刑法(公務執行妨害罪)

公務執行妨害罪(10) ~職務行為の適法性が認められた事例④「任意捜査における警察官の有形力の行使の事例」を解説~

公務執行妨害で警察官の職務行為の適法性が認められた事例④

任意捜査における警察官の有形力の行使の事例

 公務執行妨害罪(刑法95条第1項)に関し、任意捜査における警察官の有形力の行使の適法性を認め、その職務を妨害すれば、公務執行妨害罪が成立するとした事例として、以下のものがあります。

最高裁決定(昭和51年3月16日)

 警察官が、酒酔い運転の罪の疑いが濃厚な被疑者を同意を得て警察署に任意同行し、被疑者の父を呼び、呼気検査に応じるよう説得を続けるうちに、被疑者が、「母が警察署に来ればこれに応じる」旨を述べたので、連絡を被疑者の父に依頼して、母の来署を待っていたところ、被疑者が急に退室しようとしたため、その左斜め前に立ち、両手でその左手首をんだ行為について、職務の適法性を認め、その職務を妨害すれば、公務執行妨害罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 捜査において強制手段を用いることは、法律の根拠規定がある場合に限り許容されるものである
  • しかしながら、ここにいう強制手段とは、有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて、強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠がなければ許容することが相当でない手段を意味するものであって、右の限度に至らない有形力の行使は、任意捜査においても許容される場合があるといわなければならない
  • ただ、強制手段にあたらない有形力の行使であっても、何らかの法益を侵害し、又は侵害するおそれがあるのであるから、状況のいかんを問わず、常に許容されるものと解するのは相当でなく、必要性、緊急性なども考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容されるものと解すべきである
  • これを本件についてみると、A巡査の行為は、呼気検査に応じるよう被告人を説得するために行われたものであり、その程度もさほど強いものではないというのであるから、これをもって、性質上、当然に逮捕その他の強制手段にあたるものと判断することはできない
  • また、右の行為は、酒酔い運転の罪の疑いが濃厚な被告人をその同意を得て警察署に任意同行して、被告人の父を呼び呼気検査に応じるよう説得をつづけるうちに、被告人の母が警察署に来ればこれに応じる旨を述べたので、その連絡を被告人の父に依頼して母の来署を待っていたところ、被告人が急に退室しようとしたため、さらに説得のためにとられた抑制の措置であって、その程度もさほど強いものではないというのであるから、これをもって捜査活動として許容される範囲を超えた不相当な行為ということはできず、公務の適法性を否定することができない

と判示し、本件職務の適法性を認めました。

最高裁決定(昭和59年2月13日)

 集団の一員が、警備中の警察官に暴行を加え、その職務の執行を妨害するとともに傷害を負わせ、その集団にまぎれ込んだ場合において、警察官が、その犯人を探索して検挙するため、歩行中のその集団を6、7分間にわたり停止させた行為について、職務の適法性を認め、その職務を妨害すれば、公務執行妨害罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 本件警察官の行為は、当時、犯罪発生後、間がなく、かつ、被害警察官が犯人の人相特徴を明確に記憶しているなど、犯人検挙の可能性がぎわめて高い状況にあり、また、集団が四散する直前で、犯人検挙のためには、直ちに集団を停止させて、その四散を防止する緊急の必要があり、しかも、その方法が停止を求めるための説得の手段の域にとどまるなどの本件事実関係のもとにおいては、犯人検挙のための捜査活動として適法な職務執行にあたる

と判示しました。

東京高裁判決(昭和53年5月31日)

 逮捕状の執行に際し、逮捕の妨害を予防するため、その場に居わせた被疑者の属する過激派集団全員の身柄を一時拘束する行為について、職務の適法性を認め、その職務を妨害すれば、公務執行妨害罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • たしかに、通常逮捕状を執行するに際し、同逮捕状の効力として、被疑者以外の者、すなわち第三者の身柄拘束が許されることを法律上直接明示した規定は見当らない
  • しかし、第三者によって被疑者に対する逮捕状の執行が妨害されるおそれがあり、とくに、逮捕状の執行に従事する捜査官の生命・身体に危害が加えられるおそれがあって、右の捜査官において、右のおそれがあると判断するについて相当な理由がある場合には、緊急やむを得ない措置として、逮捕状の執行に必要かっ最少の限度において、相当と認める方法により一時的に右の第三者の自由を制限することができると解するのが相当である
  • 刑事訴訟法が逮捕状の執行という強制措置を認めている以上、これに対する妨害の予防ないし排除のために、右の程度の緊急措置は刑事訴訟法ないし警察官等の職務執行に関する法によって当然に予定し、是認されているものと解すべきであり、このように解する以上、かかる強制手段の対象から第三者を除外すべきいわれはないからである

と判示しました。

次の記事

公務執行妨害罪、職務強要罪、辞職強要罪の記事まとめ一覧