前回の記事の続きです。
訴因変更には、
- 訴因の追加
- 訴因の撤回
- 訴因の変更
の3種類があります。
前回の記事では、
- 訴因の追加
を説明しました。
今回の記事は、
- 訴因の撤回
- 訴因の変更
を説明します。
訴因の撤回とは?
訴因の撤回とは、
起訴状の公訴事実に掲げられている数個の訴因のうち、ある訴因を取り去ること
をいいます(公訴事実と訴因の説明は前の記事参照)。
例えば、住居に侵入して窃盗を行った事案(住居侵人罪と窃盗罪の牽連犯)のような科刑上一罪の関係に立つ訴因について、その片方の訴因を除去するような場合が該当します。
具体的には、公判の審理の経過で住居侵入罪の成立に疑義が生じたため、検察官が訴因の撤回請求をし、住居侵入の訴因を取り除き、窃盗罪のみ訴因にする場合が該当します。
もう一つ例を挙げると、例えば、被告人が公務中の公務員に暴行を加えてけがをさせた事案(公務執行妨害罪と傷害罪の観念的競合)のような科刑上一罪の関係に立つ訴因について、その片方の訴因を除去するような場合が該当します。
具体的には、公判の審理の過程で公務執行妨害の公務性に疑義が生じたため、検察官が訴因の撤回請求をし、公務執行妨害罪の訴因を取り除き、傷害罪のみ訴因にする場合が該当します。
また、
- 当初から検察官が公訴事実の起訴状に訴因を予備的又は択一的に掲げている場合
- 途中から検察官が予備的に訴因を追加し、又は択一的に訴因を追加した場合
においてその訴因のいずれか片方を取り去ることも、訴因の撤回に当たります。
(訴因の予備的追加、択一的追加の説明は前の記事参照)
訴因の撤回は、公訴の取消しとは異なる
訴因の撤回は、公訴の取消し(刑訴法257条)とは異なります。
訴因の撤回は、公訴事実そのものを取り消すものではなく、公訴事実に記載されている訴因を取り去るものです。
訴因の撤回は、公訴事実の同一性の範囲内にある数個の訴因のうちの一部を取り去るものであって、公訴そのものはこれを維持するものなので、公訴の取消しとは異なります。
公訴の取消しは、訴因の全部を取り下げ、公訴そのものを取り消すことをいいます。
訴因の撤回と公訴の取消しの違い
訴因の撤回と公訴の取消しの違いを説明します。
【その1】
〈訴因の撤回〉
裁判所は、訴因の撤回の場合は、撤回された訴因について何ら判断を加える必要はない(撤回された訴因について判決を言い渡す必要がない)。
〈公訴の取消し〉
裁判所は、決定で公訴を棄却しなければならない(刑訴法339条3項)。
【その2】
〈訴因の撤回〉
検察官が請求した訴因の撤回が認めらるためには、裁判所の許可を必要とする。
〈公訴の取消し〉
検察官は公訴の取消しをするのに裁判所の許可を必要としない(検察官が公訴の取消しの意思表示をすれば、裁判所の判断は関係なしに公訴が取り消される)
【その2】
〈訴因の撤回〉
検察官は、公訴の被告人の在廷する公判においては、訴因の撤回請求を口頭でもすることができる(刑訴法規則209条7項)。
〈公訴の取消し〉
検察官の口頭による公訴の取消しは許されず、理由を記載した書面を裁判所に提出しなければならない(刑訴法規則168条)。
【その3】
〈訴因の撤回〉
検察官は、一旦撤回した訴因を再び追加することができる。
〈公訴の取消し〉
公訴の取消しによる公訴棄却の決定が確定したときは、公訴取消し後、犯罪事実につき新たに重要な証拠を発見した場合でなければ、再起訴が許されない(刑訴法340条)。
訴因の変更とは?
訴因の変更とは、
起訴状の公訴事実に記載されている訴因の内容を変えること
をいいます。
例えば、同一の公訴事実について、当初は窃盗罪の訴因で起訴していたが、公判の審理の経過により、盗んだものが落とし物だったことが判明し、遺失物横領罪の訴因に変える場合が該当します。
例えば、当初は殺人罪の訴因で起訴していたが、公判の審理の経過により、被告人に殺意はなく傷害の故意しかなかったことが判明し、傷害致死罪の訴因に変えるような場合が該当します。
検察官が訴因の変更請求をし、裁判所がこれを認めた場合、裁判所は、変更後の訴因について有罪・無罪の判断をすることになります。
訴因の変更は、訴因の訂正・訴因の補正とは異なる
訴因の変更は、訴因の訂正・訴因の補正とは異なります。
訴因の訂正・訴因の補正は、
起訴状の公訴事実記載の訴因の記載の明白な誤記・脱漏を直すもの
をいいます。
例えば、起訴状の公訴事実記載の漢字表記が間違っていたので、検察官がその漢字を正すため、訴因の訂正を申し立てる場合が該当します。
訴因の訂正・訴因の補正は、
「訴因の同一性」を害しない範囲で訴因を修正するもの
であり、訴因の内容を変えるものではないので、「起訴状の訂正」というかたちで、検察官が法廷において口頭で訂正を申し立てたり、書面を提出して裁判所に訂正を申し立てるだけの手続となります。
これに対し、訴因の変更は、
訴因の内容そのものを変えるもの
であることから、検察官が訴因変更請求をし、裁判官がその請求を認めるという訴因変更手続が必要になります。
次回の記事に続く
次回の記事では、
- 訴因の変更は、公訴事実の同一性を害しない限度においてのみ許される
- 誤った訴因変更があった場合の措置
を説明します。