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銃器を用いた場合の殺意の認定
人の身体に向けて拳銃、猟銃等の銃器を発射する行為は、凶器の性質から一般に殺意の存在を推定させます。
発射された弾丸の威力が人命にとって問題にならないくらい弱い場合や、生命に別状のない身体の部位を特に狙ったものある場合は、殺意の存在が否定される要素になります。
銃器を用いた場合の殺意について、参考となる裁判例として、以下のものがあります。
大阪高裁判決(平成8年7月24日)
横臥していた被害者の足側約3メートルという至近距離から、殺傷能力の強力な38ロ径のけん銃により4発の弾丸を発射し、うち2発が大腿部から入って肝臓、心臓、肺等を貫通して殺害した事案です。
裁判官は、
- 被告人が、銃撃に際し、絶対に身体の枢要部に当たらない方法を採り、しかも、身体の枢要部以外に当たった弾丸が身体の枢要部に進入することを必ず避け得るような方法を採ったといえる特別な事情のある場合を除いては、確定的殺意があったものと推認するのが相当である
と判示し、殺意を認定しました。
大阪高裁判決(昭和28年5月8日)
相手までの距離などから命中率が低いことや、逃走するに際し、追跡者を威嚇する目的で特に狙いを定めず走りながら発射したことは、未必の殺意を認める支障にならないとし、殺意を認定しました。
家の中に向かって銃を撃ち込んた事例
人が家の中にいたりするため姿が見えない場合でも、銃を射ち込んだ付近に人がいる可能性があると思っていれば、殺意を認めることができるといえます。
東京高裁判決(昭和59年4月26日)
暴力団組事務所内に組員2名が入室した事実を知りつつ、その玄関口から内部の人影も確認しないまま拳銃を水平に構え、室内目がけて実包3発を発射したときは、未必の殺意があったものというべきであるとしました。
名古屋高裁判決(平成元年1月30日)
対立暴力団事務所めがけて路上から拳銃を発射した行為について、原審が殺意を否定したのを破棄し、弾丸が床や壁等に当たって跳弾となって人の身体に命中する可能性も考慮し、殺意が認められるとしました。
殺意を否定した裁判例もあります。
岡山地裁判決(昭和39年7月31日)
路上から抗争の相手方暴力団組事務所のある家屋内に向かって拳銃弾数発を射ち込んだ行為について、被告人らが屋内に人のいることを確知して、その身体を狙撃したと認めるに足る証拠はなく、また、狙撃箇所である玄関等は、通常、人が密集継続して現在するところといえないとして、未必の殺意を否定しました。
鈍器を用いた場合の殺意
撲殺の凶器となる鈍器を用いた殺人について、鈍器の使用が人の生命に対する危険性を生じさせるものであり、殺意を認めるものであるためには、鈍器の形状・重量、用法(打撃の部位・回数・強さ)が、それ相応のものであることが必要といえます。
参考となる裁判例として、以下のものがあります。
大阪高裁判決(昭和29年3月12日)
長さ約1メートル、直径約2.5センチの鉄棒で84歳の老婆の顔面を殴った殺人未遂の事案で、殺意を認めました。
最高裁判決(昭和25年10月17日)
野球用バットとレンガで頭部、頸部等をところかまわず強打し、下顎骨骨折により失血死させた事案で、殺意を認めました。
殺意を否定した判例として、以下のものがあります。
東京高裁判決(昭和42年2月7日)
足場用鉄パイプ(直径約4センチ、長さ約1メートル、重さ約2キログラム)を両手に持ち、頭部を1回強打して頭蓋骨陥没骨折・硬膜下出血・脳挫滅を生じさせ死亡させた事案で、殺意を否定しました。
岡山地裁判決(昭和44年11月15日)
直径約5センチ、長さ約84センチで相当の重量を有する鉄パイプで後頭部を1回殴り、頭蓋骨亀裂を伴う後頭部挫創、硬膜下出血等により死亡させた事案で、頭部をめがけて攻撃を加えたものと断ずるのは困難で、攻撃に用いた力もさほど強いものではなかった疑いがあるとし、殺意を否定しました。
上記2つの裁判例で、殺意が否定された理由として、
- 殺人の動機が弱いこと
- 打撃が1回限りであること
が挙げられます。
大阪高裁判決(昭和29年6月10日)
衣裳箱のふた板で頭部を殴り、硬脳膜静脈等切断により死亡させた事案で、動機などを考慮し、殺意を否定しました。
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