刑法(遺失物横領・占有離脱物横領罪)

遺失物・占有離脱物横領罪④ ~『 「占有を離れた」と認められず、遺失物等横領罪は成立せず、窃盗罪が成立するとした判例~その2~』を解説~

 前回の記事の続きです。

「占有を離れた」と認められず、遺失物等横領罪は成立せず、窃盗罪が成立するとした判例・裁判例

 判例において、窃盗罪(刑法235条)で起訴された事案で、所有者等の占有を離れていたとして、遺失物等横領罪(遺失物横領罪・占有離脱物横領罪)(刑法254条)にとどまるとされた判例・裁判例が数多くあります。

 どのような判断基準で、窃盗罪になるのか、それとも遺失物等横領罪になるのかは、判例の傾向をつかんで理解していくことになります。

 判例を読んでいくと、占有の有無の判断に当たり、重視されたと思われる事由について、以下の4つの類型に整理することができます。

  1. 施設等管理者当の支配領域内にあることを重視したと思われるもの
  2. 時間的・場所的接着性を重視したと思われるもの
  3. 所在場所及び財物の性質等が重視されたと思われるもの
  4. 帰還する習性を備えた家畜等

 それでは、この4つの類型ごとに、判例を紹介していきます。

 この記事では、②の「時間的・場所的接着性を重視したと思われるもの」を説明します。

② 時間的・場所的接着性を重視したと思われるもの

 被害者が置き忘れた物に関しては、

  • 被害者が置き忘れるなどした後、犯人がそれを領得するまでの時間が短い(時間的接着性)

かつ、

  • 犯人がそれを領得した時点における被害者と財物との距離関係(揚所的接着性)も短い

という場合に、被害者の占有がなおも及んでいるとして窃盗罪の成立が認められる傾向にあります。

道路・駅の構内・公園など、不特定多数者が出入りする開放的空間における置き忘れ事案の判例・裁判例

最高裁判例(昭和32年11月8日)

 被害者がバスを待つ間に、行列中に一時置き忘れたカメラについての占有の有無が争われた事案で、裁判官は、

  • 刑法上の占有は、人が物を実力的に支配する関係であって、その支配の態様は、物の形状その他の具体的事情によって一様ではないが、必ずしも物の現実の所持又は監視を必要とするものではなく、物が占有者の支配力の及ぶ場所に存在するをもって足りると解すべきである
  • しかして、その物が、なお占有者の支配内にあるというを得るか否かは、通常人ならば何人も首肯するであろうところの社会通念によって決するのほかはない
  • 本件カメラは、被害者がバスを待つ間に、身辺の左約30cmのコンクリート台の上に置いたものであったこと、被害者は行列の移動に連れてそのまま改札口の方向へと進んだが、カメラを置いた場所から約19.58m進んだ地点で置き忘れに気付き、直ちに引き返したが、その時には既に被告人がこれを持ち去っていたこと、行列が動き始めてからその場に引き返すまでの時間は約5分であったことなどの事実関係を客観的に考察すれば、カメラはなおも被害者の実力的支配のうちにあったもので、占有を離脱した物とは認められない

と判示し、被害者の占有は未だ失われていないから、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪が成立するとしました。

東京高裁判例(昭和35年7月15日)

 被害者が、混雑時の渋谷駅の山手線の出札口で切符を買った際に、出札口の台の上にカメラを放置し、友人と話しながら5分を超えない時間内に10mくらい歩いたところで置き忘れに気付き、すぐに引き返したが、その間に被告人が持ち去った事案で、裁判官は、

  • 刑法上の占有は、人が物を実力的に支配する関係であって、その支配の態様は、物の形状その他具体的事情によって一様ではないが、必ずしも物の現実の所持又は監視を必要とするものでなく、物の占有者の支配力の及ぶ場所に存するをもって足りる
  • また、その物がなお占有者の支配内にあるかどうかは、通常人ならば何人も肯首するであろうところの社会通念によって決すべきである
  • 本件における事実関係においては、社会通念上、本件カメラの占有は、なお被害者にあるものと判断すべきであり、本件場所が東京都内でも最も乗降客の多い渋谷駅付近であり、時間も最も混雑する頃で、人が相当混雑していたと思われること及び5分間も経っていたことを理由として、被害者の占有が失われ、本件カメラは、占有離脱物であるとすることは、当たらないといわなければならない

