刑法(強制性交等・強制わいせつ致死傷罪)

強制性交等・強制わいせつ致死傷罪(2) ~「わいせつ行為と死傷との因果関係」「複数回の暴行のいずれによって傷害が生じたかが明らかでない場合に強制性交等致傷罪の包括一罪を認定した事例」「強制性交等罪と傷害罪の併合罪を認定した事例」を判例で解説~

わいせつ行為と死傷との因果関係の認定の考え方

 強制性交等致死傷罪、強制わいせつ致死傷罪(刑法181条)の成立を認めるに当たり、強制性交・強制わいせつの行為と死傷の結果との間に因果関係がなければなりません。

死傷の原因となった行為は、強制性交、強制わいせつ行為自体のほか、強制性交、強制わいせつの手段としての暴行・脅迫でもよい

 死傷の原因となった行為は、強制性交・強制わいせつ行為自体のほか、強制性交・強制わいせつの手段としての暴行・脅迫行為そのものでもよいです。

 参考となる判例として、以下のものがあります。

大審院判決(明治44年6月29日)

 裁判官は、

  • 刑法第181条の罪は、同法第176条ないし第178条に規定する強姦その他の罪の既遂行為又は未遂行為に原因し、他人に死傷の結果を生ぜしめたる場合において成立するものにして、その結果が必ずしも、わいせつ姦淫の行為自体若しくはその手段たる暴行脅迫の行為によって発生したるものなることを要せず

と判示しました。

大審院判決(大正4年9月11日)

 裁判官は、

  • 刑法第181条は、姦淫の行為自体より人を死傷に致したる場合はもちろん、姦淫の手段たる暴行脅迫に原因して結果を生ぜしめたる場合も包含するものとす

と判示しました。

最高裁決定(昭和43年9月17日)

 裁判官は、

  • 被害者の受けた傷害は、姦淫の手段である暴行によって生じたものと認められるから、被告人の所為刑法181条の強姦致傷罪(現行法:強制性交等致傷罪)に該当する

と判示しました。

死傷の原因となった行為は、強制性交、強制わいせつ行為自体のほか、強制性交、強制わいせつの手段としての暴行・脅迫に限定されない

 判例は、死傷の原因となった行為を広く解する傾向にあります。

 先ほど、『死傷の原因となった行為は、強制性交、強制わいせつ行為自体のほか、強制性交、強制わいせつの手段としての暴行・脅迫でもよい』という話をしましたが、それに限定されず、さらに死傷の原因を広く解する判例があります。

大審院判決(明治44年6月29日)

 犯人が被害者に抵抗されて逃げようとした際に傷害を負わせた事案で、

  • 強姦等の既遂行為又は未遂行為に原因して他人に死傷の結果を生じさせた場合に成立するものであるから、死傷を惹起した行為がわいせつ姦淫罪に随伴するものであれば、その目的が犯罪を遂行するためであると犯罪を免れるためであるとを問わない

とし、被害者が犯人から逃げようとした際に負った傷害について、わいせつ行為と致傷との間に因果関係を認め、強制性交等致傷罪の成立を認めました。

大審院判決(大正4年9月11日)

 暴行の際、被害者が地上にあった杭で負傷した事案につき、姦淫の手段としての暴行・脅迫に原因して死傷の結果を生じさせた場合を含むとし、強制性交等致傷罪が成立するとしました。

広島高裁岡山支部判決(昭和32年2月19日)

 姦淫の際、被害者が傍らの鉄条網に触れて負傷した事案で、強制性交等致傷罪の成立を認めました。

東京高裁判決(昭和37年4月25日)

 脅迫に使用されたナイフを被害者が遠くに投げ捨てた際に負傷した事案で、裁判官は、

  • いやしくも暴行脅迫による強姦の行為に付随して他人に死傷の結果を生じさせた以上、その犯罪行為と死傷との間には当然因果関係がある

とし、強制性交等致傷罪の成立を認めました。

名古屋高裁金沢支部判決(昭和28年3月19日)

 被害者が逃げようとした際に足をくじいた事案で、裁判官は、

  • 負傷は直接被告人の暴力の結果ではないとしても、これに抵抗する女子がこれを避けるために必要とした通常の行為に伴って発生した結果である

として、強制性交等致傷罪の成立を認めました。

最高裁決定(昭和35年2月12日)

 被害者が逃げるために2階から飛び下り負傷した事案で、強姦行為と致傷との間に因果関係あるものと判断し、強制性交等致傷罪の成立を認めました。

東京高裁判決(昭和42年3月7日)

 被害者が逃走中に崖から転落し死亡した事案で、裁判官は、

  • 被告人の暴行から通常予測し得る範囲に属する

として強制性交と死亡の因果関係を認め、強制性交等致死罪が成立するとしました。

最高裁判決(昭和46年9月22日)

