるという評価がなされています。
大審院判決(昭和11年2月24日)
会社の庶務係を介して会社の重役を恐喝しようとした恐喝未遂の事案です。
裁判官は、
- 恐喝罪は、会社の庶務係に対して恐喝手段を施し、その者をして会社の重役に通達せしめ、間接にこれを恐喝する場合においても成立し、かかる場合における実行の着手は、その庶務係に恐喝手段を施したる時にあるものとす
と判示し、恐喝未遂が成立するとしました。
② 被恐喝者と交付者は同一人でなければならないが、交付者と財産上の被害者とは同一人である必要はない
被恐喝者(暴行脅迫を受けるもの)と交付者(喝取金を犯人に渡す者)は同一人でなければなりませんが、交付者と財産上の被害者(喝取金の所有者)とは同一人である必要はありません。
たとえば、被恐喝者が「学生A」で、財産上の被害者が「学生Aの父」である場合、恐喝者に現金を渡す者(交付者)のは、「学生A」でなければなりません。
恐喝者に現金を渡す者(交付者)が、「学生Aの父」でなければなりません。
「学生Aの父」が恐喝者に現金を交付しても、恐喝罪は成立しません。
これは、「学生Aの父」は、恐喝者の脅迫暴行により畏怖しておらず、畏怖に基づいて交付したとはいえないからです。
(なお、このようなケースでも、「学生A」を介して「学生Aの父」を恐喝した間接正犯の形態であれば、「学生Aの父」は畏怖しているので、恐喝罪が成立し得ます)
③ 「被恐喝者・交付者」と「財産上の被害者」が異なる場合は、「被恐喝者・交付者」は、財産・利益の交付権限を持つ者でなければならない
「被恐喝者・交付者」と「財産上の被害者」が異なる場合は、「被恐喝者・交付者」は、財産・利益の交付権限を持つ者でなければなりません。
「被恐喝者・交付者」に交付の権限がない場合には、恐喝罪は成立しません。
なお、この交付権限は、法律上の権限である必要はなく、事実上の権限で足ります。
この点について、以下の判例があります。
東京高裁判決(昭和44年6月26日)
恐喝を受けた店の店員が、レジの中から店主所有の現金を犯人に交付した事案で、裁判官は、
- 目的物につき、処分権限を有しない者の所持、すなわち、事実上の支配であっても、その所持は、所持として法律上の保護を受けるものであるから、本件の場合、Aがレジスター在中のB商店所有の現金につき、処分権限を有しない者であることはそのとおりであるが、Aに対し、原判示のような恐喝手段を用いて、Aを畏怖させ、Aをしてレジスターを開扉させて、在中の事実上Aの所持にかかる現金1万2000円を交付させた以上、やはり恐喝罪(既遂)となるのである
と判示して、喝取金の交付権限は、店員と店主の関係のように、事実上の権限で足りるとしました。