刑法(殺人罪)

殺人罪(21) ~正当防衛・過剰防衛②「けんか事案における正当防衛・過剰防衛の成否」を解説~

けんか事案における正当防衛・過剰防衛の成否

 けんか事案における正当防衛・過剰防衛の成否の考え方の参考になる判例を紹介します。

最高裁判決(昭和59年1月30日)

 事案は、Aから顔面を殴られ、前歯を折られるなど一方的に暴行を受けた被告人が、帰寮後も怒りが治まらず、いったんは木刀を手にしてAと対峙し、Aを難詰したものの、同僚の説得に従い、話合いをするため木刀を投げ捨ててその場を離れたにもかかわらず、Aがいきなりその木刀を拾い上げ殴りかかり、頭、足首等を殴られたため、ポケットに入れていた理髪用はさみを取り出して相手の胸部等を突き刺し、相手を死亡させたというものです。

 原判決が、「本件はいわゆるけんか闘争と目すべき事案であって、被告人は相手方とけんかになることを予期し、その機会を利用して積極的に加害する意思であったと認定し、急迫性が欠ける」としました。

 これに対し、最高裁は事実誤認であり、過剰防衛が成立するとし、過剰防衛による殺人罪を認定しました。

 この判例のようなケースで、正当防衛や過剰防衛の成否を決するに当たり重要になるのは、予期を前提とした侵害に対する対処の仕方に、積極的な加害意思の外部的な発現があったかどうかです。

 この判例の事案の場合、相手から木刀で殴られる前、被告人は積極的な攻撃の態勢になかったことが重要視され、過剰防衛が認められたのではないかと考えられます。

東京地裁判決(平成8年3月12日)

 けんかがいったん収まった後に、そのけんかの相手(被害者)が包丁を持って仕返しに来ることを予想して護身用に包丁を携帯して路上を歩行中、包丁を手に被告人を探し回っていた被害者が「てめえ、この野郎」などと怒鳴りながら包丁で切りかかってきて、被告人は首筋を切られ、更に被害者が包丁を振りかざして切りつけてきたため、被告人は持っていた包丁で未必の殺意をもって被害者の腹部を1回刺して殺害したという事案で、積極的加害意思や自招の危害であることを否定し、正当防衛を認め、殺人罪の成立を否定しました。

 この判例の事案も、被告人は、相手の攻撃を予期して反撃の準備をしているが、相手の具体的な攻撃の前には、被告人は積極的な攻撃の態勢になかった事例となっています。

福岡高裁判決(平成13年6月14日)

 殺意を否定し、過剰防衛を認容した原判決を覆し、高裁において、殺意を認定し、過剰防衛の成立を否定した事例です。

 被告人とXがお互いを殴っていたけんかにおいて、被告人が「Xが死んでも構わない」という気持ちで、Xの頸部をカッターナイフで切り付けて傷害をわせた殺人未遂の事案です。

 裁判官は、

  • Aは、がないのに最初に被告人から殴られており、教師であるDに止められたことから、その場ては被告人に対する抗議はやめたものの、被告人から、きちんとした謝罪がなかったこともあって、憤懣を押さえることができなかったこと、そこで、Aは、先回りして、被告人に抗議し、被告人がAから殴られることに応じたので被告人の腹部を手加減しながら3回たたいたが、さらに、「何で殴ったとや。」などと言って、被告人が背にしていたコンビニの壁を1回叩き、これに加勢したXも、「こら、わい、いいかげんにせろぞ。」などと言って、同じく壁を1、2回足蹴にしたものであること、これに対し、被告人は、Aらの言動を止めさせるよう何らの警告をすることなく、ズボンのポケット内に隠し持っていたカッターナイフを密かに準備していきなりXの左頸部を切り付けたのてある
  • そうすると、被告人がXにナイフで切り付けた行為は、当初、被告人が、きちんとした理由がないのにAを殴ったことを発端としており、その後、本件暴行までは一連の流れの中で行われた行為として評価すべきである
  • そして、被告人は、A及びXから詰め寄られ、更なる攻撃を受けることも予想しながら、憤激のあまり、やられる前にやってしまおうとの意図で積極的に攻撃を行ったものと評価するのが相当であり、被告人自身もこれを自認しているところである
  • したがって、被告人は、Aらの攻繋を受けることを予期しながら、あらかじめ隠し持っていた刃物を用いて積極的に攻撃を加えたものであって、単なる防衛の意図ではなく、積極的攻撃、加害の意図を有していたものと認められるので、急迫不正の侵害があったとはいえず、それらがあったことを前提に過剰防衛を認めた原判決は採用できない
  • そうすると、原判決が、被告人の行為を傷害と認定した点及び過剰防衛の成立を認めた点は、いずれも事実を誤認したものであり、これらが判決に影響を及ぼすことは明らかである
  • 原判決は破棄を免れない

