前回の記事の続きです。
前回の記事では、刑訴法321条1項1号の裁判官面前調書について説明しました。
今回の記事では、刑訴法321条1項2号の検察官面前調書について説明します。
刑訴法321条1項2号の検察官面前調書の説明
検察官面前調書(2号書面)は、被告人以外の者の供述録取書のうち、
検察官の面前における供述を録取した書面
のことをいいます。
検察官面前調書とは、分かりやすくいうと、検察官が被疑者や事件関係者の取調べを行い、被疑者や事件関係者から聞いた話を記載した書面(供述録取書(供述調書ともいう))のことです。
検察官面前調書の該当する書面として、
- 検察官に対する供述調書(検察官調書)
- 検察官事務取扱検察事務官に対する供述調書
- 他の事件で作成した検察官調書
が挙げられます。
検察官面前調書に証拠能力が付与される要件
検察官面前調書は、刑訴法326条による証拠採用されることの相手方(検察官又は弁護人・被告人)の同意により証拠能力が与えられるか、刑訴法321条1項2号で証拠能力が与えられると、裁判官が証拠として採用できるようになります。
刑訴法326条による同意が得られなかった場合、刑訴法321条1項2号で証拠能力が与えられないかを考えることになります。
検察官面前調書に刑訴法321条1項2号で証拠能力を与える条件は、
1⃣供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき(2号前段)(供述の再現不能)
若しくは
2⃣供述者が公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異った供述をしたときであって(供述の相反性)、かつ、公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するとき(供述の特信性)(2号後段)
に証拠能力が認められます。
検察官面前調書と裁判官面前調書との証拠能力を付与する要件の違い
1⃣の供述の再現不能の要件は、裁判官面前調書(1号書面)の要件と同じです(詳しくは前の記事参照)。
しかし、2⃣の供述の相反性の要件については、裁判官面前調書の場合よりも厳格になっています。
具体的には、裁判官面前調書の場合は、単に「異なった供述」であれば足りるところ、検察官面前調書の場合は、「相反する供述」又は「実質的に異なった供述」でなければならず、相反性の要件により厳格な表現が用いられています。
これに加えて、検察官面前調書は、
法廷供述よりも検察官に対する供述の方を信用すべき特別の情況がなければならない
とされている点(相対的特信性)に裁判官面前調書との相反性の要件に違いがあります。
検察官面前調書の証拠採用のされ方
供述の再現不能の要件(2号前段)により検察官面前調書に証拠能力が付与された場合には、検察官面前調書だけが証拠となります。
しかし、供述の相反性の要件と特信性の用件( 2号後段)によって検察官面前調書に証拠能力が付与された場合には、検察官面前調書と対比される法廷供述(証人尋問をしてなされた証人の証言)の双方が証拠となります。
「前の供述と相反するか又は実質的に異なった供述(相反供述)」とは?
