刑法(公務執行妨害罪)

公務執行妨害罪(15) ~「『職務を執行するに当たり』に該当するとされ、公務執行妨害罪の成立が認められた事例と否定された事例」を解説~

 前回の記事の続きです。

「職務を執行するに当たり」に該当するとされ、公務執行妨害罪の成立が認められた事例

 公務執行妨害罪(刑法95条第1項)は、

公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者は、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する

という条文です。

 「職務を執行するに当たり」の意味は、「職務執行中」の意味より広く、「職務執行に際して」という意味です。

 「職務執行に際して」とは、

公務員が職務の執行に着手しようとするところから、公務員が職務の執行を終了した際のところまでの範囲

をいいます。

 「職務を執行するに当たり」に該当するとされ、公務執行妨害罪の成立が認められた事例として、以下のものがあります。

高松高裁判決(昭和48年10月30日)

 生活保護法に基づき生活保護の実施に関する職務を担当している高知県職員が、被保護世帯に対する実態調査を実施するため、被保護世帯に立ち入るに先立ち、従来の慣例に従って部落総代に実態調査を開始する旨の挨拶をすべく同人方に向かっていた際、暴行を受けた事例で、公務員の状況は「職務を執行するに当たり」に該当するとし、それを妨害すれば、公務執行妨害罪の成立するとしました。

 なお、この事件は、部落総代の家の手前約10メートルの地点にまで県職員が達していたところ、被告人らに阻止され、そこから約90メートル離れた所に誘導され、その場所で暴行・脅迫を受けたという事案です。

大阪地裁判決(昭和60年5月8日)

 市立小学校の校長が校務に関する書類を提出するため、これを携えて教育委員会へ赴いて提出する行為は「職務を執行するに当たり」に該当するとし、その行為を妨害すれば、公務執行妨害罪の成立するとしました。

 この判決で、裁判官は、

  • 市立小学校の校長が校務に関する書類を提出するため、これを携えて小学校から市の教育委員会に赴き、同所においてその書類を提出する行為は、これを全体として職務の執行とみるのが相当であり、これを分断して、市の教育委員会において書類を差し出す行為だけが職務の執行であり、その提出のため書類を携えて赴く行為は職務の執行に当たらないとみるのは相当でない

と判示しました。

大審院判決(明治42年4月26日)

 村役場書記が、村税滞納処分として差押済みの鼠入らず1個をその村役場へ運搬するため、被告人宅に至ったが、宅内に入らないうちに暴行を受けた事案で、村役場書記の状況は「職務を執行するに当たり」に該当するとし、それを妨害すれば、公務執行妨害罪の成立するとしました。

 この判決で、裁判官は、

  • 公務員が未だ職務の執行を為し始めざるも、まさにその執行に着手せむとするの場合のごときもまた刑法95条1項にいわゆる『公務員の職務を執行するに当たり云々』とあるに該当するものとす

と判示しました。

福岡高裁判決(昭和30年3月9日)

 差押物件の引揚げに着手しようとして準備中の財務吏員に対する暴行事案で、財務吏員の行為は「職務を執行するに当たり」に該当するとし、その行為を妨害すれば、公務執行妨害罪の成立するとしました。

 この判決で、裁判官は、

  • 公務員が現にその職務の執行中である場合はもちろん、たとい未だ職務の執行に着手しようとして職務の執行を開始する準備中である場合でも、これを知りながらその公務員に対して、職務の執行を妨害するに足る暴行又は脅迫を加えたときは、ひとしく、公務員が職務を執行するにあたり、これに対して暴行又は脅迫を加えたものとして、刑法95条に該当する公務執行妨害罪を構成する

と判示しました。

福岡高裁判決(昭和39年5月4日)

 県教育委員会の職員が、職務執行に着手しようとして講習会場に到着したことは、「職務を執行するに当たり」に該当するとし、それを妨害すれば、公務執行妨害罪の成立するとしました。

福島地裁白河支部判決(昭和35年2月24日)

 小学校教諭が、正規の授業時間の開始15分前になされる学童の自習及び清掃作業を指導監督することは、「職務を執行するに当たり」に該当するとし、その行為を妨害すれば、公務執行妨害罪の成立するとしました。

 この判決で、裁判官は、

  • すでに、教室において平常どおり児童に指示を与えてこれを開始した以上、所定の時間より多少前後することがあっても、公務員が職務の執行に着手したものというべきである

と判示しました。

東京地裁判決(昭和41年6月23日)

 警備中の警察官が、デモ隊に巻き込まれて一時的に身体の自由を失っている状況について、「職務を執行するに当たり」に該当するとし、それを妨害すれば、公務執行妨害罪の成立するとしました。

