刑法(殺人罪)

殺人罪(26) ~正当防衛・過剰防衛⑦「正当防衛における『相当性』」「盗犯等防止法1条1項の正当防衛における『相当性』」を解説~

正当防衛における「相当性」

 正当防衛が成立するためには、その行為が「やむを得ずにした」ものでなければなりません。

 「やむを得ずにした」といえるためには、防衛行為が、

「必要性」のあるもの(客観的に防衛のために役立つもの)

でなければならない上、

防衛行為として「相当性」のあるもの

でなければなりません。

 防衛行為としての「相当性」を欠く行為は、

防衛の程度を超えた行為

となり、過剰防衛となります。

※正当防衛の基本的な説明は前の記事参照。

緊急避難との違い

 正当防衛は、緊急避難とは異なり、他に手段がないこと(これを「補充性」という)は要求されず、相手の侵害行為が予想され回避が可能であっても、回避する義務はありません。

(ただし、回避可能性の有無、その難易が防衛の相当性の判断に影響するということは考えられます)

 また、緊急避難と異なり、法益の均衡は要件ではありませんし、相手の不正の侵害による緊急状態における行為であるところから、防衛行為が相当性の範囲内にある限り、必要最小限度のものであることも要求されません。

※ 緊急避難の基本的な説明は前の記事参照。

殺意のある行為が防衛行為として相当性を認められるためには、相手の侵害行為も、生命その他の重大な法益に対する高度の危険性を有するものでなければならない

 殺意のある行為が防衛行為として相当性を認められるためには、相手の侵害行為も、生命その他の重大な法益に対する高度の危険性を有するものでなければならないとされます。

 この点について、参考となる以下の裁判例があります。

鳥取地裁判決(昭和51年11月16日)

 相手が脇差を振りおろして切りかかる気勢を示し、さらにそれを振りかざして70~80メートル追跡して数メートル後方に迫ったなどの事情の下において、未必の殺意をもって所携の管打ち古式銃で相手の胸部を銃撃して殺害した行為は、防衛行為として許される相当な限度を越えたもので過剰防衛にあたるとし、殺人罪につき正当防衛には当たらないが過剰防衛が成立するとされた事例です。

 裁判官は、

  • 相手方の死が予測されるような強烈な防衛行為を適法と考えうるためには、その前提となる相手方の攻撃行為についても、生命等に対する重大でかつ極めて高度の急迫性をもった侵害行為を必要とするものと考えなければならないであろう
  • 本件の場合、被害者は被告人に対して脇差をふりおろしてみせたことがあったが、それは被告人にとってもまだ脅しの程度と感じられたというのであり、他にはまだ本気で切りかかって来たというような態度までは見られていない
  • いわば、凶器を手にしての脅迫からこれを用いての加害行為に向って一歩踏み出した感はあるが、まだ切りかかってくる等の生命侵害をもたらす具体的な行為の段階にまでは達していない
  • そうだとすると、生命侵害の危険が具体的に切迫したとまでは言えない右の段階においては、これに対する防衛行為として、侵害者の生命をも失わせるような行為まで適法として許容されると考えることは問題であり、やはりせいぜい相手に重傷でも負わせるなどしてその攻撃を断念させ、あるいはひるませる程度の行為が限度と考えられるべきであろう

と判示しました。

盗犯等防止法1条1項の正当防衛における『相当性』との違い

 盗犯等防止法1条1項は、

  1. 盗犯を防止し、又は盗贓を取還しようとする場合
  2. 凶器を携帯し、門戸等を乗り越え、損壊するなどして住居等に侵入する者を防止しようとする場合
  3. 故なく住居等に侵入した者又は要求を受けて退去しない者を排斥しようとする場合

において、自己又は他人の生命・身体・貞操に対する現在の危険を排除するため、犯人を殺傷したときは、刑法36条1項の防衛行為があったものとする旨規定します。

 この規定の趣旨は、一定の場合に、刑法36条1項の「やむを得ずにした行為」という要件をはずした点にあると解されています。

 しかし、反撃の程度について全く制限がなくなるのではなく、判例は、現在の危険を排除する手段として「相当性」を有するものであることが必要であり、ここにいう「相当性」は刑法36条1項における侵害に対する防衛手段としての相当性よりも緩やかなものを意味するとしています。

