刑法(総論)

占有が認められる判断基準② ~「包括的支配」などを判例で解説~

③ 財物が自己の包括的に支配する場所内にある場合

『財物が自己の包括的に支配する場所内にある場合』は、財物に対する占有が認められます。

 『自己が包括的に支配する場所』とは、たとえば、自宅がこれに該当します。

 自宅内にある物であれば、いつでも物に対する実力行使が可能であり、他人を自分の物に近づけさせないようにする排他性があることから、物に対する占有が認められます。

 『財物が自己の包括的に支配する場所内にある場合』は、

  • いつでも財物に対する実力行使が可能であること
  • 財物に対する支配の排他性は、実力により、または、その場所の構造等により物理的に、あるいは、他人の支配する場所に対して払う一般人の尊重心に訴えて獲得されること

から、財物に対する占有が認められます。

財物が自己が包括的に支配する場所内にあるとして占有を認めた判例一覧

大審院判例(大正8年4月4日)

 宿泊人が、旅館内のトイレに落とした現金が入った財布を領得した事件で、財物が旅館主が包括的に支配する旅館内にあるとして、財布に対する旅館主の占有を認め、窃盗罪の認めました。

大審院判例(大正15年10月8日)

 自宅内において、所在を見失った財物に対しても、財物が自己の包括的に支配する場所内にあるとする理論を採用し、自宅内で見失った財物に対する家人の占有を認めました。

東京高裁判例(昭和31年5月29日)

 倉庫の保管責任者が、その存在を知らなかった倉庫内の物に対し、倉庫の保管責任者の占有を認めました。

最高裁判例(昭和62年4月10日)

 ゴルファーが誤ってゴルフ場内の人工池に打ち込み放置したロストボールに対して、ゴルフ場側がその回収、再利用を予定しているときは、ロストボールは、ゴルフ場側の所有及び占有にかかるものとして、窃盗罪の客体になるとし、ロストボールを盗んだ犯人に対し、窃盗罪の成立するとしました。

④ 財物の自然的性質により自己の支配内に戻ることが予想される場合

 『財物の自然的性質により自己の支配内に戻ることが予想される場合』は、財物に対する占有が認められます。

 これは、具体的には、帰巣本能がある動物(ペット)が該当します。

 動物の中には、犬や猫のように、自分の家に戻る本能(帰巣本能)を有するものがいます。

 帰巣本能を有する動物については、飼い主の支配の及ばない区域に出遊したとしても、他人に捕獲されない限り、飼い主の実力行使の可能性があり、排他性も残されていることから、飼い主の占有が認められます。

財物の自然的性質により自己の支配内に戻ることが予想されるとして占有を認めた判例一覧

最高裁判例(昭和32年7月16日)

 他家に入って台所を荒らしていた猟犬を、その家の者が捕獲して奪った事件で、飼い主の占有を認め、窃盗罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 養い訓らされた犬が、時に所有者の事実上の支配を及ぼし得べき地域外に出遊することがあっても、その習性として飼育者のもとに帰来するのを常としているものは、特段の事情の生じないかぎり、直ちに飼育者の所持を離れたものであると認めることはできない

と判示しました。

最高裁判例(昭和56年2月20日)

 養殖業者の網いけすから付近に設置されていた建て網に入り込んだ錦鯉を捕獲して売却した事件で、錦鯉に帰巣本能がないことから、窃盗罪ではなく、遺失物横領罪が成立すると判示しました。

⑤ 財物の性質等からその所有者が推認できる場所的区域内に財物が存在し、その所在が判然としている場合

 『財物の性質等からその所有者が推認できる場所的区域内に財物が存在し、その所在が判然としている場合』は、財物に対する占有が認められます。

 具体的には、夜間、被害者が自宅に取り入れるのを忘れて、自宅から1.55メートル離れた公道上に立てかけられてあった自転車を持ち去ったという事件で、窃盗罪の成立を認めています(福岡高裁判例 昭和30年4月25日)

 裁判官は、

  • 人が所有物を屋内に取入れることを失念し、夜間これを公道に置いたとしても、所有者において、その所在を意識し、かう、客観的に見て、該物件がその所有者を推知できる場所に存するときは、その物件は常に所有者の占有に属するものと認められる
  • なので、これを窃取した行為は窃盗罪を構成する

と判示しました。

 物の所在が判然としているときには、その場所に赴くことができない特別の事情がない限り、これに対する実力行使は可能です。

 かつ、財物の存する場所が、財物の性質等からその所有者を推認できる場所的区域内であれば、一般人の尊重心に訴えて、財物に対する支配の排他性も獲得されます。

⑥ 財物が他人から発見されにくい場所にあり、かつ、その場所を認識している場合

 『財物が他人から発見されにくい場所にあり、かつ、自己がその財物所在場所を認識している場合』は、財物に対する占有が認められます。

 たとえば、盗んだ財布を、野外の茂みの中など、犯人しか分かりようのない場所に隠した場合、犯人が被害者の財布の占有を奪ったとして、窃盗罪が成立します。

 財物が他人から発見されにくい場所にあり、かつ、自己がその財物の所在場所を認識している場合には、その財物に対する実力行使が可能であり、他人の実力行使の可能性は少ないので、排他性も認められます。

財物が他人から発見されにくい場所にあり、かつ、その場所を認識しているとして占有を認めた判例

最高裁判例(昭和24年12月22日)

 鉄道線路の地理現場の事情に精通している鉄道機関士である犯人が、列車の積荷を、あらかじめ計画した目的の地点で、列車外に突落(落下)させて窃取した事件について、裁判官は、

  • 目的の地点に積荷を突落したとき、その物件は他人の支配を脱して、被告人等共謀者の実力支配内に置かれたものと見ることができる

と判示し、窃盗罪の成立を認めました。

⑦ 財物の性質等から現在地に遺棄されたものはなく、占有の意思が留保されていると推認され、かつ、その所在を認識している場合

 『財物の性質等から現在地に遺棄されたものはなく、占有の意思が留保されていると推認され、かつ、その所在を認識している場合』は、財物に対する占有が認められます。

 具体例として、誰の占有にも属さないお堂に置かれた仏像を持ち去ったという事件で、お堂に仏像を置いた者の占有を認め、占有離脱物横領ではなく、窃盗罪の成立を認めています(大審院判例 大正3年10月21日)。

 財物の所在を認識している場合には、特別の障害がない限り、これに対する実力行使が可能です。

 かつ、財物の性質から現在地に遺棄されたものでなく、占有の意思が留保されていると推認できるときは、これに対する他人の尊重心に訴えて、排他性が獲得されます。

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