 被害者が逃走し、救助を求める途中、転倒して負傷した事案で、裁判官は、

  • 被害者の傷害は、共犯者Aに強姦された後、さらに被告人らによって強姦されることの危険を感じた被害者が、詐言を用いてその場をのがれ、暗夜、人里離れた地理不案内な田舎道を数百メートル逃走し救助を求めるに際し、転倒などして受けたものであるから、右傷害は、本件強姦によって生じたものというを妨げず、被告人らについて強姦致傷罪(現行法:強制性交等致傷罪)の成立を認めた原判断は正当である

と判示し、強制性交等致傷罪の成立を認めました。

福岡高裁那覇支部判決(昭和49年4月24日)

 被害者が逃走のために海中に入り、そのために溺死した事案で、強制性交等致死罪の成立を認めました。

京都地裁判決(昭和51年5月21日)

 被害者が逃走のため窓から飛び下りて負傷した事案で、強制性交等致傷罪の成立を認めました。

福岡高裁判決(平成13年5月30日)

 被害者が輪姦されまいとして2階の窓から飛び降り負傷で、強制性交等致傷罪の成立を認めました。

東京高裁判決(昭和30年6月1日)

 強姦した際、被害者が救いを求めて叫んだので、これを抑圧するため顔面を殴って傷害を与えた事案で、裁判官は、

  • 犯人が強姦の機会において強姦の目的達成を確実にするため同一の意思発動に基づいてなした暴行・脅迫により生じた場合をも含む

とし、強制性交等致傷罪の成立を認めました。

高松高裁判決(昭和38年10月3日)

 姦淫のために被害者を連行中、被害者が石につまずいて倒れ、肘に負傷した事案で、強制性交等致傷罪の成立を認めました。

東京高裁判決(昭和46年2月2日)

 姦淫前に被害者の乳房にキスマークをつけた事案で、裁判官は、

  • 本件のキスマークは、相当に強度の皮下出血であったというべきであって、人体の生活機能に障害を与え、その健康状態を不良に変更したものであることは明らかであり、また被害者本人がこれを自覚せず、一般の日常生活において看過するごとき軽微なものであったともいえない
  • 従って、原判決が右のキスマークをもって強姦致傷罪(現行法:強制性交等致傷罪)にいう傷害に当たるとしたのは正当である
  • 強姦致傷罪(強制性交等致傷罪)における傷害は、姦淫行為自体または強姦の手段たる暴行脅迫行為によって生じたものに限らず、強姦行為に随伴する行為によって発生したものをも含むと解すべきところ、被告人は第一回目の姦淫が行なわれてから、しばらく時間をおいた後に、被害者に畏怖の状態が続きている情況のもとで第二回目の姦淫がはじまる直前に、自己の性欲を昂進させるため、しいて本件のキスマークをつけたことが認められるから、右の傷害は第二回目の姦淫行為に随伴する行為によって生じたものというべく、原判決がこれに強姦致傷罪(強制性交等致傷罪)の擬律をしたのは正当である

と判示し、強制性交等致傷罪の成立を認めました。

大阪高裁判決(昭和62年3月19日)

 姦淫既遂後、被告人が逃走を容易にする意図でした暴行により受傷した事案で、裁判官は、

  • 姦淫目的の暴行脅迫と接着して行われ、逃走のための行為として通常随伴する行為の関係にあるとみられ、これらを一体として当該強姦の犯罪行為が成立すると見るべきである

とし、強制性交等致傷罪の成立を認めました。

東京高裁判決(平成12年2月21日)

 電車内で強制わいせつ行為をしたところ、被害者から腕をつかまれたため、逮捕を免れるため強く振り払う暴行を加えて負傷させた事案で、強制わいせつに随伴する行為による負傷であるとして、強制わいせつ致傷罪の成立を認めました。

最高裁決定(平成20年1月22日)

 準強制わいせつ行為をしたところ、被害者が覚せいし、犯人のTシャツをつかむなどしたことで、わいせつな行為を行う意思を喪失した後に、その場から逃走するため被害者を引きずるなどして負傷させた事案で、裁判官は、

  • 被告人は、被害者が覚醒し、被告人のTシャツをつかむなどしたことによって、わいせつな行為を行う意思を喪失した後に、その場から逃走するため、被害者に対して暴行を加えたものであるが、被告人のこのような暴行は、上記準強制わいせつ行為に随伴するものといえるから、これによって生じた上記被害者の傷害について強制わいせつ致傷罪が成立する

と判示しました。

最高裁決定(昭和36年1月25日)

 被害者を姦淫するため、下半身を裸にして急激な寒冷にさらしたことを含む暴行により、異常体質者の被害者をショック状態に陥らせ、かつ、被害者を既に死亡したものと誤信して田んぼに運びだし放置して凍えさせた行動により相合して被害者を死亡させたときは、包括的に1個の強姦致死罪(現行法:強制性交等致死罪)が成立するとしました。

