刑法(殺人罪)

殺人罪(17) ~事実の錯誤②「殺人罪における方法(打撃)の錯誤」を解説~

 前回の記事の続きです。

 故意がなければ、犯罪行為を行っても犯罪が成立しません(この点については前の記事参照)。

 そして、故意があると認定するためには、犯罪事実の認識・容認が必要になります。

 しかし、ときに、犯人が認識していた犯罪事実と、実際に発生した犯罪事実が食い違う場合があります。

 これを「事実の錯誤」といいます。

 事実の錯誤は、錯誤がどの要素に対して起こっているかで、

  1. 客体の錯誤
  2. 方法(打撃)の錯誤
  3. 因果関係の錯誤

に分類されます。

 今回の記事では、殺人罪における「②方法(打撃)の錯誤」を説明します。

方法(打撃)の錯誤とは?

 方法の錯誤とは、

Aを殺すつもりで拳銃を発砲したが、Aの近くにいたBに弾が当たってしまい、Bを殺してしまった…

というように犯罪行為の向き・方向に錯誤があった場合の錯誤のことをいいます。

殺人罪における方法(打撃)の錯誤

 殺人罪における方法(打撃)の錯誤で、最も単純な形は、Aを射殺しようとして拳銃を発射したが、狙いが逸れてBに命中し、Bを殺害する結果となったような場合です。

 しかし、方法の錯誤として論じられる範囲は、このような場合だけでなく、

  1. 所期の目的どおりAを殺害するとともに、予期に反してBにも死の結果を生じた場合
  2. Aには傷害を負わせたにとどまり、Bを死亡させた場合
  3. A、Bともに傷害を負わせるにとどまった場合
  4. Aにはなんらの結果も生じないで、Bに傷害を負わせただけの場合

も含んでいます。

 ①~④のいずれのパターンにしても、基本的には、殺人罪の故意は否定されず、殺人罪が成立するという結論が導かれるのが判例の傾向です。

 殺人罪における方法(打撃)の錯誤の判例として、以下のものがあります。

大審院判決(大正15年7月3日)

 Aを殺す意思で、Aに向かい拳銃を発射したが、Bに命中してBを殺害した事案で、Bに対する殺人罪の成立を認めました。

大審院判決(昭和8年8月30日)

 叔母を殺害する意思で日本刀で頸部、胸部等を十数回突き刺した際、叔母が抱いていた女児の頸部にも刺切傷を負わせて、いずれも即死させた事案で、裁判官は、

  • 殺害の結果が犯人において、毫も意識せざりし客体の上に生じたるときといえども、暴行と殺害との間に、因果の関係存すること明白なる以上、犯人において、殺人既遂の罪責を負う

と判示し、女児に対しても殺人罪の成立を認めました。

東京高裁判決(昭和25年10月30日)

 Aを殺害する意思で拳銃を発射したところ、第1弾はBに命中して貫通銃創を負わせ、第2、第3弾がAに命中してAを殺害した事案で、Aに対する殺人罪とBに対する殺人未遂罪が成立し、両罪は観念的競合になるとしました。

東京高裁判決(昭和30年4月19日)

 Aを殺害する目的で農薬入りの日本酒を贈ったが、Aがこれを飲まず、情を知らないAの妻がBに贈与し、Bがこれを飲んで死亡したという事案で、Bに対する殺人罪の成立を認めました。

新潟地裁長岡支部判決(昭和37年9月24日)(控訴審:東京高裁判決 昭和38年6月27日)

 自動車を運転中、長男Bを背負って歩行中のAに自車を衝突させ、現場から逃走するため、未必の殺意をもって、A、Bを自車前部下方に引っ掛けて引きずりながら走行したため、A、Bを死亡させた事案で、Aに対する殺人罪が成立するとした上、被告人にBの存在については認識がなかったことを認めながら、Bについても殺人罪が成立するとしました。

広島地裁呉支部判決(昭和45年11月17日)

 Aに対し、殺意をもって拳銃を発射したところ、弾丸がAの身体を貫通して、通行人Bに命中し、Bに傷害を負わせたが、Bの存在については未必の故意も認められないという事案において、被告人はAの殺害という目的を遂げており、その意図を超えて発生したBに対する傷害は過剰結果であって、方法の錯誤をもって論ずべき限りではないとして、Bについても殺人未遂とする検察官の主張を退け、Aに対する殺人罪のみが成立するとしました。

最高裁判決(昭和53年7月28日)

 被告人は、警ら中の巡査Aから拳銃を強取しようと企て、Aに対し、未必の殺意をもって、改造打ち銃で鋲1本を発射したが、鋲はAに胸部貫通銃創を負わせた上、さらに約30メートル前方の道路反対側歩道を通行中のBに命中し、Bにも傷害を負わせた事案です。

 裁判官は、

  • 犯罪の故意があるとするためには、罪となるべき事実の認識を必要とするものであるが、犯人が認識した罪となるべき事実と現実に発生した事実とが必ずしも具体的に一致することを要するものではなく、両者が法定の範囲内において一致することをもって足りるものと解すべきであるから、人を殺す意思のもとに殺害行為に出た以上、犯人の認識しなかった人に対してその結果が発生した場合にも、右の結果について殺人の故意がある

と述べ。Aに対する殺人未遂罪のほか、殺害行為とBの傷害の結果との間に因果関係が認められるから、Bに対する殺人未遂罪も成立するとしました。

東京高裁判決(平成14年12月25日)

 殺意をもってAに向けてけん銃を4発発射したところ、Aのほか、B、Cにも命中し、AとBを死亡させ、Cに傷害を負わせた事案で、Aに対する殺意が認められることはもちろん、B、Cに対しても、方法(打撃)の錯誤の理論により殺意を認定し、AとBに対する殺人罪と、Cに対する殺人未遂罪が成立するとしました。

 なお、この判例は、検察官が量刑不当として、3名の殺害を図った事案と同一に評価できると主張したのに対し、裁判官は、B、Cについて固有の殺意が認められる場合と同一の故意責任を追及することは許されないとし、量刑面では、BとCの故意責任をAと同等に評価できないとした点が注目されます。

次の記事に続く

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