刑法(横領罪)

横領罪(8) ~「横領罪における不動産の占有」「登記簿上の名義人が不動産の占有者になる」「不動産の占有を否定した事例」を判例で解説~

横領罪における不動産の占有

登記簿上の名義人が不動産の占有者になる

 横領罪(刑法256条)の客体には、不動産が含まれます。

 横領罪における占有には、事実的支配のみならず、法律的支配を有する状態をも含むので、不動産に関しては、登記簿上の名義人(登記簿の権利部において所有権者として表示されている者)が占有者となります。

 登記簿上の名義人が不動産の占有者になるので、不動産の仮装売買などの不正な取引が行われ、不動産の登記簿上の名義人が不正な名義人であったとしても、登記簿上の名義人が不動産の占有者になります。

 登記簿上の名義人が不動産の占有者になることについて、参考となる判例として、次のものがあります。

大阪地裁判決(平成22年1月8日)

 共同住宅を受注建築しこれを所有する建築会社の承諾を得て、共同住宅建物につき所有者の表題登記を了していた発注会社(B社)の代表者と被告人が共謀の上、建築会社に無断で発注会社名義で所有権保存登記をした行為について、表題部所有者の名義人となった会社による不動産の占有を認め、転売目的でB社名義の所有権保存登記をしたことが、業務上横領に当たるとされた事例です。

 裁判官は、B社による本件建物の占有及びC社との委託信任関係について

  • B社による本件建物の占有について検討するに、B社は、本件当時、本件建物について、自社を表題部所有者とする表示登記を了していたものである
  • そして、表示登記は不動産の現状を明らかにするもので、不動産に対する権利の登記の基礎となるものではあるが、権利の登記とは異なり、対抗力がなく、表題部所有者として登記された者が当該不動産を処分し、その旨の登記をするためには、改めて所有権保存登記を経る必要がある
  • しかし、①権利の登記は原則として表題部所有者の単独申請により、比較的簡易な方法で行われること(不動産登記法74条1項、不動産登記令7条3項1号)、②表示登記手続は登記官により権利の客体である不動産の現況を正確に登記記録に記録させるため、相応に厳格な審査を経るものであり(不動産登記法29条等)、いったん表示登記がなされた場合、表題部所有者や持分の変更は、当該不動産について所有権保存登記をした後、その所有権の移転の登記の手続によらなければならないこと(同法32条)、③表示に関する登記は、その所有者等に一定の期間内に登記の申請をする義務が課されており(同法47条等)、その申請を怠った場合には過料の制裁の規定(同法164条)まであること、④表題部所有者として登記されている場合、対抗力の点はさておき、それ自体で取引の相手方に対し、真の所有者であると信頼させるに足る外観を備えているといえることなどからすれば、不動産の表示登記における表題部所有者には、(業務上)横領罪による保護の前提となる当該不動産に対する法律上の占有が認められるというベきである

と判示し、表題部所有者の名義人となった会社による不動産の占有を認め、転売目的で同社名義の所有権保存登記をしたことが、業務上横領に当たるとしました。

大審院判決(大正8年7月4日)

 この判例は、不動産の仮装売買の買主となった登記簿上の所有名義人は、その不動産の占有者となり、その不動産を処分すれば横領罪となると判示しました。

 裁判官は、

  • 仮装の売買による不動産の登記名義人は、登記簿上、不動産の所有名義を有するに止まり、これにより何ら権利を取得することなく、また、その所有するに至りたる所有名義は、性質上、贓物に該当するものにあらざれば、右登記名義が、ほしいままに該不動産を処分するときは、横領罪を構成するものとす

と判示しました。

大審院判決(大正11年3月8日)

 この判例で、裁判官は、

  • 虚偽の意思表示により、登記簿上の不動産の所有名義を有する者は、横領罪に関しては、その不動産の占有者なり
  • 他人の不動産につき、登記簿上、所有名義を有する者が、ほしいままにこれを自己の債務担保に供したるときは、不正領得の意思(不法領得に意思)を発現したるものとす

と判示し、虚偽の意思表示により登記簿上の不動産の所有名義を有する者が、その不動産を担保にいれる行為は横領罪になるとしました。

大審院判決(昭和7年2月1日)

 この判例は、一筆の土地の一部を分筆しないまま譲り受けた際、残余の部分も譲り渡したように仮装して一筆全体の所有権移転の登記をした場合、譲り受けていない部分についても占有をしていることになり、横領罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 土地の一部を分筆の手続をなす以前において、譲り受けたる者が、相手方と通じて、残余の部分も譲り受けたるが如く仮装し、土地全部につき所有権移転の登記を受けたる場合において、譲り受けざる部分をほしいままに他人に譲渡するときは、横領罪成立す

と判示しました。

 不動産を売り渡して所有権を移転したが、登記名義の変更が未了の場合の売主たる登記名義人も、不動産を占有する者に当たります。

 なので、そのような売主が、未だ自分に不動産の登記名義があるうちに、さらに不動産を別の者に売却するなどすれば、売主は不動産の占有を有するのだから、横領罪が成立することになります。

 参考になると判例として、次のものがあります。

最高裁決定(昭和33年10月8日)

