停車・駐車の際の注意義務
過失運転致死傷罪(自動車運転死傷行為処罰法5条)における「自動車の運転上必要な注意」とは、
自動車運転者が、自動車の各種装置を操作し、そのコントロール下において自動車を動かす上で必要とされる注意義務
を意味します。
(注意義務の考え方は、業務上過失致死傷罪と同じであり、前の記事参照)
その注意義務の具体的内容は、個別具体的な事案に即して認定されることになります。
今回は、停車・駐車の際の注意義務について説明します。
注意義務の内容と事例
停車・駐車の際の事故は、
- ドア開放の際の事故
- ドア開放以外の事故
に大別できます。
この2つに分けて説明します。
① ドア開放の際の事故
駐停車した自動車のドアを開ける際に、 ドア付近にいた人や、後方から進行して来た車両にドアを衝突させて事故となることがあります。
この場合、運転行為自体はいったん終了している場合もありますが、そのような場合であっても運転業務をすべて終えたとはいえず、このようなドアの開閉は自動車運転に付随する行為であって、運転業務の一環としてなされたものと評価され、過失運転致死傷罪の対象となります(東京高裁判決 平成25年6月11日)。
自動車運転者は、ドア開放の際の事故を防止するために、開放しようとするドア付近及び後方の安全を確認して開放し、又は同乗者に開扉を指示すべき注意義務が課せられます(仙台高裁判決 昭和43年11月28日)。
最高裁においても、交通頻繁な市街地で、信号待ちのため停車した普通乗用自動車の後部座席から妻を降車させようとした際、被告車と左側歩道の間に約1.7メートルの通行余地があったが、被告人は自車左側のフェンダーミラーを一瞥したのみで、後方から接近する車両はないものと考え、妻に降車を指示し、これに従って妻が後部左側ドアを開けたところ、後方から走行して来た原動機付自転車と衝突した場合について、自動車運転者は、同乗者が降車するに当たり、フェンダーミラー等を通じて左後方の安全を確認した上で、開扉を指示するなど適切な措置をとるべき注意義務を負うとしました(最高裁決定 平成5年10月12日)。
なお、道路交通法もドア開放について、交通の危険を生じさせないような措置をとることを義務付けています(道路交通法71条4号の3)。
被告人に過失ありとされた事例
降車時のドア開放の際の事故について、自動車運転者の被告人に過失ありとされた事例としては、以下のものがあります。
① 人家の密集した市街地に普通貨物自動車を駐車中、右側ドアを開けたところ、被告車右側に約50センチメートルの間隔をおいて自転車で通過しようとしていた者の左小指に接触転倒させた事案です。
右側フェンダーミラー、あるいは運転席後部に設けられたガラス窓越しに後方より進行して来る相手車を確認できたのにこれを怠ったとし、被告人にありとしました(仙台高裁判決 昭和43年11月28日)。
② コンビニエンスストアに立ち寄るため、道路左端に駐車し、降車するため右側運転席ドアを開けたところ、右後方より進行して来た自転車をドアに衝突させて傷害を負わせた事案です。
右後方から進行して来る車両の有無及びその安全を確認してドアを開けるべき注意義務に違反したとし、被告人に過失ありとしました(東京高裁判決 平成25年6月11日)。
被告人に過失なしとされた事例
対して、過失なしとされた事例としては、以下のものがあります。
① 夜間、国道に車道中央線まで約2メートル残して駐車していた軽四輪貨物自動車に乗車しようとし、自車後方に立ってかなり遠方に原動機付自転車の前照灯を認め、運転席の右ドアを半開きにした際、原動機付自転車がドアに衝突した事案です。
原動機付自転車の運転者は飲酒の上、路上の紛失物を探しつつ時速30キロメートルで進行し、被告車を40メートル手前で発見したが、その右側を通行できると考え運転して衝突したことから、被告人が被害者のこのような危険な行動について予見できたとは認められないとし、被告人に過失なしとしました(福岡高裁判決 昭和38年12月24日)。
