刑法(公然わいせつ罪)

公然わいせつ罪(1) ~「公然わいせつ罪とは?」「保護法益」「『公然』の意義」を判例で解説~

 これから4回にわたり公然わいせつ罪(刑法174条)について解説します。

公然わいせつ罪とは?

 公然わいせつ罪(刑法174条)とは、

不特定多数の人の目に触れるような場所で、公然とわいせつな行為をする罪

です。

保護法益

 公然わいせつ罪の保護法益は、社会的法益であり、

社会の健全な性秩序ないし性的風俗

を保護法益とします。

 強制性交等罪強制わいせつ罪が、個人の性的自由を侵害する犯罪としてとらえられている反面、公然わいせつ罪は、社会の健全な性秩序を乱す風俗犯として位置付けられています。

 具体的に何が健全な性秩序であり、何が健全な性的風俗であるかは、その時代における一般人・通常人を基準として、健全な性秩序とは何か、健全な性的風俗とは何かを決定する以外に合理的な方法はないと考えられています。

「公然」の意義

 「公然」とは、

不特定又は多数の人が認識することのできる状態

をいいます(最高裁決定 昭和32年5月22日)。

 この定義が意味するところは、

  • 公衆の面前であることを要しない
  • 現実に不特定又は多数人が認識したことも必要ではなく、不特定又は多数人が認識できる可能性があれば足りる

ということです。

 したがって、

  • 少数人であってもそれが不特定であれぼ「公然」に該当する
  • 特定していても、それが多数人であれば「公然」に該当する

ということになります。

公然性が肯定された判例

 公然性が肯定された判例として、以下のものがあります。

最高裁決定(昭和31年3月6日)

 夜間、一定の部屋を密閉し、不特定多数の人を勧誘した結果、集まった数十名の客の面前でわいせつ行為をした事案です。

 裁判官は、

  • 不特定多数の人を勧誘した結果、料亭において集まったそれぞれ数十名の客の面前で判示の所為に及んだことが認められるので、第一審判決事実認定の部にいわゆる数十名の客とは不特定の客の趣旨であると解せられる
  • 従って、右所為がたとえ夜間一定の部屋を密閉してなされたとしても公然わいせつ罪の成立を妨げるものではない

と判示し、密閉された一室において、不特定多数の数十名の面前でわいせつ行為したことについて、公然わいせつ罪の成立を認めました。

東京高裁判決(昭和33年7月23日)

 裁判官は、

  • 不特定多数の客を勧誘し、これに観覧の機会を提供しているのであるから、たとえ会員組織のごとく半ば秘密に会員券を売り、会場は外部の人の出入りを許さず、客同士もほとんどお互に分からず、未成年者は入場しなかったとしても、それが刑法上いわゆる公然となされたものに該当すること論をまたない

と判示し、公然わいせつ罪の成立を認めました。

大阪高裁判決(昭和30年6月10日)

 通行人中から適宜見物客を誘い、料金を徴収して旅館の一室で性行為の実演を観覧させた事案です。

 まず、被告人の弁護人は、

  • 刑法第174条にいわゆる公然とは、不特定の衆人に認知せられる状態をいうのであって、特定の少数人のみが認識し得るに過ぎない状態をいうのではない
  • 従って本件の場合、その性交実演の場所は、公開又は開放せられていない旅館Aの2階6畳の密室内であり、又その見物客も一定の料金を支払うことにより特定した最少2名ないし最多5名の比較的少人数であって、特に原判示の別紙一覧表記載四の場合における見物客は警察職員ばかりの特定の少人数であったのであるから、かような状況における性交の実演は到底公然とはいえない
  • また、たとえそれが反覆する意図の下に行われたものであるとしても、それだけの理由で当然に公然性を具有するに至るいわれはない
  • 従って、本件被告人らの各所為につき公然わいせつ罪の成立を認めた原判決には理由のくいちがい又は不備あるいは法令の解釈適用を誤った違法がある

