刑法(業務上過失致死傷罪)

業務上過失致死傷罪(10) ~因果関係①「複数の要因が重なって結果が発生した場合の因果関係」「結果が発生する可能性が予見できた場合は、因果関係が認められる」を判例で解説~

過失行為と致死の結果の因果関係

 業務上過失致死傷罪(刑法211条前段)のような過失犯は、原因となる過失行為と結果との因果関係が問題となることが少なくありません。

 たとえば、作業中の事故において、発生した事故と被害者の傷害との因果関係が認められなれば、業務上過失傷害罪は成立しません。

 なので、行為と結果との間に因果関係が認められるかどうかが裁判では争点になりやすいです。

複数の要因が重なって結果が発生した場合の因果関係の考え方

 過失事犯では、複数の要因が重なって結果の発生に至ることも少なくありません。

 判例は、複数の要因が重なって結果の発生に至った場合の因果関係の認定について、以下のような考え方をとっています。

最高裁決定(昭和35年4月15日)

 裁判官は、

  • 特定の過失に起因して特定の結果が発生した場合に、 これを一般的に観察して、その過失によってその結果が発生するおそれのあることが実験則上予測される場合においては、たとえその間に他の過失が同時に多数競合し、あるいは時の前後に従って累加的に重なり、又は他の何らかの条件が介在し、しかもその条件が結果発生に対して直接かつ優勢なものであり、問題とされる過失が間接かつ劣勢なものであったとしても、 これによって因果関係は中断されず、右過失と結果との間にはなお法律上の因果関係ありといわなければならない

と判示しました。

行為と結果の因果関係を具体的に予見できなくても、結果が発生する可能性は予見できたとされる場合は、因果関係が認められる

 特に複雑な事故などにおいては、客観的に因果関係が認められる場合であっても、そうした因果関係のどこまでを予見する必要があるかが争われることがあります。

 この点につき、「具体的な因果の経過についての予見までは必要ではない」「結果発生の可能性を予見できれば因果関係が認められる」旨の考え方を明示した判例があり、一つの指針となっています。

最高裁決定(平成12年12月20日)

 裁判官は、

  • トンネル内における電力ケーブルの接続工事に際し、施工資格を有してその工事に当たった被告人が、ケーブルに特別高圧電流が流れる場合に発生する誘起電流を接地するための大小2種類の接地銅板のうちの1種類をY分岐接続器に取り付けるのを怠ったため、右誘起電流が、大地に流されずに、本来流れるべきでないY分岐接続器本体の半導電層部に流れて炭化導電路を形成し、長期間にわたり同部分に集中して流れ続けたことにより、本件火災が発生したものである
  • 右事実関係の下においては、被告人は、右のような炭化導電路が形成されるという経過を具体的に予見することはできなかったとしても、右誘起電流が大地に流されずに本来流れるべきでない部分に長期間にわたり流れ続けることによって火災の発生に至る可能性があることを予見することはできたものというべきである
  • したがって、本件火災発生の予見可能性を認めた原判決は、相当である

と判示し、行為と結果の因果関係を具体的に予見することはできなかったとしても、結果が発生する可能性は予見できたとして、因果関係があったことを認めています。

最高裁決定(平成21年12月7日)

 業務上過失致死罪の事案で、裁判官は、

  • 被告人らは、本件事故現場である人工の砂浜の管理等の業務に従事していたものであるが、同砂浜は、東側及び南側がかぎ形の突堤に接して厚さ約2.5mの砂層を形成しており、全長約157mの東側突堤及び全長約100mの南側突堤は、いずれもコンクリート製のケーソンを並べて築造され、ケーソン間のすき間の目地に取り付けられたゴム製防砂板により、砂層の砂が海中に吸い出されるのを防止する構造になっていた
  • 本件事故は、東側突堤中央付近のケーソン目地部の防砂板が破損して砂が海中に吸い出されることによって砂層内に発生し成長していた深さ約2m、直径約1mの空洞の上を、被害者が小走りに移動中、その重みによる同空洞の崩壊のため生じた陥没孔に転落し、埋没したことにより発生したものである
  • そして、被告人らは、本件事故以前から、南側突堤沿いの砂浜及び東側突堤沿い南端付近の砂浜において繰り返し発生していた陥没についてはこれを認識し、その原因が防砂板の破損による砂の吸い出しであると考えて、対策を講じていたところ、南側突堤と東側突堤とは、ケーソン目地部に防砂板を設置して砂の吸い出しを防ぐという基本的な構造は同一であり、本来耐用年数が約30年とされていた防砂板がわずか数年で破損していることが判明していたばかりでなく、実際には、本件事故以前から、東側突堤沿いの砂浜の南端付近だけでなく、これより北寄りの場所でも、複数の陥没様の異常な状態が生じていた
  • 以上の事実関係の下では、被告人らは、本件事故現場を含む東側突堤沿いの砂浜において、防砂板の破損による砂の吸い出しにより陥没が発生する可能性があることを予見することはできたものというべきである
  • したがって、本件事故発生の予見可能性を認めた原判決は、相当である

と判示し、結果発生に至る因果関係の基本的部分についての予見が可能であれば予見可能性が肯定できるとする考え方をとり、被告人の過失を認め、業務上過失致死罪が成立するとしました。

因果関係が争われた裁判例

 業務上過失致死傷罪(自動車事故については、過失運転致死傷罪)に関して、因果関係が争われた参考となる裁判例として以下のものがあります。

被告人が衝突した車によって死傷の結果を引き起こした事案で、因果関係が肯定された事例

東京高裁判決(昭和48年9月13日)

 被告人運転の自動車が、前方不注視によって、無免許で運転をしていた被害車両に衝突し、被害車両の車の運転者が狼狽して約40メートル暴走して、雑木林を突き抜けブロック塀を壊し、美容院に飛び込んで傷害事故で、被告人の過失行為と死傷との結果との因果関係を肯定し、業務上過失致傷罪(現行法:過失運転致傷罪)が成立するとしました。

東京地裁判決(昭和46年12月16日)

 ダンプカーを運転する被告人が、左側に進路変更したところ、左後方を進行して来た車に接触し、その車を歩道に乗り上げさせ、バス待ち合わせ中の3名に衝突させて死傷させた事案で、被告人の過失行為と死傷との結果との因果関係を肯定し、業務上過失致死傷罪(現行法:過失運転致死傷罪)が成立するとしました。

次回の記事に続く

 次回の記事では、因果関係が争われた裁判例のうち、

  • 二重、三重衝突について因果関係が肯定された事例
  • 二重、三重轢過について因果関係が肯定された事例
  • 事故を避けようとした被害者が狼狽して転倒したなどの場合に因果関係を肯定した事例

を紹介します。

業務上過失致死傷罪、重過失致死傷罪、過失運転致死傷罪の記事まとめ一覧