意思侵害説とは?平穏侵害説とは?
刑法130条の住居侵入罪、建造物侵入罪などの侵入罪の成立の成否を決めるポイントとして、意思侵害説と平穏侵害説というの2つの観点が存在します。
意思侵害説は、
侵入を住居者又は看守者の意思に反する立入りとみる説
です。
住居者又は看守者の意思に反する立入り行為に対し、刑罰を与えるという考え方です。
この考え方に立てば、人の出入りが自由なコンビニでも、コンビニ店長の意思の反する立入り(たとえば、万引き目的の立入り)を行えば、建造物侵入罪が成立することになります。
平穏侵害説は、
侵入を住居又は看守者の事実上の平穏を侵害する態様での立入りとみる説
です。
この考え方に立てば、コンビニ店長の意思の反する立入り(万引き目的の立入り)をしても、実際に万引きは行わず、コンビニの平穏を害す行為をしないで退店すれば、建造物侵入罪は成立しないことになります。
意思侵害説と平穏侵害説についての判例の見解
意思侵害説の立場をとっている判例
多くの判例は、意思侵害説を立場をとっています。
この点について、以下の判例があります。
大審院判決(大正7年12月6日)
人妻と性交する目的で、夫の承諾は得ていないが、人妻の承諾は得た上で、夫と人妻の家に立ち入った事案で、裁判官は、
- 他人の不在に乗じ、その妻と姦通する目的をもって、その住居に侵入せんとしたるときは、たとえあらかじめ妻の承諾を得たりとするも、当然、夫たる居住権者が被告の住居に入ることを容認する意思を有すと推測し得べきものにあらざれば、妻が夫に代わり承諾を与えるも、何ら効力を生ずべきものにあらず
と判示し、意思侵害説の立場をとり、住居侵入罪が成立するとしました。
大審院判決(昭和4年5月21日)
この判例で、裁判官は、
- 他人の住居せる家屋を汚損する目的をもって、その邸内に立ち入りたるときは、住居支配権の意思に反して、これに侵入したるものにほかならざれば、その行為は住居侵入罪を構成す
と判示し、意思侵害説の立場をとり、住居侵入罪が成立するとしました。
被告人が、春季闘争の一環として、ビラ貼りをする目的で、郵便局舎内に管理権者である局長の事前の了解を受けることなく立ち入った事案で、裁判官は、
- 刑法130条前段にいう「侵入シ」とは、他人の看守する建造物等に管理権者の意思に反して立ち入ることをいうと解すべきである
- 管理権者が予め立入り拒否の意思を積極的に明示していない場合であつても、該建造物の性質、使用目的、管理状況、管理権者の態度、立入りの目的などからみて、現に行われた立入り行為を管理権者が容認していないと合理的に判断されるときは、他に犯罪の成立を阻却すべき事情が認められない以上、同条の罪の成立を免れないというべきである
と判示し、意思表示説の立場をとり、建造物侵入罪が成立するとしました。
この判例は、「侵入」の意義について、『他人の看守する建造物等に管理権者の意思に反して立ち入ることをいうと解すべきである』と述べ、意思侵害説に立つことを明確に判示した点に大きな意義があるとされている判例です。
強盗殺人をする目的で店に侵入した事案で、裁判官は、
- 刑法住居侵入罪の「故なく」とは、正当の事由なくしての意であるから強盗殺人の目的をもって他人の店舗内に侵入したのは、すなわち、故なくこれに侵入したものにほかならない
- そして、住居権者の承諾ある場合は、違法を阻却することもちろんであるけれども、被害者において顧客を装い来店した犯人の申出を信じ、店内に入ることを許容したからといって、強盗殺人の目的をもって店内に入ることの承諾を与えたとは言い得ない
- 果して、然らば、被告人等の本件店屋内の侵入行為が住居侵入罪を構成すること言うまでもない
と判示し、意思表示説の立場をとり、建造物侵入罪が成立するとしました。
平穏侵害説の立場をとっている判例
上記の意思表示説に立つ判例に対し、下級審では、平穏侵害説をとる裁判例が多少あるので紹介します。
盛岡地裁判決(昭和53年3月22日)
この判例は、先ほど紹介した郵便局でのビラ貼り侵入事件の判例(最高裁判決 昭和58年4月8日)の一審判決です。
