業務上横領罪の客体
業務上横領罪(刑法253条)の客体(被害品)は、
業務上自己の占有する他人の物
です。
「業務上の占有」とは、業務者(業務上横領罪の業務を有する犯人)が、その業務の遂行として、他人の物を占有することです。
この点について、東京高裁判決(昭和29年12月17日)は、
- 業務上横領罪の構成要素たる業務上の占有とは、 占有が業務行為の観念中に包含されるものでなければならないのであるから、占有が業務の遂行行為そのものであるか、ないしは、少くとも、業務の遂行行為と相関渉する範囲内において為されるものに限られるべきである
と判示し、「業務上の占有」を定義しています。
「他人の物」は、委託信任関係が、占有者(犯人)の業務上の地位と結びついて成立します。
「業務上自己の占有する他人の物」には、2つの類型があり、それは、
- 銀行員や公務員が、職務上金銭を保管する場合のように、業務上の地位に基づく包括的な委託信任関係によって、当然に物の占有が行われる場合
- 倉庫業者や質屋が貨物や質物を預かる場合のように、業務者に対する委託者の個別的な委託行為を介して、物の占有が行われる場合
になります。
なお、「自己の占有する他人の物」の定義は、横領罪(刑法252条)の場合と同じであり、詳しくは前の記事参照となります。
業務上横領罪の「業務」と「業務上の占有」の関係
業務上横領罪の主体(犯人自身の行為の業務性)として議論される「業務」に当たるか否かの問題と、客体(横領被害品)として議論される「業務上の占有」に当たるか否かの問題は、理論的に考えると別の問題となります。
まずは、行為者(犯人)が業務者(本罪の業務を有する者)に当たるか否かが判断されます。
具体的には、業務上横領罪の「業務」の定義から、行為者が、①社会生活上の地位に基づいて、②反復又は継続して、③委託を受けて他人の物を管理することを内容とする事務を行う者であるか否かが判断されます(詳しくは前の記事参照)。
次に、他人の物の占有に関する事務が、この業務者の業務の遂行として行われたものか否かが判断されるという形で、順に検討されることになります。
横領被害品が「業務上の占有」に当たらないとした判例
横領被害品が、「業務上の占有」に当たらないとし、業務上横領罪の成立が否定された判例を紹介します。
この判例で、裁判官は、
- 刑法第253条にいわゆる『業務上占有する他人の物』とは、『一定の事業を営む者が自己の業務行為として占有する他人の物』を指称すると解するを正当とする
- この限度を逸脱するものは、たとえ、該占有関係の存在が、特定の事業を成功に導くにつき、極めて重要な条件を構成しているとしても、これを目して、『業務上占有する他人の物』であるとなすを得ない
- この観点よりするときは、織物の製造並びに販売を業とする者が、たまたま施設購入代金支払の都合上、一時的に他人の所有に係る工場施設を占有使用するが如き場合、その占有する工場施設は、『業務上占有する他人の物』ではないと言わなければならぬ
- 前記認定の事実によれば、被告人は織物の製造並に販売を業とする者であって、他人のため物件を保管することを業とするものでなく、また、同じく前記認定の事実によれば、被告人は、所有権留保約款付売買契約をもって工場施設を購入した結果、偶然にも他人の織機を使用保管するに至ったものである
- 従って、該保管行為は、被告人の業務それ自体と、本質的に関連するものでないことが明かである
- 以上に叙説したような解釈に従う限り、かかる物件をほしいままに処分した被告人所為は、果してそれが刑法第252条に触れるや否やの点はしばらくさておき、少くとも同法第253条にいわゆる『業務上占有する他人の物を横領したもの』には該当しないと言わざるを得ない
と判示し、業務上横領罪の被害品たるための「業務上の占有」を否定し、業務上横領罪ではなく、横領罪が成立するとしました。
東京高裁判決(昭和29年12月17日)
この判例で、裁判官は、
- 原判決は起訴状記載どおりの事実を認定し、被告人はN商会に雇われ、商品の販売及び集金等の業務に従事していたものであるが、K株式会社から、売掛代金を小切手一通で受け取り、前記商会のため業務上保管中、神戸市内において、勝手に自己の遊興費等に費消するため、該小切手を現金に換え、もって、これを着服して横領したとして、この事実を刑法第253条に該当する業務上横領罪をもって被告人を処断したのである
- しかし、業務上横領罪の構成要素たる業務上の占有とは、占有が業務行為の観念中に包含されるものでなければならないのであるから、占有が業務の遂行行為そのものであるか、ないしは、少くとも、業務の遂行行為と相関渉する範囲内において為されるものに限られるべきである
- しかるに、原判決の挙示する証拠のどれをもってしても、また、記録にあらわれたいかなる証拠をもってしても、被告人はN商会の社員として契約係、すなわち、商品の販売事務担当者たる業務に従事していた事実を認めることができるだけであって、販売代金の集金の業務に従事していた事実を認めることができないのである
と判示し、被告人に業務上横領罪を認定した原判決を破棄し、横領罪の成立を認めました。