重過失致死傷罪とは?
重過失致死傷罪(刑法211条後段)について説明します。
重過失致死傷罪は、重大な過失によって人に死傷の結果を生じさせた場合に成立する犯罪です。
重大な過失(重過失)とは?
重大な過失(重過失)とは、
注意義務違反の程度の著しい場合、言い換えると、わずかの注意を払えば結果の発生を容易に回避し得たのに、これを怠って結果を発生させた場合
をいいます(「注意義務違反」の説明は前の記事参照)。
発生した結果が重大であること、あるいは結果の発生すべき可能性が大であることを要しません。
参考となる裁判例として、以下のものがあります。
東京高裁判決(昭和57年8月10日)
時速約10キロメートルで、「けんけん乗り」で自転車を走行させ、交差点において信号待ちをしていた約10名の歩行者が、青色信号に従い一団となって横断歩道内を歩行し始めたところ、赤色信号を見落としてそのまま突っ込み、歩行者(当時69歳)に自転車を衝突させて傷害を負わせた重過失傷害罪の事案です。
裁判官は、
- 刑法209条、210条が通常の過失により死傷の結果を発生させた場合の規定であるのに対し、同法211条後段は重大な過失により右と同じ死傷の結果を発生させた場合に前2条に比し刑を加重する規定である
- 右にいう重大な過失とは、注意義務違反の程度が著しい場合、すなわち、わずかな注意を払うことにより結果の発生を容易に回避しえたのに、これを怠って結果を発生させた場合をいい、その要件として、発生した結果が重大であることあるいは結果の発生すべき可能性が大であったことは必ずしも必要としないと解するのが相当である
- これを本件についてみると、前示認定のように、被告人は、車道上を時速約10キロメートルの速度で自転車をけんけん乗りで走行させ、交差点で信号待ちしていた約10名の歩行者が青色信号に従い一団となって横断歩道内を歩行し始めたところへ、赤色信号を見落し、歩行者との安全を何ら確認することなく、そのまま突込み、その結果当時69歳の老女に自車前部を衝突させて路上に転倒させ、加療約6か月間を要する傷害を負わせたのであり、本件では、証拠上、被告人が自己の対面信号を確認するに何らの支障もなかったところ、信号機による交通整理の行なわれている交差点ないしその直近の横断歩道内に進入する際、信号機の表示に従わなければ事故に至るべきことは当然のことであり、被告人は、わずかの注意を用いることにより赤色信号を確認しえたのはもちろん、それを確認しておれば、直ちに停止措置を講ずるなどして横断中の歩行者との衝突も十分に回避しえたと認められるから、被告人に重大な過失のあったことは明らかである
- 所論(弁護人の主張)は、けんけん乗りの自転車で横断歩道内に進入することは危険性の低い行為であるというけれども、前示のように、発生した結果が重大であること、あるいは結果の発生すべき可能性が大であったことは、重過失の成否に関係のないところであるのみならず、本件において、発生した結果、すなわち被害者の傷害は加療6か月を要する左大腿骨頸部骨折等の重傷であり、また、たとえけんけん乗りとはいえ、赤色信号を無視し、10名余の歩行者が一団となって横断を始めた横断歩道内に自転車を突っ込めば、その速度が時速10キロメートル程度ではあっても、歩行者と衝突し傷害を負わせる可能性も大であったのであるから、被告人の本件行為の危険性が低いとする所論は到底採用することができない
と判示し、重過失傷害罪を認定しました。
広島高裁判決(昭和44年2月27日)
被告人が運転する自転車が、停車するなどの接触事故を未然に防止すべき注意義務を怠り、被害者が運転する自転車に接触して転倒させ、被害者の横を走ってきた自動車に被害者を轢過させて死亡させた事案です。
広島高裁の裁判官は、重過失致死罪を認定した原判決を破棄し、過失致死罪を認定しました。
この判決から、発生した結果が重大だから重過失致死傷罪となるわけではないことが分かります。
「重大な過失」に当たるか、単なる過失にとどまるか(過失傷害罪でとどまるか)は、具体的事案によって微妙です。
「重大な過失」に当たるとして重過失傷害罪で起訴したところ、これに当たらず、通常の過失にとどまるとされ、過失傷害罪で認定された裁判例もあります。
一審では、「重大な過失」に当たるとして重過失傷害罪が認定さたものの、ニ審において、「通常の過失」と認定され、過失傷害罪が認定された裁判例もあります。
