刑法(詐欺罪)

詐欺罪(95) ~「詐欺罪の裁判で訴訟法上の争点が生じた判例」を解説~

 詐欺罪の裁判で、訴訟法上(手続上)の争点が生じた裁判の判例を紹介します。

犯罪事実の判示方法に言及した判例

大審院判決(昭和3年6月26日)

 詐欺罪の被害事実を判示するには、被害者の単複、損害のいかんを認識しうる程度に特定すれば足り、個々の被害者及びその損害を具体的に判示する必要はないとしました。

大審院判決(昭和6年3月16日)

 刑法246条2項の不法の利益の点については、不法に財産上現実の利益を得たことを確認しうる程度に事実を判示すれば足り、必ずしもその利益を算数的に明示する必要はないとしました。

最高裁判決(昭和26年3月15日)

 詐欺罪において財物の所有者は、他人であることが明らかであれば、必ずしも具体的に何人であるか(被害者が誰であるか)を判示する必要はないとしました。

 裁判官は、

  • 詐欺罪において財物の所有者は、他人なることが明かであれば必ずしも具体的に何人であるかを判示しなくとも犯罪構成要件に欠けるところはない
  • 原判決においては、東京都江東区a町b丁目c番地食糧公団東京都B支所C配給所における係員と表示してあるのであり、かつ証拠説明によれば被害者がAであることがわかるから、詐欺罪の相手方の表示としては適法である

と判示しました。

最高裁決定(平成22年3月17日)

 包括一罪を構成する街頭募金詐欺の罪となるべき事実については、募金に応じた多数人を被害者とした上、被告人の行った募金の方法、その方法により募金を行った期間、場所及びとれにより得た総金額を摘示することをもってその特定に欠けるところはないとました。

 この判例については、前の記事で詳しく説明しています。

判決内容に理由不備があることを指摘した判例

最高裁判決(昭和30年4月8日)

 この判例は、判決内容に被害者の処分行為の判示が欠ける不備があるとしました。

 裁判官は、

  • 第一審判決の確定する本件犯罪事実は、被告人はりんごの仲買を業とするものであるが、Aに対し、りんご「国光」五百箱を売り渡す契約(上越線a駅渡の約)をし、その代金62万5000円を受領しながら、履行期限が過ぎても、その履行をしなかったため、Aより再三の督促を受けるや、その履行の意思のないのにAを五能線b駅に案内し、同駅でBをしてりんご422箱の貨車積をなさしめ、これに上越線a駅行の車標を挿入せしめ、「あたかもりんご500箱をa駅迄発送の手続を完了し着荷を待つのみの如くAに示して、その旨同人をして誤信させAが安心して帰宅するや、その履行をなさず、よって債務の弁済を免れ、もって財産上不法の利益を得たものである」というのである
  • しかしながら、刑法246条2項にいう「(人を欺罔して)財産上不法の利益を得又は他人をしえこれを得せしめたる」罪が成立するためには、他人を欺罔して錯誤に陥れ、その結果、被欺罔者をして何らかの処分行為を為さしめ、それによって、自己又は第三者が財産上の利益を得たのでなければならない
  • しかるに、右第一審判決の確定するところは、被告人の欺罔の結果、被害者Aは錯誤に陥り、「安心して帰宅」したというにすぎない
  • 同人の側にいかなる処分行為があったかは、同判決の明確にしないところであるのみならず、右被欺罔者の行為により、被告人がどんな財産上の利益を得たかについても同判決の事実摘示において、何ら明らかにされてはいないのである
  • 同判決は、「よって債務弁済を免れ」と判示するけれども、それが実質的に何を意味しているのか、不分明であるというのほかはない
  • あるいは、同判決は、Aが、前記のように誤信した当然の結果として、その際、履行の督促をしなかったことを、同人の処分行為とみているのかもしれない
  • しかし、すでに履行遅滞の状態にある債務者が、欺罔手段によつて、一時債権者の督促を免れたからといって、ただそれだけのことでは、刑法246条2項にいう財産上の利益を得たものということはできない
  • その際、債権者がもし欺罔されなかったとすれば、その督促、要求により、債務の全部または一部の履行、あるいは、これに代りまたはこれを担保すべき何らかの具体的措置が、ぜひとも行われざるをえなかったであろうといえるような、特段の情況が存在したのに、債権者が、債務者によつて欺罔されたため、右のような何らか具体的措置を伴う督促、要求を行うことをしなかったような場合にはじめて、債務者は一時的にせよ右のような結果を免れたものとして、財産上の利益を得たものということができるのである
  • ところが、本件の場合に、右のような特別の事情が存在したことは、第一審判決の何ら説示しないところであるし、記録に徴しても、そのような事情の存否につき、必要な審理が尽されているものとは、とうてい認めがたい
  • ひっきょう、本件第一審判決には、刑法246条2項を正解しないための審理不尽、理由不備の違法があるものというべく、同判決およびこれを支持して控訴を棄却した原判決は、刑訴411条1号により破棄を免れないものである

