刑法(総論)

刑罰(14)~「確定裁判が介在するために、数個の刑を1個の判決で言い渡す際などに自由刑の実刑と執行猶予とを同時に言い渡すことができるか?」を説明

 前回の記事の続きです。

確定裁判が介在するために、数個の刑を1個の判決で言い渡す際などに自由刑の実刑と執行猶予とを同時に言い渡すことができるか?

 2個以上(複数)の犯罪を犯した場合、犯した複数の犯罪事実すべてについて、一つの裁判で審理され、すべての犯罪事実をひっくるめて考慮された刑罰が裁判官から言い渡されるのが通常です。

 たとえば、ある犯人が、窃盗罪1つ、詐欺罪1つの合計2つの犯罪を犯したとします。

 この2つの犯罪は、併合罪として取り扱われ、犯人は、窃盗罪、詐欺罪の2つの犯罪事実で起訴されて裁判を受け、裁判官から1個の刑罰を言い渡されることになります。

 しかし、この2つの犯罪の間…例えば、「窃盗罪の犯行日」と「詐欺罪の犯行日」との間に「以前に犯罪を犯して起訴されて裁判を受けた確定裁判の日」が介在ざいしている場合、言い渡される判決は、窃盗罪について1個の刑罰(拘禁刑1年など)、詐欺罪について1個の刑罰(拘禁刑1年2月など)の合計2個の刑罰を判決で言い渡されることになります。

※ このようになる理由の説明は【犯罪の罪数④】併合罪とは? ~「同時審判の利益」「刑の計算方法」を解説~の記事参照

 ここで、上記のように、確定裁判が介在するために、数個の刑を1個の判決で言い渡す際に自由刑の実刑と執行猶予とを同時に言い渡すことができるかについて争いがあります。

 この点について、最高裁の判例はありませんが、下級審の裁判例があります。

違法説と説いた裁判例

札幌高裁判決(昭和39年1月18日)

 同一人に対し同時に懲役刑の実刑と執行猶予の言渡をすることの許否について、併合罪に当らない数罪が同時審判された場合において、その一つにつき懲役刑の実刑に処し、他につき懲役刑の執行猶予の言渡をすることは許されないとした判決です。

 裁判所は、

  • 同一人に対するいわゆる実刑と執行猶予との関係について、刑法第25条第26条及び第26条の2の各規定するところを総合して考察すると、(1)その者がすでに実刑に服しているときは執行猶予の言渡はされず(第25条第1項第1号)、もしそれが後に発覚したときは猶予の言渡は取り消され(第26条第3号)、つぎに(2)猶予の言渡後実刑に処せられたときは前の猶予の言渡は取消され(同条第1号又は第2号)、さらに(3)ニ以上の執行猶予が競合している場合に一の猶予の言渡が取り消されたときは他の猶予の言渡も取り消されるべきものとされており、結局、法は実型と執行猶予との併存を許さない趣旨と見るべきである
  • したがって、併合罪に当たらない数罪が同時審判された場合において、その一につき実刑に処し、他につき執行猶予の言渡をすることについては、これを阻む明示の規定は存しないかのようであるが、一について実刑に処する旨の言渡をする以上、すでに実刑が確定している者に対すると同様他につき執行猶予の言渡をすることは許されないと解すべきである

と判示しました。

適法説を説いた裁判例

広島高裁判決(昭和40年7月29日)

 1個の判決で2個以上の自由刑を言い渡す場合、そのうち1個の刑についてのみ執行を猶 予することの適否について、1個の判決で2個以上の自由刑を言い渡す場合、そのうち1個の刑に執行猶予を与え、他を実刑にすることは違法ではないとした判決です。

