前回の記事の続きです。
この記事では、
- 恐喝罪と収賄罪・贈賄罪の関係
- 詐欺罪と収賄罪・贈賄罪の関係
- 事前収賄罪と詐欺罪の関係
を説明します。
① 恐喝罪と収賄罪・贈賄罪の関係
公務員が職務に関し、恐喝的手段で金品を得た場合について、『恐喝罪(刑法249条)』と『収賄罪(単純収賄罪:刑法197条1項前段又は受託収賄罪:刑法197条1項後段)』の関係を説明します。
学説は、
- 恐喝罪のみの成立を認める説
- 恐喝罪と収賄罪の観念的競合を認める説
- 公務員に職務執行の意思があれば、恐喝罪と収賄罪との観念的競合が成立し、その意思がなければ、恐喝罪のみ成立するとする説
とに分かれています。
判例の見解も事案に応じて異なります。
恐喝罪のみの成立を認めた判例(①説の立場)
恐喝罪のみの成立を認めた判例として以下のものがあります。
大審院判決(昭和2年12月8日)
裁判所は、
- 官吏がその職務の執行に関する事項をもって人を恐喝し、被害者はその職務執行を中止せしむるため金品を供与したる場合といえども、犯人の所為は恐喝取財罪にして収賄罪に非らず
と判示し、恐喝罪の成立のみを認めました。
大審院判決(明治42年2月4日)
裁判所は、
- 公務員がその職務を執行するの意思なく名をその執行に籍り、もって人を恐喝し財物を交付せしめたる場合においては、たとえ被害者においては公務員の職務に対し財物を交付するの意思に出でたるときといえども、犯人の所為は収賄罪を構成せずして恐喝罪を構成するものとす
と判示し、恐喝罪の成立のみを認めました。
上記2つの判例が恐喝罪のみを認めた理由は、犯人の意思が恐喝にあって、賄賂として受けるものでないことにあります。
恐喝罪と収賄罪の観念的競合を認めた判例(②説の立場)
相手方が意思決定の自由を失わない事案について、恐喝罪と収賄罪の観念的競合を認めた以下の判例があります。
大審院判決(昭和10年12月21日)
裁判所は、
- かくの如き場合、Aらの賄賂要求の行為が時に、あるいは一面恐喝罪を構成すべき要件を具備することあるべしといえども、そのこれあるの故をもって他面賄賂罪の成立を否定すべきに非ず
と判示し、恐喝罪と収賄罪の観念的競合を認めました。
恐喝罪と賄賂罪とは、保護法益を異にすることからも、観念的競合が成立するとする立場は正しいとされます。
公務員に職務執行の意思があれば、恐喝罪と収賄罪との観念的競合が成立し、その意思がなければ、恐喝罪のみ成立するとした判例(③説の立場)
裁判所は、
- 人を恐喝して財物を交付せしめる場合には恐喝罪が成立する
- 本件のように公務員がその職務を執行するの意思がなく、ただ名をその職務の執行に籍りて、人を恐喝し財物を交付せしめた場合には、たといその被害者の側においては公務員の職務に対し財物を交付する意思があったときといえども、当該公務員の犯行は、収賄罪を構成せず恐喝罪を構成するものと見るを相当とする
- すなわち、被害者の側では公務員たる警察官に自己の犯行を押さえられているので処罰を怖れて財物の交付をするのであって、全然任意に出た交付ということはできないから、恐喝罪のみを構成するのである
と判示し、③説の考え方で恐喝罪のみの成立を認めました。
この判決が恐喝罪のみを認めた理由とするところは、
- 公務員の側において、職務の執行の意思のないこと
- 相手側において、任意に交付するものではないこと
の2点をあげています。
逆にいえば、この判決は、公務員の側に職務執行の意思があり、相手方にも、意思の自由がある場合に、収賄罪(したがって、収賄罪の必要的共犯の関係にある贈賄罪も)が成立する場合のあることを否定するものではありません。
福岡高裁判決(昭和44年12月18日)
裁判所は、
- 公務員が職務に関して恐喝的方法によって相手方を畏怖させて財物を交付させた場合、恐喝罪の成立することはもちろんであるが、相手方が畏怖により意思の自由を全く失ってしまったような場合は別として、相手方に不完全ではあっても、なお、財物を交付すべきか否かを選択するに足る意思の自由が残っている場合には賄賂罪も成立し、当該公務員については恐喝罪と同時に収賄罪が成立し、右両罪の関係は一所為数法の関係にあるものと解すべきである
と判示し、③説の立場を採る見解を示しました。