と判示し、被害者のカメラに対する占有は失われていないと判断しました。

 この判例は、結論として、客観的には窃盗罪が成立するが、犯人の内心は、窃盗の故意ではなく、占有離脱物横領の故意でカメラを領得していることから、占有離脱物横領罪が成立すると判決しています。

 理由は、窃盗罪や占有離脱物横領罪のような故意犯については、故意がなければ犯罪は成立しないという刑法のルール(刑法38条)になっているからです(詳しくは前の記事参照)。

東京高裁判例(昭和54年4月12日)

 被害者が、東京駅の新幹線の特急券窓口で特急券を購入した後、すぐその足で乗車券窓ロに行って乗車券を購入したが、その時になって財布を特急券窓ロに置き忘れたことに気付き、慌てて引き返したが、既に被告人がその財布を持ち去っていた事案で、

  • 財布を忘れたことに気付くまでの時間は約1, 2分で、窓口間の距離も約15.6m あったことから、被害者の財布に対する占有は失われていない

として、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪が成立するとしました。

福岡高裁宮崎支部判例(昭和29年4月23日)

 露天店近くで被告人と話しをしていた被害者が、その場を立ち去る際、酒に酔っていたため、手提げ鞄を被告人の前に置き忘れ、約300m歩いたところでこれに気付いて直ちに通りがかりの車で引き返したが、その間に被告人が手提げ鞄を持ち去ったという事案で、

  • 手提げ鞄は、露天商の店主の管理内にあったとは認められないが、犯人以外の者の支配力が及ぶ場所内に一時的に置き忘れられたに過ぎない
  • しかも、その置いた場所が判然としていることなどから、未だ遺失物とはいえない

として,遺失物横領罪ではなく、窃盗罪の成立を認めました。

最高裁判例(平成16年8月25日)

 被害者が公園のベンチの上にポシェットを置き忘れ、ベンチから約27m離れた地点まで歩いて行った時点で、被告人がそのポシェットを領得した事案で、裁判官は、

  • 被害者がこれ(ポシェット)を置き忘れてベンチから約27mしか離れていない場所まで歩いて行った時点であったことなど本件の事実関係の下では、その時点において、被害者が本件ポシェットのことを一時的に失念したまま現場から立ち去りつつあったことを考慮しても、被害者の本件ポシェットに対する占有はなお失われておらず、被告人の本件領得行為は窃盗罪に当たる

と判示しました。

東京高裁判例(昭和35年7月26日)最高裁判例(昭和37年5月18日)

 列車の出口近くの席に座って仮睡中であった被害者が、終着駅に到着した際、網棚の上にショルダーバッグを置き忘れたまま慌てて下車したため、近くにいた被告人が他の乗客が未だ全部降りきらないうちに素早くこれを持ち去ったという事案で、

  • 被害者が立ち去ってから犯人がこれを領得するまでの時間が極めて短い
  • 被害者のショルダーバッグに対する占有は、依然として継続していた

として、諸事情を総合判断した上、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪の成立を認めました。

広島高裁判例(昭和35年12月15日)

 被害者が道端で休息した後に、数メートル先の草刈り場に行くために立ち上がった際、腕時計を路上に落としたのを、その場で目撃していた被告人が、被害者が立ち去ると同時にそれを拾い上げて、密かに持ち帰った事案で、遺失物横領罪ではなく、窃盗罪の成立を認めました。

大阪高裁判例(昭和35年12月23日)

 映画館内の観覧席後方で泥酔していた被害者が、誤ってポケットから落とした札束を、1m足らずの距離で並んで映画を立ち見していた被告人が、靴で踏んで隠し、間もなく被害者が映画館から連れ出されると、それを拾い上げて領得したという事案で、遺失物横領罪ではなく、窃盗罪の成立を認めました。

名古屋高裁金沢支部(昭和45年3月10日)

 この判例は、時間的・場所的接着性に加えて、

閉鎖的空間に置かれていること

も考慮して占有の継続を認めた判例です。

 被害者が、10名以内の特定の者のみが使用する飯場の敷地内にある風呂場で入浴する際、現金等在中の免許証入れを柱等の隙間に差し入れたまま置き忘れ、飯場に戻って数時間失念していたところ、その間に被告人が持ち去ったという事案で、裁判官は、

  • たとえ所有者において物の存在を一時失念していたとしても、その物に対する支配力を推及するに相当な場所的時間的範囲内にあり、かつ所有者の支配意思が明確に認められるものは、占有を離脱したものとはいえない

などと判示し、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪の成立を認めました。

公道上という開放的空間に落とした事案の裁判例

千葉地裁判決(平成29年6月29日)