 裁判所は、

  • 一個の判決でニ個以上の自由刑を言い渡す場合、そのうち一個の刑を執行猶予とし他を実刑とすることの適否については、かかる措置を禁止した明文の存しないこと、刑の執行猶予については刑法第25条所定の形式的要件の下において、刑の執行を猶予するか否か、および猶予する場合の猶予期間の定めについては全く裁判所の裁量に委ねられていること、執行猶予の刑と実刑とが一個の主文で言い 渡されても必ずしも執行猶予が無意味となるものではないこと、またかかる判決が言い渡されても執行猶 予の刑と実刑とが同時に確定する場合においては、刑法第26条第2号に直接ふれないこと、仮に執行猶予の刑については控訴せず実刑についてのみ控訴して同時に確定しない場合があるとしても、控訴審におい て実刑が執行猶予に変更されることもないわけではなく、たとえ実刑が執行猶予に変更されないとしてもこの場合は余罪発覚を事由とする執行猶予の必要的取消を定めた刑法第26条第2号に該当しないものと解すべきであること、等を考え合わすと一個の判決でニ個以上の自由刑を言い渡す場合のうち一個の刑に執行猶予を与え、他の刑を実刑とすることは必すしも違法ではないというべきである
  • なお刑法第25条第1項によれば刑の執行猶予の要件の一つとして宣告刑の長期が3年と制限されているが、1個の判決でニ個以上の自由刑を言い渡す場合一つの刑に執行猶予を与え他の刑を実刑とすることが違法とはいい得ない以上、右宣告刑の長期の制限は個々の刑についてこれを決すべきものと解するのが相当である

と判示しました。

大阪高裁判決(昭和60年9月12日)