この判例で、裁判官は、
- 刑法130条が保護しようとする法益は、住居等の事実上の平穏と解される
- したがって、住居等に立ち入る行為が侵入に当たるか否かは、その行為が住居等の平穏を害する態様のものであるか否かによって決定される
- そして、住居等の平穏を害するか否かは、立ち入り行為について主観客観の両面から総合的に判断されるべきである
- 建造物内の平穏は、その中で執務し生活する多数の者の平穏であるが、それはその建造物内の平穏を維持する責任者、すなわち管理権者の建造物内における自由な管理支配状態によって実現されており、管理権者の意思を無視する態様での立ち入り行為が建造物内の事実上の平穏を乱すことになるからである
- しかし管理権者の意思に反する立ち入り行為がすべて侵入行為に該当するとはいえない
- 侵入行為に該当するか否かは、その行為が住居等の平穏を害する態様のものであるかによって決定されるべきもので、管理権者の意思はその判断の重要な資料にすぎないからである
- 日常において、郵便局に出入りする利用者のうち、局長個人の意に沿わない者についてはもちろん、他局の全逓組合員による職場交渉、職場内集会等を目的とする入局が管理権者である局長において快しとしないものがあっても、これが社会的に相当な範囲の組合活動である限り、これらの者の建造物侵入への立ち入りが権利権者の意思に反するからといって、直ちに建造物侵入罪に該当するとはいえない
- 同様にして、行為が住居等の平穏を害する態様のものであるかどうかは、行為の目的だけで決定することもできない
- 建造物侵入罪が成立するといえるためには、行為者の目的、侵入の態様、管理権者の意思に反する程度等具体的な事情を考慮して、建造物内の平穏が乱されたか否かを判断する必要がある
と判示し、平穏侵害説の立場をとり、建造物侵入罪は成立しないとしました。
なお、上記最高裁判決(昭和58年4月8日)のとおり、最高裁でこの判決は覆され、建造物侵入罪は成立すると判決されています。
尼崎簡裁判決(昭和43年2月29日)
夫の不在中、妻と情交の目的で家屋に立ち入った事案で、裁判官は、
- 住居の立ち入りについて承諾をなしうる者は、住居権者の夫であり、その住居権は一家の家長である夫が専有するものであるから、その承諾を憶測し得ない場合には、(妻の)承諾があっても効果がないものであり、自己の妻と姦通するために住居に立ち入ることを夫が認容する意思があるとは推測できないから、姦通の目的で妻の承諾を得て住居に立ち入った行為は、住居侵入罪を構成するというのが従来の判例の立場である
- しかしながら、夫だけが住居権をもつということは、男女の本質的平等を保障する日本国憲法の基本原理と矛盾するし、承諾の有無に住居侵入罪についての決定的意義を認め、承諾の効果にかかずらうことは妥当とはいえない
- なるほど住居者の承諾を得て平穏の住居に立ち入る行為は侵入行為とはいえない
- しかし、その理由は、住居侵入罪の保護法益が事実上の住居の平穏であるところから、住居者の承諾があれば、事実上の住居の平穏が害されないと考えられるからであって、その重点は被害者の承諾の有無ではなく、事実上の住居の平穏である
- 住居侵入罪の保護法益は「住居権」という法的な権利ではなく、事実上の住居の平穏であるから、夫の不在中に住居者である妻の承諾を得て、おだやかにその住居に立ち入る行為は、たとい姦通の目的であったとしても、住居侵入罪が保護しようとする事実上の住居の平穏を害する態様での立ち入りとはいえないから、住居侵入罪は成立しないと解するのが相当である
と判示し、平穏侵害説の立場をとり、住居侵入罪の成立を否定しました。
この判例では、裁判官は、
- 住居侵入罪の保護すべき法律上の利益は、住居等の事実上の平穏である
と判示し、平穏侵害説の立場をとりました。
近年の判例の傾向(意志侵害説を採用)
近年の判例の傾向として、意思侵害説に立つ判決を出す傾向が認められます。
主な判例として、以下の判例があります。