複数回の暴行のいずれによって傷害が生じたかが明らかでない場合に強制性交等致傷罪の包括一罪を認定した事例

 日時、場所が異なる複数回の暴行のいずれによって傷害が生じたかが明らかでなく、その一部の暴行が強姦の手段と認められる事案につき、傷害そのものは包括して一罪とした上、 これと強姦罪(現行法:強制性交等罪)のいわゆる混合的包括一罪とした以下の判例があります。

東京高裁判決(平成13年10月4日)

 強姦罪(強制性交等罪)と傷害罪の併合罪を認めた原判決破棄され、強姦罪(強制性交等罪)と傷害罪のいわゆる混合的包括一罪が成立するとされた事例です。

 裁判官は、

  • 原判決は、強姦の手段である暴行を、強姦罪(強制性交等罪)を構成する行為の一部であり、かつ、傷害罪を構成する行為の一部でもあると評価した上、強姦罪(強制性交等罪)と傷害罪を併合罪関係にあるとしていることになるが、原判決のこのような罪数判断は、同じ暴行を二重に評価することになり、首肯することができない
  • 本件における被害者の傷害は、第1ないし第4の各暴行のいずれによって生じたのか確定することができないし、これらの暴行は、同じ被害者に対して短期間に継続的に加えられたものであるから、傷害の結果と相俟って、包括して傷害罪の一罪に当たるものと解するのが相当である
  • 本件における傷害罪と強姦罪(強制性交等罪)の関係を検討すると、両罪ともいわゆる本来的一罪(刑法54条1項所定の科刑上一罪以外の一罪をいう。)であって、第2暴行を共通の構成要素としており、いわば第2暴行の部分で不可分的に接合しているのであるから、両罪は全体としてやはり本来的一罪であると解するのが相当であり、したがって、被告人の本件所為は、包括して傷害罪と強姦罪(強制性交等罪)に該当するいわゆる混合的包括一罪であって、重い強姦罪(強制性交等罪)の刑で処断すべきことになる
  • 上記の罪数解釈について若干補足すると、このように解することによって、第2暴行についての二重評価を避けることが可能であるし、また、このように解しても、傷害の点を実質的に不問に付することにはならない(科刑上一罪とすることが軽い罪を実質的に不問に付することにはならないし、混合的包括一罪についても同様のことがいえる。)
  • なお、原判決のように、本件のような関係にある傷害罪と強姦罪(強制性交等罪)を併合罪と解すると、傷害罪と強姦罪(強制性交等罪)とを2回に分けて訴追処罰すること(親告罪である強姦罪の告訴が得られない段階で傷害罪で訴追処罰し、告訴が得られた後に強姦罪で訴追するというようなこと)も可能ということになるが、その妥当性は甚だ疑問というべきであろう

と判示しました。

強制性交等致傷罪ではなく、強制性交等罪と傷害罪の併合罪を認定した事例の考え方

 強制性交等致傷罪ではなく、強制性交等罪と傷害罪の併合罪を認定した事例として、以下の判例があります。

大審院判決(大正15年5月14日)

 裁判官は、

  • 強姦行為を為すに当たり、被害者を傷つけたるときは、強姦致傷罪(現行法:強制性交等致傷罪)成立するも、強姦行為完了後、別個の独立行為により被害者を傷つけたるときは、後の傷害行為は単純なる傷害罪を構成するに過ぎざるものとす

と判示しました。

 この判決は、姦淫後、被害者に犯行を内密にするよう迫ったところ、被害者がこれに応じなかったので、暴行を加えて負傷させた事案です。

 本件の行為は、強姦行為完了後のことに属し、全然別個独立のものであることが明白であるから、強制性交等罪には関係なく、単純に傷害罪を構成するにすぎないとしたものです。

 強制性交等致傷罪ではなく、強制性交等罪と傷害罪として、傷害罪が独立して成立するかどうかは、犯行を全体的に観察して、強制性交という犯罪を遂行する過程で生じた傷害かどうかの観点から考察すべきとされます。

強制性交等致死罪の成立を否定し、強制性交等罪と殺人罪の併合罪が成立するとした事例

 近年において、強制性交を終了した後の殺害につき、強制性交等致死罪の成立を否定し、強制性交等罪と殺人罪の併合罪が成立するとした以下の裁判例があります。

千葉地裁判決(平成23年7月21日)

 裁判官は、

  • 被告人が、女性を強姦した後、その頸部を圧迫して窒息死させた、という事案について、頸部圧迫行為は、強姦の犯行の発覚を防ぐため、強姦行為と場所的に接着して行われたが、時間的に接着して行われたものとはいえず、被告人に強姦の意思が継続していたとも認められないとして、頸部圧迫行為は強姦行為に随伴するものとまではいえないから、被告人には、強姦致死罪は成立せず、強姦罪(現行法:強制性交等罪)及び殺人罪が成立するにとどまる

とし、強制性交等致死罪の成立を否定し、強制性交等罪と殺人罪の併合罪が成立するとしました。

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