刑法(恐喝罪)

恐喝罪(11) ~「財産上の不法利得とは?」「2項恐喝における処分行為、財産上不法の利益」を判例で解説~

財産上の不法利得とは?

 2項恐喝(刑法249条2項の恐喝)において、「財産上の不法利得」という概念があります。

 財産上の不法利得とは、

相手方の畏怖に基づく処分行為によって、恐喝者又は恐喝者と関係のある第三者が、有体の財物ではない、財産上の利益を不法に得ること

をいいます。

2項恐喝における処分行為

2項恐喝における処分行為は、

被害者の意思表示

によりなされます。

 1項恐喝であれば、処分行為は、被害者の恐喝者に対する財物の交付行為ですが、2項恐喝は、恐喝者に利得を提供するものであり、財物の物理的な交付行為はないため、意思表示が処分行為になります。

 2項恐喝の処分行為の具体例は、

  • 債務支払の一時猶予(最高裁決定 昭和43年12月11日)
  • 債務免除、債務負担、金員交付の約束(最高裁判決 昭和26年9月28日)
  • 土地所有権の移転(大審院判決 明治44年12月4日)
  • 事務の委任をしての報酬契約の締結(大審院判決 昭和10年3月7日)

であり、これらの意思表示を相手方にさせて、財産上の利益を不法に得ることになります。

永久的に債務の履行を免れる必要はなく、一時的に義務の履行を免れることも財産上の不法の利益に含まれる

 2項恐喝における処分行為の内容については、永久的に債務の履行を免れる必要はなく、一時的に義務の履行を免れることも財産上の不法の利益に含まれます。

 この点について、以下の判例があります。

大審院判決(明治45年4月22日)

 この判例で、裁判官は、

  • 恐喝によりて得たる財産上の利益が消極的にして、しかも一時的にどどまり、永久的にこれを保持するわず、また積極的に利得するところなしとするも恐喝罪の成立を妨げるものにあらず

と判示しました。

2項恐喝における処分行為は不作為や黙示的なものを含む

 被害者の処分行為の方法が、黙示的であった場合に、恐喝罪が成立するかが問題になります。

 判例は、恐喝罪の成立を認めるにおいては、黙示的な処分行為で足りるとし、被害者が必ずしも積極的な処分行為をする必要はないとしています。

 この点について、以下の判例があります。

最高裁決定(昭和43年12月11日)

 暴力団の組員である被告人が、飲食店で飲食後に、従業員から飲食代金を請求されたのに対し、脅迫して請求を一時断念させた事案で、裁判官は、

  • 原裁判所が、被告人が一審判決判示の文言を申し向けて被害者等を畏怖させ、よって被害者側の請求を断念せしめた以上、そこに被害者側の黙示的な少なくとも支払い猶予の処分行為が存在するものと認め、恐喝罪の成立を肯定したのは相当である

と判示しました。

東京高裁判決(昭和31年4月3日)

 事案の内容は、

  • 被告人がタクシーから降車するに際し、運転手である被害者が料金80円の支払を被告人に請求したところ、被告人は「このやろう」と言うなどの威嚇的態度に出て、運転手に対し、20円のみを支払った
  • 運転手は、もし更に請求を続ければ、被告人から身体財産等の害悪を受けるかもしれないとの畏怖の念を生じ、残金60円の支払を受けることを断念するに至った

というものです。

裁判官は、

  • 恐喝は人に害悪を告知して威嚇し、これにより相手の反抗を抑圧しない程度内で畏怖せしめて一定の財産上の利得をなすことによって成立し、その際、その被害者において積極的にその財産を放棄する処分行為に及ぶことを必要とするものではない

と判示しました。

財産上不法の利益とは、利益獲得の方法手段が不法であることを意味し、利益そのものが不法であるという意味ではない

 財産上不法の利益とは、利益獲得の方法手段が不法であることを意味し、財産上の利益そのものが不法であることを意味しません。

 この点について以下の判例があります。

大審院判決(大正15年10月5日)

 地主が、不作の年に小作料を減ずる慣習に従って、小作料を2割3分減じたのに、小作人である被告人らが5割から6割減を主張して地主を脅し、本来払うべき小作料を払わずに、不法の利益を得た事案で、裁判官は、

  • 主張それ自体において、その不法なることを容易に認定し得るなり
  • 然れども、一歩を譲りて、仮に主張それ自体において認定し能わずとするも、刑法第249条第2項にいわゆる「財産上不法の利益云々」とは、まさに利益獲得の方法手段の不法なることを意味し、財産上の利益そのものが不法なることを意味するにあらざるをもって、その点に関する攻撃は、全く当たらざるのみならず、原判決は減額要求につき、被告人らの執りたる手段の不法なりしことについては、証拠を挙示して余すところなきをもって事実認定上何らの違法の点の存することなし

