刑法(横領罪)

横領罪(50) ~横領行為の類型⑪「抑留による横領罪」「虚偽の事実を述べることで抑留行為となり、横領罪が成立する」「不作為による抑留」を判例で解説~

 横領行為の類型は、

①売却、②二重売買(二重譲渡)、③贈与・交換、④担保供用、⑤債務の弁済への充当、⑥貸与、⑦会社財産の支出、⑧交付、⑨預金、預金の引出し・振替、⑩小切手の振出し・換金、⑪費消、⑫拐帯、⑬抑留、⑭着服、⑮搬出・帯出、⑯隠匿・毀棄、⑰共有物の占有者による独占

に分類できます。

 今回は、「⑬抑留」について説明します。

抑留による横領罪

 抑留(よくりゅう)とは、「返還しないでいること」をいいます。

 委託者から、委託物の返還を求められたにもかかわらず、返還に応じない場合には、抑留行為として、横領罪が成立します(大審院判決 明示44年5月22日、大審院判決 大正4年2月10日)。

 また、

  • 他人の物の占有者が、受託物を自己の所有物であると主張して争う場合(大審院判決 大正5年8月8日)
  • 受託物である不動産について、所有者への返還及び登記名義書換請求を拒む場合(大審院判決 大正7年7月5日)
  • 自己の所有物であると主張して、民事訴訟を提起したり応訴したりする場合

など、領得の意思をもって、自己が正当な権利者であると主張したり、正当な権利者の権利を否認して争ったりする行為も抑留の一態様であり、横領行為となります。

 抑留による横領罪について、参考となる判例として、以下のものがあります。

大審院判決(昭和8年10月19日)

 所有者から委託されて管理占有していた家屋に関し、所有者の意思により登記の名義人になっていた者らに対し、家屋を自分の所有物であると主張して所有権確認及び登記抹消請求の民事訴訟を提起した行為について、横領罪の成立を認めました。

最高裁判決(昭和25年9月22日)

 他人の建物を管理占有していた被告人が、偽造文書を利用して、建物所有者に対し、自己の所有権を主張し、所有権移転登記を求める旨の民事訴訟を提起した行為について、業務上横領罪有印私文書偽造同行使の成立を認めました。

 また、権利者である旨主張したり抗争したりして、不法領得の意思を実現する行為が行われれば横領罪は既遂に達して成立するので、その後に訴えを取り下げても横領罪は未遂にとどまることにはならないとしました。

最高裁決定(昭和35年12月27日)

 登記簿上自己が所有名義人となって預かり保管中の不動産につき、所有者からの所有権移転登記請求の訴え提起に対し、応訴して自己の所有権を主張し抗争した行為について、横領罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 登記簿上自己が所有名義人となって預り保管中の不動産につき、所有権移転登記手続請求の訴を提起された場合に、右不動産に対する不法領得の意思の確定的発現として、自己の所有権を主張・抗争する所為につき、横領罪の成立を肯認した原判示は正当である

と判示しました。

虚偽の事実を述べることで抑留行為となり、横領罪が成立する

 虚偽の事実を述べることで、不法領得の意思が外部的に明らかになったと評価され、抑留行為が認まり、横領罪が成立する場合があります。

 参考判例として、以下のものがあります。

大審院判決(明治43年12月2日)

 銀行員から、他人に渡すべき現金を誤って受け取った者が、その銀行員から受け取りすぎていないか質問されたのに対し、「そのような事実はない」と答えた行為について、横領罪の成立を認めました。

高松高裁判決(昭和36年9月13日)

 余剰を返還する前提で、県から現物支給されていたセメントを保管していた者が、土木事務所の職員に、「セメントは残存しない」と虚偽の申述をした行為について、横領罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 被告人が、不正領得の意思をもって、A土木事務所職員に対し、不実の告知をしたことにより、 被告人は爾後愛媛県のために占有を継続するのではなく、自己のために占有を継続す るものであることが外部から客観的に看取できるのであって、右所為は、とりもなおさず不正領得の意思の発現行為すなわち横領行為そのものである
  • 県から現物支給され、余剰を返還することとされていたセメントを保管していた者が不法領得の意思をもって土木事務所の職員にセメントは残存しないと虚偽の申述をしたことで横領罪は既遂になるので、それが返還債務履行期到来前であったことや、履行期到来前に不正が発覚してセメントを返還したことは犯罪の成否に消長を及ぼさない

