施錠・封緘をされた容器等の内容物の占有
他人から預かり保管する施錠・封緘をされた容器等の内容物を領得した場合は、窃盗罪が成立する
寄託された物が、施錠された容器に入れられたり、封緘されて包装されたりしていた場合、判例は、内容物に対する占有は、寄託者に帰属すると解しています。
つまり、施錠・封緘された容器等の内容物に対しては、容器等を預かった者に占有はなく、容器等を預けた者に未だ占有があると認めるので、容器等を預かった者が、容器を開けて内容物を奪った場合は、横領罪(刑法223条)ではなく、窃盗罪(刑法235条)が成立することになります。
ちなみに、横領罪と窃盗罪の成立に関する考え方は、
- 犯人自身が占有をしているものを領得する→横領罪が成立する
- 犯人が占有しておらず、他人が占有しているものを領得する→窃盗罪が成立する
となります。
具体的事例として以下のものがあります。
① 錠前を施したまま預かった衣類在中の鞄の錠前を開いて中の衣類を取り出した事案で、内容物に対する寄託者の占有を認め、窃盗罪が成立するとした(大審院判決 明治41年11月19日)
② 郵便物在中の郵袋を逓送する際、郵袋に施してある封印を破棄して郵便物等を取り出した事案で、内容物に対する寄託者の占有を認め、窃盗罪が成立するとした(大審院判決 明治44年12月15日)
③ 郵便配達人が配達中の信書を開披して、在中の小為替証書を取り出した事案で、内容物に対する寄託者の占有を認め、窃盗罪が成立するとした(大審院判決 明治45年4月26日)
④ 他人に送致するために受け取った封書中から金銭を抜き出した事案で、内容物に対する寄託者の占有を認め、窃盗罪が成立するとした(大審院判決 大正2年3月17日)
⑤ 荷主が封印をして運送業者に委託した荷物から個々の物件を取り出した事案で、内容物に対する寄託者の占有を認め、窃盗罪が成立するとした(大審院判決 大正5年11月10日)
⑥ 重油運送中の船の船長が、蓋に封印をしている船倉内の重油を、甲板の穴からポンプで汲み取った事案で、内容物に対する寄託者の占有を認め、窃盗罪が成立するとした(大審院判決 昭和14年5月25日)
⑦ 他人から預かった縄掛け梱包した行李の梱包を解いて、中の衣類を取り出した事案で、内容物に対する寄託者の占有を認め、窃盗罪が成立するとした(最高裁決定 昭和32年4月25日)
なお、この判例において、裁判官は、
- 被告人が、他人からその所有の衣類在中の縄掛け梱包した行李1個を預り保管していたような場合は、所有者たる他人は行李在中の衣類に対しその所持を失うものでないから、被告人が、他から金借する質種に供する目的で、ほしいままに梱包を解き、行李から衣類を取出したときは、衣類の窃盗罪を構成し、横領罪を構成しない
と判示しました。
他人から預かり保管する施錠・封緘をされた容器等の内容物については、保管者に占有はないが、容器自体については保管者に占有があり、容器自体を領得するば、横領罪が成立する
上記のとおり、他人から預かり保管する施錠・封緘をされた容器等の内容物については、保管者に占有はなく、容器等の内容物を領得した場合は、窃盗罪が成立します。
一方で、容器自体には、容器を預かり保管している者に占有があるので、容器ごと、あるいは、包装ごと全体として領得した場合には、横領罪(又は業務上横領罪)が成立します。
端的に言うと、
全体については受託者、内容物については寄託者に占有があり、内容物の領得は窃盗、全体の領得は横領になる
ということです。
この点について、参考となる判例として次のものがあります。
大審院判決(明治44年12月15日)
この判例で、裁判官は、
と判示しました。
つまり、鎖鑰・封印されている容器の中身については受託者に占有はないが、容器全体については受託者に占有があるとしたものです。
大審院判決(明治45年4月26日)
この判例で、裁判官は、
- 郵便集配人は、その配達中に係る郵便物自体については、事実上の支配ありと言い得べき
と判示し、郵便物集配人は、郵便物自体については占有を有するとしました。
つまり、郵便物の中身には郵便集配人に占有はないが、郵便物全体については郵便集配人に占有があるとしたものです。
大審院判決(大正7年11月19日)
この判例は、郵便局集配人が、配達すべき現金在中の普通郵便物を占有中に自己に領得した行為は、業務上横領罪に該当するとしました。
東京地裁判決(昭和41年11月25日)
この判例は、郵便局の集配課員が配達業務に従事中、携行していた現金在中の電信為替書留郵便を領得した行為について、窃盗罪ではなく業務上横領罪の成立を認めた事例です。
裁判官は、
- 被告人が領得した本件書留郵便物について、被告人は集配課員として配達するため携行して局を出発したのち、これを宛先に配達するまでの間、郵便局長の委託を受け、現実に握持して事実的支配のもとに置いており、業務上占有していたものと解するのが相当である
- 検察官は、本件書留郵便物の全体の業務上の占有者は郵便局長であって、被告人ではない旨を主張しているけれども、たとえ、被告人が本件書留郵便物の配達業務につき郵便局長の指揮監督に服すべき地位にあったとはいえ、被告人の本件書留郵便物に対する占有は否定しえないものといわねばならない
- そして、被告人がK方において、自己の用途に充てるため、本件書留郵便物をYに交付せず自己のズボンポケットに入れたことにより、業務上横領罪が成立し(以後の隠匿、開披等の行為は、いわゆる事後行為にあたる。)、窃盗罪を構成するものではない
と判示しました。
この判例のポイントは、郵便物全体については配達員に占有があるとし、さらに、郵便物を横領した後に、郵便物を隠したり、包装を開封するなどの行為は、不可罰的事後行為として窃盗罪などの他罪を成立させないとした点にあります。
被告人が郵便物自体を領得した事案で、裁判官は、郵便物を開披して在中の小為替証書を取出した事実を窃盗とした過去の判例に対し、
- 本件は郵便物そのものを全部領得したものであるから右判例は本件に適切でない
と述べ、郵便物全部を領得した場合は、業務上横領罪(又は横領罪)が成立するとしました。
大審院判決(明治42年11月9日)
俵入肥料の運送を委託された者が肥料を売却費消したという事案で、裁判官は、
- 俵入りのまま処分したか、取扱上の問題等で漏出したものを処分したのであれば横領罪となる
- 俵を破り又は結束を解き在中の肥料を取り出したのであれば、直ちに窃盗罪が成立し、その後の売却処分は別罪とならない
としました。