前回の記事の続きです。
伝聞証拠には原則として証拠能力がありません。
しかし、
- 刑訴法321条(被告人以外の者の供述代用書面)
- 刑訴法321条の2(ビデオリンク方式による証人尋問調書)
- 刑訴法322条(被告人の供述代用書面)
- 刑訴法323条(特信書面)
- 刑訴法324条(伝聞供述)
- 刑訴法326条(同意証拠)
- 刑訴法327条(合意書面)
に、それぞれの伝聞証拠の性質に応じて、伝聞法則の例外として証拠能力を認めるための一定条件を規定し、その条件を満たす場合には証拠能力を認めています。
証拠能力が認められると、検察官は、公判で裁判官に伝聞証拠(伝聞供述、供述書、供述録取書)を提出して証拠採用してもらえることになります。
証拠能力が認められないと、検察官は、公判で裁判官に伝聞証拠(伝聞供述、供述書、供述録取書)を提出しても、証拠として採用してもらえないという結果になります。
この記事では、刑訴法321の「被告人以外の者の供述代用書面」に証拠能力が認められるための考え方のうち、「供述書、供述録取書(供述調書)に対する署名・押印の有無と証拠能力の関係」を説明します。
刑訴法321条1項の説明
刑訴法321条は、
1項 被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる
1号 裁判官の面前(第157条の6第1項に規定する方法による場合を含む。)における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は供述者が公判準備若しくは公判期日において前の供述と異った供述をしたとき
2号 検察官の面前における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異った供述をしたとき。但し、公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するときに限る
3号 前2号に掲げる書面以外の書面については、供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明又は国外にいるため公判準備又は公判期日において供述することができず、且つ、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであるとき。但し、その供述が特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限る
2項 被告人以外の者の公判準備若しくは公判期日における供述を録取した書面又は裁判所若しくは裁判官の検証の結果を記載した書面は、前項の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる
3項 検察官、検察事務官又は司法警察職員の検証の結果を記載した書面は、その供述者が公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述したときは、第1項の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる
4項 鑑定の経過及び結果を記載した書面で鑑定人の作成したものについても、前項と同様である
と規定します。
刑訴法321条は、
- 被告人以外の者が作成した供述書
- 被告人以外の者の供述を録取した供述録取書(供述調書ともいう)
について、刑訴法320条1項前段の例外として、一定の条件の下で、証拠能力を認めるものです。
刑訴法321条は、1項において、
- 通常の供述録取書(参考人の供述調書など)
- 通常の供述書(上申書など)
について規定し、2項・3項・4項において、
- 特殊な供述録取書(公判調書・公判準備における証人尋問調書等)
- 特殊な供述書(検証調書・鑑定書)
について規定します。
「被告人以外の者」とは?
1⃣ 条文中にある「被告人以外の者」とは、
当該書面について証拠調べ請求をされた当の被告人以外の者
をいいます。
2⃣ 被害者・目撃者等の第三者はもとより、共犯者・共同被告人も含まれます。
「被告人以外の者」に共犯者・共同被告人が含まれる理由は、共犯者・共同被告人であっても、当の被告人にとっては第三者であるので、共犯者・共同被告人の供述に対して、被告人の反対尋問権を保障すべきとされるためです。
共犯者たる共同被告人を「被告人以外の者」とした判例として、最高裁決定(昭和27年12月11日)、最高裁判決(昭和28年7月7日)があります。
共犯者でない共同被告人を「被告人以外の者」とした判例として、最高裁判決(昭和28年6月19日)があります。
共同被告人でない共犯者を「被告人以外の者」とした判例として、福岡高裁判決(昭和28年6月18日)があります。
「供述書」とは?