と判示しました。

大審院判決(昭和5年3月1日)

 占有中の部落所有の金員について、会合の場において、「個人として組合から特別慰労金としてもらい受けたもので、部落に差し出すものではない」と主張した行為について、横領罪の成立を認めました。

大審院判決(大正12年3月1日)

 約束手形の譲渡の斡旋を依頼され、実際に譲渡して得た額より低い額を委託者に伝え、差額を取得した行為について、横領罪の成立を認めました。

大阪高裁判決(昭和26年6月11日)

 念仏講の講員の共有物として1年ごとの当番として保管していた仏具を、次の当番の者に引き継ぐ際に、引継ぎを受けたものと偽って、異なる物を引き渡した行為について、横領罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 被告人が、次の当番講員に引継ぐに当たって、前年当番講員から引継ぎを受けた物、すなわち次の当番講員に引渡すべき物と全く異る画軸を、さきに引継ぎを受けた物であると言って引渡した行為によって、さきに引継ぎを受けた物に対する不正領得の意思が発現しているものと解するのが当然である
  • その物をどこに売却したか、その物をどこに隠匿しているかということが判明しなくても、横領罪の成立を認めるに支障はない

と判示しました。

大審院判決(明治43年7月1日)

 会社のための保管金から支出した費用の額を過大に申告し、伝票の作成や会社の日記帳への記入をさせた上、株主総会においてその支出額の承認をさせて過大申告分の返還義務を免れた行為について、横領罪の成立を認めました。

 この判例のように、実際に委託者に対して返還を拒む行為に及んでいなくとも、他人の金品を保管する者が、その金品を不正に領得する目的で、その返還を免れるべき事実上の状態を作為した場合には、横領罪が成立します。

ポイント

 抑留行為による横領罪は、虚偽の事実を述べることで、不法領得の意思が外部的に明らかになったと評価されることがポイントです。

 なので、抑留と認められるような行為をしても、不法領得の意思の発現が認められない場合は、横領罪は成立しません。

 この点について、参考となる判例として、次のものがあります。

東京高裁判決(昭和45年1月29日)

 委託物の引き渡しを拒んだ事案で、裁判官は、

  • 引渡しを拒むような言辞を用いたとしても、ほどなく委託物を引き渡していることから、冗談半分の失言か、酒席での放言であると考えられ、不法領得の意思の発現とは認められない

と判示し、横領罪の成立を否定しました。

不作為による抑留

 抑留は、不作為をもって不法領得の意思を実現する行為と認められる場合もあります。

 特に、委託の趣旨から行わなければならない行為がある場合には、そのような行為をしないまま占有を続けることで、不法領得の意思を実現したと評価されることがあります。

 参考となる判例として、以下のものがあります。

大審院判決(昭和10年3月25日)

 司法警察官が、被疑者から任意提出を受けた腕時計や現金について、自己に領得する意思をもって、領置の手続をなさず、かつ、検事局に送致しなかった行為について、横領罪の成立を認めました。

最高裁判決(昭和27年10月17日)

 銃砲等所持禁止令による保管許可申請手続をすることを頼まれて受け取った脇差太刀を保管中、所定期日までに手続をせず、以後、自己のためにそのまま蔵置した行為について、被告人に不法領得の意思を表現する行為があったものと認め、業務上横領罪の成立を認めました。

返還しない期間の長さが重要となる場合がある

 学説では、委託物を所有者に交付すべき期限が来ても、返還しないで抑留するような単なる不作為は横領とは認め難いとする見解があります。

 現実的にも、借用物の短期間の遅延にすぎないような場合には、民事上の債務不履行にとどまり、不法領得の意思の発現とまではいえないことが多いと考えれられます。

 不作為による抑留について、不法領得の意思の発現が認まり、横領罪の成立が認定できるまでに至るには、返還しない期間の長さの程度を見ることも重要になります。

 参考となる判例として、次のものがあります。

大阪高裁判決(昭和46年11月26日)

 昼頃までに返す趣旨で、午前9時頃に自動車を借り受けた者が、その許諾の限度を超えて警察官に逮捕されるまでの8日間にわたり自動車を乗り回したような場合には横領罪が成立するとしました。

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