観念的競合として恐喝罪と収受罪の両方が成立するとした場合は、贈賄罪も成立することとなる
収賄罪(単純収賄罪又は受託収賄罪)と贈賄罪は必要的共犯の関係に立つので、観念的競合として恐喝罪と収受罪の両方が成立するとした場合は、相手方には贈賄罪が成立する必要があります。
例えば、公務員が職務に関し、恐喝的手段で賄賂を約束(単純収賄罪の賄賂約束罪)又は収受し(単純収賄罪の賄賂収受罪)、相手方が瑕疵があるとはいえ、任意の意思でこれに応じて賄賂の供与を約束し(贈賄罪の賄賂供与罪)又は賄賂を供与した場合には(贈賄罪の賄賂供与罪)た場合には、
- 公務員側に「単純収賄罪の賄賂約束罪」又は「単純収賄罪の賄賂収受罪」が成立する
- 相手側に「贈賄罪の賄賂供与罪」又は「贈賄罪の賄賂供与罪」が成立する
となります。
判例(最高裁決定昭和39年12月8日)も、
- 贈賄罪における賄賂の供与等の行為には、必ずしも完全な自由意思を要するものではなく、不完全ながらも、いやしくも贈賄すべきか否かを決定する自由が保有されておれば足りる
としています。
② 詐欺罪と収賄罪・贈賄罪の関係
詐欺罪と収賄罪(単純収賄罪又は受託収賄罪)との関係についても、恐喝罪の場合と同じに解されています。
学説も同様です。
贈収賄罪と詐欺の関係では、贈賄者側が詐欺の被害者である旨の主張が行われた以下の事例があります。
いずれの事例も、贈賄者側が贈賄の罪責を免れようとして詐欺の被害者を主張したものであり、詐欺の成否自体が問題となったものではありません。
大審院判決(昭和15年4月22日)
裁判所は、
- Hにして判示の如き金融仲介業者たる被告人に対し、かかる申込を為したりとするも本件の如く贈賄者たる同被告人の職業と交渉を有する職務にある以上、その間における金員の授受はいわゆる職務に関するものたるを失わざるものとす
- 蓋し贈賄者たる同被告人が判示の如く金員の交付を為すに至れば、県吏員たる亡Hの職務につき自己の職業と交渉あり請託謝礼又は将来の便宜等を考慮におきたるものと解するを妥当とすればなり
- 故に右の場合、被告人Wにおいて所論の如く詐欺の被害者なりと論じて贈賄の罪責を兔れしむべき非らず
と判示して、詐欺罪の成立があるとしても、贈賄罪の成立を否定するものではないとしました。
高松高裁判決(昭和30年5月31日)
裁判所は、
- 所論(※弁護人の主張)は、本件はS(※収賄者)が岡山行の必要がなく、また岡山行の意思もないにかかわらず殊更岡山行の必要を説き、農林省岡山農地事務局への旅費として被告人を欺罔し収賄を仮装して被告人より二ロ合計3万円を詐取したものであって、被告人はむしろ詐欺の被害者であり、最早賄賂罪の成立する余地はないと主張するのであるが、なるほど原判決に掲げる証拠からもまた当審の証拠調の結果によっても本件2万円についてはFを通じSから被告人に対し所論旅費の請求のあったことはこれを肯認できるのみならず、Sがその後右 旅費を使って被告人の為に前記岡山農地事務局に赴いたかどうか当審証人Sの証言からも頗る曖味であることは所論の通りであるが、しかし他方右証拠によって被告人としてもこれが要求に応じたとはいえ、その旅費をも含め原判示のようにSの尽力に対する謝礼として、任意前記二ロの出損を為したことは優にこれを肯認できるのみならず、右金額がいずれも所論の旅費のみとしては多額に過ぎ、なおその後、これが精算も為されていない事情等から見ても、そこに旅費をも含めこれを賄賂として供与する被告人の犯意が窺われるので、仮にSに所論のような欺罔の意思があったとしても、同人の職務に関し被告人が賄賂としてこれを供与した以上贈賄罪の成立を妨げるものでない
と判示し、贈賄者側の金を渡したのは賄賂ではなく、詐欺で欺罔されたためであるという弁解を斥けました。
③ 事前収賄罪と詐欺罪の関係
公務員となる見込みも相当程度の確実性もなく、その意思もないのに、請託を受けて賄賂を収受すれば、一般的には詐欺罪が成立すると解されています。
その後、たまたま請託を受けた職務を担当する公務員となった場合も、公務員となる相当程度の確実性のなかった限りは、詐欺罪のみが成立すると解されています。
公務員となる相当程度の確実性があった場合については、詐欺罪は成立しないのが通常と考えられるので、事前収賄罪のみが成立すると解されています。