前回の記事で、証拠の「証拠能力」と「証明力」を説明しました。
今回の記事では、「証明力」について、自由心証主義の観点からより詳しく説明します。
自由心証主義とは?
証拠の「証明力」とは、
その証拠が裁判官に心証を形成させることのできる証拠の実質的な価値
をいいます。
そのため、証明力のことを「証拠価値」ということもあります。
「証明力」を分かりやすくいうと
裁判官に「この証拠に書かれていることは真実である」「この証人の言っていることは真実である」「この証拠物の存在は事件の真相を物語っている」と思わせる証拠の力
となります。
証拠の証明力の有無・程度の判断は、裁判官の自由な判断に委ねられます(刑訴法318条)。
これは、証拠の実質的価値である証明力の有無・程度は、千差万別であって、これを証拠能力のように一律に法定することは安当でないため、証拠の証明力の有無・程度を裁判官の自由な判断に一任するものです。
この原則を
自由心証主義
といいます。
裁判官の自由心証に委ねられるのは、証拠の「証明力」についてであって、「証拠能力」についてではありません。
証拠能力の有無は法で定められているので、その判断を裁判官の自由心証に委ねるということはありません(詳しくは前の記事参照)。
しかし、証拠の証明力であれば、厳格な証明に使用される証拠についても、自由な証明に使用される証拠についても、等しく自由心証主義が働きます。
裁判官の自由な判断に委ねられるのは、証拠の証明力の全てについてです。
裁判官は、それによって信用できる証拠と信用できない証拠とを取捨選択し、その自由な判断によって事実を認定します。
自由心証主義が適用されたことが現れている事例
自由心証主義が適用されたことが現れている事例として、以下のものがあります。
公判廷における供述と捜査官に対する供述とが相反した場合に、公判廷での供述より捜査官に対する供述を信用しました。
自白が途中で否認に変わった場合に、否認より自白を信用しました。
証人の供述の一部だけを信用しました。
数個の証拠を総合してある事実を認定しました。
自由心証主義による裁判官の自由な判断は、論理法則、経験法則に合致した合理的な判断でなければならない
自由心証主義は、証拠の証明力の価値判断を裁判官の自由心証に委ねるものですが、裁判官の恣意的判断を許すものではありません。
証拠の証明力に対する裁判官の自由な判断は、
論理法則、経験法則に合致した合理的な判断
でなければなりません。
なので、裁判官の証拠の証明力の判断が、論理法則、経験法則に照らし、明らかに合理的でないときは、刑訴法318条の自由心証主義に内在する制約に違反するものとして、事実誤認(刑訴法382条)となります。
【参考】事実誤認とは?
判決が言い渡された後、検察官又は被告人・弁護人は、その判決に不服がある場合は上訴することができます。
その上訴理由として事実誤認があります。
事実誤認(刑訴法382条)の意義について判示した以下の判例があります。
この判例において
- 控訴審における事実誤認の審査は、第一審判決が行った証拠の信用性評価や証拠の総合判断が論理則、経験則等に照らして不合理といえるかという観点から行うべきものであって刑訴法382条の事実誤認とは、第一審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることをいうものと解するのが相当である
- したがって、控訴審が第一審判決に事実誤認があるというためには、第一審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要であるというべきである
と判示しました。
裁判官の証拠の証明力に対する判断が論理法則、経験法則に反するとされた事例
裁判官の証拠の証明力に対する判断が論理法則、経験法則に反するとされた事例として、以下のものがあります。
酒税法違反の事件で、裁判官は、
としました。
- 角材の柄付きプラカード等を所持して集団示威運動を行っていた学生集団の先頭部分の学生のうち、所携のプラカード等を振り上げて警察官をめがけて殴りかかっている状況を、相互に目撃し得る場所に近接して位置し、しかも自ら警察官に対し暴行に及んだ者あるいは暴行に及ぼうとしていた者についてまで、それらの行為は各自の個人的な意思発動による偶発的行為であるとして、兇器準備集合罪にいう共同加害目的の存在を否定した原判決は、経験則に違反して事実を誤認した疑いがある
- 被告人らに対し公務執行妨害罪が成立しないとした点においても、法令の解釈を誤り、事実を誤認した疑いがある
としました。
裁判官の証拠の証明力に対する判断の合理性を担保し、不合理な判断を是正するための制度
上記事例のように、裁判官の証拠の証明力に対する判断が論理法則、経験法則に反し、不合理な判断となる場合があります。
そのため法は、裁判官の判断の合理性を担保し、あるいは、その不合理な判断を是正するため、以下の①~④の制度を設けています。
- 裁判官が証拠の証明力の判断を誤らないようにするため、その証拠の証明力を争う機会を当事者(検察官、被告人・弁護人)に与えている(刑訴法308条、刑訴規則204条)
- 有罪判決には、判決書に有罪認定の基礎となった証拠の標目を掲記しなければならず(刑訴法335条1項)、これを掲記しないときは、判決に理由を付さないものとして、絶対的控訴理由となる(刑訴法378条4項前段)
- それに掲記された証拠からその事実を認定することが不合理であるときは、理由に食い違いがあるとして、同じく絶対的控訴理由となる(刑訴法378条4項後段)
- 証拠の取捨選択・評価を誤り、認定すべき事実と異なった事実を認定したときは、事実の誤認として、相対的控訴理由となる(刑訴法382条)
自由心証主義の例外
証拠の証明力は、自由心証主義によって、裁判官の自由な判断に委ねられるのが原則ですが、これには以下の例外があります。
① 自白には補強証拠が必要とされること(憲法38条3項、刑訴法319条2項)
裁判官が自白によっていかに合理的疑いを超える程度の確信を抱いたとしても、自白だけで被告人を有罪にすることはできません。
これは自白の証明力を法律によって制限し、裁判官の事実認定に制約を課したものであり、自由心証主義の例外となります。
② 公判調書には、排他的証明力が付与されること(刑訴法52条)
公判期日における訴訟手続で、公判調書に記載された事項(※公判調書に記載される事項は刑訴規則44条参照)については、公判調書によってのみこれを認定しなければならず、公判調書以外の証拠によっては、それがいかに証明力の高い証拠であっても、これを証明することはできません。
これも自由心証主義の例外となります。
なお、公判調書において、排他的証明力が認められるのは、公判期日における訴訟手続に関するものに限られます。
なので、公判調書に記載されていることでも訴訟手続的事項に関しない事項、例えば、
- 公判期日外の手続(公判準備における証人尋問調書や検証調書など)
- 公判調書に記載される証人や被告人などの供述部分
について、公判調書のみによって証明することはできません。
③ 上級審の判断には、下級審に対する拘束力が認められること(裁判所法4条)
上級審が原判決を破棄して事件を下級審に差し戻した場合、上級審が当該事件について下した事実上、法律上の判断は、下級審の裁判所を拘束するので、これもその限度で自由心証主義の例外となります(刑訴法398条、399条、400条、412条、413条)。