過失運転致死傷罪

過失運転致死傷罪(24)~「路上に横たわっている者に対する注意義務」を判例で解説~

路上に横たわっている者に対する注意義務

 過失運転致死傷罪(自動車運転死傷行為処罰法5条)における「自動車の運転上必要な注意」とは、

自動車運転者が、自動車の各種装置を操作し、そのコントロール下において自動車を動かす上で必要とされる注意義務

を意味します。

 (注意義務の考え方は、業務上過失致死傷罪と同じであり、前の記事参照)

 その注意義務の具体的内容は、個別具体的な事案に即して認定されることになります。

 今回は、路上に横たわっている者に対する注意義務について説明します。

注意義務の内容

 夜間、酒に酔うなどして路上に横たわっている(横臥している)している者(座っている者も含む)を轢過した事故については、前方不注視などにより、過失が認められる場合が多いです。

 路上横臥者については、直ちに人とは認識できない場合もあります。

 この点で、福岡高裁判決(昭和44年8月14日)において、

  • 進路上に正体不明の障害物を発見した場合には、自動車運転者は、その実体が何であるかを確かめ、その確認結果によっては、直ちにこれとの接触や衝突を回避できるような処置を講じ得るような態勢をとって進行すべき注意義務がある

としました。

 また、東京高裁判決(平成20年7月16日)において、

  • 進路前方の障害物が「人」である可能性が残っている限りは、適宜減速するなどして「人」であるかどうかの解明に努めるとともに、そのときの状況に応じて当該障害物との衝突を回避するため、進路変更、制動等の措置を講じるべき義務がある
  • このような義務が発生するためには障害物が「人」であることの認識を要しない

としました。

事例

 被告人の過失を肯定した裁判例として、以下のものがあります。

東京地裁判決(平成22年12月24日)

 過失運転致死傷罪の保護法益が「人の生命身体」であることから、正体不明の物体が人であるおそれがある、又はその上を通過することにより、自車が動揺、横転するなどして他者の生命及び身体に危険を及ぼす事故になるおそれがある等の具体的状況がないにもかかわらず、およそ一般的に、正体不明の物体が自車の進路を遮るような状態で存在していた場合に、往来の自由を阻害する結果の発生を防止するとともに、同物体を厳に注視し、進路の安全を確保しつつ進行すべき義務まではないとしつつ、自車の進路を遮る状態で路上に横たわっている正体不明の物体を認めた場合、同物体が人である可能性が排除されない限り、万一の場合を予想し、その轢過を避けるため万全の措置を構ずべき義務があるとし、具体的には路上に約1メートルの物体が存在した場合、これが人である可能性が排斥されないとして、被告人の過失を肯定しました。

広島高裁判決(昭和30年11月30日)

 道路上に酒に酔った人間が寝ていることについて、「全く予想できないけうの事例であるから、自動車運転者としては障害物が人間であるか否かを確認する注意義務がない」という弁護人の主張を「かかることは泥酔者によって往々なされることであるから、苟くも、被害者の寝姿を障害物として目撃した以上、万一の場合を予想し、その轢断を避けるため万全の措置を講ずべき義務を有することは当然である」と判示し、弁護人の主張を排斥し、被告人の過失を肯定しました。

 反対に、被告人に過失を否定した裁判例として、以下のものがあります。

徳島地裁判決(昭和41年12月16日)

 具体的状況の下で被告人の認識では、被害者は人間以外の何らかの障害物にすぎず、そのような障害物を、いかなる場合にも轢過しないように、また損壊しないように細心の注意をもって自動車を運転しなければならない義務はないとし、被告人に過失はないとしました。

大分地裁判決(平成18年11月29日)

 路上に何らかの形をした白い物体を認めたにすぎない場合、その白いものが事故により転倒している人である可能性まで予見して減速せよという法的義務まで課すのは無理があるように思われるとし、被告人に過失はないとしました。

先行車に追従中、先行車は路上横臥者の轢過を避け得たが、後続車が避け得なかった場合

 先行車に追従中、先行車は路上横臥者の轢過を避け得たが、後続車が避け得なかった場合が問題となります。

 この場合でも、裁判例は、

  • 前方を注視していれば、先行車の急な回避後、容易に路上横臥者を単なる障害物としてでも認識でき、左右転把等によって轢過を回避できたのであれば、前方注視義務違反が認められる

としています(仙台高裁秋田支部判決 昭和44年12月16日)。

 この場合にさらに問題となるのは、先行車の急な回避直後に路上の障害物を発見するなど、前方注視を厳に行っていても、発見時点では回避措置をとり得ない場合です。

 路上の障害物が人であると認識した時点で、轢過の結果を回避できる可能性がなければ、被告人に過失はないとされます(大分地裁判決 平成18年11月29日)。

 しかし、 このような場合であっても、先行車が前方の障害物を避けるため急転把しても、その障害物を避けることができる程度に先行車との間に安全な車間距離を保つべき義務に違反するとし、被告人の過失を認めた事例もあります(東京高裁判決 昭和52年5月11日)。

 なお、この点に関し、道路交通法26条が車間距離の保持義務を規定しています。

 この規定は、急停止をする先行車との追突防止のための規定であり、この義務を守っていたことから直ちに刑法上の過失が否定されるわけではなく、また、この規定に違反しているというだけで、過失運転致死傷罪が成立するというわけでもありません(広島高裁判決 昭和52年9月19日)。

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