前回の記事の続きです。
この記事では、「勾留請求却下の裁判に対する準抗告」と「勾留請求却下の裁判の執行停止の申立て」について説明します。
「勾留請求却下の裁判に対する準抗告」と「勾留請求却下の裁判の執行停止の申立て」
検察官が被疑者の勾留請求を裁判官にし、裁判官が勾留請求却下の裁判をした場合は、被疑者は勾留されることがなくなるので、検察官は被疑者を釈放することになります。
しかし、検察官が、裁判官のした勾留請求却下の裁判に対して不服がある場合、つまり、「被疑者を釈放するのではなく、勾留すべき」と考える場合、検察官は、「勾留請求却下の裁判の執行停止」を申し立てた上、「勾留請求却下の裁判に対する準抗告」を申し立てることができます。
※準抗告の説明は別の記事参照
検察官が「勾留請求却下の裁判の執行停止」を申し立てる理由は、「勾留請求却下の裁判」があった以上、検察官は被疑者を釈放しなければならないところ、裁判官に「勾留請求却下の裁判の執行停止」を申し立て、裁判官に「勾留請求却下の裁判の執行停止決定」を出してもらうことで、検察官はひとまず被疑者を釈放せずに逮捕に基づく身柄拘束を続けることができます。
検察官の行った「勾留請求却下の裁判に対する準抗告」に対し、裁判官が検察官の主張するとおり「被疑者は釈放すべきではなく、勾留すべき」という判断をした場合、裁判官は勾留状を発付し、被疑者の勾留が開始されます。
反対に、検察官の行った「勾留請求却下の裁判に対する準抗告」を裁判官が認めなければ、検察官は被疑者を釈放することになります。
「勾留請求却下の裁判の執行停止の申立て」が必要な理由
準抗告(及び抗告)は、裁判の執行停止する効力を有しません(刑訴法424条、432条)。
そのため、検察官は「勾留請求却下の裁判に対する準抗告申立て」を行うに当たって、「勾留請求却下の裁判の執行停止の申立て」も行う必要があります。
「勾留請求却下の裁判の執行停止の申立て」を行い、裁判官から「勾留請求却下の裁判の執行停止決定」が出されなければ、「勾留請求却下の裁判に対する準抗告申立て」を行っている最中でも、検察官は被疑者を釈放しなければなりません。
裁判の執行停止の可否の考え方
勾留請求却下の裁判に対して執行停止を考える余地はないとする説があります。
その理由は、勾留請求による身柄拘束は、勾留請求に対する裁判によりその根拠が消滅するのであって、勾留請求却下の裁判の執行として釈放するのではないというものです。
しかし、通説は、勾留請求却下の裁判に対しても執行停止が認められると解しています。
理由は、刑訴法432条が424条を準用していること、刑訴法424条・425条にいう裁判の執行は、広く裁判内容の実現を指し、したがって、勾留請求の却下による身柄の釈放を含むと解されることから、勾留請求却下の裁判に対しても執行停止が認められると解するのが正当であるというものです。
執行停止の裁判までの身柄の拘束の可否
検察官が「勾留請求却下の裁判に対する準抗告」及び「勾留請求却下の裁判の執行停止の申立て」を行い、裁判官が「勾留請求却下の裁判の執行停止決定」を出すまでの間、身柄拘束を継続できるかという問題があります。
結論として、勾留請求の効力により身柄拘束を継続できると解されています。
そのように解される理由は以下のとおりです。
〈理由〉
有力説として、勾留請求却下の裁判は、被疑者の即時釈放を命ずる裁判を含むものである以上、執行停止の裁判があるまで、被疑者を拘束する法的な根拠は消滅し、勾留却下の裁判があれば、執行停止の裁判を待たず、直ちに身柄を釈放すべきであるとする説があります。
しかし、以下①~③の理由から勾留請求の効力により身柄拘束を継続できると解されます。
- 勾留請求に対する裁判について、準抗告と裁判の執行停止が認められる以上、勾留請求により逮捕の効力として認められる身柄の拘束の根拠は、勾留請求却下の裁判によって確定的に消滅するとは解し得ないこと
- 執行停止の裁判があったからといって、執行停止の裁判書により身柄を拘束できるとは解し難いこと
- 釈放後、執行停止の裁判又は準抗告が認容され、勾留状が発せられるのを待って新たに身柄を拘束しなければならないとすれば、勾留請求却下の裁判に対する不服申立ては困難となること
以上のことから、勾留請求却下の裁判は「執行停止の裁判がなされるかもしれない」という限りでは確定せず、勾留請求の効力による身柄拘束を継続することが可能であると解さざるを得ないとされています。
勾留請求却下の裁判の後の身柄拘束は合理的な時間内で認められる
検察官の「勾留請求却下の裁判に対する準抗告」及び「勾留請求却下の裁判の執行停止の申立て」から裁判官が「勾留請求却下の裁判の執行停止決定」を出すまでの間の身柄拘束は、合理的な時間内で認められるとされます。
勾留請求却下の裁判に対して検察官が準抗告について検討し、準抗告の申立てをした場合に、裁判官が執行停止の許否を判断するに必要な合理的時間を超えれば、被疑者を釈放すべきであるとされます。
この合理的時間に関する裁判官の判断として以下のものがあります。
福岡地裁決定(昭和46年3月17日)
勾留請求却下の裁判があった後、その裁判に対する準抗告棄却決定があるまでの間約5時間にわたり被疑者の拘禁を継続した検察官の措置に違法の点がないとされた事例です。
裁判官は、
- おもうに被疑者に対する勾留請求却下の裁判に対し、検察官において準抗告の申立をなしうるものであることは、刑事訴訟法(以下、刑訴法という。)429条1項2号によって明らかであるが、勾留請求却下の裁判のあった後においてなお被疑者の拘禁しうるとする明確にして疑念をさしはさむ余地のない根拠規定がないものであることは、本件請求人ら主張のとおりである