 1個の判決で実刑と執行猶予を同時に言い渡すことを肯定した判決です。

 裁判所は、検察官のの控訴趣意第一(法令の解釈及び適用の誤りの主張)について、

  • 論旨(※検察官の主張のこと)は、要するに原判決は、被告人には原判示第一の罪とその余(第ニ、第三)の罪との間に確定裁判が存する関係上、2個の刑を科するに当り、原判示第ニ及び第三の罪につき懲役1年2月の実刑を科しながら原判示第一の罪につき懲役1年3年間刑執行猶予の猶予付刑を言渡したが、刑法25条26条26条の2及び26条の3の各規定を総合して考察すると、法は実刑と執行猶予の併存を許さない趣旨と解されるから、右のように併合罪に当たらない数罪を同時審判する場合、その一つについて実刑を科する以上、他の罪につき執行猶予の言渡をすることは許されないものと解すべきであるとして、原判決には右のように懲役刑の実刑と執行猶予付刑を同時に言渡した点において、法令の解釈及び適用に誤りがあり、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れない、というのである
  • よって、所論にかんがみ記録を調査し検討するに、原判決が被告人に対し所論指摘のような裁判をしたことは明らかであるが、このように1個の判決で2個の自由刑を言渡す場合、一つの刑を実刑とし、他の刑に執行猶予を付することは、これを禁ずる明示の規定はなく、刑法25条の執行猶予の要件にも直接抵触するものではない
  • 所論は、刑の執行猶予制度の本来の目的が、短期自由刑の弊害を避けるとともに、他面その取消を警告して、その者の善行保持を要請し、同時にその者に希望を持たせることによって再犯防止の刑事政策的目的を達成しようとする点にあるとし、一つの判決で実刑の執行と他の刑の執行猶予期間の進行との競合を当然のこととして是認する原判決の法解釈は、執行猶予制度の右のごとき刑事政策的意義を没却するもので違法であるというのであるが、執行猶予の刑事政策的意義が右のようなものであるとしても、本件のような事のすべての場合がこれに当たるものではない(例えば、実刑の刑期が執行猶予期間に比較して極めて短い3か月の場合)のみならず、執行猶予制度の存在意義は決して右にとどまるものではないと考えられるので、所論のような抽象的な本質論のみからこの問題を消極に解することにはたやすく賛同することができない
  • また、所論は、前示措置を是認する見解に従うと、被告人が実刑部分についてのみ控訴し、これが後に実刑のまま確定した場合には、被告人が控訴を申立てたために、かえって先に確定した執行猶予が取消されるという不都合な結果を生じることにもなるというのであるが、そもそもこのような場合は執行猶予の必要的取消事由を定めた刑法26条2号には当たらないと解する余地があるほか、控訴審において反対に実刑が執行猶予に変更されることもないわけではないから、右の批判はその一部の場合にしか当たらないというべきである
  • 更に、所論は、原判決が確定すれば、その実刑の言渡しの結果、刑法26条1号により、原判示確定判決の執行猶予が取消され、その結果同法26条の3により更に原判決の執行猶予が取消され、結局、実刑と同時になされた執行猶予の言渡しは意味を失うことになるのであって、これはとりも直さず、原判決の法解釈の誤りを露呈しているものというべきであるというのであるが、既に中間の確定判決の執行猶予期間が経過している場合などは、所論のような形での執行猶予の取消しはなし得ないのであるから、右の批判もその一部には当たらないというべきであり、これをもって、一般的に、実刑と執行猶予付刑の同時言渡しが違法であることの論拠とすることはできない
  • 次に、所論は、刑法の関係各規定、とりわけ同法26条の3が「前ニ条の規定により禁錮以上の刑の執行猶予の言渡を取消したるときは執行猶予中の他の禁錮以上の刑についてもその猶予の言渡を取消すべし」と規定しているのは、執行猶予と実刑が併存し、実刑の執行中に執行猶予期間が進行するがごときは、もともと、執行猶予制度と相容れないものとしなければならず、そこで、本条では前ニ条の規定によって取消しえない執行猶予があるときは、その執行猶予を取消すべきものとしたのであり(刑事裁判資料82号248頁)、最高裁判所も同旨の見解をとっているものと解せられる
  • すなわち、最高裁判所第ニ小法廷昭和55年2月25日決定(最高裁刑集34巻2号44頁)は、刑法26条の2第2号による執行猶予の取消しと右取消しを原因とする同法26条の3の取消しを同時に行うことができるとの判断を示した際「刑の執行と執行猶予の併存を避けようとする刑法26条の3の趣旨に照らすと…」と判示し、刑法26条の3は、刑の執行と執行猶予との併存を認めないものであるとの見解を示しているというのであるが、しかしながら、同条の直接の決意は、2個以上の執行猶予が併存している場合に、その一方の猶予が取消された場合には、他の一方の猶予を取消すこどを規定し、実刑と執行猶予の併存を「避けよう」としているものに過ぎず、この規定があるからといって、実刑と刑の執行猶予の併存をあらゆる場合において違法とし、実刑と刑の執行猶予の同時言渡しをも許さない趣旨としているものとは解されない(右26条の3で取消し得ない執行猶予刑との併存は適法である)
  • そればかりでなく、1個の判決で2個の自由刑を言渡す場合、その一つの刑に執行猶予を付し、他の刑を実刑とすることは、一般的には異例の処置であることは否めないとしても、確定裁判にあたる罪とその余罪とが同時審判を受けなかったことにより、量刑において被告人がことさらに不利益を被る場合のあり得ることを考慮するとき、例外的にではあってもかかる不合理を可及的に救済するために、裁判所に対し自由裁量の余地を与える方向の法解釈をすることが至当であると考えられ(同趣旨、仙台高等裁判所昭和29年3月9日判決‐高刑集7巻3号290頁、広島高等裁判所昭和40年7月29日判決‐高刑集18巻4号462頁、東京高等裁判所昭和51年10月7日判決-東京高裁刑事判決時報27巻10号138頁)、前示のような実刑と執行猶予の自由刑の同時言渡しも必ずしも常に違法として許されないものとすべきものではないと解される
  • 以上のとおりであるから、原判決が被告人を判示第ニ、第三の罪につき懲役刑の実刑に処しながら、同第一の罪につき懲役刑に処したうえこれに執行猶予を付したことには、所論のような法令の解釈及び適用上の誤りはない

と判示しました。

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