と判示しました。

仙台高裁判決(昭和30年7月19日)

 上記判例と同じく、この判例は、判決内容に被害者の処分行為の判示が欠ける不備があるとしました。

 宿泊後、無断逃走して、事実上宿泊料の支払をしなかった事案で、裁判官は、

  • 詐欺罪の成立には、犯人の欺罔行為と相手方の錯誤に基づく財産的処分行為のあることが必要とし、刑法第246条第2項にいわゆる財産上不法の利益を得るとは、相手方の錯誤に基づく処分行為によって財産上不法の利益を取得する場合をいうのである
  • 原判決は、「被告人は、旅館の女中に対し、宿泊を申し込み、1泊し、翌日、宿泊料金630円の支払をしないで旅館より逃走し、よって同額の財産上の不法の利益を得た」旨判示するのみで、被告人が欺罔手段を施したこと及び相手方が錯誤に陥り、財産的処分行為をなしたことの判示を全く欠如し、詐欺罪の事実説示として理由不備の違法があるものである

と判示し、詐欺罪の罪となるべき事実に被害者の財産的処分行為の記載がないことの不備を指摘し、被害者の財産的処分行為の記載がある事実に改めた上で判決を言い渡しました。

東京高裁判決(昭和51年9月22日)

 上記判例と同じく、この判例は、判決内容に被害者の処分行為の判示が欠ける不備があるとしました。

 被告人がM株式会社に工事代金98万8440円を支払う義務があったのに、逃走して支払を行わなかった事案で、裁判官は、

  • いわゆる二項詐欺が成立するためには、相手方の処分行為を必要とすることは判例上確定したところである
  • 原判決が、被告人において、M株式会社に対する原判示の債務を支払わず、98万8440円の財産上の不法の利益を得たとするためには、被告人が逃走したということだけでは二項詐欺の成立要件を充足せず、相手方たるM株式会社の側において右債務につき何らかの処分行為をしたこと、すなわち、被告人において処分行為をさせたことが必要である
  • 然るに、原判決はこの点につき判示することなく、また、引用の証拠と対照して原判文を読んでみても、右処分行為の点についてはこれを明らかにすることができないので、原判決は理由不備若しくは法令の解釈を誤った違法があり、原判決はこの点において、とうてい破棄を免れないものというべきである

と判示しました。

詐欺の犯意を前科で認定しても違法ではないとした判例

最高裁判決(昭和41年11月22日)

 犯罪の客観的要素が他の証拠によって認められる事案において、詐欺の犯意のごとき主観的要素を被告人の同種前科の内容によって認定しても違法ではないとしました。

 裁判官は、

  • 犯罪の客観的要素が他の証拠によって認められる本件事案の下において、被告人の詐欺の故意の如き犯罪の主観的要素を、被告人の同種前科の内容によつて認定した原判決に違法は認められない

と判示しました。

刑法246条の1項と2項の適用に関して言及した判例

 判例は、詐欺罪の1項と2項の適用の誤りは判決破棄の理由にならないとしています。

 この点について判示した以下の判例があります。

大審院判決(大正11年7月4日)

 裁判所をだまして、勝訴の判決を得て、Mから金員をだまし取ろうとしたが、結局、敗訴し、Mから金員をだまし取れなかった詐欺未遂の事案で、裁判官は、

  • その所為は、刑法第246条第1項詐欺罪の未遂をもって論ずべきものたるは疑いなし
  • 然るに、原判決がこれを財産上不法の利益を得んとして遂げざりしものと判断し、同条2項を適用したるは失当なるも、同条1項を適用するも、また同条2項を適用するも、等しく同第1項所定の刑に従い処断すべきものにして、従って、右の失当は被告人の利害に何らの影響を及ぼすことなければ、未だ原判決を破棄するの理由となすに足らず

と判示し、1項と2項の適用の誤りは判決破棄の理由にならないとしました。

東京高裁判決(昭和27年10月24日)

