刑法(公務執行妨害罪)

公務執行妨害罪(5) ~「公務執行妨害罪が成立するためには、公務員の職務執行が適法でなければならない」を解説~

公務執行妨害罪が成立するためには、公務員の職務執行が適法でなければならない

 公務執行妨害罪(刑法95条1項)が成立するためには、公務員の職務執行が適法なものでなければなりません。

 この点につき、参考となる判例として以下のものがあります。

大審院判決(大正7年5月14日)

 この裁判で、裁判官は、

  • 公務員がその権限に属する事項に関し、法令において定める方式に配慮し、その職務を遂行するに当たり、事実につき錯誤を生じたるため、方式上の要件を満たさざる場合といえども、一見その行為が公務員の適法なる行為として認められる以上、これを刑法第95条第1項にいわゆる公務員の職務執行と妨げなきものとす

と判示しました。

大審院判決(昭和7年3月24日)

 この裁判で、裁判官は、

  • 市議会議長が、議員の提案したる適法なる議事日程変更の動議を不適法なりと誤解し、これを採用せず、規程の日程に基づき、議事を進行するに当たり、動議提出者が議長の措置を不法なりと思考したる場合といえども、これを妨害するため、議長に対して暴行をなしたるときは、公務執行妨害罪を構成す

と判示し、被告人が、公務員の職務上の措置を不法であると信じた場合でも、その公務員の職務が適法あれば、公務執行妨害罪が成立するとしました。

最高裁決定(昭和41年4月14日)

 この裁判で、裁判官は、

  • 公務執行妨害罪における職務としての現行犯逮捕行為の適法性の判断は、逮捕行為当時における具体的状況を客観的に観察して、現行犯人と認められる十分な理由があったか否かによるべきものであって、事後において犯人と認められたかによるべきものではない

とし、公務執行妨害罪における職務としての現行犯逮捕行為の適法性の判断基準は、逮捕行為当時における具体的状況を客観的に観察して決せられるとしました。

 つまり、職務の行為時点において、職務の適法性が認められれば、公務執行妨害罪の成立が認められるということです。

大阪高裁判決(昭和28年10月1日)

 この判決で、裁判官は、

  • 刑法第95条所定の公務員の職務の執行は適法なることを要することもちろんであるが、その適法の標準については学説の別れるところである
  • しかし、いやしくも公務員がその与えられたる職務権限に属する事項に関し、その具体的な執行に際し、これが真実適法な職務なりと信じ、その職務執行の意思の下に、演令において定むる方式を遵守して為したる所為なる以上は、たとえ事実の錯誤に基き、当該の特定職務の執行に必要な条件を具備しなかった場合といえども、その条件を具備したものと信ずることが社会通念上一般に認容せられ、公務員の適法な行為として認め得られるときは、これを適法な職務執行の範囲に属する行為となすに何らの妨げはない
  • 蓋し公務員がその職務を行うにあたりては、その抽象的職務権限に属する事項なる限り、箇々の場合において、その職務を執行するに必要な条件たる具体的事実の存否、法規の解釈適用を決定する権能があるのであるから、その具体的事実ありと信じてなした場合においては、たとえこの裁量判断が客観的事実に符合しないところがあっても、一般の見解上、これが公務員の職務の執行行為と見られるものは、裁判又は行政処分により取消され又は無効とせられない以上は、一応その行為としての効力を発生するものであることからしても、これをもって公務員の職務執行行為の範囲に属しないものということはできないからである
  • 飜って、本件を検討するに前叙の如く、客観的には被告人は暴行罪の現行犯人でなかったものであり、現行犯人たる要件を具備する者でなけれは現行犯逮捕のできないこともちろんであるが、右B巡査部長は警察職員として抽象的に現行犯人逮捕の職務権限を有し、法令上、現行犯人は逮捕状なくして逮捕できるのであって、同巡査部長はこの権限に基き、被告人を現行犯人と判断して逮捕せんとしたものであり、かつ、被告人を現行犯人と判断したことは前説示の状況よりすれば、何人がその地位に立つも、同一に判断すべき状況のものであったとして許容せらるべきものと認められるから、同巡査部長の行為は適法なる職務執行の範囲に該当するものというべく、これに対し暴行を加えた被告人の行為は公務執行妨害罪を成立すること論がない

と判示しました。

大阪高裁判決(昭和32年7月22日)

