これから2回にかけて、重過失失火罪(刑法117条の2)を説明します。
重過失失火罪の規定
重過失失火罪は刑法117条の2に規定があります。
刑法117条の2は、
刑法116条(失火罪)又は刑法117条1項(激発物破裂罪)の行為が業務上必要な注意を怠ったことによるとき、又は重大な過失によるときは、3年以下の禁錮刑又は150万円以下の罰金に処する
と規定します。
刑法117条の2は、
の3つを規定したものであり、
失火罪(刑法116条)と過失激発物破裂罪(刑法117条2項)の加重規定として昭和16年により新設されたもの
です。
構成要件
重過失失火罪の構成要件(犯罪の成立要件)は、
及び
です。
「重大な過失」の意義
学説
重過失失火罪(刑法117条の2)の「重大な過失」の意義については、学説において、二つの基本的な立場が考えられるといわれています。
一つは、
- 結果発生の可能性の認識・予見の有無によって重大な過失と通常の過失を区別しようとするもの
です。
もう一つは、
- 注意義務違反の程度の著しいい場合、すなわち、行為者として極めてわずかの注意を用いさえすれば事実を表象することができ、したがって結果の発生を回避することができたであろうという場合をいうとするもの
です。
学説では、
- 重大な過失を業務上の過失と並べてとくに重く罰する趣旨から考えると、注意義務違反に対する非難可能性の程度、すなわち責任性の程度によって重大な過失かどうかを定めるのではなく、それに先立って、注意義務違反行為じたいの違法性の程度いかんに重大な過失の標準を求むべきである
- 要するに、発火した際に重大な結果を招く蓋然性が大であるか、あるいは発火した際に、公共の危険を生ずるべき物件に延焼する蓋然性が大であって、とくに慎重な態度をとることが要請される事情にあるのに、必要な慎重さを欠いたという場合に、重大な過失と認むべきである
- 一般に、引火性・爆発性の物質を扱う場合の必要な注意の懈怠、可燃性・引火性の物質の存する近傍で火気を用い、あるいは、強風下延焼の危険ある状態で火気を用いる等の場合における過失は、重大な過失と評価されるに値しよう
と述べるものがあり、参考になります。
裁判例
重過失失火罪の過失の意義に言及した裁判例を挙げます。
大阪高裁判決(昭和50年11月19日)
重過失失火罪と失火罪(刑法116条)のどちらが成立するかの考え方を述べた裁判例です。
裁判官は、
- ある違法な結果の発生につき過失犯が成立するか否かを考えるにあたっては、まず第一に構成要件該当性、違法性の問題として、個別的具体的な情況のもとに一般通常人の能力を標準として要求される客観的注意義務に違反する過失行為があったか否かを検討し、次に結果に対する帰責性の問題として、行為者本人の能力(主観的注意能力)の点から右行為による結果発生の予見可能性および回避可能性があったか否かを検討しなければならないのであって、このことは原判決が説示しまた所論も指摘するとおりであるが、その犯行が重過失犯にあたるか普通の過失犯にとどまるかは、行為の構成要件該当性、違法性の問題として、右第一次の検討の段階でのみ決せられる事柄である
- 換言すれば、当時の個別的具体的情況のもとで一般通常人の能力を標準として考えてみた場合に結果の予見可能性(結果発生の危険性)が高く、社会生活上その回避が要求されるとともにそれが容易であり、したがって当該過失行為の客観的注意義務違反の程度が顕著であって違法性が強いとみられ、それが法律上重過失にあたると判断される以上、第二次の帰責性の検討に堪えられる限り、重過失犯が成立するのである
と一般論を述べた上で、
- 本件においては、被告人は、わら束が多数集積され、わらくずも散乱している狭い二階建木造納屋の二階の木の床の上で、なんら危険防止の措置をとらないまま、たきびをするべく、付近から集めたわらくずにマッチで点火したことが証拠上あきらかであって、その行為の客観的注意義務違反の程度は高く、違法性が強度であって、それ自体重大な過失に該当するというに十分である
- 被告人は犯行当時心神耗弱の状態にあったとはいえ、その主観的注意、能力の点において右過失行為による本件結果発生の予見可能性およびその回避可能性に欠けるところはなかったと認めることができる
と判示し、重過失失火罪が成立するとしました。
東京高裁判決(昭和51年6月29日)
重過失失火罪と過失罪とを区別する基準について述べた裁判例です。
裁判官は、
- 重過失と単純過失とを区別する基準について考えてみるに、重過失に関する刑法中の規定が比較的新しいせいもあって、未だ必ずしも定説をみないところであるが、少なくとも普通人の払うべき注意義務を著しく怠った場合あるいは行為の法益に対する危険性が社会生活上著しく高く違法性が強度な場合には、重過失に当たると解するのが相当である
- 原判示朝日会館は、付近に映画館、飲食店等の密集する繁華街にあり、その構造も、地上7 階地下2階建の鉄筋耐火構造の新館と地上2 階建の木造モルタル造りの旧館とを継いだ建物で、各階に店舗、貸事務所等のある、いわゆる雑居ビルであり、火災予防上、構造ないし管理に問題のあるものであったこと、ことに「セシポン」では、防火上の観点から原則として店舗内の宿泊は認めていなかつたこと等からして、本件被告人のような事由、目的では宿泊すべきではないことはもちろん、木造の旧館内で火気を取扱う際には、とくに慎重な配慮が必要であって、本件のような方法、形態で、酔余就寝するにあたり、電気ストープを通電したまま放置することは、就寝中、相当時間にわたり、電気ストーブを人の制御し得ない状態に置くもので、それ自体極めて危険性のある行為であり、右行為による危険性は、普通人である被告人において容易に予見可能なことであり、右危険を回避するには、まず、電気ストーブを使用しないこと、使用する以上は椅子ベッドから相当な距離を置いて設置し、トレンチコートを掛けるにしても、これがずり落ちて電気ストープに加熱され発火することのないようにしたうえ、就寝すべきであり、然るに、被告人は、酔余、就寝したい一心から、以上のように実行が極めて容易であるのにわずかな注意をも払うことなく最小限の結果発生の回避措置をとらず、漫然椅子ペッドからわずか30センチメートルの至近場所に電気ストーブを設置、通電し、身体にトレンチコートを掛けたまま眠り込み、原判示のような重大な結果を引き起したものである
