暴行の程度
公務執行妨害罪(刑法95条第1項)における暴行に関し、「暴行の程度」について説明します。
判例は、公務執行妨害罪における暴行の程度について、
公務執行の妨害となるべきものであれば足りる
というのみであって、それ以上何の限定も加えていません。
参考となる判例として、以下のものがあります。
この判決で、裁判官は、
- 刑法第95条の罪は、公務員の職務を執行するに当たり、これに対して暴行脅迫を加えることにより成立するのであって、公務の実質の軽重の如きは、時に犯情に影響あらんも、もって本罪の成否を決する標準となるものではない
- 刑法第95条の罪の暴行脅迫は、これにより現実に職務執行妨害の結果が発生したことを必要とするものではなく、すなわち妨害となるべきものであれば足るのである
と判示しました。
職務執行中の警察官に対する投石行為で、①警察官に対し、その後方より石1個(大きさ不明)を投げつけ警察官の耳のあたりをかすめさせた、②警察官に対し石1個(2寸5分と1寸7、8分四方のもの)を投げつけ、警察官の鉄兜に命中させた、③警察官が装備車に乗車した際、その背後から石1個(握拳の半分位の大きさ)を投げつけ、警察官の臀部に命中させたという事案です、
一審、二審が、被告人らの投石は「暴行」であることは間違いないが、公務執行の妨害となる程度の暴行であるとは認められないという理由で、公務執行妨害の成立を否定し、暴行罪の成立のみを認めました。
これ対し、最高裁は、
- 被告人ら3名の本件各犯行は、日本共産党創立30周年記念文化祭の後、検挙者を生じ、一般群衆が喚声をあげ殺気立っていたとき、更に集会散会後、無許可示威行進が行われたので、警察官の部隊が実力行使によりこれを解散させたとき、検挙又は警備に当たっていた警察官に対して、それぞれ投石したものである
- 被告人KのY巡査に対して投げた石は、Y巡査の耳のあたりをかすめて飛び、その身体には当らず、被告人AのS巡査に対して投げた石は、S巡査の鉄兜に当り、被告人RのK巡査に対して投げた石はK巡査の臀部に当たったものであることが窺われる
- 原審は、右各投石行為は暴行ではあるが、いずれもただ1回の瞬間的な暴行に過ぎない程度のものであるから、未だもって公務執行の妨害となるべきものとは思われないとし、従って第一審が同一見解の下に、起訴状の公訴事実は、刑法95条の公務執行妨害罪となっているのに、被告人らの各所為は、単純暴行罪であるにすぎないと認定し、刑法208条を適用処断したのをそのまま是認したことは明らかである
- しかしながら、公務執行妨害罪は、公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えたときは直ちに成立するものであって、その暴行又は脅迫は、これにより現実に職務執行妨害の結果が発生したことを必要とするものではなく、妨害となるべきものであれば足りうるものである
- そして、投石行為は、それが相手に命中した場合はもちろん、命中しなかった場合においても本件のような状況の下に行われたときは、暴行であることはいうまでもなく、しかも、それは相手の行動の自由を阻害すべき性質のものであることは、経験則上疑を容れないものというべきである
- されば、本件被告人らの各投石行為は、その相手方である前記各巡査の職務執行の妨害となるべき性質のものであり、従って公務執行妨害罪の構成要件たる暴行に該当すること明らかである
- そうだとすれば、被告人らの各投石行為が、たとえただ1回の瞬間的なものであったとしても、かかる投石行為があったときは、前説示のとおり、直ちに公務執行妨害罪の成立があるものといわなければならない
- 原判決が、被告人らの各投石行為の如きただ1回の瞬間的な暴行にすぎない程度のものは刑法95条の暴行には当らないという見解に立ち、かかる投石行為を、検挙又は警備に当たっていた警察官に対してなしても、未だ以て公務執行妨害罪は成立せず、単純暴行罪が成立するにすぎないと判断したのは、同条の解釈を誤り、ひいて判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認をおかしたものであって、刑訴411条1号、3号により破棄を免れない
と判示し、公務執行妨害罪が成立するという見解を示しました。
東京高裁判決(昭和35年4月25日)
「警察官が現行犯人の際に逮捕者から受ける些少の抵抗は逮捕行為自体に予想されているところであって、これをとらえて公務執行の妨害となすことはできない」とした一審判決を破棄し、「公務執行妨害罪は、公務員の職務を執行するに当たり、これに暴行を加えれば直ちに成立するのであって、たとえ些少の抵抗であっても暴行に及んだ以上、同罪の成立が否定さるべきいわれはない」と判示しました。
次回の記事に続く
次回の記事では、
公務執行妨害罪の暴行に当たるとされた事例
を紹介します。