 被害者が公道上に落とした財布を盗んだとして盗罪に問われた事案です。

 弁護人は、占有・故意の有無を争ったところ、裁判所は、時間的近接性(拾得まで62秒)、遺留場所の概括的認識が認められ被害者の占有が継続していたとし、公道上に落ちていた財布を1分足らずで持ち去る等により窃盗の故意が認められるし、窃盗罪の成立を認めた事例です。

1⃣ 被害者の財布の占有について

 裁判所は、

  • 刑法上の占有は、人が物を実力的に支配する関係であって、その支配態様は物の形状その他の具体的事情によって一様ではないが、必ずしも物の現実の所持または監視を必要とするものではなく、物が占有者の支配力の及ぶ場所に存在することで足り、物がなお占有者の支配内にあるといえるかどうかについては、社会通念によって判断される
  • 本件財布のように現金やカード類が在中する物の支配態様については、外出先ではポケットや鞄等に入れて肌身離さず持ち歩くのが通常であるから、物の現実の所持により支配内にあるというのが原則であるが、所持者が一時的に物の存在を失念し、これを遺留したまま現場を立ち去ったとしても、直ちに占有が失われると解するのは相当ではなく、物の現実の所持の回復可能性がある場合には、なお占有 が継続すると解するのが相当である
  • そして、一般的に物を遺留して時間が経てば経つほど、あるいは、距離が離れれば離れるほど、物の現実の所持を回復することは困難となるし、また、遺留者が物の遺留場所を認識していなければ、物の現実の所持を回復することは困難であるから、①物が遺留されてからこれが犯人に領得されるまでの時間(時間的近接性) 、②物が犯人に領得された時点における物と遺留者との間の距離(場所的近接性) 、③物の遺留場所に対する遺留者の認識の有無(遺留場所の認識)等の具体的事情を考慮して、占有の有無 を判断すべきである
  • なお、①時間的近接性の判断に当たっては、公道上など人の往来が多い場所に物が遺留された場合、物に対する支配力は急速に失われるから、物の遺留場所の状況等も検討すべきである
  • また、②場所的近接性の判断に当たっては、単純な直線距離のみならず、物と遺留者の位置関係(一方が公共交通機関内にあるなど物の現実の所持を回復することについての障害事情があるかどうかなど)、物と遺留者との間の障害物の有無、遺留者からの物の見通し状況等も検討すべきである

とし、

  • 時間的近接性について、被害者が本件財布を落としてから被告人がこれを拾得するまでの時間は約1分2秒(62秒)であることが認められる
  • 本件現場は公道上であり、交通量も相応にあるが、常に車や人が往来しているわけではないから、本件財布の現実の所持の回復可能性という観点から検討すると、本件現場における約6 2秒という時間は短時間であり、時間的近接性が認められる

とし、

  • 場所的近接性について、被害者が本件財布を落としてから約62秒後に被告人がこれを拾得しているが、この時点で被害者が本件現場から何メートル離れた地点にいたかという点については捜査がなされておらず、当時の被害者の歩行速度も明らかではない
  • この点について、検察官は、成人女性の一般的歩行速度が秒速1.12メートルであることから、被害者が本件現場から約67. 2メートル(1.12メートル×60秒)離れた地点にいた旨主張するが、当時の被害者の歩行速度が成人女性の一般的歩行速度と同程度であることを認めるに足りる証拠はなく、検察官の主張を前提にすることはできない
  • 一方、弁護人は、被害者は午前11時8分発の特急列車の乗車券を購入する必要があり、急いでいた可能性があったとして、ジョギング速度の半分程度である秒速1.5メートルを基準に、被害者が本件現場から約93メートル(1.5メートル×62秒)離れた地点にいた旨主張する
  • 被害者の位置を特定することができず、推測によらざるを得ない以上、被告人に有利に解釈すべきであるから、弁護人の主張のとおり、被告人が本件財布を拾得した時点で、被害者が本件現場から約93メートル離れた地点にいたことを前提にすべきである
  • 以上を前提にした上、本件図面1及び本件図面2の縮尺を基にすると、被告人が本件財布を拾得した時点で、被害者は、本件現場からロ△ビル右側の路上を通過して同ビル前の横断歩道を渡り、ロ◇図書館前の歩道には既に達していたものと推認され、この時点では、被害者から本件財布を見通すことはできない
  • もっとも、この時点で、被害者は未だ徒歩で歩行中であり、公共交通機関に既に乗車してしまったなど直ちに本件財布の現実の所持を回復することについての障害事情はない上、ロ△ビル前の横断歩道には信号機が設置されておらず、本件現場に戻るに当たっての特段の障害物もないことを考慮すると、被害者の脚力は不明であるものの、本件現場まで約93メートルを駆け足で戻れば30秒程度、どんなに遅くとも1分以内には本件現場に戻ることができたと推認される
  • 以上の検討によれば、被告人が本件財布を拾得した時点で、被害者は、 本件現場から約9 3メートル離れた地点におり、本件財布を見通すことはできないもの の、障害事情や障害物がないことも考慮すると、本件財布の現実の所持の回復が困難というほどではなく、場所的近接性がないとは言えない