 この判決で、裁判官は、

  • 刑法第95条第1項の公務執行妨害罪にいう『職務の執行に当たり』とは、公務員がその職務の遂行に直接必要な行為を現に行なっている場合だけを指すものではなく、ひろく公務員が職務執行のため勤務についている状態にある場合をいうものと解すべきである
  • 従って、公務員がその職務に従事中、たまたま自己の意思によらない原因で一時的に身体行動の自由を失い、そのため職務の遂行に直接必要な行為を行うことが事実上不可能な状態に陥ったとしても、同公務員において勤務を放棄したと認められる特別な事情のない限り、これに対し暴行脅迫を加えれば公務執行妨害罪が成立するといわなければならない

と判示しました。

東京高裁判決(昭和31年12月27日)

 公務員が職務執行中、頭部を殴られて倒れ、一時的に職務の執行ができないような状況について、「職務を執行するに当たり」に該当するとし、それを妨害すれば、公務執行妨害罪の成立するとしました。

 この判決で、裁判官は、

  • 刑法第95条第1項の罪は、公務員がその職務を執行するに当たり、犯人において、事実を知りながら、これに対してその職務執行の妨害となるべき暴行又は脅迫を加えることによって成立する犯罪である
  • 公務員がその職務の執行中、その職務執行の妨害となるべき他人の暴行によって昏倒するや、犯人において、右事実を知りながら、同公務員の職務執行を妨害する意図をもって、直ちにその傍らに駆けつけ、同公務員の身体の一部を軍靴のままで数回蹴飛ばしたような場合は、たとえ同公務員において最初の暴行により、一時的に事実上職務の執行ができないような状態にあったとしても、右犯人の所為は、刑法第95条第1項に いわゆる公務員がその職務を執行なるに当り、これに対して暴行を加えた場合に該当なるものと解すべき

と判示しました。

最高裁判決(昭和24年4月26日)

 列車発着17、18分前の小荷物係駅員(民営化前の国鉄職員)の待機について、「職務を執行するに当たり」に該当するとし、その行為を妨害すれば、公務執行妨害罪の成立するとしました。

東京高裁判決(昭和39年7月28日)

 1、2分後に列車の出発合図をするための運転掛Aの待機について、「職務を執行するに当たり」に該当するとし、その行為を妨害すれば、公務執行妨害罪の成立するとしました。

 この判決で、裁判官は、

  • 公務執行妨害罪にいわゆる「公務員の職務を執行するに当たり」とは、公務員が現にその職務を執行中であるばかりではなく、少くともまさにその職務の執行に着手しようとしている場合をも含むものと解すべき
  • Aは国鉄B駅構内南部運転掛詰所勤務の運転掛として、列車の発着に関する事務、特にその内列車の発車合図をする職務を担当していたものであるが、その職務の性質上、次ぎ次ぎに多数の列車の発車合図をしなければならないところから、絶えず待機していなければならない立場にあるものである
  • Aは、いつ何時でもこれを持って列車の発車合図をするために出掛けることができる体勢にあったことが明らであるから、Aは、運転掛として、まさにその職務に着手しようとして待機中のものであって、「その執務の執行に当っていたもの」に当たるものというべきである

と判示しました。

東京高裁判決(昭和52年5月4日)

 派出所における警察官の待機について、「職務を執行するに当たり」に該当するとし、その行為を妨害すれば、公務執行妨害罪の成立するとしました。

大阪高裁判決(昭和51年7月14日)

 学生による派出所襲撃事件につき、派出所内にいた警察官が、たまたま用便中であったとしても、職務の執行中でないとはいえないとして、公務執行妨害罪が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和30年8月18日)

 警察官が警ら中、他人と雑談していた場合について、警察官は職務中であり、「職務を執行するに当たり」に該当するとし、その行為を妨害すれば、公務執行妨害罪の成立するとしました。

 この判決で、裁判官は、

  • 刑法公務執行妨害罪における公務の執行とは、公務員がその為すべき職務とされた執務行為に従事することをいうのであるから、ある公務員が、その職務に従事中であるいわゆる勤務時間中というのは、その間、特に休憩していたというような特段の状況のない限り、その公務員が職務を執行している時間中と解すべきものである
  • 殊に、警らという執務は、その本質上、歩行していても、あるいは立ち止まっていても、絶えず警ら区域内における犯罪の発見、予防等に感覚を働かせて、その職務をつくすべきものであるから、警らという勤務状態につくことはとりも直さず公務の執行となるものと解せられ、その間、たまたま他人と雑談を交したからといって、その間、公務の執行から離脱したものとはいえないのである

と判示しました。

大阪高裁判決(昭和45年8月26日)

 警察官が巡回連絡のため、はじめの訪問先から次の訪問先に移る途中の状況について、「職務を執行するに当たり」に該当するとし、その行為を妨害すれば、公務執行妨害罪の成立するとしました。

大審院判決(昭和15年3月12日)

 県会議員選挙投票所である村役場に臨み、その階下で取締りに従事中の警察官に暴行を加えた事案で、警察官の状況は「職務を執行するに当たり」に該当するとし、その行為を妨害すれば、公務執行妨害罪の成立するとしました。

福岡高裁宮崎支部判決(昭和53年6月27日)

