前回の記事では、違法性阻却事由である「被害者の同意」について説明しました。
今回の記事では、違法性阻却事由である「正当防衛」について説明します。
傷害致死罪における正当防衛
傷害致死罪における正当防衛の基本的な考え方は、傷害罪における正当防衛の考え方がそのまま当てはまります(傷害罪における正当防衛については、前の記事参照)。
傷害罪、傷害致死罪において正当防衛が主張される典型的な事案は、喧嘩事案になります。
喧嘩事案で、正当防衛・過剰防衛の成立を認め得るか否かは、
- 双方が暴力行為に及ぶまでの経緯
- 双方の人数
- 凶器の有無
- 双方の「勢力」の差異
- 一連の喧嘩の流れの中の場面に過ぎないものか、これと切り離して考えるべき特殊な局面ではないか
などが総合的に検討されます。
傷害致死罪において、正当防衛が争点となった判例を紹介します。
正当防衛を認めなかった判例
裁判官は、喧嘩闘争を予期し、凶器を用意して出掛けているとして、正当防衛を否定し、傷害致死罪をの成立を認めました。
裁判官は、
- 争闘の目的で凶器を携帯して争闘を開始し、相手方に傷害を加えた行為は、味方の一人が相手方の攻撃を受けて危険に瀕したのでこれを反撃しようとしてなされたものであっても、正当防衛にはならない
と判示し、傷害致死罪の成立を認めました。
口論の上殴り合いになり、敗勢となって、所持した小刀で斬りつけ死亡させた事案で、裁判官は、
- 互いに暴行し合ういわゆる喧嘩は、闘争者双方が攻撃及び防御を繰り返す一団の連続的闘争行為であるから、闘争のある瞬間においては、闘争者の一方がもっぱら防御に終始し、正当防衛を行う観を呈することがあっても、闘争の全般からみては、刑法36条の正当防衛の観念を容れる余地がない場合がある
と判示し、正当防衛の成立を否定し、傷害致死罪が成立するとしました。
裁判官は、
- 被告人は、同伴者Aが組敷かれているのを制止しようとしたところ、相手方から殴られたので、これを殴りかえして死亡するに至らしめたのである
- すなわち、被告人は同伴者Aの喧嘩の渦中にまき込まれたのであって、全般的に観ると正当防衛と言うことはできない
と判示し、傷害致死罪の成立を認めました。
多数名に取り囲まれて殴打されたため、喧嘩に備えて所持していたナイフで相手を刺した被告人の行為について、裁判官は、
- 喧嘩闘争の際の単なる攻撃防御にほかならぬ
として正当防衛を認めず、傷害致死罪が成立するとしました。
喧嘩闘争事案で、裁判官は、
- いさかいの発端は、被害者の暴行にあるとしても、双方が押したり押されたりしているうちに、遂に被告人が万能で被害者の心臓部刺創の傷害を与えて死亡させたのであって、本件の行為が判例にいう「喧嘩」の範ちゅうに属することは、疑いがない
と判示し、正当防衛を否定し、傷害致死罪が成立するとしました。
⑦仙台高裁判決(昭和27年8月2日)
兄弟喧嘩の揚げ句、兄を小刀で刺した事案で、裁判官は、
- 侵害の急迫性等の正当防衛の要件が存しない
として、正当防衛を否定し、傷害致死罪が成立するとしました。
⑧東京高裁判決(昭和31年10月31日)
裁判官は、
- かねてから、凶暴で、たえず被告人らを脅迫して金銭等を出させていた被害者が酪酊して被告人らに金銭を強要して土間の物を投げるなどしたため、積り積った忿懣が一時に発し、咄嗟に被害者に制裁を加えようと決意し、妻・長男と共に相手を死亡させたものであるが、被害者の侵害が急迫にまで達していたとは断じがたく、被害者を取り押さえることもできたはずであり、正当防衛は認められない
と判示し、傷害致死罪の成立を認めました。
⑨東京高裁判決(昭和32年12月21日)
裁判官は、
と判示し、正当防衛を否定し、傷害致死罪が成立するとしました。
⑩東京高裁判決(昭和36年8月21日)
裁判官は、
- 被害者Mは素手であったのであるから、これに対し被告人も素手で対決した場合、仮に被告人が腕力ではMに負けるような態勢であったとしても、この時は一対一の喧嘩であり、これも被告人からしかけた喧嘩であってみれぼ、それに負けそうな状況にあったとしても、これをもって急迫不正の侵害を受けたとはいいえないのである
- 従って、被告人がナイフをもってMと対決し、これをもってMを突き刺し、死に至らしめた行為を、身の安全を守るためやむを得ずなした正当防衛ないしその防衛の程度を超えたものとみることはできない
と判示し、正当防衛の成立を否定し、傷害致死罪が成立するとしました。
⑪東京高裁判決(昭和38年4月10日)
裁判官は、
- 当初、被害者側から多少暴行を受けても、その後は自動車の前に立ちふさがり、バンパーの上に乗られた程度では、被害者側から暴行を受ける差し迫った情況にあったとはいえないので、そのまま自動車を加速進行させる行為をもって防衛意思に出た正当防衛行為とはいえない