1⃣ 供述書とは、
供述者自らその供述内容を記載した書面
です。
供述書には、
- 私人が作成するもの
- 捜査機関(警察官、検察官、検察事務官)作成するもの
とがあります。
私人が作成する供述書としては、例えば、
- 私人が作成する被害届、上申書、答申書、告訴状、告発状、帳簿、メモ、日記、手帳、領収書
- 医師が作成する診断書、死体検案書
- 鑑定人が作成する鑑定書
が挙げられます。
捜査機関が作成する供述書としては、例えば、
- 捜査報告書、現行犯逮捕手続書、実況見分調書
が挙げられます。
2⃣ 供述書は、供述者自身が作成したものである限り、自筆であることは必要ではなく、
パソコンなどで作成し、それを印刷したものであってもよい
です。
ただし、形式的には供述書であっても、実質的には第三者が供述内容を聞き取って要約したものを記載した場合には、供述録取書とみるべきとされます。
また、代筆の場合は、供述者の一語一句をそのまま書き取る口述筆記の場合には供述書とみることができると考えられるが、代筆者が多少でもそれを要約して記載した場合には、供述録取書の性格を帯びるとされます。
「供述録取書」とは?
1⃣ 供述録取書とは、
供述者の話を第三者(通常、警察官又は検察官)が聞き、その第三者が供述者から聞いた話を書き記した書面
です。
供述録取書の代表例は、
- 警察官や検察官が作成する供述調書
です。
このほか、例えば、
- 証人尋問調書(裁判所が法廷で証人を尋問し、その内容を記載した書面)
- 電話聴取書(警察官や検察官が電話で聞き取った内容を記載した書面)
が供述録取書に該当します。
2⃣ 供述録取書は、当該事件の証拠とするために作成されたものに限られません(最高裁決定 昭和29年11月11日)。
3⃣ 録取の方法に制限はなく、供述を聞くものがこれを録取する必要はなく、傍聴する第三者が録取してもよいです。
例えば、検察官の取調べでは、検察官が被疑者から話を聞き、検察官が被疑者から聞いた話を口述し、その口述内容を検察官の隣にいる検察事務官が録取する方法が採られることがあります。
4⃣ 供述録取書を作成するに当たっては(供述者から聞いた内容を文書にまとめる場合には)、文書をまとめ終わったら、供述者に対し、文書の内容を読み聞けする(作成した文書の内容を読んで聞かせる)必要があります(刑訴法198条4項、223条2項)。
この読み聞けは、供述を録取して書面にした内容の正確性を担保するために重要とされます。
なお、「検察官が供述調書を作成する際にこれを供述者に読み聞けなかったとしても、その一事のみによつて供述調書がただちに証拠能力を失うことにはならない」と判示する判例(最高裁判決 昭和28年1月27日)があるものの、読み聞けの欠如は、その供述録取書の証拠能力に影響を与える場合があると解されています。
刑訴法321条1項「被告人以外の者の供述書・供述録取書」の説明
刑訴法321条1項は、「被告人以外の者が作成した供述書」又は「被告人以外の者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるもの」について、刑訴法321条1項の1号、2号、3号の各要件に該当すれば証拠能力を認める規定です。
ここでいう「被告人以外の者」とは、被告人以外の者を全て含みます。
なので、被害者、目撃者、参考人だけではなく、共犯者や共同被告人(共犯者関係にあるなどして被告人と一緒に起訴され、被告人と一緒に裁判を受ける者)も含まれます(最高裁判決 昭和28年7月7日)。
被告人Aと共犯者Bの両名による共犯事件において、Aの供述書や供述調書をA自身に対する関係で証拠とするときは、刑訴法322条1項の規定(任意性のある被告人の不利益供述(自白供述)を記載した供述書、供述調書は証拠にできる)により、その供述書や供述調書に証拠能力が決められます。
しかし、共犯者であるBに対する関係で証拠とするときには、刑訴法321条1項の各号によって証拠能力が決められます。
例えば、Aの警察官に対する自白調書は、被告人であるA自身の関係では、Aの自白に任意性があれば証拠能力が認められます(刑訴法322条1項)。
共犯者Bとの関係では原則として証拠能力がないため、相手方(被告人・弁護人)のAの証拠として採用してよいという同意(刑訴法326条)があるか、刑訴法321条1項3号の要件を満たさない限り証拠能力は認められません。
