刑法(窃盗罪)

窃盗罪⑰ ~「窃盗罪の不能犯と未遂犯に関する判例」を解説~

不能犯とは?

 まず最初に、不能犯について説明します。

 不能犯とは、

行為者の主観においては、犯罪実行の意思をもって、一定の外部的行為がなされたが、客観的には、その行為の性質上、犯罪の結果を実現することが初めから不可能である場合

をいいます。

 たとえば、妻が、日頃から恨みを抱いてる夫を殺そうと思って、みそ汁に自分の髪の毛を刻んて入れて飲ませ続けたとしても、その方法では夫を殺すことはできないので、殺人罪は不能犯になります。

 不能犯となった場合、犯罪が既遂にならないことはもちろん、その行為によって、犯罪の実行の着手があったとも認められないので,犯罪の未遂も成立しません。

 不能犯については、前の記事で詳しく説明しています。

 犯罪の未遂と既遂についても、前の記事で詳しく説明しています。

窃盗罪の不能犯

 窃盗罪の不能犯は、観念的には存在し得るものの、判例上、窃盗罪の不能犯を認定したものは見当たりません。

 しかし、犯人の弁護人が、窃盗罪の不能犯を主張し、裁判官が、弁護人の主張を排斥した判例は存在するので、以下で紹介します。

大審院判例(大正7年3月25日)

 スリが他人のポケット内に手を差し入れたが、たまたま懐中物がなかった事案について、裁判官は、

  • 現金窃取の目的をもって、被害者の着用する洋服のポケット内に、手を差し入れた以上、窃盗の実行行為に着手したとなることは言うまでもない
  • 仮に、現金がそのポケット内に存在しなかったとしても、不能犯となるものではない
  • 洋服着用者が、ポケット内に金銭を所持することは通常の事例だからである

と判示し、窃盗の不能犯ではなく、窃盗の未遂罪が成立するとしました。

 また、窃盗罪ではありませんが、強盗罪について、弁護人の不能犯の主張を排斥した以下の判例があります。

大審院判例(大正3年7月24日)

 この判例で、裁判官は、

  • 通行人が懐中物を所持するのは、普通予想できる事実である
  • なので、通行人の懐中物を奪取しようとする行為は、その結果を発生する可能性を有するものであり、実害を生ずる危険がある
  • なので、行為の当時、たまたま被害者が懐中物を所持しなかったため、犯人がその奪取の目的を達することはできないとしても、それは、犯人が予想していなかった障害により、その着手した行為が予想の結果を生じなかったに過ぎないので、未遂犯をもって処断することを妨げない

と判示し、強盗の不能犯ではなく、強盗の未遂罪が成立するとしました。

 また、窃盗犯人が、目的とする財物を発見できなかった事例として、以下の判例があります。

東京高裁判例(昭和24年10月14日)

 この判例で、裁判官は、

  • 米びつの中にある米を窃取しようとして、米びつのふたを開いた以上、その米びつ内に米が現存すると否とを問わず、未遂罪の成立には、いささかの支障もない
  • たまたま米が現存しなかったからとて、不能犯と見なすべきではない

と判示しました。

大審院判例(判昭21年11月27日)

 石けんを窃取する目的で物置に入り、物色したが、目的物を発見できなかった事案について、裁判官は、

  • 窃盗犯人が、窃盗現場で窃盗の目的物を物色捜索すれぱ、それは窃盗に着手したのである
  • その結果、目的物不発見のため、窃取を遂げなかったというならば、それはまさに、窃盗未遂罪を構成する
  • 目的物不発見が、目的物の不存在に原由すると、はたまた、その他いかなることに原由するとを問う必要はない

と判示し、窃盗の不能犯ではく、窃盗の未遂罪が成立するとしました。

広島高裁判例(昭和45年2月16日)

 自動車を窃取するため、自動車に乗り込み、電気配線を直結する方法で動かそうとしたが、バッテリーがあがっていて、エンジンが始動しなかった事案について、裁判官は、

  • 路上に駐車中の自動車は、故障などのような特段の事情がない限りは、通常、被告人がしたように電気の配線を直結にする方法によって、エンジンキーを使わないでも、その自動車のエンジンを始動させて運転し、これを盗み出すことが出来るものと認められる
  • よって、たまたま、窃取の目的とした特定の自動車が故障していたため、前記の手段によってはエンジンを始動させることができなかったとしても、その行為の性質上、自動車窃取の結果発生の危険がある以上、不能犯ということはできない

と判示し、窃盗罪の未遂罪が成立するとしました。

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