刑訴法321条1項2号後段の「前の供述と相反するか又は実質的に異なった供述」(以下、「相反供述」といいます)とは、検察官が犯罪事実を立証する事項の関係で、
- 公判準備又は公判期日の供述(公判準備又は公判期日で行った証人尋問における証言)と検察官面前調書の供述とが、表面上明らかに矛盾している
あるいは、
- 表現上は矛盾していないように見えても前後の供述等を照らし合わせると、結局は異なった結論を導く可能性のある供述をしている
ことを意味します。
具体的な状況をいうと、証人尋問を行って証人がした証言が、検察官面前調書と同一の趣旨の供述でなかったために、検察官が検察官面前調書を証拠として用いる場合が、相反供述に該当する状況になります。
相反供述は検察官面前調書の一部にあればよい
相反供述は、法廷供述の全部の部分に存在する必要はなく、犯罪事実に関する供述の一部についてあればよいとされます。
なので、検察官面前調書に記載された供述部分の一部に相反性があり、裁判官が相反性があると認めれば、その部分につき証拠として採用されます。
ただし、相反していない供述部分は隠されるなどして証拠として裁判官に提出されることはなく、相反していない供述部分は裁判官に証拠採用されません。
相反供述は反対尋問に対する供述部分に現れた場合でもよい
相反供述は、それが証人尋問において主尋問に対する供述部分に存在する場合だけでなく、反対尋問に対する供述部分に現れた場合でもよいとされます。
東京高裁判決(昭和30年6月8日)において、裁判官は、
- 刑事訴訟法第321条第1項第2号後段の前の供述と相反するか若しくは実質的に異った供述をしたときとは必ずしも 主尋問に対する供述のみに限らず、反対尋問に対する供述をも含むものと解するの が相当である
と判示しています。
※ 主尋問、反対尋問の説明は前の記事参照
相反供述は冒頭手続における認否段階での供述に相反供述が存在した場合でもよい
証拠調べの段階における供述でなされた場合に限らず、冒頭手続における被告人に犯罪事実の認否を確認する段階(刑訴法291条2項)での供述に相反供述が存在した場合でもよいとされます。
最高裁判決(昭和35年7月26日)において、裁判官は、
- 刑訴291条2項の冒頭手続の段階における共同被告人の陳述であっても、それが事実に関する供述を含む限り、共同被告人の供述として、その供述者本人のみならず被告人に対する関係においてもその証拠能力を否定されるべき理由はないし、そしてその陳述内容が前に検祭官に対してなした供述と相反し又は実質的に異なるものであり、しかもそれをその後の手続段階においても依然維持している場合には、たとえ共同被告人が証拠調べの段階において供述をしていなくとも、冒頭手続における右陳述は、刑訴321条1項2号にいう「公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異つた供述」に当たると解するを相当とする
と判示しています。
「前の供述と相反するか又は実質的に異なった供述」に当たるとされた検察官面前調書の具体例
「前の供述と相反するか又は実質的に異なった供述」に当たるとされた検察官面前調の具体例として以下のものが挙げられます。
- 法廷供述よりも詳細な検察官面前供述(最高裁判決 昭和32年9月30日)
- 答えない部分のある断片的な供述で被害状況が明確でない法廷供述に対し、順序立てて詳細に被害状況を述べている強姦(現行法:不同意性交)の被害者の検察官面前供述(東京高裁判決 昭和31年4月17日)
- 動作が能動的で恐怖の程度も弱かった旨の法廷供述に対し、受動的で恐怖の程度も強かった旨の恐喝被害者の検察官面前調書(名古屋高裁判決 昭和26年10月4日)
「公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するとき(特信性)」とは?
刑訴法321条1項2号後段の「公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するとき(特信性)」は、
反対尋問に代わる信用性の情況的保障を証拠能力を付与する要件としたものであり、先になされた検察官面前調書の供述と、後でなされた法廷供述(証人尋問における証言)とを比較してみて、検察官面前調書の方がより信用できる情況の下でなされた状況(特信情況の存在)があること
を意味します。
特信情況の存在の有無は、両者の供述の情況を比較し、相対的に判断されます。
この特信性の要件は、検察官面前調書に証拠能力を与えるための要件であり、特信情況がなければ証拠能力が付与されないとされます。