とし、

  • 遺留場所の認識について、被害者は、本件財布を落としたことに気付かないままJR△△駅へ向かっているから、本件財布を落とした場所について明確に認識しているわけではないが、本件財布を落としてから約5分後には本件現場付近に戻って本件財布を探しており、被害者において、本件財布を落とした場所についてある程度の見当は付いていたと言えるから、本件財布の現実の所持の回復が困難であったとは言えない

とし、結論として、

  • 以上のとおり、本件においては、②場所的近接性だけでは直ちに占有の有無を判断し難いが、①時間的近接性が認められる上、③遺留場所の概括的認識も認められ、被害者において、本件財布の現実の所持を回復することは十分に可能であったと言えるから、なお本件財布に対する被害者の占有が継続していたと認められる

と判示しました。

2⃣ 窃盗の故意について

 さらに窃盗の故意について、裁判所は、

  • 本件において、被告人は、被害者が本件財布を落とした瞬間を目撃しているわけでないから、被告人において、被害者が本件財布を落としてからこれを被告人が拾得するまでの時間及びこの時点における本件財布と被害者との間の距離を認識していないことは、弁護人の主張のとおりである
  • そこで、以下、被告人に他人の財物を窃取するという認識があったかどうかについて検討する
  • 被告人は、本件財布を拾得した後、1分足らずで、自転車前部に付属する籠内に本件財布を入れ、本件現場から立ち去った後、公衆トイレ個室内で本件財布の中身を確認している
  • また、被告人供述によれば、本件財布を入れた自転車の籠はプラスチック製で箱があり、外部から見えにくかったというのである
  • このような被告人の行動からすれば、被告人は、本件財布の持ち主が本件現場に戻ってくるかもしれないと懸念して自転車の籠内に本件財布を隠し、直ちに本件現場を立ち去り、人が来ないトイレ個室内でゆっくりと本件財布の中身を確認したものと推認される
  • これに対し、被告人は、本件財布を拾得する前にばっと周囲を確認した旨の供述をするものの、本件財布の持ち主が本件現場に戻ってくるかどうかの認識については曖昧な供述をする
  • しかしながら、本件財布はシリアルナンバーを有するシャネル製品、すなわち、いわゆるプブランド物であり、これは一見して明らかである
  • そして、通常は現金やカード類等の貴重品が在中する財布という性質上、持ち主が財布を落としたことに気付けば、必死になって直ちに財布を探しに来るということも経験則上明らかである
  • そうすると、本件財布が公道上に投棄されたなどと考えるのは通常人の感覚に合致せず、被告人も、本件財布の持ち主が本件現場に戻ってくるかもしれないということは当然に認識していたものと言うべきである
  • 以上によれば、被告人に他人の財物を窃取するという認識、すなわち、窃盗の故意が認められる

と判示し、占有離脱物横領ではなく、窃盗罪の成立を認めました。

被害者が置き忘れたのではなく、あえてその場所に置き去りにしておいたものを領得した場合の裁判例

大阪高裁判例(昭和30年2月7日)

 市場で買い物をしていた被害者が、購入した食品類を竹籠に入れて上から風呂敷を掛け、駅のガード下の道路端に置き、他の店に預けてあった品物を取りに行って引き返して来るまでの間に、被告人がこれを持ち去った事案で、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪を認めました。

東京高裁判例(昭和30年3月31日)

 被害者が列車を待ち合せ中、乗客の列の中にボストンバッグと手提げかばん各1個を置いたまま約10分間その場を去って電報を打ちに行ったところ、犯人がその隙にこれらを領得した事案で、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪の成立を認めました。

大阪高裁判例(昭和25年5月10日)