供述録取書に「供述者」の署名若しくは押印がなければ証拠能力がない
1⃣ 刑訴法321条の条文の書き出し部分で、
「被告人以外の者が作成した供述書」又は「その者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるもの」は、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる
とあります。
つまり、
- 「供述書」には供述者の署名・押印は要求されていない
が、
- 「供述録取書」には、供述者の署名若しくは押印が必要とされる
ということになります。
※ ただし、刑訴法321条の供述書の証拠能力の関係では「供述書」には供述者の署名・押印は要求されていませんが、刑訴規則60条(公務員以外の者の書類)の規定で、
- 官吏その他の公務員以外の者が作るべき書類には、年月日を記載して署名押印しなければならない
とあることから、「供述書」には供述者の署名・押印があるのが通常です。
2⃣ 供述書と供述録取書との区別が重視されるのは、供述者の署名・押印を必要とするかどうかの点にあります。
供述書は、供述者自身が記載するものなので、通常、供述内容と記載内容との間に相異がないものと推定されるため、署名・押印を必要としません。
しかし、供述録取書の場合には、供述内容と記載内容との間に相異がないことの保障がないので、これを担保する意味で、原供述者が供述録取が正確なことを確認して署名・押印をすることが必要とされるものです。
供述録取書に供述者の署名若しくは押印を必要とするのは、供述録取書は、供述者が自分で作成する供述書とは異なり、供述者の供述を第三者が聴取して録取するものなので、供述どおり正確に録取されているかどうかを供述者本人に確認させ、その正確性を認証させるためです。
3⃣ 供述録取書には、供述者の署名若しくは押印があれば、ひとまずその供述録取書に証拠能力が付与される要件をクリアします。
(供述録取書は、「供述者の署名若しくは押印」と「供述録取者の署名及び押印」があって証拠能力が付与されます。詳細はこの後に説明します。)
なので、供述者の署名と押印の両方がない供述録取書は、録取の正確性の担保がなく、刑訴法321条1項で要求される法定要件を具備しないため、証拠能力がないとされます。
別の言い方をすると、供述者の署名か押印のどちらかがあればよいとなります。
例えば、体が不自由で字を書くことができない供述者が、供述録取書に署名ができず、押印だけした場合でも、押印はあるので、その供述録取書には証拠能力が付与されることになります。
例えば、供述者が供述録取書に署名はしたが、押印をするのを忘れてしまった場合でも、署名はあるので、その供述録取書には証拠能力が付与されることになります。
4⃣ 「署名」とは、氏名を自署することをいいますが、氏又は名のみの自署でもよいとされます
「押印」は、印を押捺することいいますが、この押印は指印でもよいとされます(刑訴規則61条)。
5⃣ 供述録取書に供述者の署名・押印を求めるのは、原供述者が供述録取の性格なことについて確認した事実を推認する手段として合理的であり、それが適当とみられるためです。
よって、署名・押印以外の方法により、原供述者の肯定確認が可能な場合であれば、供述録取書に供述者の署名・押印があることを絶対的な必要要件とするものではないとされます。
また、供述録取書に供述者の署名・押印があっても、原供述者の肯定確認がないとみられる場合には、署名・押印の効力はないとされます。
供述者が供述録取書に署名・押印できない場合は、立会人に署名・押印させることができる
供述録取書への供述者の署名・押印は、録取の正確性を担保するためのものなので、供述者本人が署名・押印をしなければなりません。
しかし、例えば、供述者が重傷のため自分で署名・押印ができない場合のように、署名・押印ができないことに正当な理由があるときは、供述者の取調べに立ち会った立会人に録取の正確性を確認させた上、供述人が署名・押印できない理由を供述録取書に明記し、立会人に署名・押印させてもよいとされます。
参考となる裁判例として以下のものがあります。
