慣例により行われていた業務の業務性の認定の考え方
業務上横領罪の業務性を認めるに当たり、その業務の根拠は、法令、契約、慣例によるとを問いません(詳しくは前の記事参照)。
今回は、慣例により行われていた業務の業務性の認定の考え方について説明します。
慣例により行われていた業務の業務性の判断過程において、
- 行為者の本来の職務が業務上横領罪の業務に当たらない場合
- 行為者の本来の職務は業務上横領罪の業務に当たるが、具体的事案において問題とされている他人の物の占有に関する行為者の事務が、行為者の本来の職務の権限の範囲外である場合(業務の遂行として行われたものではない場合)
であっても、他人の物の占有に関する行為者の事務につき、慣例があれば、業務上横領罪の業務に当たるとされることがあります。
判例においても、慣例を根拠として、業務上横領罪の業務に当たるとした事例はいくつかあります。
判例
慣例を根拠に業務上横領罪の業務に当たると認めた判例には、本来の職務と全く無関係に業務上横領罪の業務に当たると認めたものは少ないです。
具体的事案ごとに、問題とされている他人の物の占有に関する事務を、行為者の本来の職務を行う地位にある者が行うこととされる慣例があるか否かを検討し、そのような慣例があれば、業務上横領罪における業務性を認める傾向にあります。
大審院判決(明治44年10月26日)
この判例は、
としました。
この判例は、区長という地位にある者が、区民共有金を保管していた慣例があり、被告人は、区長の地位にある者として区民共有金を保管していたのであるから、その保管は業務上横領罪の業務に当たると判断されたものです。
大審院判決(大正3年6月17日)
町長であった被告人が、宮内省から御猟場の区域内に属する同町内の耕地所有者に対し、下賜される下賜金を、耕地所有者に交付するために保管していたが、これを横領した事案で、裁判官は、
- 下賜金は、F町長を順次経由して、これを耕作地所有者に交付するの慣例なるに、被告は右慣例に基き、保管し居りたる金員を横領したりというにある
- 右の事実によれば、被告は町長たるの地位に伴う職務外の業務として、下賜金を保管するの地位にありたること明かなるが故に、被告の横領行為に対し、業務上の横領罪をもって処断したるは相当である
としました。
この判例は、被告人は「町長たるの地位に伴う職務外の業務」として下賜金を保管する地位にあったとして、被告人に業務上横領罪の成立を肯定したものです。
町長という地位にある者が下賜金を保管していた慣例があり、被告人は町長の地位にある者として下賜金を保管していたのであるから、その保管は、業務上横領罪の業務に当たると判断されたものです。
この判例で、裁判官は、
- 民生委員は地方長官の推薦によって厚生大臣がこれを委嘱する名誉職であり、要保護者に支給すべき給与金品の伝達事務はその職務に属しない
- 給与金品の支給は、市町村長の職務に属するものであることは、生活保護法第4条の規定によって明かである
- しかし、刑法第253条にいわゆる業務と法令によると、慣例によると、将た契約によるとを問わず、苟も一定の事務を常業として反覆する場合を指称するのである
- 従って、本件において、給与金品の伝達事務が、被告人の民生委員としての法令上当然の業務でなくても、M村において、判示日時以降、民生委員を通して給与金品を支給されることになり、被告人が民生委員としてその事務を担当するに至った事実のある以上、その事務は被告人の業務と解すべきである
- 原判決の挙示する証拠によれば、被告人が、民生委員として、給与金品を伝達する業務を担当していたものであることを肯認するに十分であるから、原判決が被告人の判示所為を業務上横領罪に問擬したことは正当である
としました。
この判例は、給与金品の伝達事務は、民生委員としての法律上当然の業務ではないが、M村においては、民生委員を通して給与金品を支給されることとされていたとした上、被告人が「民生委員としてその事務を担当するに至った事実」があることを理由として、この事務を被告人の業務と判示したものです。
そして、被告人は、民生委員という地位にある者として、給与金品を伝達していたのであるから、それは業務上横領罪の業務に当たると認定したものです。