最高裁決定(平成6年6月30日)

 裁判官は、

  • 盗犯等の防止及び処分に関する法律(以下、単に「法」という。)1条1項の正当防衛が成立するについては、当該行為が形式的に規定上の要件を満たすだけでなく、現在の危険を排除する手段として相当性を有するものであることが必要である
  • そして、ここにいう相当性とは、同条項が刑法36条1項と異なり、防衛の目的を生命、身体、貞操に対する危険の排除に限定し、また、現在の危険を排除するための殺傷を法1条1項各号に規定する場合にされたものに限定するとともに、それが「やむことを得ざるに出でたる行為」であることを要件としていないことにかんがみると、刑法36条1項における侵害に対する防衛手段としての相当性よりも緩やかなものを意味すると解するのが相当である

と判示しました。

 このほか、盗犯等防止法1条1項の正当防衛に関する裁判例として、以下のものがあります。

前橋地裁判決(平成2年12月1日)

 被告人の行為の一部が盗犯等防止法1条1項の正当防衛に当たるとして、殺人未遂罪につき、無罪が言い渡された事例です。

 事案は、被告人は、塗装工業所従業員寮2階の同僚Dの居室で、同僚Dと雑談中、A、Bが同室内に無断で侵入し、被告人の顔面と頭部を拳などで殴ったことに激高し、とっさにA、Bを殺害しようと決意し、隣接する被告人方居室からラシャ鋏を持ち出し、D方居室内において、逃走しようとするBの背後から、その背部をラシャ鋏で突き刺したが、Bが同所から逃走したため、Bに加療約2週間を要する背部挫傷(刺創)の傷害を負わせたにとどまり、殺害の目的を遂げなかったというものです。

 裁判官は、

  • ラシャ鋏でBの背部を突き刺した被告人の右所為は、一方において、深夜、喧嘩の仕返しのために複数で人の住居に侵入して来たBらに憤激して積極的な殺意をもってなされた面もあるが、他方、身の危険を感じて左腕を額の前に挙げた格好の防御姿勢を取りながらなされた防御行為としての面もあり、被告人がBの背部をラシャ鋏で突き刺した際には、同居室内では、同居室の居住者であるDと侵入者の一人であるAが抗争している最中で、同居室前の廊下には、Aに加勢しようとして来てほうきやモップの柄をもったAの仲間が3人もいて、そのうち、モップの柄を持ったEは、Dの頭部をモップの柄で殴打したりしたこともある当時のその場の状況等からすると、Bに対する被告人の右突刺行為は、Bが同居室から廊下に出ようとしていた際になされたものであることを考慮に入れても、Bを含む同居室への侵入者を排斥して、被告人及び同室の居住者のDの身体に対する現在の危険を排除するためになされたものというべきである
  • その防衛の程度も、被告人の所為が被告人に背を向けて同室の入口から室外に出ようとしていたBの背後からその背部を刃体の長さ約10.5センチメートルのラシャ鋏で突き刺したものではあるが、当時、同居室内ではその居住者のDが侵入者の一人であるAと抗争しており、片や同居室前の廊下では箒やモップの柄を持った者もいる侵入者の仲間が3人も蝟集していて、そのうちの1人は、現に被告人の右所為の直前にDに対する攻撃に加わっていたところであって、客観的に見て同人らが再度攻撃して来る可能性も否定し得ない状況であったことを考慮すると、社会通念に照らし、法秩序全体の見地から見て防衛行為としての相当性を未だ逸脱していないというべきである
  • 被告人のBに対する右所為は、盗犯等の防止及び処分に関する法律1条1項の3号の正当防衛行為に該当し、結局、違法性を阻却して罪とならないものといわなければならない

と判示しました。

東京地裁判決(平成9年2月19日)