として、傷害致死罪の成立を認めました。
⑫東京高裁判決(昭和38年7月15日)
裁判官は、
- 被害者2名と喧嘩の上、携帯していたナイフで死傷に致した行為は、いわゆる攻撃防御を繰り返す喧嘩闘争による連続的闘争行為の過程においてなされたものである上、積極的な攻撃意思に出たものであって防衛行為とはいえない
として、過剰防衛を認めた原判決を破棄し、正当防衛は成立せず、傷害致死罪が成立するとしました。
⑬東京高裁判決(昭和42年6月20日)
裁判官は、
- 被告人に殴りかかった被害者の行為は急迫不正の侵害に当たるが、これを果物ナイフで突き刺した被告人の行為は、右暴行をも含む同人の昨今の卑劣な振る舞いに対する憤激の情から発した積極的な加害行為と目すべきもので、専ら防衛の意思に出たものとは認められない
として正当防衛の成立を否定し、傷害致死罪の成立を認めました。
⑭広島高裁判決(昭和49年6月10日)
裁判官は、
- 被害者2名がからんできて喧嘩となったもので、2対1とはいえ、被告人は相手が素手による喧嘩闘争の意思にとどまると了知していたものと推測できることなど、本件喧嘩闘争を全般的に観察すると、被告人が2人を包丁で刺したのは法秩序に反し正当防衛ないし過剰防衛の観念を入れる余地のない場合に該当する
と判示し、正当防衛を否定し、傷害致死罪の成立を認めました。
正当防衛を認めた判例
①福岡地裁判決(昭和45年4月30日)
深夜、人里離れた海岸で、男1名・女2名と共に、テントを張りキャンプしていたところ、強姦目的を有する若者6名がテントを倒し、「女を貸せ」と申し向けて、被告人を蹴るなどしたため、所携(しょけい)の登山ナイフでこれに反撃し、その中2名を死亡させ、1名に傷害を負わせた事案で、
- 場所的に逃げ場がなかったこと、真っ暗闇で相手がどのような凶器をもっているやも知れなかったこと、他に適当な武器もなかったこと
などから正当防衛の成立を認め、傷害致死罪は成立しないとしました。
②東京高裁判決(昭和46年12月24日)
飲み屋で相客となって知り合った被害者に帰宅を促したところ、いきなりコートの襟首をつかまれ、足を踏み外して2人で転倒し、起き上がって帰ろうとしたが、被害者がこれを追いかけ、被告人の右肩をつかんだり、コートの襟をつかんだりして離さないので、被害者の左肩を押したところ、被害者が転倒し、死亡した事案で、裁判官は、
- 一審は被告人が被害者を強く突き飛ばしたと認定したが、本判決は、肩を押したのであって防衛行為であり、相当性の範囲内にある
と判断し、正当防衛の成立を認め、傷害致死罪は成立しないとしました。
③福岡高裁判決(昭和63年11月30日)
被害者が車両運転中、被告人に追い越されたことに憤激し、執拗に被告人車両を追跡して停止させた上、被告人車のステップ等の上に乗り、被告人を降車させようとしたため、被告人が自車を発進させ、被害者を転落死亡させた事案で、裁判官は、
- 被害者が、発進した被告人車両のハンドルをつかみ、被告人が衝突を避けるため急転把したなどの事情がある
として、正当防衛の成立を認め、傷害致死罪は成立しないとしました。
④千葉地裁判決(昭和62年9月17日)
駅ホームにおいて、酒に酔った男性から執拗に絡まれた末、コートの襟のあたりをつかまれた女性が、これを避けようとする目的に立腹も加わって、相手の体を突いたところ、相手がホームから線路上に転落し、折から進入して来た電車の車体とホームの間に体をはさまれ死亡した事案について、正当防衛を認め、傷害致死罪は成立しないとしました。
⑤大阪高裁判決(昭和62年1月27日)
包丁を振り回して向かってくる相手を椅子で殴打した事案で、裁判官は、
- 憤激の情を併せ有してはいたが、主として防衛目的に出た相当性を有する行為である
として、正当防衛を認め、傷害致死罪は成立しないとしました。
⑥千葉地裁判決(平成9年12月2日)
アパート1階自室で騒音を立てた被害者に抗議した2階に住む被告人が、胸ぐらをつかまれて締め上げられ続けたことから、相手を殴打して転倒死亡させた事案で、裁判官は、
- 不正な侵害の急迫性を認めた上、正当防衛における防衛の意思は、急迫不正の侵害の存在を認識し、これを排除する意思があれば足り、同時に憤激していたからといって、直ちに防衛の意思を欠くものとすべきではなく、被告人の本件行為は防衛の意思に基づくものと認めることができる
として正当防衛の成立を認め、傷害致死罪は成立しないとしました。
次回記事に続く
次回の記事では、「過剰防衛」に関する違法性阻却について説明します。