大阪高裁判決(昭和63年4月19日)
空港建設に反対する住民らが,運輸大臣宛の抗議文を手交する目的で、空港計画室着工準備現地事務所の開設披露会場である市民福祉センターの構内に集団で立ち入った事案で、住民らが同センター管理権者の意思に反して立ち入るとの認識までも有していたとは認め難いとして無罪を言い渡しました。
この判例の理論は、
- 「侵入」とは『他人の看守する建造物等に管理権者の意思に反して立ち入ること』であるが(意思侵害説)、住民らには、『建造物等に管理権者の意思に反して立ち入ることの故意』がなかった
- 建造物侵入罪を犯す故意がないので、建造物侵入罪は成立しない(※ 故意がなければ犯罪(故意犯)が成立しないことについては、前の記事参照)
というものです。
平穏侵害説ではなく、意思侵害説の立場に立つからこそ導かれる結論といえます。
東京高裁判決(平成5年2月1日)
湾岸戦争に対する政府の方針に反対する者が、参議院に通用門から立ち入り、会議場の傍聴席に至った上、総理大臣が演壇で答弁を行っていた際、靴を投げ大声で叫ぶなどして議場を一時混乱状態に陥れた事案です。
一審判決(東京地裁 平成4年5月21日)では、立入りの目的が審議の妨害であったとは認められないとしながら、裁判官は、
- 違法行為に及ぶ目的をもっての立ち入りでないとしても、当該建物の性質、使用目的、管理状態、管理権者の態度などからみて、現に行われた立ち入り行為につき、管理権者がこれを容認していないと合理的に判断されるならば、当該立ち入り行為が建造物侵入の罪を構成するのはもちろんである
- かかる態様(※虚偽の氏名、住所を記載した傍聴券を携帯し、通用門において、その事情を秘して立番勤務中の衛視に提示して院内に立ち入った態様)による立ち入り行為については、右認定にかかる傍聴希望者らに対する度重なる厳重な点検、検査の状況からしても、参議院の管理権者である参議院議長がこれを容認していないことは明らかというべきである
- さらに、国会法等関係法令の全体の趣旨からすると、傍聴規則1条2号で傍聴券への氏名等の記入を要求している具体的な趣旨は、主として、自らの身元を明らかにさせることによる心理的強制力によって、傍聴人による議事妨害その他の院内秩序の侵害を防止しようとするものと解されるのであり、かかる趣旨に照らすと、傍聴券に記載されるべき氏名が真実のものでなければならないことは、自明のことといえる
- 参議院議長は、傍聴規則1条2号によって、所持する傍聴券に真実の氏名、住所等を記入していない者の院内への立ち入りを許さない意思を外部に表明しているものといえる
と判示し、本件行為は、管理権者の意思に反するとして、意思侵害説の立場をとり、建造物侵入罪を認めました。
二審の東京高裁でも、この判決が是認され、維持されました。
東京高裁判決(平成5年7月7日)
過激派の構成員が、県幹部の自宅に対するテロ・ゲリラ活動のため、その付近の警備状況などを調査する目的で、夜間、近くの小学校の構内(校庭)に立ち入った事案です。
被告人の弁護人の「小学校に実害を与えない態様の平穏な立入りについては、管理権者の意思に反したものとはいえない」との主張に対し、裁判官は、
- 管理権者の意思といっても、その自然的意思を絶対視することなく、規範的にみて合理性を有すると認められる意思に反するかどうかを問題とすべきことは所論のとおりであるが、 これを判断するに当たっては、所論実害の有無の点に限らず、行為の全体像を総合的に促えることが必要である
- 侵入目的のほか、侵入の態様、滞留場所及び滞留時間、その他記録上うかがい得る諸般の事情に照らせば、被告人の本件立入りが同校の管理権者の合理的意思に反することは明らかである
と判示して、意思表示説の立場をとり、建造物侵入罪が成立するとしました。
仙台高裁判決(平成6年3月31日)
国民体育大会の開会式を妨害する目的で、一般観客を装い、入場券を所持して開会式場である陸上競技場に立ち入った事案です。