 町議会において、特別委員会代理として審議結果の報告をした同委員会副委員長に対し、その報告終了直後、暴行が加えられた事案で、その副委員長の状況は、「職務を執行するに当たり」に該当するとし、それを妨害すれば、公務執行妨害罪の成立するとしました。

 一審の鹿児島地裁の裁判官は、

  • 本件においては、すでに本来なすべき報告は終了したと認められ、引き続き他に委員長代理としてなすべき予定の職務が何ら存在しないのであるから、前記認定のとおり同議員の特別委員長代理としての職務の執行行為は、その時点において完全に終了したものと解される
  • そして、被告人は、同議員の右職務終了の直後に同人を取囲むなどの抗議行為に出たものであるから、刑法95条の『職務を執行するに当たり』に該当せず、被告人には公務執行妨害罪は成立しない

と判示しました。

 しかし、二審の福岡高裁宮崎支部の裁判官は、

  • 議員が取り囲まれ、罵声をあびせられながら、暴行を加えられはじめたときは、報告が終わるか終らないかの時点で、まだ演台にいたのであり、場合によっては、他の議員が報告に関連して質問をしたり、これに対する説明のされたりすることも予想される状況にあったのである
  • もちろん、議長の閉会宣言はまだされていなかったこのような次第で、当時、議員の特別委員会委員長代理としての委員会における審議の状況を中間報告する職務の執行は完全に終了していたとは到底考えられず、むしろそれは職務の執行中であったとみるのが相当である

と判示し、公務執行妨害罪の成立するとしました。

大審院判決(昭和9年7月7日)

 町会の議長が閉会を宣言し、これに対し議員から異議が出された場合に、議長に暴行が加えられた事案で、議長の状況は、「職務を執行するに当たり」に該当するとし、それを妨害すれば、公務執行妨害罪の成立するとしました。

最高裁決定(平成元年3月10日)

 県議会特別委員会委員長が、休憩を宣言するとともに、審議の打切りを告げて席を離れて出入口に向かおうとした際に、その委員長に暴行を加えた事案で、委員長の状況は、「職務を執行するに当たり」に該当するとし、その行為を妨害すれば、公務執行妨害罪の成立するとしました。

 裁判官は、

  • S委員長は、休憩宣言により職務の執行を終えたものではなく、休憩宣言後も、職責(委員会の議事を整理し、秩序を保持する職責)に基づき、委員会の秩序を保持し、右紛議に対処するための職務を現に執行していたものと認めるのが相当であるから、同委員長に対して加えられた暴行が公務執行妨害罪を構成することは明らかである

と判示しました。

大阪高裁判決(昭和26年3月23日)

 公務員が職務を終わって立ち上り帰りかけた背後から算盤を投げつけた事案で、裁判官は、

  • 刑法第95条第1項にいわゆる『職務を執行するに当たり』とは、現に職務の執行中に限らず、職務の執行に際しての意と解すべく、従って、公務員が職務の執行に着手せんとする場合はもちろん、職務の執行を終了した際に暴行を加えた場合にも公務執行妨害罪が成立する

と判示しました。

奈良地裁判決(昭和58年3月11日)

 課長の職務代行者Aが、被告人らに就業命令を発した上、非常勤職員に対する作業指示に移るため、隣室に赴こうとしているに暴行を加えた事案で、Aの状況は、「職務を執行するに当たり」に該当するとし、それを妨害すれば、公務執行妨害罪の成立するとしました。

「職務を執行するに当たり」に該当しないとされ、公務執行妨害罪の成立が否定された事例

大阪高裁判決(昭和50年6月4日)

 県農林部水産課技師が、漁場測量に赴くため、船上で立会人の乗船を待っていた状況について、「職務を執行するに当たり」に該当しないとし、その行為を妨害しても、公務執行妨害罪は成立しないとしました。

 なお、この判決に対しては、否定的な学説意見もあり、「職務の執行の準備的段階であるとはいえ、もはや職務の執行に接着した状況にあったもので、単に職務を執行すべき場所に赴く途中であるというに過ぎないものであるとは解せられず、まさに職務の執行に着手しようとしたときであって、職務を執行するに当たりという場合に該当すると解する余地は十分にあったものと思われる」という専門家意見があります。

大阪高裁判決(昭和53年12月15日)

 警察官の当直勤務が起番と休憩の交代制で行われる場合において、休憩に入っていた警察官は、職務の執行中であるとはいえないとし、公務執行妨害罪の成立を否定しました。

 なお、この判決に対しては、否定的な学説意見もあり、「起番といい休憩といっても、いずれも当直勤務中の待機に当たるのであって、待機を職務執行中と評価する以上、起番と休憩を区別する必要はない」とする批判的意見があります。

大阪地裁判決(昭和40年3月30日)

 民営化前の郵便局員が争議行為を行うため、職務執行の意思を捨てて職場離脱を決意した後に加えられた有形力の行使について、公務執行妨害罪の成立を否定しました。

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