重傷を負い署名・押印できない供述者の代わりに、供述者の実父が供述録取書に署名・押印した事案で、立会人の代署では法定要件を欠くとしても、刑訴法326条の同意があれば、相当性を考慮して証拠とすることができるとしています。
公判調書に記載された証人の供述には署名・押印は不要である
供述録取書である公判調書(公判期日における訴訟手続の内容を記載した書面。裁判所書記官が作成する。)又は公判準備調書(公判期日外における訴訟手続の内容を記載した書面。裁判所書記官が作成する。)には、供述者である証人等の署名又は押印はありません(刑訴規則45条1項、52条の2第1項)。
刑訴法321条において、供述者の署名又は押印が要求されているのは、供述者が真にその供述をしたことを担保するためであるところ、公判期日又は公判準備期日における供述についてはその正確性が制度上担保されており、刑訴規則上も署名又は押印が不要とされていることから、公判調書又は公判準備調書には、刑訴法321条の適用はなく、公判調書又は公判準備調書への供述者である証人等の署名又は押印は不要と解されています。
供述録取書への「供述録取者」の署名及び押印の有無と証拠能力の考え方
供述録取書には、
- 「供述者」の署名若しくは押印
のほかに、
- 「録取者」(例えば、被害者の話を聞いて書面を作成した警察官が録取者に該当する)の署名及び押印
録取者については、供述者の場合と異なり、署名及び押印の両方が必要となります(供述者の場合は署名又は押印が必要とされています)。
問題は、録取者の署名と押印の両方を欠いた供述録取書の証拠能力です。
裁判例は、録取者の署名と押印の両方を欠いた場合の供述録取書について、
- 刑訴法326条の同意があれば供述録取書の証拠能力を認めるもの
がある一方で、
- 刑訴法326条の同意があっても供述録取書の証拠能力は認められないとするもの
もあり、見解が分かれています。
① 刑訴法326条の同意があれば供述録取書の証拠能力を認める裁判例
刑訴法326条の同意があれば供述録取書の証拠能力を認める裁判例として、以下のものがあります。
名古屋高裁判決(昭和28年3月23日)
検察官の署名押印はないが、検察事務官の署名押印はある供述録取書につき、刑訴法326条の同意があれば無条件で証拠能力を肯定するとした事例です。
(検察官が作成する供述録取書は、検察官と取調べに立ち会った検察事務官の両方が供述録取書に署名押印するものです)
裁判所は、
- 被告人が刑事訴訟法第326条による同意を為している以上、同法第321条第1項所定の要件を具備しないでも証拠能力を有する
と判示しました。
東京高裁判決(昭和29年5月14日)
検察官の氏名の表示はあるがその署名押印はなく、検察事務官の署名押印はある供述録取書につき、書面の成立が明らかであれば証拠能力を認めるとした事例です。
裁判所は、
- 検察官が犯罪を捜査するに当り、被疑者を取り調べその供述を調書に録取する方法については別段の定めがないから、その検察官が自から録取するか、あるいは検察事務官をして録取させるかいずれの方式によっても差し支えなく(東京高等裁判所昭和26年7月23日判決参照)、後者の方法による場合においては、当該検察事務官が刑事訴訟法第198条第4項以下、刑事訴訟規則第58条所定の手続及び方式に従って調書を作成すべきものであって取調をした検察官はその氏名が調書に表示されているのみて足り、必ずしも検察事務官と共に署名押印する必要はないものと解すべきである(福岡高等裁判所昭和27年10月2日判決参照)
- そこで本件供述調書に取調をした検察官である検事Aの氏名が表示されていること及び検察事務官Bが前記の手続及び方式に従ってこれを作成したことは、同調書の記載に徴して明白であるから、同調書は、被告人の検察官に対する供述調書として作成の方式に何ら欠けるところはない
と判示しました。
奈良地裁判決(昭和48年10月22日)
検察事務官の署名押印のみで検察官の署名押印がない供述調書につき、刑訴法326条の同意があれば有効であるとした事例です。
裁判所は、