被告人の弁護人の「入場券を所持して正規の入口から平穏に入場しており、本件建造物の保護法益が侵害されたとはいえない」との主張に対し、裁判官は、
- 建造物侵入罪の保護法益を建造物の管理権と見るか、建造物利用の平穏と見るかはともかくとして、他人の看守する建造物に管理権者の意思に反して立ち入ることは、その建造物管理権の侵害に当たることはもとより、一般に、管理権者の意思に反する立入り行為は、たとえそれが平穏、公然に行われた場合においても、建造物利用の平穏を害するものということができる
と判示して、意思表示説の立場をとり、建造物侵入罪が成立するとしました。
現金自動預払機(ATM)利用客のカードの暗証番号等を盗撮する目的で、ATMが設置された営業中の銀行支店出張所に立ち入った事案で、裁判官は、
- そのような立入りが同所の管理権者である銀行支店長の意思に反するものであることは明らかであるから、その立入りの外観が一般の現金自動預払機利用客のそれと特に異なるものでなくても、建造物侵入罪が成立するものというべきである
と判示し、意思表示説の立場をとり、建造物侵入罪が成立するとしました。
この判例は、一般に客の立入りが許容されている場所(銀行のATM設置場所)への平穏公然な立入りについて、立入り目的を問題にし、最高裁として初めて建造物侵入罪の成立を明確に認めた点に、大きな意義があったといわれています。
自衛隊のイラク派兵反対などと記載したビラを各室に投函する目的で、防衛庁立川宿舎の敷地内及び各号棟の階段等に立ち入った事案で、裁判官は、
- 刑法130条前段にいう『侵入し』とは、他人の看守する邸宅等に管理権者の意思に反して立ち入ることをいうものであるところ(最高裁昭和58年4月8日判決参照)、立川宿舎の管理権者は、隊長、支処長であり、被告人らの立入りがこれらの管理権者の意思に反するものであったことは、事実関係から明らかである
- そうすると、被告人らの本件立川宿舎の敷地及び各号棟の1階出入口から各室玄関前までの立入りは、刑法130条前段に該当するものと解すべきである
と判示し、意思表示説の立場をとり、邸宅侵入罪が成立するとしました。
共産党のビラを各住戸に配布する目的で、分譲マンションの玄関ホール、エレべーター、 7階から3階までの各階廊下等に立ち入った事案で、裁判官は、
- 本件マンションの構造及び管理状況、玄関ホール内の状況、はり紙(※「チラシ・パンフレットなど広告の投函は固く禁じます」などと記載したはり紙などと記載されたはり紙が、目立つ位置に貼付されていた)、本件立入りの目的などからみて、本件立入り行為が、本件管理組合の意思に反するものであることは明らかであり、被告人もこれを認識していたものと認められる
- 本件立入り行為について刑法130条前段の罪が成立するというべきである
と判示し、意思表示説の立場をとり、邸宅侵入罪が成立するとしました。
住居者又は看守者の意思に反するか否かの判断基準
立入りの態様が平穏なケースでも、住居者又は看守者の意思に反するか否かが問題になることが多くあります。
住居者又は看守者が、立入り拒否の意思を明確に示している場合には、その意思からおのずと判断できます。
しかし、そうでない場合(たとえば、客の立入りが許容されているスーパーへの万引き目的での侵入)には、どのような事情を判断基準にして、住居侵入罪、建造物侵入罪の成否を決めることになるでしょうか?
これについては、前記最高裁判決(昭和58年4月8日)判決(ビラ貼りをする目的で、郵便局舎内に管理権者である局長の事前の了解を受けることなく立ち入った事案)において、
「管理権者が予め立入り拒否の意思を積極的に明示していない場合であっても、該建造物の性質、使用目的、管理状況、管理権者の態度、立入りの目的などからみて、現に行われた立入り行為を管理権者が容認していないと合理的に判断されるときは、他に犯罪の成立を阻却すべき事情が認められない以上、同条の罪の成立を免れないというべきである」
と判示している点が参考になり、ここで述べられている事項が判断基準になるといえます。