刑法(殺人罪)

殺人罪(2) ~「不作為による殺人」を解説~

不作為による殺人

 殺人罪(刑法199条)は、不作為によっても成立します。

 不作為(行動しないこと)によって行われる犯罪を不作為犯といいます。

 殺人罪は作為犯(行動することによって実現する犯罪)ですが、不作為(行動しないこと)によって実現しうる犯罪の代表格です。

 例えば、母親が、自分の赤ちゃんを殺そうとして、授乳しないで餓死させた場合、不作為による殺人罪が成立します。

 「人を殺す」という目的を「不作為(何もしないこと)」によって実現するのです。

 『母親は、赤ちゃんの命に対して責任を負う立場にあり、赤ちゃんを餓死させないように授乳する法的義務がある』という考え方がとられます。

 よって、「授乳しない」という不作為は、単に何もしないということではなく、

法的義務に違反する行為をした(殺人行為をした)

とされるのです。

 なお、不作為犯の詳しい説明は前の記事をご覧ください。

不作為よる殺人の判例

 不作為による殺人を認めた判例として、以下のものがあります。

大審院判決(大正15年10月25日)

 実父が離別した妻から引き取った嬰児に、殺意をもって授乳せず餓死させた事案で、不作為による殺人罪が成立するとしました。

名古屋地裁岡崎支部判決(昭和43年5月30日)

 妻に家出された父親が、満1歳に満たない長男に、未必の殺意をもって何らの飲食物を与えず餓死させた事案で、不作為による殺人罪が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和35年2月17日)

 仮死状態で私生児分娩した母親が、嬰児の生命を断つ意思をもって、保温措置、人工呼吸などの保護措置や蘇生術を全く施さず放置した事案で、不作為による殺人罪が成立するとしました。

福岡地裁久留米支部判決(昭和46年3月8日)

 便所内で私生児を分娩した母親が、便槽内に生み落としたことに気づきながら、放置して窒息死させた事案で、不作為による殺人罪が成立するとしました。

前橋地裁高崎支部判決(昭和46年9月17日)

 下半身不随で歩行不能の老齢の被害者をだまして自動車に乗せ、寒さの厳しい冬の深夜に、人家から離れた人気のない積雪のある山中に連れ出し、所持金を奪ったうえ、同所に放置すれば凍死若しくは川に転落して溺死するかもしれないことを認識しながら、所持金奪取の犯行が発覚するのを恐れるあまり、連れ帰らず同所に放置したが、被害者がはって山小屋にたどり着き生命は助かったという事案で、不作為による殺人未遂罪が成立するとしました。

東京地裁八王子支部判決(昭和57年12月22日)

 自己の居宅に居住させていた従業員に対し、暴行を加えて鼻骨骨折などの傷害を負わせた雇主が、その傷害のため高熱を発し、食欲を失い、意識も判然としなくなるなど重篤な症状を呈するに至った従業員に、医師による適切な治療を加えれば死の結果を予防することが可能であるのに、傷害の事実が発覚するのを恐れて死亡するもやむなしと考え、医師の治療を受けさせず、自宅にあった化膿止めの薬品等を投与するにとどめたため、死亡するに至らせたときは、殺人罪が成立するとしました。

名古屋地裁判決(平成9年3月5日)

 集団で被害者に一連の執拗な暴行を加え、瀕死の傷害を負って自力では行動できなくなった被害者を河川敷に遺棄して死亡させた事案で、先行行為に基づく救護義務があったとして不作為による殺人罪が成立するとしました。

最高裁決定(平成17年7月4日)

 手の平で患者の患部をたたいてエネルギーを患者に通すことにより自己治癒力を高めるという「シャクティパット」と称する独自の治療を施す特別の能力を持つなどとして信奉者を集めていた被告人が、脳内出血で病院に入院していた被害者につき、その息子から、その独自の治療を依頼され、同人らに指示して被害者を病院から運び出させ、そのままでは死亡する危険があることを認識しながら、たんの除去や点滴等の生命維持のために必要な医療措置を受けさせないまま、たんによる気道閉塞に基づく窒息により死亡させたという事案です。

 被告人は、自己の責めに帰すべき事由により、被害者の生命に具体的な危険を生じせた上、被告人を信奉する息子から被害者に対する手当てを全面的に委ねられた立場にあったものと認められるところ、被告人は、被害者の重篤な状態を認識し、これを自らが救命できるとする根拠はなかったのであるから、直ちに生命を維持するために必要な医療措置を受けさせる義務を負っていたとして、未必の殺意に基づく不作為による殺人罪が成立するとしました。

次の記事

①殺人罪、②殺人予備罪、③自殺教唆罪・自殺幇助罪・嘱託殺人罪・承諾殺人罪の記事まとめ一覧