 被害者B、被告人宅の出入口の板戸の鍵を損壊し、斧でガラス戸を打ち破るなどして侵入したが、途中で逃げ出し、被告人が、逃げ出したBを追いかけ、その背部を包丁で突き刺して殺害した事案について、盗犯等防止法1条1項の「現在の危険」が消滅したとはいえないとしつつ、同法1条1項の正当防衛は相当性を欠き成立しないが、刑法36条2項過剰防衛が成立するとした事例です。

 裁判官は、

  • 被害者Bが覆面や手袋をして被告人の居室に侵入した上、被告人にナイフを突き付けており、右行為が被告人の生命及び身体に対する急迫不正の侵害または盗犯等の防止及処分に関する法律1条1項にいう「現在の危険」に当たることは明らかである
  • しかし、被告人が本件行為に及んだのは、被告人の居室から約4.5メートル離れた□荘2階の階段踊り場であり、また、この時点では、Bは、既に被告人に対してナイフを突き付けるのを止め、被告人に背を向けていたことが認められる
  • 検察官は、この点を捉えて、被告人は、逃げ出したBを追いかけて包丁を突き刺したものであり、右時点においては、Bが被告人を攻撃するような状況にはなかったのであるから、急迫不正の侵害または「現在の危険」は既に消滅していたと主張する
  • 確かに、Bが被告人の居室から走り去り、全く振り向かない状態で被告人に背中を刺されていることからすると、Bは被告人が包丁を手にしたのを見て、被告人の居室から逃げ出したものと認められる
  • しかし、被告人の居室と階段踊り場の間はわずか約4.5メートルの距離にすぎず、Bが逃げ出してから被告人がBを刺すまでの時間も、せいぜい数秒間である
  • そして、その直前のBの行為は、隣室の住人らが留守の白昼の共同住宅に、覆面、手袋姿で被告人の居室に侵入した上、折り畳み式ナイフの刃先を被告人の腹部付近に突き付け、被告人がナイフを奪い取ろうとしたことに対しても、これに屈せず、被告人ともみ合いになり、その際、被告人の手指に傷を負わせたというものであり、被告人の生命、身体への危険性が高度なものであった
  • また、Bは、被告人の居室から逃げ出した際も、自己の行為について、被告人に対して、謝罪したり、今後加害する意図がない旨を表明するなどの言動にでたとは認められない上、被告人に向けるのはやめたとはいえ、なおナイフを持ったままであった
  • そうすると、本件において、Bが背中を向けて被告人の居室から走って逃げたという一事をもって、直ちに急迫不正の侵害または「現在の危険」が消滅したとはいえない
  • また、被告人の刺突行為は、右のような短時間での一連の行為としてなされたもので、被告人に危険の排除以外に右行為に及ぶ動機が認められない以上、防衛または危険排除の意思でされたものと認められる
  • そして、被告人が刺突行為に及んだ階段の踊り場は、被告人の居室の外ではあるが、居室からわずか約4.5メートル離れているにすぎず、構造上、□荘の一部である上、右階段は□荘2階の各部屋から外へ出るための唯一の通路であることなどに照らせば、被告人の刺突行為は、盗犯等の防止及処分に関する法律1条1項3号にいう「故なく人の住居」に「侵入したる者」の「排斥」の行為と認められる
  • そこで、防衛行為としての相当性についてみるに、被告人の刺突行為の際には、既にBは被告人に背を向けて逃げ出し、階段を下りようとしていたのであるから、Bが被告人の居室に侵入してナイフを被告人に突き付けた時点と比べれば、「現在の危険」が微弱なものになっており、被害者が振り向いて被告人を刺突するほどの強度の危険はなかったものと認められる
  • しかも、被告人は、Bが、被告人の方を振り向くこともなく走り去ろうとしていることを認識していたもので、右のような強度の危険のないことを分かりながら、被害者の背中という身体の枢要部を包丁で強く突き刺したことが認められ、右危険の程度に照らし、被告人の刺突行為は防衛行為としての相当性を欠いていたと言わざるをえない
  • 結局、被告人の行為は、防衛行為の相当性を欠き、盗犯等の防止及処分に関する法律1条1項の正当防衛の適用はなく、刑法36条2項の過剰防衛が成立するに留まる

と判示し、過剰防衛が成立するとしました。

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