- 供述調書は、検察官の署名押印を欠くけれども、証拠として取調べた検察事務官H作成の報告書および右各調書の用紙、体裁ならび記載内容に徴し、各供述は検察官Mの面前でなされたものであり、検察事務官Hにおいてこれを録取したうえ、所要の方式を履践し、各供述者の署名押印を得てそれぞれ供述調書としたことを認めるに足り、かつ、各調書はその作成者である右Hの署名押印を具備しているので、いずれも検察官の面前における供述を録取した書面として有効であると解する
と判示しました。
東京高裁判決(昭和30年3月16日)
検察官の署名押印を欠いた上、供述調書のページ間に契印を書くものにつき、刑訴法326条の同意があり、かつ成立の真正が推認されることで証拠能力は認められるとした事例です。
裁判所は、契印の欠如の部分につき、
- 刑事訴訟規則第58条第2項によれば、官吏その他の公務員が作るべき書類には、毎葉に契印をしなければならないわけであって、供述調書は、これが規定に違背している点において不適法なものがあるといわざるを得ないが、もし該調書の形式、内容において契印のない前葉と後葉との間に一体性の認められるものがあるにおいては、その調書全体を向こうのものというを得ないものと解すべきところ、該調書における片方に印影の一部を欠く契印不完備の個所における前葉と後葉に見る文字ないし字体の同一筆跡にかかるものであることの窺われること、及び両葉間に連続している首尾の一貫した文脈等に照らし、その両葉が該供述調書として一体をなすものであることが明白であるから(しかも被告人ないしはその弁護人は原審においてこれを証拠とすることに同意している。)、これが供述調書を法令に違反する無効なものであるとする趣旨をもってその証拠能力を否定して原判決を非難する所論(※弁護人の主張)は採用できない
と判示しました。
② 刑訴法326条の同意があっても供述録取書の証拠能力は認められないとする裁判例
上記裁判例とは逆に、刑訴法326条の同意があっても供述録取書の証拠能力は認められないとした以下の裁判例があります。
東京高裁判決(昭和30年8月9日)
刑訴法326条の同意があっても成立の真正が不明として供述録取書の証拠能力を否定した事例です。
裁判所は、
- 検察官調書にはその録取者たる立会検察事務官の署名押印は存するけれども、取調検察官の署名も押印もないのであるから、刑事訴訟規則第58条第1項所定の方式を欠くばかりでなく、果して調書冒頭表示の検察官によって取調が行われたものか否か、これを確認し得ないのである
- かような調書は適法な検察官作成の供述調書と認めることはできから、その証拠能力も否定されなければならない
と判示しました。
東京高裁判決(昭和26年12月13日)
刑訴法326条の同意がなく、検察官の署名押印なく立会事務官の署名押印はある供述調書を刑事訴訟法第321条第2号の規定を用いて裁判官が証拠調べをした上、証拠として判決に援用したのは違法であるとした事例です。
裁判所は、
- 供述調書の冒頭には検事SがNを取り調べた旨の記載が存するのに、同調書の末尾には検察事務官Tの署名押印は存するが、右検事Sの署名押印は存しない
- しからば右調書は直ちに検事作成の供述調書とは認めることはできない
- しかも、被告人及び弁護人がこれを証拠とすることには同意していないことが明らかであるのに、原審がこれをNに対する検事作成の供述調書(刑事訴訟法第321条第2号の書類)として証拠調べをしたのは違法であり、この違法の証拠を判決に援用したのは、まさに訴訟手続に法令違反の存するものであることは明白である
と判示しました。
刑訴法326条の同意による供述書・供述録取書への証拠能力の付与の考え方
刑訴法326条は、刑訴法321条から327条の規定により証拠とならない伝聞証拠であっても、相手方の同意があれば証拠能力を認める規定です。
同意は、反対尋問権を放棄する意思表示になるとともに、録取の正確性を認めたことになるため、相手方の同意があった場合は、伝聞証拠の証拠能力が認めるられるようになるものです。
ただし、刑訴法326条は相当性の存在を要件としているため、供述者の署名・押印を欠く理由によっては、同意があっても相当性がないことを理由に証拠能力が否定されることがあり得ます。
供述書(供述録取書ではない)に供述者の署名と押印の両方がなくても、刑訴法326条の同意があれば証拠能力が認められる