② 普通乗用自動車を第1通行帯(一番左側の通行帯)に、第2通行帯との区分線まで約20センチメートル残して停車させ、バックミラーで後方を見て運転席右側ドアを開き、再び後方を見てドアを半開きにし、車道に降り、被告車後方に停車した普通貨物自動車運転者に話しかけようとしたとき、後方から進行して来た原動機付自転車の運転者がドアに衝突した事案です。
原動機付自転車運転者は第1通行帯から第2通行帯に出て再び第1通行帯に進入しようとし、半開きの被告車ドアの角度とほぼ一致する角度で右後方から斜めに進行して来て衝突したところ、被告人は被害者の進行方法について予測しなかったし、被害者の進行状況を考慮すると、ドアを開いていなかったとしても、原動機付自転車が被告車右側面に衝突することは避けられなかったとし、被告人に過失なしとしました(大阪国際判決 昭和43年7月24日)。
③ 交通量が比較的少ない道路に、普通貨物自動車を道路中央まで1~2メートル残して停車させ、運転席右側ドアを約10センチメートル開けたままエンジン調整を行っていたが、降車するためドアを大きく開こうとしたところ、右後方から進行して来た原動機付自転車が被告車右側43~50センチメートル足らずを通過しようとし、左ハンドルを握っていた運転者左手薬指がドア外側線に接触した事案です。
被害者側には被告車に接近してその右側を通過しなければならない事情はなく、被告人としては被害者がこのような進行方法で接近して来ることは予見できず、予見可能性もなかったとし、被告人に過失なしとしました(大阪地裁判決 昭和45年12月16日)。
② ドア開放以外の事故
被告人に過失ありとされた事例
ドア開放以外の停車・駐車に関する事故で、過失ありとされた事例として、以下のものがあります。
① 被告人が自動車を運転して市街地を進行中、急停車しようとしてブレーキを踏んだところ、後方約10メートルを追従していた原動機付自転車が追突した事案で、被告人に過失ありとしました(仙台高裁判決 昭和35年6月2日)。
② 被告人が普通乗用自動車を運転し、高速道路を進行中、突然ボンネットが開いたので走行車線から追越車線に進入し、停止させ修理していたところへ後続車が追突した事案で、被告人に過失ありとしました(名古屋高裁判決 昭和48年1月23日)。
③ バスを停留所で停車させるに際し、車体の一部を安全地帯に入り込ませ乗客に接触させた事案で、被告人に過失ありとしました(大阪高裁判決 昭和47年12月5日)。
④ コンクリートミキサー車を運転中、原動機付自転車と衝突しそうになり急停車しようとしたところ、原動機付自転車が転倒したため、被告人がエンジンは止めずにサイドブレーキをかけて下車したところ、被告車が少しずつ後退し、左前輪が被害者の右下腿部に乗り掛かった事案で、被告人に過失ありとしました(東京高裁判決 昭和40年7月26日)。
⑤ バスの歯止めが不十分であったため、乗客を乗せたまま動き出し、バスを谷間に転落させた事案で、バス運転手の被告人に過失ありとしました(高松高裁判決 昭和31年12月27日)。
⑥ 被告人が、幼児の近づきやすい傾斜している堤防にブルドーザーを駐車していたところ、幼児がブルドーザーに乗って遊んでいるうち制動装置が外れ、ブルドーザーが移動し幼児が転落死した事案で、被告人に過失ありとしました(名古屋高裁金沢支部判決 昭和47年2月22日)。
⑦ 被告人が、傾斜している防波堤に自動車を駐車させ、車内で女性と情交関係を結ぼうとしたところ、右足がサイドブレーキの取手に接触し、ブレーキが解け、自動車が動き出して海中に転落し女性を溺死させた事案で、被告人に過失ありとしました(東京高裁判決 昭和56年9月30日)。