- 以上の諸点にかんがみれば、被告人の本件行為は、普通人の払うべき注意義務を著しく怠ったものであり、かつ、その行為の法益に対する危険性も社会生活上著しく高く、違法性の程度の重大なものであったと認めるに十分である
と判示し、重過失失火罪を認定しました。
東京高裁判決(昭和62年10月6日)
被告人が経営する中華料理店から火を出し、同店及びその2階の麻雀荘を全焼させ、麻雀客4名を焼死させるとともに、1名を負傷させ、さらに3世帯の住むアパートに延焼させた事案につき、重過失失火罪、重過失致死罪等が成立した事例です。
裁判官は、
- まず、重過失失火罪及び重過失致死傷罪における「重大なる過失」とは、建物等の焼燬(焼損)や人の死傷の結果がその具体的な状況下において通常人として容易に予見できたのに、これを怠り、あるいは、結果を予見しながら、その回避の措置をとることが同様容易であったのに、これを怠ったというような注意義務の懈怠の著しい場合を指すものと解するのが相当であり、いわゆる認識のある過失をもって重過失であるとする所論の見解を採ることはできない
- けだし、法が重過失の場合を通常の過失の場合よりも重く処罰すべきものとしているのは、前者の方が後者よりも過失の程度がより重く、責任の程度がより重いと評価されるからであると解されるところ、結果についての予見がある場合がそうでない場合に比べて、一般的に過失の程度が重いということはできず、予見のない場合においても予見すべき義務の懈怠の著しいことがあり、また、予見のある場合においても結果の回避が必ずしも容易でないことがありうるからである
- 被告人は、当時本件ストーブのつまみを消火位置に回しても直ちに炎が消えないことを知つていたのであるから、給油にかかるときに、まだ右炎が残っていることを予見することが極めて容易であったうえ、本件サイフォンを使って本件灯油缶から三角カートリッジに灯油を給油するにあたり、適時にサイフォンの電源を切らなければ灯油が三角カートリッジからあふれ出て、その灯油に本件ストーブ内の残炎が何らかの経路を経て着火し、建物の焼燬、ひいては人の死傷等の大事に至ることになるかもしれないことを通常人として容易に予見することができる
- また、サイフォンを引き抜くにあたっても、急激にこれをすればサイフォン内の灯油が飛び散り、これに本件ストーブ内の残炎が着火し、周囲の可燃物の状況のいかんによっては同様の大事に至ることになるかもしれないことも同様容易に予見することができたと考えられる
- そして、そのような重大な結果を回避するためには、被告人として、本件ストーブが完全に消火したのを確認した後に給油作業をするか、あるいは、三角カートリッジへの給油中はこれを見守り、万がーにも灯油が床面に溢れ出るようなことのないように適時にサイフォンの電源を切り、これができなかつたときは、内部の灯油が飛び散らないようにサイフォンを止めるべきであり、そのいずれもが極めて容易であったことが明らかである
- そうすると、本件に際し、被告人が本件ストーブ内からの火気が消失したことを確認せずに、その付近で給油を始めたうえ、三角カートリッジへの給油中その監視を怠り、床面に灯油をあふれ出させ、あまつさえそのような危険な状況下においてサイフォンを急激に引き抜いたため、本件ストーブ内の残炎がサイフォソから落ちた灯油を介して床面の灯油に着火するに至ったのであるから、この間の被告人の行為は全体として重過失に当たるということができる
と判示し、重過失失火罪が成立するとしました。
高裁判決(平成元年2月20日)
被告人が、石油ストーブのカートリッジ式燃料タンクに、 白灯油を注入すべきところ過ってガソリンとオイルの混合油を注入して点火したため、右ストーブを激しく燃焼させ、ストーブの置いてあった家屋2階を全焼させたという事案で、重過失失火罪に問われたものです。
裁判官は、
- 重過失失火罪が成立するためには、その注意義務の懈怠が重大であること、換言すれば、軽度の注意を払えばその結果の発生を防止し得たのにかかわらず、これを怠ったという場合でなければならないことも、また、いうまでもないところである
- 本件被告人は、前記のとおりポリタンクが当初とは異なった場所にあって、内容液の色及び量が異なっていたこと、この点、被告人も認識していたこと、同僚からガソリンではないかとの声を掛けられたこと、注入の際、混合油をこぼしたため強い刺激臭がしていたことなどの経過を経てストーブを使用するに至ったものであり、このような経過を経て石油ストーブに燃料を注入すべき立場におかれた者は、当然に自己がストーブの燃料として使用しようとしている液体が灯油以外のものではないかという疑いを抱くべきであり、その意味でストーブに点火する際において、その液体が灯油か否かを確認すべき一般的注意義務があることはいうまでもなく、かつ、それは、本件における前記の経過に徴すれば、被告人としてはわずかな注意を払えばその違いに気付き、容易に危険を避け得たものといえるから、これを怠った被告人の原判示所為を重過失とした原判決の法令の適用は、正当として肯認すべきである
と判示し、重過失失火罪が成立するとしました。