と判示し、過剰防衛の成立を否定し、殺人未遂罪が成立するとしました。

 この判決について、直前は専らA、Xが被告人に暴行を加えているものの、一連の流れの最初の暴行は被告人が行っていること、Xが素手であるのに対し、被告人がカッターナイフで未必の殺意をもってXの頸部付近に切り付けて、約10日間の頸部切創のけがを負わせたことが、単なる防衛の意図ではなく、積極的攻撃、加害の意図を有していたと認定される要素になったと考えられています。

暴力団のけんかに際しての正当防衛の成否が問題になった事例

 暴力団のけんかに際して、正当防衛の成否が問題になった事例として、以下裁判例があります。

仙台高裁秋田支部判決(昭和55年1月29日)

 跡目相続をめぐって反目していた暴力団の一派から殴り込みを受けた際、その首領を短刀で刺殺した行為が正当防衛に当たるとされた事例です。

 裁判官は、

  • Kは拳銃や猟銃などの凶器を携え、2名の配下を引き連れて被告人の寝込みを襲い、下着のまま奥にある北側八畳間の方に逃げた被告人に対し、拳銃を向けて「撃つぞ、撃つぞ」と追い迫り、そのあと一旦東側廊下を南側八畳間の中央付近まで退いたとはいえ、Kは拳銃を手にして東側障子が全部閉められた南側八畳間の廊下に立ち、四方から一斉に侵入を始めた子分らに「殺ろせ、殺してしまえ」などと指揮する如く叫んでいたのであって、結果的には六畳居間に光源がある関係で、暗い南側八畳間にいる被告人に対し、障子越に無警戒な姿をさらすような恰好とはなったけれども、K以下13名の者が一体となって行う本件攻撃の全体からみて、その侵害は現に継続中で、一時中断したといえないことは明らかであるし、その際、被告人において容易に逃げ出して侵害を回避し得る状況にはなかったこともすでに認定したKらの殴り込みの状況からして明らかである
  • そして、その侵害の状況からすれば、被告人の検察官に対する供述調書にあるとおり、「Kにピストルで射たれると思っていたので、射たれて私が死ぬよりはKを刺し殺してやろうという事だったのです。ただあの時としては、K五郎に殺されるという気持ちが第一に頭にあったため、あとは半ば夢中で、自分が死なないためにはKを殺すより仕方がないということから、ひとりでに短刀を持った右手がKに向ってしまった」とする被告人の供述は充分に首肯できるところである
  • 正当防衛行為は急迫不正の侵害を排除するため侵害者に対して行う反撃行為であるから、その行為のうちに侵害者に向けての攻的意思が包摂されていても、その全状況からみて急迫な侵害に対する防衛行為と解される以上、防衛意思に基づく正当な行為と解すべきであり、防衛意思にもとづく行為であるか否かは結局、侵害の具体的状況とこれを認識した上で反撃を行う者の意思とを客観的な資料により合理的に判断するほかない
  • 本件において、被告人がKの右胸部を短刀で突き刺した際、被告人の生命身体に対する侵害は現に継続中であったのであり、被告人が自己の生命を防衛する意思でKの右胸部を突き刺す所為にでたことはその状況から充分に肯認できる
  • ニ動作による刺殺からその攻撃的意志を強調し、被告人が反撃に及んだ際の客観的状況を無視して、侵害の急迫性や防衛意思の存在を否定するのは相当でないといわなければならない
  • 多数の配下を連れたKに、深夜、突然襲われた被告人が、拳銃を構えたKに「撃つぞ、撃つぞ」と迫られたとすれば、仮りに拳銃に弾がこめられていなかったとしても、拳銃で射殺されると思うのは自然のことであって、被告人と一緒に六畳居間から北側八畳間に逃げたSも自分が撃たれると思ったと証言するところであり、被告人の本件所為は自己の生命に対する侵害を排除するための防衛行為としてやむを得すになした相当な範囲の行為と解される
  • 上のとおり、Kらの本件所為は、被告人の生命に対する違法な侵害といわざるを得ないし、その急迫な侵害から自己の生命を守るためになした被告人の本件所為に正当防衛の成立を否定すべきいわれはない