- 刑訴法の諸規定が、被疑者に対する勾留の請求に関し検察官に厳格な時間的制限を課している反面、勾留請求却下の裁判のあった後における被疑者の身柄の処置に関しては、同法207条2項において単に「直ちに被疑者の釈放」がなされるべきものである旨規定するのみで、この裁判に対する準抗告の申立があった際の被疑者の身柄の処置に関する明文の規定を欠いていることなどに徴すれば、「勾留請求後の被疑者の拘禁は、裁判官が勾留請求に対する審査判断を下すために認められた暫定的なものに過ぎず、したがって、勾留状が発せられたときは、以後この勾留状による拘禁が新たに開始され、一方、勾留請求却下の裁判がなされたときは、もはや被疑者を拘禁しておく根拠は完全に消滅し、検察官において直ちに被疑者を釈放すべき責務を負うに至る。」とする説も十分傾聴に値するものといわざるをえない
- しかしながら、翻って考えるに、被疑者に対する勾留請求却下の裁判に対し準抗告の申立をなすことが許される以上、刑訴法432条により準抗告に準用される同法424条により勾留請求却下の裁判の執行を停止することができるものと解するのが相当である
- なぜならば、勾留請求却下の裁判につきその執行を停止することがで現に逃亡のおそれないし証拠隠滅のおそれのある被疑者について勾留請求が却下されたときは、これによって直ちに被疑者が釈放されてしまい、その後において、準抗告によりこの勾留請求却下の裁判の取消をえたとしても、もはや被疑者者の逃亡あるいは被疑者による証拠隠滅行為を防止しえざる事態に立ち至り、つまるところは、勾留請求却下の裁判に対し準抗告の申立をした法の趣旨を全うしえないことも起りうるからである
- しかして、勾留請求却下の裁判に対し、準抗告の申立に伴い執行の停止をなしうるものと解する限り、その法の趣旨に照らし、刑訴法107条1項の規定にかかわらず、準抗告の申立を行うため必要と考えられる合理的時間内、および、準抗告の申立をした後においては、さらに、準抗告裁判所において勾留請求却下の裁判の執行停止を行うか否かに関し判断を示すために要すると考えられる合理的時間内は、検察官において適法に被疑者の拘禁を継続しうるものと解せざるをえない
- 被疑者WおよびEは、前記のK、Mの両名に対する勾留請求につき却下の裁判がなされた旨告知されてから約2時間後にこれに対する準抗告および該裁判の執行停止の申立をなし、また、準抗告裁判所はこの申立のなされた約1時間40分後に抗告の申立を棄却する旨決定し、その後直ちに前記K、Mの両名について釈放の手続が取られ、拘禁を解かれるに至ったものであることは、さきに認定したとおりであるから、検察官において適法に被疑者の拘禁を継続しうる合理的時間内にあったものであること明らかである
- してみれば以上のとおり、被疑者WおよびEにおいて、前記K、Mの両名について、勾留請求却下の裁判があった後約5時間にわたりその拘禁を継続した措置になんら違法の点は認められないのであるから、その余の点につき判断するまでもなく、右被疑者両名の前記K、Mの両名を拘禁した行為が刑法194条にいわゆる職権を濫用して人を逮捕、監禁する所為に該当せず、罪とならないものであること明らかである
と判示しました。
執行停止の裁判
執行停止の裁判を原裁判官がなし得るか否かについて、学説は、
- 原裁判官、準抗告裁判所のいずれもなし得るとする説
- 準抗告裁判所のみに限るとする説
に分かれています。
執行停止の裁判は、準抗告裁判所が行うのが原則ですが(刑訴法432条、424条2項)、執行停止の判断を速やかにする必要から、事情を知った原裁判官が判断するのが妥当な場合もあり、また、小規模裁判所においては、準抗告裁判所を速やかに構成することが困難な実情もあり、原裁判官にもこの権限を認めるのが実務の運用の多数であり妥当であるとされます。
執行停止を認めるかどうかは、具体的な原裁判取消しの可能性、原状回復の困難性(罪証隠滅の緊迫性、逃亡のおそれの緊迫性)を基準とするとされます。
勾留執行停止に関する裁判に対して不服申立てはできない
勾留執行停止は、裁判官の職権によってのみなされるので、裁判官が勾留執行停止の申立てを却下する決定をしても、これは裁判官が勾留執行停止の職権を発動しない旨を明らかにしたにすぎず、刑訴法420条の「勾留に関する決定」にあたらず、不服申立てはできません。
この点に関する以下の裁判官の判断がありあす。
大阪高裁決定(昭和49年11月20日)
裁判官は、
- 勾留の執行停止は、裁判所が職権をもってなすものであり、被告人からそれを要求する権利は訴訟法上認められていない
- したがって、被告人からは裁判所に対し勾留執行停止の申立をなし得ず、単にその職権発動を促し得るにすぎないのであり、裁判所は必ずしもこれに対して裁判をしなければならないものでないことはいうまでもない
- しかるに原裁判所は、被告人からの勾留執行停止の申立を却下する旨の決定をなしているが、これは本来する必要のない却下決定をなしたのであって、右決定は単に職権を発動しない旨を明示する以上の効力をもつものではないのであるから、右決定は刑事訴訟法420条にいう「勾留に関する決定」にあたらず、被告人から右決定を不服として抗告を申立てる利はないものと解するのが相当である
としました。
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