刑事訴訟法(公判)

訴因変更⑤~「過失犯における訴因変更の判断基準」を説明

 前回の記事の続きです。

過失犯における訴因変更の判断基準

 過失犯(例えば、ハンドル操作ミスによる自動車事故などの過失運転致傷罪)は、過失の態様(例えば、ハンドル操作ミスなのか、脇見による前方不注視なのか)ごとに別個の構成要件(別の犯罪事実)となります。

 検察官の掲げた訴因(起訴状の公訴事実に記載した訴因)と裁判所が認定しようとする事実とで、過失の態様が全く異なる場合には、

被告人の防御に不利益を生じることになる

ため、訴因の変更を要します。

 裁判所が認定しようとする過失の内容が、検察官の掲げた訴因とどの程度異なれば訴因変更を要するかは、具体的事件ごとに判断することなります。

 訴因の内容となっていない別の過失を認定する場合や、過失の態様が大きく異なるような事実を認定する場合は、訴因変更が必要になります。

 対して、過失内容の小幅な変更にとどまる場合には、訴因変更を必要としない場合もあると考えられます。

 参考となる判例として以下のものがあります。

最高裁判決(昭和46年6月22日)

 業務上過失致死罪(現行法:過失運転致死罪自動車運転死傷行為処罰法5条)つき、「クラッチペダルの踏み外し」を過失とする訴因に対して、「ブレーキのかけ遅れ」を過失と認定した事案で、訴因変更を要するとしました。

 裁判官は、

  • 本件起訴状に訴因として明示された被告人の過失は、濡れた靴をよく拭かずに履いていたため、一時停止の状態から発進するにあたりアクセルとクラツチペダルを踏んだ際、足を滑らせてクラッチペダルから左足を踏みはずした過失であるとされているのに対し、第一審判決に判示された被告人の過失は、交差点前で一時停止中の他車の後に進行接近する際、ブレーキをかけるのを遅れた過失であるとされているのであって、両者は明らかに過失の態様を異にしている
  • このように、起訴状に訴因として明示された態様の過失を認めず、それとは別の態様の過失を認定するには、被告人に防御の機会を与えるため訴因の変更手続を要するものといわなければならない

と判示しました。

過失の内容ではなく、過失と結果発生との因果関係が異なる場合の訴因変更の要否

 過失の内容に変更がある場合のみでなく、過失と結果発生との因果関係が変わる場合にも、訴因変更を要する場合があります。

 参考となる判例として以下のものがあります。

東京高裁判決(昭和54年2月8日)

 自動車事故による業務上過失致死罪(現行法:過失運転致死罪)において、検察官が掲げた「二重れき過」(※2台の車が一人の被害者をひくこと)による死亡とする訴因に対して、裁判所が「単独れき過」による死亡と事実認定した事案です。

 裁判官は、

  • 過失責任を問うために前提とされる結果発生の予見の可能性の中には、結果そのもののほか、その発生に至る因果の系列をなしている事実も含まれると解せられるばかりでなく、結果発生に至る因果の過程に、第三者の行為が介在したかどうかは、過失責任の有無、軽重に差違を生じ、被告人について実質的な利益の消長を来し得るのであるから、因果の系列をなしている事実についても、訴因と認定事実との間に実質的な差違を生ずる場合には訴因の変更手続を要すると解せられる
  • もし原判決(※一審の判決)認定事実が訴因とされたならば、被告人車の衝突のみによって被害者の死亡という結果が発生したかどうか、衝突時の被害者の体位、第二次車両による衝突の有無、程度、ひいては被告人の過失責任の存否、軽重などの点につき、被告人の防御の範囲、主張立証における重点の置き方などがおのずから相違したであろうことが容易に推認されるところであるから、原判決の事実認定は被告人にとって十分な防御の機会を与えられないままなされた不意打のものであったと解せられる
  • 原判決のように認定するためには、被告人の防御に実質的不利益を与えないように、訴因変更手続を経なければならなかったといわなくてはならない

と判示しました。

訴因変更で撤回された訴因について、裁判所が撤回された訴因を認定することは、被告人の防御に不利益を生じない場合は適法である

 訴因変更で撤回された訴因について、裁判所が撤回された訴因を認定することは、被告人の防御に不利益を生じない場合は適法となります。

 参考となる判例として以下のものがあります。

最高裁決定(昭和63年10月24日)

 裁判官は、

  • 一定の注意義務を課す根拠となる具体的事実については、たとえそれが公訴事実中に記載されたとしても、訴因としての拘束力が認められるものではないから、右事実が公訴事実中に一旦は記載されながら、その後、訴因変更の手続を経て撤回されたとしても、被告人の防御権を不当に侵害するものでない限り、右事実を認定することに違法はない
  • 本件において、降雨によって路面が湿潤したという事実と、石灰の粉塵が路面に堆積凝固したところに、折からの降雨で路面が湿潤したという事実は、いずれも路面の滑りやすい原因と程度に関するものであって、被告人に速度調節という注意義務を課す根拠となる具体的事実と考えられる
  • それらのうち、石灰の粉塵の路面への堆積凝固という事実は、前記のように、公訴事実中に一旦は記載され、その後、訴因変更の手続を経て撤回されたものではあるが、そのことによって右事実の認定が許されなくなるわけではない
  • また、本件においては、前記のとおり、右事実を含む予備的訴因が原審において追加され、右事実の存否とそれに対する被告人の認識の有無等についての証拠調べがされており、被告人の防御権が侵害されたとは認められない
  • したがって、原判決(※控訴審の判決)が、降雨による路面の湿潤という事実のみでなく、石灰の粉塵の路面への堆積凝固という事実をも併せ考慮したうえ、事実誤認を理由に第一審判決を破棄し有罪判決をしたことに違法はない

と判示しました。

次回の記事に続く

 次回の記事では、

共同正犯(単独犯なのか、共同正犯(共犯)なのか、幇助犯なのかなど)に関する訴因変更の要否

を説明します。

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