と判示し、正当防衛の成立を認め、殺人罪は成立しないとし、被告人に無罪を言い渡しました。

 この事案は、暴力団同士の対立抗争は存在したが、具体的場面においては、襲撃を受けた被告人側は、短刀一振のほかは誰も凶器を所持せず、電灯をつけたまま下着姿で就寝していたもので、迎え撃つ準備は物心両面でできていなかったと認定されている点がポイントになります。

大阪地裁判決(昭和63年11月18日)

 対立関係にある暴力団組員5名とけんか闘争となり、うち1名をけん銃で射殺した事案について、侵害の急迫性がないとして、正当防衛は成立しないとされ、殺人罪の成立が認められた事例です。

 裁判官は、

  • 正当防衛における急迫性の要件は、相手の不正な侵害に対する本人の攻撃行為を正当と評価するために必要とされる行為の状況上の要件であるから、攻撃時に侵害が現在していると認められるような場合であっても、行為の状況全体からみて、なお急迫性を否定すべき場合がある
  • 被告人Aは、けんかが起きることや、けんかになった場合には、Dら相手方は暴力団組員特有の用語で「道具」と表現されるけん銃やバットなどのけんか闘争の用具を使うことを十分予期していたものと認められる
  • 被告人Aは、凶器か用いられる喧嘩闘争が十分予想されたにもかかわらず、これに応ずる意図を有していたものといわねばならない
  • 被告人Aは、被告人Bの護身用に常日ごろ身につけていたけん銃をそのまま携帯して喧嘩の場に臨み、喧嘩の際にはけん銃を見付けられて取合いとなり、これがために被告人甲に対するDらの攻撃が一層強まり、同被告人も相手方にけん銃を取られて撃たれる虞れのある事態に陥ったものであって、この意味で、被告人Aに対する侵害が強まったのは、被告人Aのけん銃所持に誘発された面がかあるといえる
  • さらに、被告人Aは、Dらの攻撃に対し、手拳で反撃するうち、状勢が不利になると、被告人Bの応援を求めるため、スナックのマスターに「呼べ、呼べ。」と指示している上、Gから頭をめがけてパットで殴りかかられるや、いよいよ所持していたけん銃を使用しようと意を決し、Gに対し「撃ったろか」と言って威嚇した後、前記のように、リーダー格のDを殺害するもやむなしと決意し、しゃがみ込んで被告人の攻撃をかわそうとしていた無抵抗のDに対し、けん銃を発射したのである
  • Dに向けてけん銃を構えた際には、Gにおいて再びバットで殴りかかるような具体的な挙動を示していたわけでもなく、Dはうずくまり、B及びEらにおいても凶器を携帯して被告人Aに攻撃を加えるような状況にあったとは認められない
  • かかる状況において、強力な武器であるけん銃を手にした被告人甲としては、それをDらに向けて威嚇するか、せいぜい威嚇射撃をすれは、自己の窮地を容易に脱することが可能であったにもかかわらず、なんらこれらの手段を講ずることなく、わずか数メートルの近距離から無抵抗のDに対し、いきなりけん銃を発射してDを殺害しているほか、弾倉がずれていたため幸い弾丸が発射されなかったとはいえ、さらに自己の傍らにいたEに対しても、同人の顔面に向けてけん銃の引き金を引いていることが認められる
  • これらの事実を総合すれば、被告人Aは、Dらとの間にけんかが生じ、相当の凶器による攻撃が十分予想されるにもかかわらず、けん銃を携帯したままけんかに臨み、状勢が不利になるや、機先を制し相手を打倒するために、所持していたけん銃を用いて積極的に相手方に攻撃を加えるべく、行為に及んだものと認められるのであるから、右の状況全体からみて、正当防衛における急迫性の要件は満たされていなかったものと認めるのが相当である
  • もとより、被告人Aは、Gからバットで殴られるなどDらの攻撃により身の危険を感じ、これに対抗してけんか闘争を終わらせるべく攻撃行為に及んだことは認められるけれど、右事情を斟酌しても、未だ前記認定判断を左右するものではない