供述書(供述録取書ではない)に、供述者の署名と押印の両方を欠いていても、相手方(検察官又は被告人・弁護人)の同意(刑訴法326条)があれば、証拠能力が認められます。
この点に関する以下の判例があります。
供述書である被害届につき、裁判所は、
- 被害届に署名又は押印がなければ、刑訴321条1項の書面として証拠能力を認めることができないとの判断までを含むものではない
- そして、刑訴321条1項の「被告人以外の者の作成した供述書」には、署名も押印も必要としないと解するを相当とする
と判示しました。
供述録取書(供述書ではない)に供述者の署名と押印の両方がない場合は、刑訴法326条の同意があっても証拠能力が否定される
供述者の署名と押印の両方がない供述録取書(供述書ではない)は、刑訴法326条の同意があっても相当性を欠くとして証拠能力が否定されます。
この点を判示した以下の裁判例があります。
供述者の署名も押印もない供述調書は、たとえ被告人が証拠とすることに刑訴法326条の同意しても証拠能力はないとした判決です。
裁判官は、
- 原審挙示の証拠中、司法巡査に対するBの第一回供述調書にはその供述者とされているBの署名も押印もないのであって、同人の供述調書としての証拠能力のないものとせねばならない
- 蓋し刑事訴訟法は被告人以外のものの供述を録取した書面については、同法第321条にその供述者の署名若くは押印あるものは左の場合に限りこれを証拠とすることができるとし、その供述者が自己の供述であること及びその供述内容の真実性を担保する署名若くは押印のあるもの(但し供述者の署名若くは押印の存する場合と同視し得る公判調書を除く)についてのみ一定の条件の下にこれを証拠となし得ることを明かにしているからである
と判示しました。
供述者の署名も押印もない供述調書の証拠能力を否定した判決です。
裁判所は、
- 司法警察員作成に係る被告人の供述調書の末尾に「右録取し読聞かせたるところ、誤りのないことを申立て署名指印した」旨記載してあるけれども、被告人の署名又は指印あるいは押印もなく、記録上被告人が署名押印等をすることのできない事由も発見することができない場合は、たとえ被告人及び弁護人の右供述調書を証拠とすることに同意しても、同調書は証拠能力を有しない。
としました。
大阪高裁判決(昭和30年10月7日)
供述者たる被告人(被疑者)の署名押印を欠く被告人(被疑者)の供述録取書に被告人が刑訴法第326条の同意があっても供述録取書は証拠能力を有しないとした判決です。
裁判所は、
- 原判決が証拠に援用している被告人Mの司法巡査及び司法警察員に対する供述調書6通のうち昭和29年10月17日付け司法警察員に対する供述調書には、その冒頭に被疑者Mは「任意左の通り供述した」旨、その末尾には「右の通録取し読み聞せたところ相違なき旨申し立て署名指印した」旨の各記載があるけれども、供述人の欄に同人の署名も押印又は指印もないことは所論のとおりであって、記録上被告人が署名又は押印することができない事由も発見することができないから、右の供述調書は証拠能力を有しないものといわなければならない
- もっとも、原審第2回公判調書の記載によれば、被告人並びに弁護人において同調書を証拠とすることに同意しているけれども、供述録取書面として一定の条件のもとに証拠能力を有するためには、供述者の署名若しくは押印のあることを要件としているから、供述録取書面としての成立要件を欠くものについては、たとえ被告人若しくは弁護人において証拠とすることに同意しても証拠能力を取得することはできないと解するべきである
- 然らば、原審は証拠能力のない右の供述・調書の記載を事実認定の資料に供したことになるから、その訴訟手続に法令の違反があると言わなければならないが、その記載内容を検討するに、同被告人の司法警察職員に対する他の供述調書には更に詳細な供述記載があり、かっ、原判決はこれらの供述調書のほかに、同被告人の検察官に対する供述調書、公判廷における自白をはじめ合計14種の証拠書類又は証拠物を掲記して総合認定しており、前記違法の供述調書を除いても優に判示事実を認定し得るから、前記の瑕疵は判決に影響を及ぼさないというべきである
と判示しました。
次回の記事続く
次回の記事では
訴法321条1項1号・2号・3号の規定により伝聞証拠を証拠とすることができる場合
を説明します。