 この判例で、裁判官は、

  • 被告人が、本件不動産をAに二重売買をした当時は、既にその所有権は、第一の買主Bに移転しておったものと認めるを相当とする
  • したがって、被告人の本件所為を横領罪に問擬(もんぎ)した第一審判決を是認した原判決は正当である

と判示し、不動産の二重売買で、登記が不動産の売主である被告人にあるうちに、被告人が更に別の者に不動産を売却した行為は横領罪になるとしました。

 未登記の不動産を売却したにもかかわず、その後、その不動産の保存登記をした売主も不動産の占有者となります。

 参考となる判例として、以下の判例があります。

東京高裁判決(昭和27年3月29日)

 この判例で、裁判官は、

  • 売買により不動産の所有権が買主に移転したにかかわらず、登記簿上その所有名義が依然として売主に存するときは、右不動産は売主において有効に処分しうべき状態にあるものであるから、売主はこの場合、刑法上他人の不動産を占有しているものと言うべく、これを自己の物として第三者に売却し、又は第三者に対する債務の担保に供する等、右不動産に関し不正に領得する意思を外部に表現させたときは、横領罪を構成することは判例の示すところである
  • そして、売買当時、不動産が未登記のものであった場合において、その売主が売買後、その不動産につき売主名義の保存登記を経由した場合でも、右保存登記自体は、それのみでは売主の不法領得の意思を外部に表現したものと言えないから、爾後右不動産の売主は既登記の不動産を売却し未だ移転登記を経ない売主と同じく、刑法上右不動産の占有者と解せらるべきものというべきである
  • 本件記録を調査すると、被告人が昭和27年7月19日、Mに売却した合計4筆の不動産中、住家一棟は売買当時は未登記であって、右売買後である昭和25年10月11日に至り、被告人名義の保存登記を経由したものであるけれども、被告人は右登記後は右住家についても、既に登記がなされていた他の3筆の不動産と同じく、買主たるMのため、その所有に係る不動産を占有していたものと認められるから、これを他の3筆の不動産と共に被告人自身のTに対する債務の担保に供し、抵当権設定登記をした場合には、右4筆の不動産につき、それぞれ不法領特の意思を外部に表現したものとして横領罪を構成することはもちろんである
  • 被告人が、売買の目的物たる前記不動産を買主に引渡し、これを占有せしめていたかどうかは、横領罪の成否に影響を及ぼすものではない

と判示しました。

札幌高裁判決(昭和30年11月17日)

 売買契約が合意解除され、不動産(建物)の所有権が売主に復帰したが、所有権移転登記が未了であるために登記名義を有する買主も不動産の占有者となるとし、買主が、自己に登記が残っていることを奇貨とし、建物に抵当権を設定した行為について横領罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 被告人は、約束手形金を支払うことができなかったため、Sに対し、売買契約解除の意思表示をなし、S名義にその所有権移転登記手続に必要な権利書、委任状及び印鑑証明書を送付したところ、Sはその頃これを承諾して同書類をも受領し、この時に売買契約は合意解除され、その結果、建物の所有権は原状回復によりSに復帰した
  • それにもかかわらず、被告人は、その所有権移転登記手続未了なるを奇貨として、その後、T会社において、T社より金20万円を借り受けるに際し、ほしいままに前記建物上に抵当権を設定し、もってこれを横領したことを優に認定できる

と判示しました。

不動産の占有を否定した事例

 不動産の占有が否定された事例について紹介します。

大審院判決(明治45年7月1日)

 自己を含めた23名による共有の不動産に関し、21名の持分について仮装登記を受けたことにより、21名の持分の登記名義人となっても、それらの持分についての登記名義人になったにすぎず、不動産所有権の登記名義人ではないので、不動産の占有者には当たらないとしました。

 この判例は、行為の客体は、不動産そのものではなく、その共有持分であり、共有持分は財物とはいえないので、横領罪は成立しないとしたものです。

 裁判官は、

  • 23名の共有不動産に関し、21名の持分につき、登記名義人となりたるに過ぎざる場合においては、刑法第252条に規定する占有者にあらざるをもって、たとえ自己の名義において、登記したる持分に抵当権を設定し、よってこれを不法に処分するも、横領罪を構成することなし

と判示しました。

と判示しました。

東京高裁判決(昭和44年6月26日)

 被告人が代表取締役である会社のための所有権移転請求権移転の付記登記がなされた不動産につき、代表取締役による占有を否定しました。

 裁判官は、

  • 所有権移転請求権移転の付記登記がされたことは否定し得ないが、登記簿上の所有名義は、依然としてAであって、会社のための付記登記の存在をもって、被告人が土地を業務上占有していたものとして認定することは相当でない
  • 被告人は、売買行為の受託者として、土地を勝手に他に売却してはならない任務を負ったものというべく、被告人が任務に背いて土地をKに売却し、付記登記をした行為は背任罪に該当すると解するのが相当である
  • 原判決が、被告人の行為につき、業務上横領罪の成立を認めたことは事実を誤認して法律の解釈適用を誤ったものといわなければならない

と判示しました。

次回記事に続く

 次回の記事では、

  • 不動産の登記名義人でなくても、不動産の占有者と認定され、横領罪が成立する事例
  • 横領罪ではなく、背任罪が認定された事例

について説明します。

横領罪(1)~(65)の記事まとめ一覧

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