と説明して、小作料の減免要求権自体が不法でなくても、要求の手段方法が不法であれば恐喝罪が成立すると判示しました。

被害者に財産的処分行為の意思表示をさせても、それによって恐喝者が利益を得たことにならない場合には、恐喝罪は成立しない

 被害者に財産的処分行為の意思表示をさせても、それによって恐喝者が利益を得たことにならない場合には、恐喝罪は成立しません。

 この点について、以下の判例があります。

福岡高裁判決(昭和41年4月22日)

 この判例は、契約に関し、被告人が相手方を脅迫して、相手方にその得意先を譲らせる旨の意思表示をさせても、これによって被告人とその得意先との間に契約関係が生ずるものではないから、被告人は財産上不法の利益を得たとはいえないので、恐喝罪は成立せず、脅迫罪が成立するにすぎないとしました。

大審院判決(大正12年12月25日)

 被告人がAを恐喝し、被告人がB銀行に対して持っている債務を、Aに弁済することを承諾させても、AがB銀行に対して交渉をしていない以上は、被告人のB銀行に対する債務は消減しておらず、被告人は財産上利益を得たことにはならないので、恐喝罪は成立しないとしました。

非財産上の利益を供与させるのは、恐喝罪にならず、強要罪が成立する

 非財産上の利益を供与させるのは、恐喝罪にならず、強要罪刑法222条)が成立します。

 この点について、以下の判例があります。

高松高裁判決(昭和46年11月30日)

 患者が医師を脅迫して、医師がその治療のために必要、適当と認めない麻酔薬の注射施用を強いるのは、その対象が非財産的な医療行為であって、財産的処分行為ではないから、恐喝罪は成立せず、強要罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 強要罪と恐喝罪とは、人を畏怖させて意思決定の自由を侵害する点において共通するものであるが、強要罪が非財産的利益の供与ないし行為を対象とするのに対し、恐喝罪は財産的処分行為を対象とする点において明らかに相違があり、その相違こそ自由に対する罪としての強要罪と財産犯である恐喝罪との差異に由来するものにほかならない
  • ところで、およそ、医師が患者を診察した結果その治療を必要とする限り、その症状に応じて投薬ないし処方箋の交付のほか各種の注射を施用することは治療手段として当然のことであり、右医師の診察とこれに伴って行なう注射施用等の治療手段とは一体となって医師の技能および技術の発現ないしは行使としての医療行為であると解すべきであって、その治療に用いる注射液等の薬剤そのものが財産的価値のあるものであることを理由に、注射液の注射施用もしくは投薬をとらえて恐喝罪のいわゆる財産的処分行為であるとするのは、医療行為の性質を正解しないものといわなければならない

と判示し、医師の注射施用は、財産的処分行為ではないため、恐喝罪は成立せず、非財産的な医療行為であることから強要罪が成立するとしました。

売春の対価(不法原因給付の対価)の請求を断念させることは不法の利益を得たことになる

 売春の対価(不法原因給付の対価)の請求を断念させることは不法の利益を得たことになります。

 この点について、以下の判例があります。

名古屋高裁判決(昭和25年7月17日)

 この判例において、売春の対価は恐喝罪の対象になるとしました。

 まず、被告人の弁護人は、

  • 本件の場合、恐喝罪成立を肯定するのは、売淫なる公序良俗に反する行為を保護することになって不当だ

と主張しました。

 この主張に対し、裁判官は、

  • 民事上、売淫の対価の請求を容認することは公序良俗に反する行為を保護するものであって不当なことは明らかであるが、刑事責任としては、被害者の保護ないし救済はこれを目的とせず、犯人の悪性ないし道徳的責任の追及を目的として、そのために被害者をある程度に保護する結果を生じたとしても、それは単に反射的作用に過ぎず、その反射的作用によって生ずる害よりも、その犯人に対する処罰が社会の秩序を維持する上により一層重要であると考えられる点において、法の保護を受け得ない経済的利益についても、財産犯の成立を肯定せざるを得ないのである
  • 財産犯の判示については、その被害の対象、すなわち財産ないし財産上の利益を確定明示するをもって足り、必ずしもその被害額を明示する必要はないのである
  • 売淫の対価の如きは客観的にその数額を算出し難く、結局その当事者間の協定なり、慣行的に支払われる価格によるほかないのであるが、本件程度の宿泊遊興の対象としては、本件8000円くらいが支払われることが疑い得られないのであるから、原審が本件の宿泊遊興の利益を8000円と評価したことは不当でないとせねばならない

と判示し、売春の対価(不法原因給付の対価)に対する恐喝罪の成立を認めました。

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