窃盗の定義
窃盗とは、
他人の占有(または所有)する財物を、その占有者の意思に反して奪取する罪
をいいます。
窃盗罪を考える上で、まずは占有と所有の概念を理解する
たとえば、犯人(被疑者)が、コンビニにおいて、コンビニの店長が占有(管理)するパンを盗んだ場合、窃盗罪(刑法235条)が成立します。
この場合の窃盗罪の犯罪事実は、
被疑者は、コンビニにおいて、コンビニ店長が管理するパンを窃取した
となります。
窃盗罪は 他人の占有(または所有)する財物を奪取する罪なので、まずは、占有と所有の概念を理解する必要があります。
所有と占有の違い
所有と占有の違いを分かりやすくいうと以下のようになります。
まず、所有とは、
自分の物
をいいます。
次に、占有とは、
必ずしも自分の物ではないけれど、自分が管理しているもの
をいいます。
たとえば、コンビニの経営者にとって、コンビニで売っているパンは、経営者の所有物になります。
これに対し、コンビニ経営者に雇われているコンビニ店長にとって、そのパンは、経営者から管理を任されている物であるため、占有物になります。
物の所有者と占有者が同一になる場合もあれば、同一にならない場合もあります。
最高裁判例(昭和24年2月22日)においても、『財物の所有者と占有者が同一である必要はない』と判示しています。
物に対する所有と占有が競合する場合
次に、物に対する所有と占有が競合する場合について説明します。
物に対する所有と占有が競合する場合、刑法上は、所有が優先されます。
たとえば、コンビニ経営者が、自ら店長職を行い、コンビニを切り盛りしている場合、コンビニで売っているパンは、コンビニ経営者の所有物であり、かつ、占有物でもあります。
この状態のパンが盗まれた場合の犯罪事実は、
被疑者は、コンビニにおいて、コンビニ経営者が所有するパンを窃取した
となります。
被疑者は、コンビニにおいて、コンビニ経営者が管理するパンを窃取した
とはしないのです。
これは、刑法上は、所有の概念が、占有の概念よりも強い概念として、優先して取り扱われるためです。
とはいえ、現実的には、窃盗罪において、所有よりも、占有の概念の方が多く取り扱われます。
これは、窃盗罪は、万引きなどの犯行態様が多く、被害者が所有する物より、被害者が占有(管理)する物が盗まれるケースの方が多いためです。
なので、これから窃盗罪を解説するに当たり、所有ではなく、占有の概念を軸にして説明していくことになります。
窃盗罪において、占有の概念が重要になる理由
窃盗罪において、占有の概念が重要視される理由は、物に対する占有の奪い方によって、成立犯罪が変わるためです。
物の占有者の意思に反して、物を奪取した場合は、窃盗罪が成立します。
これに対し、占有者をだまして、占有者から物の提出を受けた場合は、詐欺罪が成立します。
占有者を脅して、占有者から物の提出を受けた場合は、恐喝罪が成立します。
占有者に暴行を加えたり、脅迫して、物を奪い取った場合は、強盗罪が成立します。
被害者が落としたり、置き忘れた物を領得した場合は、占有離脱物横領罪が成立します。
このように、どのような態様で占有が奪われたかで、窃盗罪、詐欺罪、恐喝罪、強盗罪、占有離脱物横領罪といった何の犯罪が成立するかが変わってくるので、占有の概念を押さえることが重要になるのです。
犯人も占有する共有物を窃取した場合の窃盗罪の成否
窃盗罪は、基本的には、他人が占有・所有する物を奪取した場合に成立します。
犯人が、犯人自身が占有・所有するする物を奪取して窃盗罪が成立するという考え方は成立し得ません。
(自分自身の物を盗むという概念は成立し得ません)
ところが、刑法242条に
『自己の財物であっても、他人が占有…するものであるときは、…他人の財物とみなす』
という規定があります。
この規定により、犯人自身が占有する物であっても、他人と共有して占有している物であれば、他人の物とみなされるので、その物を盗めば窃盗罪が成立することになります。
具体的には、以下の事案で説明します。
物の共有者の一人がその物を窃取した場合に窃盗罪は成立するか?が議論された事案
ある物を複数人で共有して占有していたとします。
共有者のうちの一人が、他の共有者の占有を排除し、その物を自分だけの占有に移した場合に、窃盗罪が成立するかが問題になります。
たとえば、シェアハウスで共同生活を送る入居者の一人が、金に困り、入居者全員がお金を出し合って共同で購入した電子レンジを売り払った場合、窃盗罪が成立するかという問題です。
結論として、この場合でも窃盗罪が成立します。
判例は、共有物を、ほしいままに自己単独の占有に移した場合には、犯人がその物の共同占有者の一人であったとしても、窃盗罪が成立するという立場をとっています。
大審院判例(昭和元年12月15日)
漁業協同組合に属する放養場の真珠貝を、組合員の一人が自己の単独占有に移した事案について、窃盗罪が成立するとしました。
最高裁判例(平成元年7月7日)
買戻約款付自動車売買契約により自動車金融をしていた貸主が、借主の買戻権喪失により自動車の所有権を取得した後、借主の事実上の支配内にある自動車を承諾なしに引き上げた行為は、刑法242条にいう他人の占有に属する物を窃取したもとして窃盗罪を構成するとしました。
大津地裁判決(平成29年5月12日)
窃盗罪においては、「自己の財物であっても、他人が占有…するものであるときは…、他人の財物とみなす」と規定されており(刑法242条)、他人が占有している財物を、その占有の事実を知りつつ、自己の占有を移した場合、窃盗の実行行為が認められるし、仮に、行為者が自己所有物と認識していたとしても、窃盗の故意が認められるというのが相当であると判示しました。
犯人に窃取品の占有があるとして窃盗罪の成否が争われた判例
犯人に窃取品の占有があり、窃盗罪が成立しないのではないかが問題となった判例があるので紹介します。
東京地裁判例(平成9年12月5日)
信用金庫の支店長が、預金事務センターのホストコンピュータに電磁的に保管されている預金残高明細などの顧客データを、不正の目的で用紙に印刷し、その用紙を窃取したとして、窃盗罪に問われました。
裁判の争点として、
- 犯人は支店長なのだから、その用紙の占有を有すると考えられる
- だとすると、支店長自身が占有する物を窃取して窃盗罪が成立するという考え方は成立しないのではないか?
という点があがりました。
結論として、裁判官は、
- 顧客データを印字した用紙の占有は支店長にはない
- 顧客データを印字した用紙の占有は、信用金庫の理事長にある
- つまり、支店長は、理事長が占有する顧客データを印字した用紙を奪ったわけである
- だから、支店長に対し、窃盗罪が成立する
と判断しました。
裁判官は、判決で、
- 支店長が、支店において、その業務の過程でアウトプットして作出した取引明細票等の帳票類の管理者であることは認められる
- しかし他方で、支店長は、事務センターのホストコンピュータに電磁的に記録・保存されている顧客情報を自己の判断で利用する権限を与えられているものの、それにとどまるというべきある
- もとより、業務上の必要がないにもかかわらず、不正の目的で顧客情報を入手することが許されないのは当然である
- 不正の目的で作出した帳票類についてまで、その管理を委ねられているとはいえない
- そのような帳票類については、その情報の管理者の管理に属すると解するのが相当である
- 本書類は、業務上必要がないにもかかわらず、第三者に漏出させる目的で作出したものであるから、以上述べたところにより、究極的に理事長が管理するものであり、その占有に属する
とする旨を述べ、支店長は、理事長が管理する顧客データが印字された用紙を窃取したとして、窃盗罪の成立を認めました。