⑧ 荷物を乗せていないフォークリフトの後部を車庫に入れ、先端から約2メートルを道路に残して道路にほぼ直角の向きでフォークを約1.15メートルの高さに固定したまま駐車させておいたところ、原動機付自転車運転者がその存在に気付かずに身体をフォーク先端に激突させた事案です。
フォークは被害者の進行方向からは見えにくく、これに通行車両が衝突するなどして死傷の結果が生じる客観的な危険性があり、そのような状態でフォークリフトを駐車させておくことが危険であることは、フォークリフトの運転者にとっては初歩的な知識であるから、予見可能性があり、フォークリフトの荷物を降ろしたら、直ちにこれを安全な場所に移動させるべきであったとし、被告人に過失ありとしました(東京地裁判決 平成5年5月31日)。
⑨ 高速道路を乗用車で走行していた被告人が、トレーラーを運転して同方向に走行していたAの運転態度に立腹し、割り込みをするなどして、夜明け前の暗い高速道路のかなり交通量のある追越車線上にA車を停車させ、降車してAに暴行を加えるなどし、その場を走り去ってから7、8分後に後続車両がA車に衝突した事案です。
裁判官は、
- Aに文句を言い謝罪させるため、夜明け前の暗い高速道路の第3通行帯上に自車及びA車を停止させたという被告人の本件過失行為は、それ自体において後続車の追突等による人身事故につながる重大な危険性を有していたというべきある
- そして、本件事故は、被告人の上記過失行為の後、Aが、自らエンジンキーをズボンのポケットに入れたことを失念し、周囲を捜すなどして、被告人車が本件現場を走り去ってから7、 8分後まで、危険な本件現場に自車を停止させ続けたことなど、少なからぬ他人の行動等が介在して発生したものであるが、それらは被告人の上記過失行為及びこれと密接に関連してされた一連の暴行等に誘発されたものであったといえる
- そうすると、被告人の過失行為と被害者らの死傷との間には因果関係がある
として、被告人に過失ありとしました(最高裁決定 平成16年10月19日)。
被告人に過失なしとされた事例
ドア開放以外の停車・駐車に関する事故で、被告人に過失なしとされた事例として、以下のものがあります。
① 人で混雑し小学生が前面にいる停留所にバスを停車させようとして最徐行で進行し、停車直前に小学生が後ろの客に押され転倒して傷害を負った事案です。
自動車の停車直前に、たまたま後ろから押された客が誤って転倒したために負傷の結果を招来するがごときは、自動車運転者にとっては予測し難い偶発的な不慮の出来事であるとし、被告人の過失を否定しました(久慈簡裁判決 昭和37年2月28日)。
② 普通貨物自動車をぜい弱な路肩に停車させたところ、路肩が崩壊し、車を川の中に転落させ、同乗者を死亡させた事案です。
護岸工事等に門外漢でないという吏員すら、本件事故地点付近道路上に危険箇所を見なったということは、被告人において事前に危険を予見し得なかった客観的状態を裏付けるし、事故は、道路管理担当者の行政事務懈怠という不作為により、本件事故地点に造成された陥穽に、被告人が被害者らを同乗させた車両もろとも落ち込んだかの感じを禁じ得ないのであり、結局、被告人において本件事故発生について、危険発生予見義務並びに防止義務があったとの証拠は認めることができないとし、被告人の過失を否定しました(京都簡裁判決 昭和45年1月26日)。
③ タクシーの助手席に乗車した乗客がシートベルトを装着しようとして左手を左斜め後方に伸ばしているときに、運転手が左後部ドアを閉めたため、その左手薬指がドア枠とドアに挟まれた事案です。
運転席から助手席の客を見ても左手は見えず、また乗客の指が左後部ドアに挟まれる危険のあることを予見できないとし、被告人の過失を否定しました(福岡高裁判決 平成4年9月29日)。
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