 進行中の列車から白米を投げてもらって受け取った被害者が、巡査の制服姿の被告人らの姿を見て、食糧の不法輸送のかどでの取調べを受けるのをおそれ、その場に白米を置き去って付近に隠れ、監視していたところ、被告人らがその事情を知りながら領得した事案につき、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪の成立を認めました。

名古屋高裁判例(昭和31年3月5日)

 被害者が飲食店で飲酒した後、深夜、自転車を引きながら店から約80m離れた人家が軒を連ねた地点まで至ったところで、店に忘れ物をしたことに気付き、自転車(比較的新しく、自己の住所氏名をペンキで明記したもの)を路上に施錠をせずに立て置いたまま店まで引き返し、すぐに戻ってきたところ、被告人がその間に自転車を持ち去っていたという事案で、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪の成立を認めました。

最高裁判例(昭和37年3月16日)

 被害者が歩道の端にあったゴミ箱の上にカメラ等在中のショルダーバッグとカメラの三脚を置いて、約7m離れた店舗の中に入り、表戸を開けたまま約5分間とどまっていたところ、その間に被告人がショルダーバッグを持ち去ったという事案で、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪の成立を認めました。

名古屋高裁判例(昭和52年5月10日)

 被害者が名古屋駅構内にある高速バスの待合室で休息中、室内には利用客が数人しかおらず、比較的閑散としていたことから、食事をとるべく待合室のすみの床の上に旅行かばん(幅約50cm,高さ約2.30cm)を置いたまま、約203m離れた駅構内の食堂へと出かけ、約35分後に戻ったが、被害者が食堂に出かけた直後にその様子を見ていた被告人が旅行かばんを持ち去った事案で、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪の成立を認めました。

東京高裁判例(平成21年7月1日)

 開店中のファーストフード店の店内で、アルバイト清掃員がトイレ前に設置された収納棚の上に、自己の携帯電話機を置いて清掃作業に従事していたため、被告人がこれを見つけて領得したという事案で、

  • 被害品があった場所は、開店中の店舗内ではあったが、客全員を移動させて清掃作業に従事していたことから一種の密室構造の場所であったこと
  • 被害者と被害品との距離が約10mであったこと
  • 携帯電話機という社会的に高度に有用な有価物であり,その所有者がいることは被告人にも分かっていたと推認できること

などを理由として、被害者の占有を肯定し,占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪が成立するとしました。

暴行等の事件の被害者が被害を受けている最中に現場付近に落とした物を犯人が見つけて持ち去った事案の判例・裁判例

大審院判例(昭和8年7月17日)

 傷害の犯行の過程で暴行を受けていた被害者が、たまたま落とした財布の中から被告人が金銭を抜き取った事案で、被害者の占有が肯定され、遺失物横領罪ではなく、窃盗罪が成立するとしました。

東京高裁判例(昭和30年4月28日)

 強姦未遂の被害者が、被告人につかまれた手を振り切って逃げようとした弾みに付近に落とした腕時計を被告人が持ち去った事案で、被害者の占有が肯定され、遺失物横領罪ではなく、窃盗罪が成立するとしました。

名古屋高裁判例(昭和32年3月4日)

 強盗未遂の犯行を受けた被害者が、逃げる途中に道路上に落としていった物を被告人が持ち去った事案で、被害者の占有が肯定され、遺失物横領罪ではなく、窃盗罪が成立するとしました。

判例・裁判例の傾向分析

 以上の置き忘れられた物に対する占有に関する判例・裁判例を見ると、被害者の占有の継続の有無を判断するに当たり、

  1. 被害者が当該財物を置き忘れてから犯人がそれを領得するまでの時間や、犯人がそれを領得した時の被害者と財物の距離(時間的・場所的接着性)
  2. 置き忘れた場所の状況や見通し状況
  3. 被害者の認識及び行動(被害者が置き忘れたことに気付いて引き返したかどうか、引き返した場合には引き返すまでの時間や、置き忘れた地点と引き返した地点との距離関係、置き忘れた場所を記憶していたかどうかなど)
  4. 犯人が被害者の置き忘れた状況を目撃していたかどうか

を考慮していることが分かります。

 考え方として、刑法上の占有が物に対する実力的な支配である以上は、置き忘れ事案に関しては、まず何よりも、財物及び放置場所の性質とともに、犯人による領得行為がされた時点における被害者と物との時間的・場所的接着性に着目することになります。

 被害者が置き忘れに気付いて引き返した地点や、引き返すまでの時間、被害者が置き忘れた状況を被告人が目撃していたかどうかという点も、被告人の窃盗の故意を認定する前提事情として認定されている場合が多いです。

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