 この判決で、裁判官は、

  • 刑法第95条第1項にいわゆる「公務員の職務の執行」は、捜索、差押のような強制力を行使する場合には、のちに説明するように、公務員の行為が、その一般的又は抽象的権限に属すること及びその行為を為し得る法定の具体的条件を具備し、かつ、法律上重要な手続の形式をふんでいることを要し、以上の条件を欠くときは、本条の保護の対象となり得ないものと解するを相当とする
  • この点において、法が公務員に認定権又は裁量処分権を認めている場合には、事後の判断において、公務員の認定に錯誤があったと認められる場合においても、職務執行の当時における状況を基準とし、公務員として用うべき注意義務のもとに合理的に判断したものと認め得られるときは、やはり、本来の保護する職務の執行というを妨げないのである
  • 刑法第95条第1項には、単に「公務員の職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えたる者」と定めてあって、「職務の適法な執行に当たり」と定めていないから、公務執行妨害罪が成立するには、職務の執行が適法であることを要するかどうかは問題である
  • しかし、国家は、公務員の職務行為の円滑強力な遂行を保護すると同時に、個人の基本的人権を尊重するため、国権の行使にも厳重な規制を設けているのであるから、公権力を行使する側における法規の不遵守を保護するため、これによって誘発された国民の側の法規不遵守に対して刑罰を科するのは、近代国家の理念に反する
  • 従って、適法な職務行為でなければ本条の保護しようとする法益に当たらないと解するべきである
  • しかしながら、職務執行行為に多少の反法行為があっても、そのためにその職務執行行為が刑法上の保護に値しなくなるというわけではない
  • その標準は、抽象的に定められるべきものではなく、国家が公務の円滑強力な執行を要請する度合と、国民の人権を保護する必要性の程度とに応じ、もっぱら具体的事案により、事がらの軽重を勘案して判定されなければならない
  • すなわち、被疑者の逮捕のように、国家の権力意思を強制し、国民の基本的人権と正面から関渉する場合には、その適法性の要件は厳格に解しなければならない
  • かような場合には、その職務執行行為が、公務員の一般的又は抽象的権限に属すること、及びその行為を為し得る法定の具体的条件を具備する、すなわち、具体的権限を有し、かつ、法律上重要な手続の形式を履んでいることを要するのである
  • そして、右の適法要件が備っているかどうかを判断するには、客観的見地からするべきものであって、職務執行者が主観的に適法と判断しただけでは足りないのである
  • 本件についてみると、憲法第33条刑事訴訟法第201条によれば、逮捕状によって被疑者を逮捕するには、逮捕状を被疑者に示さなければならないし、逮捕状を所持しないためこれを示すことができない場合で、急速を要するという理由で逮捕するときには、被疑者に対し、被疑事実の要旨及び令状が発せられている旨を告げなければならない
  • そして、この規定は、人権と重大な関係を有する厳格規定であるから、その方式を履践しない逮捕行為は違法であり、本条による保護に値しないものである
  • 従って、その執行者に対し、暴行脅迫を加えても、その行為が、違法な執行を排除するためやむを得ないものであるときは、正当防衛であって、公務執行妨害罪は成立しないのみならず、その暴行によって執行者に対し、傷害の結果を生じても、それがやむを得ない程度を越えないとき、すなわち、相当性を有するときは、同じく傷害罪の成立しないと解するべきである

と判示しました。

職務執行の適法性は、客観的見地から判断される

 公務員の職務執行が不適法であった場合において、公務員が職務執行を適法だと信じていたとしても、それをもって職務の不適法性が治癒されるものではありません。

 職務の適法性は、客観的見地から裁判官が判断することになります。

 この点について判示した以下の裁判例があります。

東京高裁判決(昭和34年4月30日)

 警察官が、被疑者に対し逮捕状を示さず(刑訴法201条)、単に罪名及び逮捕状が発せられている旨を告げたのみで被疑事実の要旨を告げずに逮捕した行為を不適法とし、公務執行妨害罪の否定した事例です。

 裁判官は、

  • 警察官において逮捕手続を誤解したため、罪名を告げたにとどまり、被疑事実の要旨を告げなかったとしても、その如きは、逮捕に当たり警察官として当然遵守すべき重要な手続を履践していないことはもちろん、罪名を告げただけでは、被疑事実の要旨を告知することにより実現しようとした法の目的を達成し難いと認められる
  • 罪名を告げただけで直ちに被疑事実の内容を察知することができ、被疑者においても敢えて逮捕状の呈示を求めないような場合はとにかくとして、そうでない限り瑕疵を目してさほど重要でない軽微なものと解することは当を得ないものと云わざるを得ないのであって、従って、またかかる瑕疵ある職務行為を適法なものとは解し難いのである
  • また警察官において、誤解をしたた為、本件逮捕を適法と信じたとしても、職務行為が適法要件を備えているか否かは、客観的見地から判断すべきものであるから、この点からも本件逮捕を適法なものとは解し難い

と判示しました。

職務執行の違法が軽微であれば、公務執行妨害罪は成立し得る

 公務執行妨害罪は、円滑適正な公務の遂行を保護法益とするものなので、違法な職務遂行は保護されません。

 しかし、内部規定に違反したい過ぎない場合のなど、違法が軽微である場合にまで、公務執行妨害罪の成立が否定されるのであれば、公務の円滑な遂行が難しくなります。

 なので、職務遂行の違法が軽微である場合は、その職務は保護に値するものとし、刑法上適法とされ、公務執行妨害罪は成立するといえます。

 この点につき、参考となる判例として、以下のものがあります。

最高裁判決(昭和42年5月24日)

 この裁判は、被告人の弁護人は、地方議会の議事進行に関する議長の措置に対する職務執行の違法性を主張し、違法な職務執行に対しては公務執行妨害罪は成立しないと主張しました。

 これに対し、裁判官は、

  • 議長のとった本件措置が、本来、議長の抽象的権限の範囲内に属することは明らかである
  • かりに当該措置が会議規則に違反するものである等、法令上の適法要件を完全には満していなかったとしても、原審の認定した具体的な事実関係のもとにおいてとられた当該措置は、刑法上には少なくとも、本件暴行等による妨害から保護されるに値いする職務行為にほかならず、刑法95条1項にいう公務員の職務の執行に当るとみるのが相当であって、これを妨害する本件所為については、公務執行妨害罪の成立を妨げないと解すべきてある

と判示し、職務執行が適法であるとして、公務執行妨害罪の成立を認めました。

福岡高裁判決(昭和27年1月19日)

 逮捕状の緊急執行の際、窃盗の容疑により逮捕状が発せられている旨告げたのみで被疑事実の要旨を告げなかった場合、刑訴法上は違法であるが(刑訴法201条に違反する)、刑法上は適法な職務執行として刑法95条による保護を受けるとしました。

適法な職務執行でないとして公務執行妨害罪が成立しない場合も、手段たる暴行は暴行罪として処罰されうる

東京高裁判決(平成26年5月21日)

 この裁判で、裁判官は、

  • 適法な職務執行でないとして刑法95条で保護されない場合も、手段たる暴行は暴行罪として処罰されうる

としました。

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