と主張しました。

 この主張に対し、裁判官は、

  • 按ずるに、生物は生殖の本能と種族保存の本能を有するのであって、人類もまた生物の一種としてこの本能に支配せられ、性交によって永遠の生命を保持するのである
  • 従って、性的行為は社会の存在する根本条件であるから、性的道徳は古来から保護せられて来たのであるが、他面、性欲を刺げきし満足せしめる行為が社会の健全な性感情、善良な風俗を害し、社会の秩序を破壊する場合には刑法の干渉を受けることとなるのであって、刑法第174条もまたこの意味から設けられている規定である
  • 従って、同条にいわゆる公然の意味も右の趣意に則り解釈せられなければならないのであって、この趣意を離れ、単に文字の末節のみにとらわれた解釈態度は、同条本来の使命と目的とを忘却するものといわなければならない
  • 従って、この見地に立って同条を解釈すると、同条にいわゆるわいせつの行為とは、性欲の刺げき満足を目的とする行為であって、他人に羞恥の情を懐かしめる行為をいうのである
  • また、公然とは、不特定又は多数人の認識し得べき状態をいうのであって、必ずしも現に不特定又は多数人に認識せられることを要しないのである
  • 従って、特定の少数人のみの認識し得る状態においては、原則として公然とはいい得ないのであるが、もしそれが現に特定の少数人か認識し得るにすぎない状態にあるにせよ、偶発的に行われたものではなく、一定の計画の下に反覆する意図をもって不特定人を引き入れ、これを観客として反覆せられる可能性のあるときは、上記の趣意から見て、不特定又は多数人の認識し得べき状態であると解すべきである
  • 従って、この場合には、公然性を具有するに至るものとしなければならないのである
  • 本件について考えて見るに、被告人B及び相被告人C、D、Eらは、相談の上、いわゆる「のぞき」を計画し、Cがこれを被告人F及び相被告人Gに打ち明けて、その承諾を得、右C、D及びEらが街道の通行人中から適宜見物客を誘い、輪タクに乗せてGの経営する旅館Aの二階に連れ込み、同所において被告人B及び右Fの両名がその客の面前で性交の実演をすることを打合せ、右打合せに基き、反覆累行する意図の下に、本件の各わいせつ行為が行われたものであることが明らかである
  • たとえその性交実演の場所が、旅館の密室であり、またその見物客が2名ないし5名の比較的少数人であったとしても、それが不特定又は多数人の認識し得べき状態で行われた公然のものであると解せられるのであり、又原判示の別紙一覧表記載四の場合についても、その連れ込んだ見物客がたまたま被告人らを検挙する意図の下に内偵していた警察職員であったというに止まり、その連れ込み方法、被告人らの意図等において同表記載一、二、三の場合と何ら異るところはなかったのであるから、それが同様公然性を具有するものと認め得べきこと多言を要しない
  • 弁護人の主張は、要するに刑法第174条の真意を正解せず、独自の見解を開陳するびゆう論であるから採用しない
  • よって、以上と同趣旨の下に、被告人の公然わいせい罪の成立を認めた原判決は正当である

と判示し、公然わいせつ罪の成立を認めました。

東京高裁判決(昭和32年10月1日)

 海水浴場に近接する海岸線において、わいせつが行われた事案です。

 裁判官は、

  • 現実には通行人なく、ただ現場より東方海上約300mの地点を遊覧船が一隻通行したに過ぎないとしても、不特定又は多数人の通行し、若しくは認識し得る可能性のある場所で本件わいせつの行為に出た以上、刑法所定の公然わいせつの罪の責を免れない

と判示し、公然わいせつ罪の成立を認めました。

公然性が否定された判例

 公然性が否定された判例として、以下のものがあります。

静岡地裁沼津支部(昭和42年6月24日)

 わいせつ行為を見た者が、

  • 被告人の知事と麻雀仲間の合計4名(観覧者①)
  • 被告人の兄弟と被告人夫婦のなこうどの子らの合計4名(観覧者②)

であった事案です。

 裁判官は、

  • 観覧者が特定人であるかどうかは、行為が営利本位でないかどうかということだけによって決まるのではなく、当該行為ごとの具体的事情のもので行為者と観覧者との間に、単にその場の、いわば無名的な『見せる者』と『見る者』という以上の個人的関係の存否等を考慮して決すべきである
  • 本件において、前記のような事実関係(※上記被告人との人間関係)が認められる以上、本件①及び②の各観覧者らは特定していると見なければならない

と判示し、観覧者が不特定ではなく、特定されているとして、公然わいせつ罪の成立を否定しました。

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公然わいせつ罪の記事一覧(全4回)

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公然わいせつ罪(2) ~「わいせつ行為の意義」を判例で解説~

公然わいせつ罪(3) ~「故意」「既遂時期」「罪数」を判例で解説~

公然わいせつ罪(4) ~「共同正犯」「幇助犯」を判例で解説~