と判示し、正当防衛は成立しないとし、殺人罪の成立を認めました。

 この判決は、被告人Aは拳銃で相手を射殺する直前こそ一方的に暴行を加えられているものの、もともとけんかをするつもりで、それに備えて拳銃を用意していたという点がポイントになります。

京都地裁判決(平成12年1月20日)

 暴力団同士の抗争で、他の暴力団により、けん銃で襲撃を受けた暴力団関係者が、その反撃として、現場に駆け付けた氏名不詳者らと共に、襲撃者をけん銃で射殺した行為につき、襲撃があり得ることを予期し、その場合には、その機会を利用して襲撃者に対し積極的に加害行為をすることを、氏名不詳者らと事前に共謀しており、これに基づいて殺害行為に出たものと認定して、正当防衛の成立を否定した事例です。

 裁判官は、

  • 正当防衛が成立するためには、侵害に急迫性があることが必要であるが、緊急行為としての正当防衛の本質からすれば、反撃者が、侵害を予期した上、侵害の機会を利用し積極的に相手に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときは、侵害の急迫性は失われると解するのが相当である(最高裁昭和52年7月21日決定
  • これを本件について見るに、本件銃撃戦に加わった被告人及び氏名不詳者らは、A会長に対して、けん銃等を使用した襲撃があり得ることを予期していたが、警察等に救援を求めることもせず、A会長の外出時には、ボディーガードとして被告人がA会長に同行するとともに、2台の自動に分乗した男たちが、無線機で連絡を取り合うなどしながら、その周辺を見張り、かつ、けん銃を適合実包とともに携帯するなどの厳重な警護態勢を敷いていたものである
  • そして、A会長らが本件襲撃を受けるや、被告人らは、事前の謀議に従い、即座に対応してこれに反撃を加え、本件襲撃者をその場から撃退するにとどまらず、殺意をもってけん銃を発砲して激烈な攻撃を加えてB及びCを殺害したものであって、A会長が襲撃を受けた機会を利用して積極的に本件襲盤者に加害行為をする意思で、B及びCの殺害を実行したものと評し得る
  • また、関係各証拠を総合しても、予斯していた以外の相手からの襲撃であったものとは認められないから、侵害の急迫性の要件を欠いており、正当防衛はもとより、過剰防衛も成立する余地はない
  • 以上によれば、被告人が氏名不詳者数名と共謀の上、判示のとおり、適合実包と共にけん銃2丁を携帯していたこと、及びこれらのけん銃を発射ないし発砲して、B及びCを殺害したことは優に認められる

と判示し、正当防衛は成立しないとし、殺人罪の成立を認めました。

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