過失傷害罪は親告罪であり、重過失傷害罪で起訴したが、判決で過失傷害罪が認定されるような場合には、訴訟要件の欠如や管轄違いという事態が生じることもあります(詳しくは前の記事参照)。
なので、「重大な過失」に当たるかどうかについては、慎重な判断がされることになります。
重過失致死傷罪の事例①
重過失致死傷罪の事例を紹介します。
今回は、
- 自転車に関する事故
- 飼い犬などの管理に関する事故
について紹介します。
自転車に関する事故
自転車の運転は一般的には業務とはされず、業務上過失致死傷罪(刑法211条前段)ではなく、自転車運転の際の注意義務違反の程度が著しい場合には重過失致死傷罪(刑法211条後段)が適用されます。
近年は、自転車の性能が向上し、高速度で歩道上を走行することなどによる自転車事故が増加しています。
自転車運転について、重過失致死傷罪の成立が認められた裁判例として、以下のものがあります。
福岡高裁判決(昭和55年6月12日)
時速20キロメートルで人や車の往来の多い交差点に差し掛かり、入口直前において対面信号が既に黄色を表示しているのを認めながら直進し、前方24.3メートルの横断歩道左側に対面信号が青色に変わるのを待っていた被害者ほか数名の歩行者を認めながら、うつむいたまま同速度で進行し、横断歩道上を青色信号に従い左から右に横断中の被害者に気付かないまま自転車を衝突させた事案で、重過失致傷罪が成立するとしました。
仙台高裁秋田支部判決(昭和44年9月18日)
雨降りの暗い晩、前照灯が破損している自転車後部に弟を乗せ小型懐中電灯(前方約3mルしか確認できない)を持たせて下り坂をブレーキをかけずに時速約30キロメートルで自転車を走行中、対向車前照灯に眩惑されて下を向いて進行したため、同一方向を歩行中の被害者に衝突した事案で、重過失致傷罪が成立するとしました。
高松高裁判決(昭和44年11月27日)
夜に雨まじりの天候で、付近には街灯その他の照明もなかったのに、無灯火で自転車を走行させ、歩行者と衝突した事案について、重過失致傷罪が成立するとしました。
飼い犬などの管理に関する事故
飼い犬の管理上、重大な過失があり、その結果、被害者が噛み付かれるなどして死傷事故が起きた場合にも重過失致死傷罪が適用されます。
裁判例としては以下のものがあります。
福岡高裁判決(昭和60年2月28日)
門扉障壁のない裏庭に、つなぎとめて飼育していた秋田犬が訪問客に咬傷を与えた事案です。
発生場所が比較的開放的な場所で人の立入りが十分予想される場所であり、この場所で本件と同一の係留、飼育の下に、過去2回の咬傷事故が発生していること等から、飼育者としては、容易にこの場所に人が立ち入れないようにするか、注意する旨記載した貼紙、立札をするなどして秋田犬の存在を知らせるようにすべき注意義務があり、これを怠ったのは重大な過失であるとし、重過失致傷罪が成立するとしました。
札幌高裁判決(昭和58年9月13日)
公有地である河川敷に、勝手に鉄杭を打ち込んで、長さ約5.9メートルの鎖で係留して土佐犬を飼育していたところ、河川敷に立ち入った3歳の幼児が噛み付かれて全身咬傷によるショックによって死亡した事案で、重過失致死傷罪が成立するとしました。
那覇地裁沖縄支部判決(平成7年10月31日)
闘犬用の犬(アメリカン・ピット・ブル・テリア)を飼育している者が、犬を公園付近に連れ出すに際し、口輪をはめず、放し飼いにしたため、犬が公園内で遊んでいた幼女2名に襲いかかり、死傷させた事案で、重過失致死傷罪が成立するとしました。
東京高裁判決(平成12年6月13日)
土佐犬が犬舎から逃走して幼児に噛み付き傷害を負わせた事案です。
土佐犬は強い体力と攻撃的な性格を備えた闘犬であり、また、被告人の飼育する土佐犬が犬舎のフェンスを破損するなどしたことがあったのであるから、堅固な犬舎設備を設置して適宜その修理・補強を行うとともに、犬舎から庭先の出入り口の施錠を確実に行うなどして、その飼育する土佐犬が犬舎から外部に逃走して他の人畜等へ危害を及ぼすことを未然に防止すべき注意義務があり、このような補修を施した上で施錠することは容易に実行可能であり、これを怠ったのは重大な過失であるとし、重過失致傷罪が成立するとしました。
次回の記事に続く
次回の記事では、重過失致死傷罪の事例として、
- 灯油などの引火物の取扱いに関する事故
- 危険な状態の放置による事故
- 危険な毒物の管理に関する事故
- 器具の使用に関する事故
を紹介します。
業務上過失致死傷罪、重過失致死傷罪、過失運転致死傷罪の記事まとめ一覧