特信情況の存在は、証拠能力の要件なので、特信情況があることの証明は、訴訟法的事実の証明として自由な証明で足り、裁判所は、必ずしも検察官にこれを立証させる必要はなく 、任意の方法でこれを調査できます。
そして、特信性の有無の判断は、裁判所の自由裁量に一任されます。
参考となる裁判例として、以下のものがあります。
大阪高裁判決(昭和24年11月28日)
刑訴法第321条1項2号の「前の供述を信用すべき特別の状況」の証明方法につき、裁判官は、
- 刑事訴訟法第321条第1項第2号の規定が公判期日における供述よりも検察官の面前における供述がより信用すべき特別の情況存する場合においてのみその適用がある
- 特別の情況なるものは、必ずしも特にこれが存在を検察官の立証にまつことを要するものでなく、他にこれが存在を窺知し得るものがあればそれをもって足るものと解するのが相当である
と判示し、特信情況があることの証明につき、裁判所は、必ずしも検察官にこれを立証させる必要はないとしました。
刑訴法第321条1項2号の「前の供述を信用すべき特別の状況」の証明方法につき、裁判官は、
- 検察官の面前における供述を録取した書面の供述が公判準備又は公判期日における供述よりも信用すべき特別の情況存するか否かは、結局、事実審裁判所の裁量に任かされているものと解するを相当とする
と判示しました。
名古屋高裁判決(昭和26年5月7日)
「前の供述を信用すべき特別の状況」の調査方法につき、裁判官は、
- 供述が特に信用すべき情況の下になされたものかどうかを調査することを要するが、特に信用すべき情況なるものは、これが存在につき、特に証拠調を要するものではなく、供述が任意になされたものであることを窺知し得るものがあれば足るものと解する
- また、特段の情況調査の方法も任意の方法によればよいので、その調査したことを特に訴訟手続の上にあらわす必要もないと解する
と判示しました。
また、特信性の有無の判断は、検察官面前調書が作成された際の検察官の面前での供述と法廷供述がなされた際の外部的付随事情に限られず、その供述内容自体から特信情況の存在を推知してもよいとされます。
最高裁判決(昭和30年1月11日)において、裁判官は、
- 刑訴321条1項2号は、伝聞証拠排斥に関する刑訴320条の例外規定の一つであって、このような供述調書を証拠とする必要性とその証拠について反対尋問を経ないでも充分の信用性ある情況の存在をその理由とするものである
- そして証人が検察官の面前調書と異った供述をしたことによりその必要性は充たされるし、また必ずしも外部的な特別の事情でなくても、その供述の内容自体によってそれが信用性ある情況の存在を推知せしめる事由となると解すべきものである
と判示しています。
「供述の外部的付随事情」から検察官の面前供述に特信情況が認められる場合として、
- 法廷供述が、暴力団関係者、肉親、兄貴分、上司、恩人などの前でなされたものであるとき
- 供述者が、検察官の面前供述の後で被告人と特別の利害関係を生じたとき
- 検察官の面前供述時は記憶が鮮明であったが、法廷供述時は記憶が薄れているとき
が挙げられます。
「供述の内容自体」から検察官の面前供述の特信情況が推知される場合としては
- 検察官の面前供述には作為がないのに、法廷供述には不自然な作為があるとき
- 検察官の面前供述では断定的に不利益事実を自認しているのに、法廷供述は断定的な表現をしていないとき
- 検察官の面前供述の方が、法廷供述よりも理路整然とし客観的事情に合致しているとき
- 検察官の面前供述は詳細・理路整然であるのに、法廷供述は矛盾・支離滅裂であるとき
が挙げられます。
検察官面前調書が相反供述及び特信性の要件を具備するものであるときは、検察官は必ずその調書の取調べを請求する義務がある
検察官面前調書が、刑訴法321条1項2号後段の相反供述と特信性の要件を具備するものであるときは、検察官は必ずその調書の取調べを請求する義務があります(刑訴法300条)。
刑訴法300条は、検察官面前調書の記載内容が検察官に不利益なものである場合、言い換えると、供述人の法廷供述の方が検察官面前調書の記載よりも被告人に不利益なものである場合に、被告人に利益となる検察官面前調書の取調べ請求義務を検察官に課した規定です。
なお、刑訴法300条による取調べ請求義務は、2号後段の要件(相反性と特信性)を充足する検察官面前調書について生じるものなので、その要件を満たさない場合には、検察官に取調べを請求する義務は生じません。
次回の記事に続く
次回の記事では
刑訴法321条1項3号の警察官面前調書等の説明
をします。