 無銭飲食の事案では、飲食物の提供は1項詐欺が成立し、サービスの提供については2項詐欺が成立するところ、原判決が1項と2項の適用を誤ったことに対し、裁判官は、

  • 被告人が代金支払能力がないにもかかわらず、相当の金を所持するように見せかけて飲食物を提供せしめる所為は、財物を騙取したものとして、刑法246条1項を適用すべきである
  • 原判決の法律適用は、この点誤ってはいるが、刑法第246条第1項と第2項とは、構成要件も略々大差がなく、法定刑にも軽重がないのであって、ただ財物を騙取したか、不法の利益を得たかの相違あるに過ぎないのであるから、この程度の誤りは判決に影響を及ぼすとはいえない

と判示しました。

東京高裁判決(昭和31年11月28日)

 この判例で、裁判官は、

  • 刑法第246条1項、第2項は、同一罪質である詐欺罪に関する規定であり、かつ、両者ともその法定刑は同一であるから、これが適用をなすに当たり、そのいずれを適用するも、またはこれを区別せずして概括的に適用するも、法律の適用を誤ったものとはいえないことは既に大審院判例の示すところである
  • 原判決の如く、当初より代金支払の意思がないのにかかわらず、あたかもこれあるかの如く装い、宿泊を申し込み、計って旅館の従業員をしてその旨誤信せしめ、宿泊させ、かつその間、飲食物等を提供させた場合には、すべて一括して刑法第246条を適用するのを相当とするけれども、原判決の如く、刑法第246条2項前段を適用したからとて、刑事訴訟法第380条にいうところの法令の適用に誤りがあって、その誤りが判決に影響を及ぼすこと明らかな場合に該当しないこともちろんである

と判示しました。

東京高裁判決(昭和55年5月29日)

 1項詐欺の起訴に対し2項詐欺の事実を認定するためには、訴因変更を要するが、その手続を採らなかった違法は判決に影響を及ぼさないとしました。

 裁判官は、

  • 起訴状記載の公訴事実として掲げられた訴因は、30万円の金員を騙取したという刑法246条1項のいわゆる1項詐欺の事実であり、原判決認定事実は、同額の債務の期限を延期させ、財産上不法の利益を得たとする同条2項のいわゆる2項詐欺の事実である
  • 前者は、人を欺罔して財物を騙取することをその行為定型とし、後者は、同様の方法により財産上不法の利益を得、又は他人をしてこれを得しめることをその行為定型とするもので、両者は、犯罪の抽象的構成要件を異にし、所定刑の同一で、その間に軽重はないのであるから、前者を後者に、あるいは後者を前者に変更して認定し判決するについては、その前提として、訴因変更の手続を採ることを要すると解すべきである
  • しかるに、原判決は訴因変更の手続を採ることなく2項詐欺の事実を認定したのであるから、訴訟手続に違法があるといわなければならない
  • しかしながら、原審が訴因変更の手続をとらなかったことにより、被告人の防御に何らの実質的不利益を及ぼしていないのであるから、原審の訴訟手続の違法は、判決に影響を及ぼすものとは認められない
  • 原判決に判決に理由を付さない違法があるとすることはできない

と判示しました。

既に裁判が確定した事件と併合罪の関係にある詐欺事実を起訴しても確定裁判の既判力の触れないとした判例

東京高裁判決(昭和61年6月5日)

 車両追突による人身事故を仮装して保険会社から保険金を詐取しようとした被告人につき、業務上過失傷害罪の略式命令が確定していても、詐欺未遂の事実により公訴を提起することは、確定裁判の既判力に抵触しないとしました。

 裁判官は、

  • 既に確定裁判を経た業務上過失傷害の罪と、本件詐欺未遂罪とは、罪質・被害法益が全く異なるのみならず、犯行日時・場所、行為の態様・相手方(被害者)などの主要な犯罪の構成要素をことごとく異にするのであって、公訴事実の同一性のないことは明らかというべきである
  • 所論(※弁護人の主張)は、業務上過失傷害と詐欺未遂とは、一方の犯罪が認められるときは、他方の犯罪を認め得ない関係にあるから、併合罪の関係にあるとはいえないという
  • しかし、一般に、自動車による人身事故を利用して自動車保険金を騙取しようとした場合、同一犯人が業務上過失傷害の主体であると同時に、詐欺未遂の主体であるということは実際においてあり得るのであって、両罪が併存し得ない関係にあるとは必ずしもいえないのである
  • 本件の場合においては、両者は、互いに排斥し合うことなく成立し得るものと考えられる
  • もとより、一般に、業務上過失傷害が詐欺の手段として用いられ、あるいは業務上過失傷害の当然の結果として詐欺が行われるという関係にあるともいえないから、両罪が刑法54条1項後段牽連犯の関係にあるともいえないから、原審刑法第337条1号により免訴の言渡しをしなかったのは正当であって、原判決に訴訟手続の法令違反は認められない

と判示しました。

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