刑訴法206条の説明
刑訴法206条は、
① 司法警察員が被疑者を逮捕してから検察官に被疑者を送致する制限時間
… 被疑者が身体を拘束されたときから48時間以内(刑訴法203条1項)
② 検察官が被疑者を逮捕してから裁判所に勾留請求をする制限時間
… 被疑者が身体を拘束されたときから48時間以内(刑訴法204条1項)
③ 検察官が司法警察員から被疑者の送致を受けた後、裁判所に勾留請求をする制限時間
… 検察官が司法警察員から被疑者の送致を受けてから24時間以内、かつ、警察官が被疑者を逮捕してから72時間以内(刑訴法205条1項)
を、司法警察員又は検察官が「やむを得ない事情」によって守れなかった場合の救済を規定するものです。
「やむを得ない事情」とは?
刑事訴訟法が、被疑者の逮捕後に短期の留置期間(上記の24時間、48時間、72時間以内の時間制限)を認めるのは、逮捕後の応急的な措置(例えば、弁解録取手続、書類の整理等)のためです。
その制限期間内に捜査をまとめあげることを予定したものではありません。
それを踏まえ、「やむを得ない事情」は、
- 自然的な不可抗力的な事情に限られる
こととなります。
そして、「やむを得ない事情」の判断は、
- 身柄の移動や逮捕に伴う手続、送致・勾留請求に必要な書類の作成などに必要な時間について制限時間を超過することがやむを得ないかどうか
によって判断されます。
「やむを得ない事情」に当たらない事情
「やむを得ない事情」に当たらない事情として、
- 事件が複雑であること
- 被疑者が多数いること
- 捜査官側(担当官の病気・出張等)の都合
などは制限時間を遵守することができなかった「やむを得ない事情」に当たらないとされます。
「やむを得ない事情」に当たる事情の具体例
1⃣ 制限時間を遵守できなかった「やむを得ない事情」の典型例として、
- 台風で交通が途絶し、身柄の移動が困難となった場合
- 警察その他関係官署の機能が麻痺したような天災地変が起こった場合
- 交通機関の事故が起こった場合
- 被疑者が急病になった場合
- 遠距離の地で逮捕したことにより移動に時間がかかった場合
などが挙げられます。
2⃣ 実際に、制限時間の超過がやむを得ないと認められた事例の多くは、遠距離の地で逮捕した場合がほとんどとなっています。
ただし、第2種指名手配(犯罪捜査規範32条1項2号「身柄を引取に行く場合」)の被疑者が逮捕され、遠隔地の手配庁が身柄引取りのため出向くのに長時間要することは、やむを得ない場合に当たらないとされます。
3⃣ 犯罪捜査規範135条は、やむを得ない場合として、
- 遠隔地における逮捕
- 被疑者の病気・泥酔などによる保護の必要
を例示しています。
被疑者の急病の場合は、あえて制限時間を超過しても勾留請求に至るのは、短時間の休養や手当で回復する見込みのある場合に限定されると考えられています。
これは、入院が必要な場合は、釈放して、回復後の再逮捕を検討すべきだからです。
4⃣ 事件の規模や他事件の輻湊は「やむを得ない事情」とは認められません。
しかし、警察の処理機能を超える大規模な内乱、騒擾事件が発生したような場合は「やむを得ない事情」に当たると解する学説があります。
反対意見として、犯罪を鎮圧し、治安を回復することが何よりも優先される内乱状態が数日以上の間継続するような例外的な場合でない限り、これが「やむを得ない事由」に当たると解することは許されないとする学説もあります。
「やむを得ない事情」を認めた事例
やむを得ない事情を認めた事例は数少ないです。
その数少ない事例として以下のものがあります。
旭川地裁決定(昭和42年5月13日)
旭川市を犯罪地とする事件について、熊本地裁裁判官の逮捕状を得て、5月9日午後11時、熊本市内で逮捕、同月12日午前2時30分に旭川警察署に到着後、相当時間の休養を与えた後、同署において取調べをした上、同日午後1時30分検察官に送致する手続を行い、検察官は、同日午後4時、勾留請求したという事案です。
裁判官は、
- 被疑者を逮捕後、旭川警察署に到着するまで約51時間を要し、すでに刑事訴訟法第203条の制限時間を超過したのであるが、その間なんらの取調をすることができなかった本件の場合、本件被疑者に相当の休養を与えた後右取調をし、その結果さらに右程度の時間を要したとしても、その遅滞はやむを得ない事由に基く正当なものであると解するのが相当である
と判断し、警察が検察官に身柄を48時間以内に送致することができなかったことについて、やむを得ない事情を認め、検察官の勾留請求を適法としました。
「やむを得ない事情」の判断対象となる制限時間の考え方
やむを得ない事情は、司法警察員の48時間、検察官の24時間、身柄拘束後総じて72時間のそれぞれについて判断されます。
司法警察員の48時間と検察官の24時間を相互に流用することはできないので、司法警察員の48時間の制限の不遵守がやむを得ないと認められない場合には、72時間以内であっても、勾留請求は認められず、検察官は被疑者を釈放しなければなりません。
やむを得ない事情があったことを裁判官に説明するに当たっての検察官の措置
やむを得ない事情は、検察官が被疑者を裁判官に勾留請求する際に、疎明資料を提出するなどして裁判官に説明します。
検察官が遅延をやむを得ないものと判断して勾留請求するには、勾留請求書に、検察官又は司法警察員がやむを得ない事情によって法に定める時間の制限に従うことができなかった事由を記載し(刑訴規147条1項4号)、これを認めるべき資料を提供しなければならなりません(刑訴規則148条2項)。
司法警察員が制限時間にやむを得ない事情で従えなかった場合は、犯罪捜査規範135条に「遅延事由報告書」により疎明するとする規定があります。
司法警察員が時間制限に従うことができなかった場合でも、疎明は検察官が行う勾留請求に付随して行われるので検察官が行います。
検察官からやむを得ない事情の説明を受けた裁判官の措置
刑訴法206条1項による勾留請求を受けた裁判官は、その遅延がやむを得ない事由に基づく正当なものであると認める場合でなければ、勾留状を発付することはできません。
勾留の理由又は必要性がない場合はもちろん、やむを得ない事情が認められなければ、検察官の勾留請求を却下することになります。